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神狼鎮守タバヤ、崇める獣の慟哭編
4.試練の前に一休み1
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「はぁあ……なんでこう毎度毎度面倒臭いことになるんだろうねえ……ツカサ君って、厄介事に好かれる呪いにでも掛かってるんじゃないの?」
長の家から出て、やっと息を深く吐く。
そんな、文字通り一息ついた途端に横から怖い事を言われて、俺は顔をひきつらせながらヤメロと首を振った。
「お、お前なあ、呪いとか怖い事いうなっての。んなワケないじゃん」
軽く言い返すが、俺の言葉もなんだか煮え切らない。
そんな俺の顔を、ブラックは腰を軽く屈めながら覗き込んできた。
「そうかなぁ……。ツカサ君たらすぐ誰彼構わず優しくしようとするから、その中に変な勘違いしたクソ野郎がいるのもしょっちゅうだしなあ」
「だからそれが何で俺の呪いと関係してるんだよ」
「ツカサ君知らないの? 呪いって古代では曜術に込める感情以上のヤバい衝動が発動条件になってるんだよ。なんかの間違いで起こっても不思議じゃ無くない?」
「あーもー変な事ばっか言うなってば! せっかくクロウが気を利かせてくれたってのに、アンタは散歩したくねーのかよ!」
真剣な顔して変なこと言いやがってもう!!
これじゃせっかくの息抜きが台無しだろうがと睨むと、ブラックは「うーん」と口を尖らせて唸りながらも、姿勢を元に戻した。
……ったく清々しい朝だってのに、本当に空気が読めないって言うか何と言うか。
これじゃ、クロウとロクショウが「試練で緊張しっぱなしも体に悪いから、散歩したらいい」と俺達を気遣って送り出してくれたのが無駄になるじゃないか。
俺だって、ブラックがあんまり不機嫌だから、ちょっとくらい二人きりになっても良いかもとか思って……その……さ、散歩しよって言ったのにさ。
なのに、その出鼻を不穏な話でくじく奴があるかっての!
呪いとかほんと、そんな……そんなのは……ない……はず。
いや、こっちでは実際に存在してるらしいけど、俺にはかかってないハズだ。
【黒曜の使者】のエグい設定は別としても、呪いを掛けられるほどの大悪事なんて俺は起こしてないはずだぞ。たぶん、いやきっと。
それに、呪いとか口に出して万が一本当だったらどうしてくれる。
言霊ってのは万物共通なんだからな、言葉の力は怖いんだからな!?
俺の世界じゃどうか知らないが、こっちの世界では【呪い】とまでは行かずともソレに酷似した事例を何度も目撃しているんだし、滅多な事を言って欲しくない。
あと、呪いとか怖いから、なんかその……せめてもっと別の言い方をしてくれ。
「そういう問題じゃないと思うけどねえ」
「だから俺の心を読むなってば! ったく……散歩行きたくないなら帰れよ」
「わーっ、ごめんごめん! 行きたい行きたいツカサ君とデートしたいぃい」
人をおちょくるくせして臆面もなくこういう事を言うんだから本当にずるい。
それに、べ、別にデートとかじゃないし。
「散歩だっつってんだろ! も、もう良いから行くぞ」
「うんっ」
イイトシしたオッサンが出すような言葉じゃないとは思うんだが、機嫌を直してくれたんだから不覚は考えまい。
ともかく、明日から俺はボール代わりにならなきゃいけないんだから……今のうちに英気を養っておかないとな。
そんなこんなで、俺とブラックは狼族の聖地と言われる【タバヤ】の中を散策する事にした。
