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神狼鎮守タバヤ、崇める獣の慟哭編
16.束の間の休息1
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ヴァー爺との話が終わった後、俺達は少し休憩を取った後夕食に招かれた。
当然ながらここでも肉尽くしの食事で、そろそろ肉を見るのがつらくなってきたのだが、クロウと怒りんぼ殿下は凄い勢いで肉を平らげていた。
――神獣ってのは、どうやら肉を大量に食べることで傷が回復するらしい。
その証拠に、大皿山盛り六杯の凄まじい量をベルトコンベアーのように流し込んでいたクロウと殿下の体は傷が薄くなり始めている。
……あれだけボロボロだったのに、今じゃ傷に薄皮が張ってる感じだ。たったの数時間でここまで回復するなんて、とんでもないことだった。
でも……良く考えれば、この世界の人族も自分が持つ属性の曜気に触れれば傷の回復が早いし、大地の気は治癒能力を高めるって話を常識にしてるんだもんな。
だから、獣人が肉で即回復するのも変じゃないのかもしれない。
それに……神獣って、人族の体液や肉が大好物で最高のご馳走らしいし、普通の獣人と比べて色んなものから栄養を吸収しやすい体なのかも。
曜術を使えないだけで、獣人も曜気自体は吸い取る感じなんだろうか。
だとしたら、クロウが【土の曜術】を使えるのも納得だけど……まあ今はそんな話をしてる場合じゃないか。
ともかく、二人の食べっぷりには鬼気迫るものを感じてしまった。
恐らくマハさんの事があるんだろうけど、クロウも殿下も心配してるんだよな。
いくらマハさんが強いと言っても、万が一って可能性は捨てきれない。それに、明日駆けつけた時に自分が足手まといになったら目も当てられないもんな。
だから二人とも、あんなにガツガツ食べてたんだろう。
…………そういう所は本当に兄弟って感じなのに、仲良くなったのは今日が初めてだなんて、なんだか不思議な感じだよな。
でも、二人が今日和解してくれたのは不幸中の幸いだ。
もしマハさんがピンチになってても、二人なら絶対に助けられるだろう。それに、俺もブラックも加勢するし、そうなれば百人力だ。
敵なんてもうメじゃないだろう。……俺はその、アレだけど。
と……ともかく。
クロウと殿下が理解しあえて本当に良かった。これで暗殺計画もおじゃんだな。
そんなことを思いつつ、俺は一足先に食事を終えて、ロクショウと一緒に用意して貰った部屋に引っ込んでいた。
ヴァー爺が住む長の家は、玄関入ってすぐの会議を行うための広間の奥に幾つか部屋が有って、もちろん客室も用意されている。
“三王の試練”の他にもやって来る人がいるみたいで、そう言う人が泊まるんだそうな。従者さんの話では、病気を治して貰おうとしたり、おまじないをして貰いたいって人が多いらしいけど……やっぱ【呪術師】ってそういう感じなんだな。
まあ、お使いの狼達が定期的に山を下りて周辺の村を見舞ってるらしいから、そのせいもあるんだろうが。
にしても、なんというか実に質素剛健って感じの部屋だ。
地面をほぼ覆う大きな絨毯の上にはベッドとテーブルセット一式だけで、他の装飾は一切ない。この大陸では珍しく【水琅石】のランプが天井から下げられているので部屋は明るいが、明るいと逆に部屋のシンプルさが際立ってしまい、一人と一匹では広さに委縮してしまいそうだった。
土壁だし窓は無いしで、なんか豪華な監獄ホテルっぽいというか……。
いやでも外は寒いんだから、窓が無いのが当然なのかもな。
「キュ~?」
「ん、何でもないよ~。ロクも二日間よく頑張ってくれたなぁ」
俺がいない間、ロクショウはお留守番をしたりバッグを届けてくれたりして、本当におりこうさんだった。こんなに賢くて可愛いヘビトカゲちゃんなんて、世界中を探してもロクショウしか居ないだろう。つまりパーフェクトかわいこちゃんなのだ。
そのうえ優しいもんだから、俺が労うにもかかわらずロクショウは俺の事をまだ心配して、小さなお手手で俺の傷が薄ら浮き上がってる所を撫でたり、蛇の舌でペロペロして傷を癒そうとしてくれているんだ。
時間が経てば元に戻ると知っているだろうに、それでも心配らしい。
う、ううう、ほんとに可愛いったらないよもうっ。
こんな優しい子と一緒に居られるなんて、俺は本当にラッキーだなぁ……。
「あっ、ロクショウ君ずるい! ツカサ君のはだ……いや傷なら僕も舐めたい!」
「入って来て早々ヤバいこと言い出さないで下さる!?」
ついお嬢様口調みたいになってしまったが、突然部屋に戻って来たオッサンが変態発言をしたら誰だって動揺するだろうから許して欲しい。
っていうか舐めるってなんだ!
