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神狼鎮守タバヤ、崇める獣の慟哭編
試練の前に一休み2
しおりを挟む「うっ、冷たっ……て、そこまで冷たくないな。むしろ適温……」
高山地帯の水だし、きっとキンキンに冷えているのだろうと思っていたんだが……意外な事に、掌に落ちる水はそれほど冷たくは無かった。
でも、そうなんだよな。
婆ちゃんの田舎の井戸とかだって冬なのにそれほど冷たくなかったし、それなのに夏は冷たいしで、なんだか不思議な感じだったんだ。
俺には詳しい原理はよくわからないが、地下とか何かの中を通って行く水は一定の温度になってたりするのかな。
この【色祝石】の湧水も、実は地下水だったり?
俺の水の最上位曜術【アクア・レクス】を使えば、水脈とかも分かるかも知れないが、アレは使うと情報量が多すぎるせいで頭も痛いし吐き気もするからな……。
別にそこまでして知りたい秘密というワケでもないので、やめておこう。
「ツカサ君~」
「はいはい!」
掌から水が溢れ出るのに、ブラックが惜しそうな声を出す。
そんなに急かすのなら自分でどうにかして飲めよと睨むが、ブラックはわざとらしく目をキラキラと輝かせて訴えかけて来て。
……ぐ、ぐぬぬ……。
まあ……俺が言ったんだし、別に、飲ませるぐらいなんてことないし。
…………人の気配は……よし、無いな。無いから、別に恥ずかしくないぞ。
そもそもこんなの、こっ、恋人がするコトの中じゃ普通も普通だし!
だから別に全然意識してないんだからな。本当だからな。
何度も心の中で言いつつ、手を差し出した。
「ほら、飲めよ」
「もうちょっと可愛く言ってくれなきゃヤダヤダ」
「ぶりっこやめい! いらないなら俺が飲むぞ!」
「あーっ、飲む飲むっ! 飲むからツカサ君手ぇこっち……」
そう言って、ブラックは俺の腕を取り自分の顔へ近付ける。
軽く腰を曲げて髪を垂らし、そうして俺の掌に溜まる水へ唇をつけた。
「う……」
……別に、ブラックの口が俺の手に触れた訳じゃない。
じゃないけど、腕を握っている大人の手とか、触れずとも分かるほど近い相手の体温とか、あまり見ないアングルのブラックの顔が近くて、な、なんか、その……。
う、ううう……ああもう、なんでこんな事で俺はカッカしてるんだよ!
そりゃ、ち、近い所で見るとやっぱ鼻が高いし外国人風の顔だけあって彫りも深くて美形だなって思うしこのアングルからだと睫毛が意外と長いんだなとか鼻筋が真っ直ぐだなとかそもそも骨格からしてなんかもうどの角度からでも、か……格好いいんだな、とか……。
……………………。
ななな何考えてるんだろうなっ、そういう雰囲気じゃないのにな!?
お、おかしい。なんか今日おかしいな俺、まさか久しぶりの二人きりのデーっ、いや、散歩でなんか変にドキドキしちゃってるとか!?
いやいやそんなっ、そんなバカな!
落ち着け、落ち付け俺ぇえ……!
「ん~……」
「ぅっ……」
ずる、と、わざとらしい音を出してブラックが口をすぼめる。
水が無くなり湿っただけの掌にその唇が吸い付いて、俺は思わずビクリと反応してしまった。けれど、ブラックは何も言わずに音を立てて掌に口付けを続ける。
ちゅっ、ちゅっ、と恥ずかしい音が聞こえて来て、俺は思わず身を引いてしまった。
「ちょっ、ぶ、ブラックっ、もう水ないって……っ」
やめろと手を退こうとするが、全然動かない。
そんなに強く掴まれてないはずなのに、本気で下がろうとしてもブラックの体はビクともしなかった。どんだけ力が強いんだよこのオッサンは。
ていうか、なんで掌にキスしまくってんだよ!