「昨日は日が暮れ始めてたからよく分からなかったけど……霧が晴れてるとは言え、空は流石に霧が掛かってるみたいだね」
「えっ、マジ?」
言われてすぐに見上げると、確かにそこには薄らと霧がかった空が有った。
もしかして、あの霧のおかげで、日差しが眩しくないんだろうか。確か、高い山だと逆に日に焼けて大変な事になるって話だよな。なのに、そういう弊害が無いように霧が覆い被さってるなんて……やっぱこの【タバヤ】って、不思議な場所だよな。
【色祝石】というでっかい水晶の原石と言い、気になる所がいっぱいだ。
「今まで色んな所を旅して来たけど、ホント村って多種多様だよなぁ」
「まあ、海の村と山の村なら生活に必要な事も違うし、そういう細かな部分で建物や習俗も変わっていくものだからね。獣人もヒトの一種である限り、そういう創意工夫の行動は変わらないんだろう」
「ふーむ……確かになあ。山は湿気が大変だけど海は潮風が大変だしな」
いつもながら、ブラックは俺がモヤーっと考えてる事を上手く言葉にしてくれるな。
そうなんだよな。だから、この【タバヤ】の家は窓が小さい造りになっているし、木を使えないからモンスターの皮や骨で屋根を作ってるんだ。
モンゴルの遊牧民が住む家のように見える……とは言っても、その土地で採れる素材の違いで、段々変わっていくんだな。
まあこの世界は剣と魔法の世界だし、俺の世界よりかはだいぶ材料の融通が利きそうだが。デカい骨とか、なめしただけで落石でも凹まない皮とか、色々と規格外な耐久性過ぎるし。骨を家の枠に使うなんて俺聞いたこと無いですよ。
まあでも、そのモンスターの素材のお蔭でこの高山地帯の寒さにも耐えられるんだから、ホントうまく嵌ってるよ。
「こういう家って、人族の大陸にもあるの?」
狼たちの家がある方へ下って行きながら聞くと、ブラックは軽く腕を組んで見せつつ視線を空に彷徨わせる。
「骨を建材にってのは中々聞かないなぁ。僕らの土地には森がある事が多いし、そもそも不毛な土地に住む理由もないからね。プレイン共和国みたいな荒野の国でも、レンガなんかを使うとは言え、隣国から木材を輸入することも簡単だから木を使うし」
「そういやそっか……常秋の国のベランデルン公国とか、アランベール帝国が周囲にあるんだもんな。植物がすぐ生えてくる土地があるんだから、無理してモンスターの骨とか使う必要が無いのか」
人族の大陸は、ワケあって東側の国の土地が荒野になったりしているし、北の国であるオーデル皇国は常冬の国で年中雪に覆われているけど、その他の土地は緑が豊かで木々もすぐに生えてくる。
だから、わざわざ使い辛そうなモノを使う必要が無いのだ。
そう考えると、やっぱり獣人達の大陸は厳しい世界なんだなと思い知らされる。
別に彼らはこの環境を地獄だとは思ってないみたいだが、それでも水が貴重だと言われる世界じゃやっぱりつらいことも俺達より多いだろう。
生肉を平気で食べられる人種じゃなきゃ、絶対暮らしていけなかったよな……。
この高山にある【タバヤ】だって、恐らく水が無いだろうし……なんて思いつつ、ふと緩い坂道の下の集落を見やると。
「……あれっ。なんか……水路が見える……?」
歪な円形の家々の隙間を、石造りの水路が走っているのが見える。
その水路には所々水が溜まる場所が作られていて、狼のメス達が衣服を洗ったり、肉を処理している姿が見られた。
…………あまりにも普通に存在するのでスルーしかけたが、水路だと?