手当てするつもりがあるなら普通に手当てしてくれと睨むと、ブラックはすぐさま俺達が座っているベッドに近付いてきた。
ぽつんと椅子に座っているのも寒々しいので、ついベッドの上でロクとイチャついてしまったが、ブラックがこんなに早く戻って来るなら椅子に座っとけばよかった。
こういう時のブラックは……。
「えへへ……つーかーさーくぅんっ」
「ぐえっ」
ほらもう、ベッドに乗り上げて来て抱き着いてきやがった。
ロクショウがすぐそばに居るのに、なんでコイツは毎度毎度躊躇いもなく俺に飛びついて来るんだ。普通はちょっと窺ったりするだろ!?
なのにブラックのヤツは、俺を押し倒さんばかりに体重をかけて来て胸の辺りに頭を擦りつけて来る。分厚いシャツ越しなのに、もじゃもじゃしてくすぐったい。
つーかロクショウが横にいるんだってばっ。
俺の可愛くてピュアな相棒にこんな所を見せるんじゃないっ。
「こ、らっ、お前っロクショウがいるのに……っ!」
「え~? 抱き着くぐらい、ロクショウ君の前でもいつもやってるじゃない。なんで今日はダメなの……って……ツカサ君、もう顔が真っ赤になってるよ」
ちょっと意外そうに目を見開くブラックに、そう言われる。
一瞬、何を言われたのか解らなかったが……そう言われて、やっと自分の顔に熱が上がって来ているのに気が付いて、俺は息を飲んだ。
ま、真っ赤って。どんくらいだ。いや、その前に何でいま赤面!?
いつもならこんなの、あーハイハイって流すのに、な、なんで……っ。
「ぅ、え……ちょ、ちょっと、マジ今は離れて……」
なんか、ヘンだ。ヤバい。
赤くなってるって言われたせいか、情緒がおかしい気がする。ブラックの顔を見てるだけで、段々と頬が熱で痛くなってきて目が泳いでしまう。顔を見ないように咄嗟に別の方を見たけど、でも、そうすると抱き着いて来た腕とか密着してる頭が異様に気になって来て、も、もうなんていうか……逃げ出したくなってきてしまった。
だけど、ブラックはそんな俺を離すまいと更に腕に力を籠めて来て。
こともあろうに、何やら笑ったようだった。
「ふ、ふへへ、離れるぅ? ツカサ君そんな真っ赤になって、心臓も顔を近付けただけでドキドキしてるのに? こんな状態のツカサ君放っておけないよぉ」
「どっ、ドキドキなんかしてないってば!」
「ロクショウ君、申し訳ないけどちょっとお散歩して来てくれるかな?」
「キュ~」
あっ、こらお前ロクになんてことをっ。
何故可愛いロクが部屋を出て行かなきゃ行けないんだ、と抗議しようとしたが、俺が抗議する前にロクはパタパタと飛んで行ってしまった。
うう……何故こういう時だけドアが半開きになってるんだ。
ブラックめ、さては最初からこうするつもりでドアを閉めなかったんだな!?
大人は汚い、汚いぞ。なんちゅうことをしてくれたんだと抗議しようとして、つい再びブラックの方へ顔を向ける。
だけど。
「っ……ぅ……」
な……なんでだ。
ブラックの顔を見ると、マジでドキドキして顔が熱で痛くなってしまう。
べ、別に、煌めくうねった赤髪だっていつものことだし、菫色の綺麗な瞳だって毎日見てたもんだし、か、顔、だって……無駄に、整ってるとしか、思ってないし……っ。
なのになんで今日に限ってドキドキしてんだ俺はーっ!
ああもうチクショウ、自分で自分がわかんない!