そ、そんなの、したことないくせに。なのに、こんな急に、掌ばっかり吸われたりキスとかされたら、体がぞわぞわして来てしまう。
「っ、あ……っ!」
掌の真ん中に軽く吸い付かれて、舌先でくすぐられると、やばい。
ブラックの生温い舌や呼吸が生々しく触れる感触とくすぐったさで、刺激に敏感な俺の体が勝手に変な勘違いをしようとしてくる。
ビビった時とかにしょんべんが漏れるのは、刺激に体が反応したせいだ。
体ってのは、刺激を何でもかんでも受け取って反応してしまう物なんだよ。だから、くすぐったいと、腹の奥がぎゅうってなって、尿意っぽい感覚に襲われるだけで。
こ……こんな、ただ、ブラックに掌を舐められてるってだけのことでゾクゾクしてヘンな感じになるのも、俺の体が勘違いも甚だしいトンチンカンなだけでぇええ。
「ふふっ……つかひゃくんのてろひら、やらかくてきもちい……」
「も、もう、だからやめろって……っ」
ぬらぬらと光る舌が、わざとらしく曝け出される。
なんとも言えないその光景に息を飲むが、そんな俺の様子を上目遣いで眺め嬉しそうに顔を歪めながら、ブラックはその大きな舌で俺の掌を舐めた。
ううっ……な、なんでそんな、やらしい感じで舐めて来るんだよ。
舌の先でくすぐられるのも、深く刻まれた溝を伝われるのも、つらい。手相に使う事くらいしか意味を持たないと思ってたのに、そこを舌で辿られて、そのうえ俺ってヤツはその刺激に我慢出来ず反応しちまうなんて……。
ああもう、なんでこんなことするんだよ。
ブラックのスケベ、エロオヤジ!
「もっ……もう、ない……っ、無いからやめろってばぁ……っ」
どこかもどかしげな声を出してしまう自分が情けない。
体だって、こんなことで反応するなんておかしいのに、な、なんか……足が勝手に我慢しようと内腿に力を入れて閉じちゃってて……。
う、ううう……自分の体がうらめしいぃ……。
「ツカサ君、これだけでもう感じちゃってるの? ふ、ふふふっ……ホント、心配になっちゃうくらい敏感で可愛い……」
「だ、だって、アンタがするから……っ」
アンタがこんな変な事を急にやり出すから、俺の体も混乱しちまうんだ。
こんな事、普通誰もやらない。
ぐっと喉に力を入れると、俺を上目遣いで見ている菫色の目が笑んだ。
「僕がするから? 舐めただけで反応するのは、ツカサ君が敏感だからだよ?」
「こんな事、アンタぐらいしかしないんだって……! だから、っ、そ……その、こんな程度で、変に反応しちまったの!」
掌をこんな風に扱うえっちくさい奴なんて、ブラックかクロウぐらいしかいない。
それに、誰だって思っても見ない場所を執拗に舐められたら驚くって。だから、変に反応しちゃったのは俺のせいじゃない。
そう必死に訴えると――――何故かブラックは、満足げに笑みを深めた。
……あれ、なんか……勘違いされてるような。
「ふっ、ふふ……ふへへっ。そ、そう? 僕だけ? 僕が舐めるから、ツカサ君はすぐ感じちゃうんだ……?」
「え……えぇ……? ちが、そうじゃなくて……」
「もう……ツカサ君たら嬉しいこと言ってくれちゃって~」
なに、もしかして俺の説明が変に伝わってるの。
それとも「アンタだけ」って所を都合よく解釈してるとか?