目を擦ってもう一度見るが、見間違いではない。
来た時は家屋の群れの奥で見えなかった水路が、確かにそこにあるのだ。
これにはブラックも驚いたみたいで、目を丸くして水路を見つめる。
「ホントだね……あんまり当たり前にあるから見逃してたけど、外は砂漠なのに水がこんなに潤沢にあるなんて驚きだ」
「どっから流れて来るのかな?」
「うーん、謎だねえ。行ってみようか」
どこそこを探検するなんてのは、普段のブラックならあまり興味を持ったような反応をしないんだが、今回は興味をそそられたらしい。
だよな、俺も水がどこから出てるのか気になるぜ。
なんかこう……水路の始まりって気になって、ついつい追っちゃうよな。
俺も昔、婆ちゃんの田舎でダチと川登りしたっけ。冒険心に火が点いてガンガン山に入ってったら、つい帰りが遅くなっちゃって「山奥に行くな!」て怒られたっけ。
まあそれはともかく、今は水の出どころを見てみたい。
俺達は集落の方へ降りると、ひとまず水路を見てみることにした。長であるヴァー爺の家に行くための大きな道を通るだけじゃ、全然分かんないんだよな。
でもこれって多分、水が貴重だからこそ隠しているのかも知れない。
そう思うと、俺達が近付いて良いのか不安だったが、狼達は別段俺達を不審に思う事もなく、洗い場に近付いても特に何も言わなかった。
それどころか、朗らかに挨拶してくれる。
水場は、俺の世界……ていうか、日本の「湧水の町」とかでよく見かける洗い場と似ていてほぼそのままだ。上流から流れてくる水を段々にして、食べ物を洗う場所とその他で分けている。王宮ペリディェーザにも似たような洗い場が有ったけど、あっちはタイルで装飾されてたし、こっちの方がより原始的な感じだな。
岩でしっかり作られた水路や洗い場は、かなり年季が入っていて昔から変わらずに使われている事が窺える。
お肉を洗っている狼お姉さんに聞くと、上流の場所を教えてくれた。
隠されているとはいえ、お客様にまで秘匿するほどのものではないようだ。
もしくは、自分達で守れているから神経質になる必要が無いのか……まあともかく水路探検したい俺達にとってはありがたい。
お礼を言って、ひとまず水路に沿って上流へ向かって見ることにした。
「なんか凄い曲がりくねった水路だなぁ」
「たぶん、高低差を作るためにあえて距離を稼いでるんじゃないかな。長の家の周辺と違って集落は平たい場所に作られてるからね」
「ふーん……?」
イマイチ分からないが、確かに言われてみると水路は微妙に角度が付いている気が……しない……でも、ない……?
下へ水を送るためには、水源から真っ直ぐ水路を伸ばす訳にはいかなかったって事か。でも、そのおかげで色んな所に洗い場が出来ているから良いのかな。
俺にはそういう難しい事は分からないが、少なくとも狼族が俺より頭が良いって事は解かるぞ。己の赤点っぷりがちょっと悲しいが。
「このぶんだと、水源は近くにあるのかも知れない。少なくとも山頂から水を引いてるワケじゃ無さそうだ」
「えっ……そうなの?」
「でなけりゃ、こんな微妙な角度で水路を長々くねらせる必要も無いもの。水路の水の勢いからして間違いないと思うよ」
はぁー、ホントにアンタって奴は色んな所に気が付くなあ。
言われてみると確かに、山頂から水を引いてるなら水流を強くする方法だってあるだろうし、こんな風に水路を長々と作る必要も無いよな。
同じ平地に水源があるから、こう言う風に曲がりくねった水路を作ったんだ。
じゃあ、もうそろそろ水源とやらが見えて来るんだろうか。
ブラックと一緒に水路を辿って行くと、次第に集落の奥へと入って行く。
どこまで行くのだろうかと思っていると――不意に、目の前に高い崖が現れた。
行き止まりか、と、ブラックと一緒に水路の先を見ると。
「あっ……あれが水源かぁ!」
ちょうど、崖のすぐ下。
ついに見えた水路の終点は……予想外のものに繋がっていた。
「あれは……水晶……もしかして【色祝石】か?」
そう。
水路は、地上から生えた巨大な鉱石から流れ出ていたのだ。
だけどもこの【色祝石】は、他の物とは違う。長の家が乗っかっている超巨大な土台と同じで、上部がすっぱりと切られて平らになっているのだ。
その平らな部分がひび割れてへこみ、そこから水が流れているのである。
これは……どういうことなんだろう。鉱石から水が出てくるなんてことあるのかな。
いや、まあ、この世界ならありえることだろうけども。
「あの石って、中に水を溜めこむような石なのかな?」
ブラックに伺うと、相手は片眉を寄せて小首を傾げる。
どうやら、ブラックもこういうタイプの鉱石は初見だったらしい。
「そういう鉱石も、無くはないけど……この感じからすると、水は永続的に出続けてるみたいだし……よくわからないな」
立札も柵も作られていないその水源は、誰でも近寄る事が出来る。
ブラックはためらいもなく近付いて、水を生み出し続けている鉱石を観察した。
「下から吸い上げてるとか……」
「いや……そんな感じでもないね。水晶から水が生み出されてるみたいだよ。こういう鉱石もあるなんて、本当に未知の大陸だなここは」
真剣な顔をして、他の物より大きい【色祝石】を見つめるブラック。
さっきまで気の抜けた顔をしてたってのに、ほんとゲンキンだよな。興味のある事になると、すぐこうやって目の色変えるんだから。
…………そんなブラックを見て、腹を立てるどころか胸が悪くない感情でむずむずしてしまうあたり、自分も相当おめでたくて恥ずかしくなる。
なんか、その……俺……ブラックのこういう物知りな所とかに弱過ぎないか。
そりゃ悔しいくらい格好いいし、そこは同じ男として嫉妬せざるをえないと思う程に認めてるけど、でもキュンとしたりするのはちょっと病気と言うか。
……ぐぅう……でもこうなっちゃうんだよなあもう!
