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神狼鎮守タバヤ、崇める獣の慟哭編
11.貴方が何よりも大好きだから1
しおりを挟む周囲は薄暗く、霧で煙って進んでいるのかどうかすら定かではない。
だけど、クロウが俺を抱えて走っているから、辛うじて前進しているのが分かる。
暗くて先が見えなくて少し怖いような気がしたけど、それでも自分のすぐ傍に信頼できる存在の体温を感じられることが、俺の不安を押し殺してくれる。
クロウだから、先の見えない場所でも安心して体を任せられるんだ。
それは、獣人の五感で道の先が分かるから……とか、そういうことじゃない。
ただ、自分でも理由を説明できないくらいの安堵が湧きあがって来るんだ。
……こんなの、誰かに分かって貰いたくてもどうしようもないよな。
けれど、それでも良いと思うくらい、今の俺は安堵し切っていた。
…………ちょっと、恥ずかしいけど。
「クロウ……」
呟くと、俺を抱いている腕が強くなる。
見上げた顔は、よく見えないけど……でも、いつもより息が荒い気がした。
もしかして、傷が開いてるんだろうか。
心配になったが、この状況ではクロウの怪我の具合がよく分からない。そんな事を考えていると、急に周囲がもっと暗くなって煙る視界が晴れた。
どうやら、クロウの陣地に着いたらしい。
そう思った途端、どすんとクロウはその場に座り込んで。俺の胸に、ぎゅうっと顔を押し付けて来た。
「くっ、クロウ!?」
「ッ……ふ……ふーっ、ふぅう……っ」
「い、いや、なに、あのっどうしたの、もしかして傷が……」
「ツカサ……っ。つ、ツカサ……っ!」
そのまま地面に押し倒される。
だけど頭をぶつけるような勢いじゃなくて、クロウは俺の後頭部に大きな手をそっと当てながら、胸に顔を押し付けたまま寝かせて来たのだ。
……こ、これじゃまるで、なんか、その……。
「クロウ、ど、どうしたんだよ……」
「すっ……すまない、すまない、ツカサ……オレは……っ!」
いつもの無表情な声じゃない、なんだか泣きそうな切羽詰まった声が聞こえる。
どうしてそんな声を出すのかと再び心配する気持ちが湧きあがるが、クロウは俺の気持ちを知ってか知らずか――下から、俺のシャツの中に手を突っ込んできた。
「うわぁっ!?」
「う、ウゥッ……っ、ツカサ……が、我慢出来ない……ッ、ツカサ……っ」
「ちょっ……く、くろっ、ぁ、やっ、あ……!」
大きな手が、わざとらしく肌を擦りながら上がって来て片方の胸を揉む。膨らみなど無い胸をいつもよりカサついた手が揉んでくる感触に、思わず体が動いてしまう。
それなのに、クロウはよほど我慢が出来ないのか息を荒くしたままシャツの上から空いた方の胸に口をつけ、ネコのように舐めながら乳首に吸い付いて来る。
「ふぅっ、ぅ、んんん……っ」
「く、クロウ、待っ、ぁ……! も……い、いきなり、なんで……っ!?」
なんで急にサカってるんだよ、ちょ……ちょっともう、本当に胸しつこく揉むなよっ、乳首をちゅうちゅう吸うな!
いや別にするなとは言わないけど、時と場合と場所によりっていうだろ。
この状況で突然サカるのは変って言うか、理由は何なんだよっ!
もうワケが分からなくて必死にクロウの頭を引き剥がそうとするが、いつもより弱々しくなってしまった俺の腕が、筋骨隆々なオッサンを拒めるわけも無い。
それどころか、唇で思いきり胸を食まれて舌でぐりぐりされてしまい、俺は情けなく体をビクつかせてしまった。
「んむっ、んん……つ、つかさ……っ……ツカサ……っ」
「だ、から……っ……なんでっ、い、いきなりこんな……するんっ、だよ……!」
もう頭を叩くしか無くて、出来るだけ痛くないように掌でボンゴのように叩いていると、ようやく俺が説明を求めているのに気が付いたのかクロウが顔を上げた。
っていうか、乳首を吸いまくってちょっと正気に戻ったっていうか……いやでもまだ俺の胸揉んでるんですけどね、このオッサン!
「揉むな胸を!」
「すまん……う、嬉しくてつい……」
「何が嬉しいってんだっ」
とにかくやめなさいとシャツの中の手をぺしっと叩くと、ようやく手を退く。
凄く名残惜しげな感じで俺の胸を見ていたが、少し拗ねたように口を尖らせながら俺を上目遣いで見つめて来た。
「…………ツカサが……オレのことを、一生懸命に“好きだ”と、言ってくれたから」
「っ……」
橙色の目が、闇の中で光っている。
なぜこんな暗闇の中で相手の瞳の色が分かるんだと自分でも思うが、それでも俺には何故かクロウの全部が見えていた。
どうしてだか分からないけど……とても近くて、吐息まで肌に触れてくるような距離のクロウの輪郭が、判別できるんだ。さっきは……暗闇しか見えなかったのに。
それが、なんだか……恥ずかしい。
クロウが突然に言って来た言葉のせいで、余計に顔が熱くなる。
だって、い、今更だけど……クロウにそう言われたら、確かにさっき怒りんぼ殿下に訴えかけたことは……その……そ、そういう、感じにも……取れるわけで……。
あ、ああ、なんか急に逃げたくなってきた。
俺ってば、な、なんちゅうことを……いや、っていうか、アンタもしかしてアレを全部聞いてたってのか!?