いや、まあ、それは正しいけども、俺が言いたいのは変な部分を変態っぽく弄るのは、アンタくらいなモンだって意味の言葉だったんだけどな。
でも機嫌がよくなってくれたならいいや。やっと舐めるの止めてくれたし。
このままだと不名誉な事になりそうだったので、やめてくれて本当に良かった。
「ブラック……」
「ああ、可愛い……今すぐここでセックスしたいよツカサ君っ……」
やっと背筋をまっすぐにした相手を見上げると、すぐに視界がふさがれる。
動く暇も無く抱き締められて、俺は慌てながら首を振った。
「ちょっうわっ、だ、ダメだぞ!? それはさすがに……」
「分かってるよぉ。今日セックスしたら、あのクソ殿下がツカサ君のメスの匂いに当てられて何をするかわかんないし……」
そう言って、ブラックは俺の体を抱き締める力を強めた。
「あぁ……やだなぁ……。なんでこう、寄ってくる奴寄ってくる奴ツカサ君にちょっかいをかけようとするんだろ……。しかも二日間も、僕からツカサ君を取り上げるなんて」
「お前、人をモノみたいに言うんじゃないよ」
「だって、ツカサ君は僕の恋人で婚約者なのに……」
なのにこの大陸に来てから、ずっと別の目線で見られている。
そう不満げに顔を歪めるブラック。
……確かに、なんか……獣人達の視線は、独特なんだよな。
それに、クロウがらみの関係者とばかり出会うから、俺の立場は「ブラックの恋人」じゃなくて「クロウの仲間」だったり「群れのメス」だったり……ブラックが俺の特別だと把握してはいても、恋人とかいう感じで見て来る人はいなかった気がする。
彼らから見たら、俺は「誰かの恋人」というより「所有されているメス」みたいな感じで、人族のように色恋を絡めているようなフシは見受けられなかった。
……俺が色んな獣人に「メス」だと言われても、イラッとするだけでそこまで拒否感を抱けなかったのは、そういう感覚が原因なのかな。
だって……ブラックと俺の関係は、そういう「所有している」という感覚とは全く別の、一言では言い表せないような関係だったから。
――――そう考えると、拗ねているようなブラックに少し可愛さを感じてしまって、俺は忍び笑いをしてしまった。
「ふふっ……」
「な、なに。ツカサ君どしたのさ」
さっきの大人っぽい色気のある雄の表情とは違う、子供みたいなむくれ顔。
見上げた菫色の瞳はいかにも不満げで、そのギャップにまた笑いが漏れてしまう。そんな俺をブラックは抱き締めたまま、口を軽く尖らせる。
二日間も離れ離れになることに拗ねている相手の頬に、俺は手をやった。
ちくちくしてだらしない、無精髭だらけの顔。
こんな中途半端なヒゲなんて、この大陸じゃアンタぐらいしか見た事が無い。
そんな人族特有のモノを生やした頬を軽くぺちぺちと叩き、口角を上げて見せた。
「これが終わったら、あと試練は二つだろ。それで終わりだ。そしたら、大手を振って人族の大陸に帰れるんだからいいじゃないか」
「でもぉ……二日間だよ……? 二日間もツカサ君に触れられないんだよ……?」
「たった二日間じゃん。俺は向こうの世界で五日間くらいアンタと離れ離れになってんだぞ。それを考えたら軽いもんだって。別に見えない場所にいるんじゃないんだし」
「そうだけど……ああでも、ソレもヤなんだよぉ」
切なげに語尾を切り、ブラックは俺の手に顔を擦りつけて懐く。
そうして、眉根を寄せ俺をじっと見つめた。
「いますぐ、ツカサ君だけを攫って逃げられたらいいのになぁ……」
「またそんな事を言う……」
そんな事を言うけど、ブラックはそうはしない。
だって、アンタは責任や約束を放棄するような奴じゃないもんな。面倒臭がったり、人を嫌ったりするけど……でも、最後にはちゃんと約束を守ってくれるんだ。
えっちな事がしたいって言っても、こんな場所で襲ったりしないしな。
だから、俺も……――
「ツカサ君……」
「……早く、帰ろ?」
その「帰る場所」は、もちろんこのベーマスには無い。
俺のその言葉に、ブラックは不満げな顔をしたままだったが――やがて、堪らなくなったのか、俺の髪に顔を埋めて覆い被さるように俺を閉じ込めた。
抱き締めているのに、まだ抱き締め足りない。そう言うように。
→
※【アクア・レクス】
水の曜術の最上級術。水源や水脈を感知する術。認識出来る範囲の全ての水を鑑定し、自分の体と照合して有害か無害かを判定できる。認識した水が鑑定できる物であれば、認識した全ての水に変質させられる。
また、技術力が高ければ人体に干渉し体液を操る事が出来る。(第一部後半参照)
(ただし、莫大な精神力を使用するため、通常の曜術師が相手へ攻撃するのは凄く難しい。ヘタすると術者自身が情報量に耐え切れず死ぬ)
ちょっと遅れました…:(;゙゚'ω゚'):ウゥ…
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