「ツカサ君可愛い……二日離れ離れになっただけなのに、僕が近付くとそんなにドキドキしちゃうの? ふへ……へへっ、つ、ツカサ君たらもうっ、そ、そんな風に真っ赤になったら、僕も我慢出来なくなっちゃうよぉ……!」
「~~~~~っ!? ち、違っ、違うったら! 別にそんなっあ、アンタと二日離れてたからって、そ、そんな……」
たかが二日だし、そんな漫画や恋愛小説みたいに恋しがってたわけじゃない。
それなのに、アンタが近付いてきただけでドキドキしちゃうなんて、そんな。
そ……そんな、ことは……。
「ほらぁ……僕と見詰め合ったらまた目が熱で潤んだ……。ツカサ君たらホント、僕のこと大好きなんだね。ふ……ふひっ、ぼ、ぼくっ、僕もっ、あはっ僕もツカサ君と二日も離れてすっごく恋しかったよぉぉおおお!」
「んぎゃあ!!」
また色気のない声を出してしまうが、そんな声すらブラックはポジティブに捕えてしまうのか、変態っぽい含み笑いを漏らしながら俺をベッドに押し倒した。
あまり弾まないはずのベッドの上で俺は大いに跳んでしまうが、ブラックの腕が俺を逃すまいと捕まえたせいで、抱き枕のように拘束されてしまった。
……ブラックの吐息と体温が、凄く近い。
いろんなとこが引っ付いてて、そこからブラックの熱が伝わって来て、そのせいか胸が余計に痛くなってしまう。部屋が高山ゆえの肌寒さのせいで熱に敏感になっているんだと理解していても、抱き締められた感覚と一緒に伝わってくる熱や吐息が体中で感じ取れてしまって、なんだかもう、た、耐え切れなくて……。
「ツカサ君、へへ……ツカサくぅん……僕も寂しかった……」
「ぅ、う、ううぅ……」
ブラックの顔が、上にずりずりとあがってくる。
無精髭だらけの緩み切った顔。だけど、男らしくてがっしりした顎や雄々しい太い眉が近くなって、彫りの深さに影が落ちる目の中に宝石みたいな菫色の目があるのがハッキリ見えてくる。高い鼻も、俺とは違う少し目の下に入ったオッサンらしいシワも、いつも見ているはずなのに……今は、なんだか……すごく、目の毒で。
至近距離で、上目遣いで見つめられたら、心臓が跳び出してしまいそうだった。
「久し振りに大好きな婚約者と二人きりだから、ツカサ君もドキドキしちゃってるんだよね? だって、ツカサ君は僕のことすっごく愛してくれてるもんね……! あ、愛してっ、あはっ、う、嬉しいっ、ツカサ君嬉しい、僕嬉しくてこ、興奮しちゃうよぉ……っ」
「ま、待った、待った待ったタンマだって! お前っ」
興奮って、まさかおまえおっぱじめる気じゃないだろうな!?
それはさすがに今の状況でもヤバいぞと目を剥くと、ブラックは大人げなく口を尖らせて拗ねたように唸った。
「ううん、解ってるよぉ。ツカサ君が疲れてるのは判ってるから、今日はセックス我慢するよ。だから……その代わり、僕のこと甘やかして……? ね……」
甘やかして。
……今日聞いたの、何度目かな。
とんでもないヤツから飛び出してきた言葉だったけど……何故だかブラックが言うと、こんな甘えん坊状態でも「当たり前のこと」に思えてしまう。
変だって思うより先に、なんというか……し……仕方ない奴だなって……何でだか、すんなり受け止めてしまう自分が居て。
それに気付くと余計に恥ずかしくなってしまうんだけど、でも。
「…………ちょ……ちょっとだけ、だからな……」
どうしてか、俺もぶっきらぼうにそう答えてしまう。
ドキドキして、逃げ出したいくらい恥ずかしいくせに、それでも振り払う気持ちは起きなくて……結局「仕方ないな」みたいな言葉をつい口にしてしまうんだ。
そのせいで増々居た堪れない気持ちになるのが解ってるってのに。
けど、ブラックが次にどんな顔をするか分かっているから、どんなに恥ずかしくても拒否なんて出来ないんだ。
「あぁあああツカサくぅううん! ツカサ君しゅきっ、好き好き好きぃいいい」
興奮して嬉しそうに俺に頬擦りして来るブラック。
大人げなさすぎて何歳だと思ってしまうけど、でもやっぱり拒めない。
ドキドキして心臓が痛いのに、逃げ出したいくらい恥ずかしくなってるのに、それでもブラックが喜んでいると思うと、体が熱くなって震えてしまう。
ぶ……ブラックと……ずっとこうしてたいって……思って、しまうんだ。
そんなことを考えてしまっている自分に気付いて、また可愛くない態度を取って手で相手の顔を遠ざけようとしてしまうけど、ブラックは全然退こうとしない。
俺の頬にぎゅっと顔を押し付けたまま、うへうへと変な声で笑うだけだった。
「うへっ、へ、ふへへへぇっ、つ、つかしゃくんんん」
「も、もうっヒゲ痛いってば……!」
可愛くない事しか言えない自分が情けなくて、また勝手に恥ずかしくなってしまう。
だけど、ブラックはその言葉すら嬉しいみたいで、俺の頬に何度もキスをした。
→
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