チクショウ、なんで俺って奴はこうカンタンなんだ。でも仕方ないじゃんズルいんだから。物知りなの格好いいのズルいから仕方ないじゃん!
俺だってたぶん物知りで格好良かったら女子にキュンとされてたわ!
だからこれは俺が弱いワケじゃなくて、普遍的なソレっていうか……
「ツカサ君?」
「んごわっ!? な、なに!?」
「そんな驚かなくても……。まあ良いや。せっかくだし、ちょっと頂こうよ。湧いてすぐの水なんて滅多に味わえるものじゃないしさ」
驚かなくてもって、そら考えてる途中で顔を覗きこまれたら驚くよ。
で、なんだっけ。水、水か。落ち着け俺。そうだな水を頂こう。
心臓がバクバクしててロクに話を聞いてなかったが、ブラックは俺が反射的に頷いたのを肯定と受け取ったのか、腕を引いて湧水に近寄る。
透き通った水晶から湧きあがる水は、なんだか青くて不思議な感じだ。
水を覗きこむと、ブラックは何を思ったのか横から顔を近付けて来る。
そうして、耳に息を吹きかけるように囁いた。
「ねえツカサ君。すくって僕に飲ませてよ」
「えっ!?」
予想外の言葉に振り向くと、至近距離のブラックは菫色の瞳を笑ませる。
つい息が引っ込んでしまった俺に、相手は畳み掛けるように甘くねだる。
「僕の手じゃ大きくて取りこぼしそうだしさ。だから……ツカサ君の手から、美味しい水を飲みたいなぁ。……ね、いいでしょ? お願いツカサ君」
「ぅ……」
だ、だから、その低い声はずるいって。
なんでコイツの声って、耳がびりびりするんだろう。それに、囁かれると……腹の奥の方がきゅうってなるし……なんか、えっちくさいというか……。
いや、違うぞ。俺は別にそういう事を考えてるんじゃないぞ。
ブラックの声がナチュラルに色気ボイスだからいけないんだ。こんな至近距離で甘くねっとり囁かれたら、そりゃ誰だってゾワゾワするわ。
きっと俺だけじゃないはずだし……って、そんなこと考えてる場合か。
ええと、水をなんだっけ。俺の手から飲みたいって?
なんでそんな斜め上の発想をするんだ。いやでも、手が大きいと、意外と水を掬うのが大変だったりするのかも。
水がわき出てる場所はそれほど大きくないもんな。俺の手の方がたっぷり掬えるのかも知れない。なら、ブラックがねだるのも仕方ない。
……たぶん、変な意味でおねだりしたんじゃない……はず。
てか「あ~、ツカサ君えっちなこと考えてるでしょ!」てからかわれそうだから、変な事は考えないようにしよう。これは普通だ。普通のお願いなのだ。
なら、まあ、水を汲むだけなら変な事はされないだろうし……。
「…………お、俺の手から、飲むの?」
「ダメ?」
「……一回だけだからな」
あざとく小首を傾げてアピールするのは、女の子の特権のはずなんだかがな。
なのに、どうして俺は無精髭のオッサンのおねだりに屈しているのだろうか。
毎度のことながらも納得がいかず、深く考え込みそうになってしまったが、そんな事をしているとまた心を読まれかねないので散らしておく。
こういうのは、意識するからからかわれるのだ。
だから、平常心。平常心でブラックに水をあげたらいい。
そう思い直し、俺は湧水が流れて落ちてすぐの場所に手を置いた。
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