目を剥くと、相手は獣らしく夜目が利いているのか俺の顔を見て頷いた。
「……聞いていた……。休めと言われてもどうしても休めなくて、せめてツカサの声を聞きたくて……様子を少し遠くから窺っていた。そうしたら……」
「う……」
やだ、おい、やめろ。フフッて息だけで笑うなってば。
体がむずむずする。逃げたいのに、クロウに圧し掛かられていて逃げられない。
それどころか、クロウは再び俺の胸に顔を擦りつけて来て。そのまま、煌めく橙色の瞳で俺をまた見上げて来る。まるで、甘える子供みたいに。
…………だ、だからその上目遣いやめろってば!
「そうしたら、ツカサの声が聞こえてきた。……泣きながら……オレは“強い”のだと、力による支配ではなく……好きだから、一緒に居るのだと……言ってくれた……。それが、嬉しい。オレは……どうしようもなく、嬉しかったんだ……」
「っ……だ……だから……こんな……?」
嬉しかったから、我慢出来なくなって……おっぱい、吸ったのか?
何かもうつい自分に似合わない言葉を使ってしまうが、しかし実際にクロウが俺の胸を吸いまくったんだから仕方ない。もう俺も半分頭が熱暴走していた。
だから、く……クロウが、オッサンなのに、こんな風に子供っぽく甘えてくるのも……可愛く見えちゃってるっていうか……。
とにかくもう、さっきの自分が脳内でプレイバックしてきて、恥ずかしさの熱でもう頭が溶けてしまいそうだった。
それなのにクロウは、上擦る俺の変な声に嬉しそうに笑って、顔を近付けて来る。
と、吐息が近すぎる。こんなの、こんな……。
「ツカサ……好きだ……オレも、ツカサのことがすきだ。オレを誰よりも認めてくれる、オレの強さを心から信じてくれるツカサが、好きだ。愛してる……!」
「~~~~~ッ!」
至近距離で、唇の動きで息が途切れる様も分かるほどの近さで、嬉しそうな低くて渋い声を耳に流し込まれる。
ブラックとは違う、でも、ブラックと同じように俺を動揺させる特別な声。
素肌の胸に触れている指輪の誓いとは異なるけど、それでもずっと一緒に居たいと思ったくらい大事な、三人一緒じゃないと嫌だと思うような、大事な存在。
クロウの声や仕草に、そんな自分の思いを改めて反芻させられて堪らなくなる。
恥ずかしい。違う、クロウに近付かれているのが恥ずかしいんじゃなくて、自分が、こんなにクロウを思っていると知られてしまったのが、恥ずかしいんだ。
それに、こんな……こんなに近いのにドキドキしかしなくて、好きだって言われて体が変になってしまっている自分に、頭が沸騰しそうになる。
掛け値なしの素直な気持ちで「愛している」と言われると、もう。
涙が、とまらなかった。
「ツカサ……嬉しい……オレのことを意識して、こんなに好きでいてくれるのが嬉しい。オレを受け入れてくれるのが嬉しい……っ」
「っ、ぁ……く、クロウ……っ」
目じりに溜まる熱い水を、生暖かく湿ったものが受け取る。
ちゅ、ちゅっ、と音を立てながら吸い付いて来るものが何かなんて、見えなくたってもう分かり切っている。だけど、抵抗する気なんて微塵も起きなかった。
「オレが触れることを許してくれるツカサが好きだ……ブラックと一緒に、オレを仲間だと認めて、二番目のオスにしてくれるツカサが好きだ……認めるだけじゃなくて、オレの事を本当に好きでいてくれるツカサが……オレも大好きだ……っ」
「っ、ん、い……いま、さら……っ」
「今更だ……。そう、本当に今更なんだ。……だが、嬉しい……あの強大な兄上に、あんな風に言い切ってくれるのはツカサだけなんだと、そんなツカサが、オレのことを好いてくれているのだと思うと……もう、我慢が出来なくて……っ」
涙を吸い取っていた唇が、移動する。
胸が、痛い。心臓がどくどく言ってて、さっきより呼吸が浅くなっている。
泣いたから嗚咽で苦しくなったんだろうか。そんな事を思うけど、そうじゃないことは自分でも理解していて。だからこそ、また顔が痛いくらいに熱くなった。
「く……クロウ……っ」
「ツカサ……したい……交尾じゃなくていい……ツカサを食いたい、ツカサを喰って、オレの熱を受け止めて欲しい……オレの“好き”も、受け取ってほしい……っ」
すり、と、布ずれの音がする。
それと同時に、俺の足を跨いでいたクロウの股間が、その……お、押し付けられてきて。互いのズボンが間にあるのに、熱が、つたわって……きて……。
「で、でも……今は……」
「……兄上は、営みを邪魔するほど誇りを捨ててはいない。大丈夫だ……」
本当なんだろうか。信じていいんだろうか。
だけど、何故か相手は全然追ってくる気配もないし、クロウも安心している。
クロウはあれだけ「家畜」とか酷い事を言われたのに、それでも兄であるカウルノス殿下を信じて、尊敬すべき相手だと思ってるんだ。
……だったら……俺が心配するのは、クロウに対して失礼……だよな。
「…………し……したいのか……?」
「シたい……。ツカサを、食いたい……オレを好きでいてくれるツカサに、オレの肉棒を優しく鎮めて欲しい……」
またとんでもないことをサラッと言う。
でも、クロウはこう言う時でも素直で、一生懸命なんだ。
荒い息で我慢しながら、俺が「いい」って言うまで待ってくれるんだよな……。
最初の頃は、そんなことなんてなかったのに。
なのに、今は……――――
「…………」
「ツカサ……」
そんな切なそうな声で言わないでくれ。
ああ、もう。
「わ……分かった……。でも、その……」
「ン?」
「…………あ、あんまり、声が出るようなのは……ダメ、だから……」
な、という最後の一言が、掻き消える。
気が付けば、カサついて柔らかいものに口を塞がれていた。
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