異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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魔境山脈ネイリ、忘却の都と呪いの子編

21.その概念が存在しない世界

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   ◆



「調べてみたけど、やっぱりクラウディアっていう名前の古代人はいなかったよ」

 冷たいお茶と冷やした果物を差し入れに戻ってきた俺に、ブラックはそう告げた。
 入るなり真面目な顔をして言う相手につい驚いてしまったが、ブラックが今まで解読の傍ら「俺が本当に幽霊を見た」という可能性を探ってくれていたのだと理解し、なんだか顔が熱くなる。

 あまりに唐突で劇的な出来事だったから、ブラック達も「それは流石に夢だろう」と信じてくれなかったが、それはそれとして「もしかしたら」と思ってくれていたのか。

 こ……こういう所が、なんかズルいって言うか、なんというか……。
 ご、ゴホン。

 ともかく、この蔵書をあらかた浚って調べてくれたのは素直にありがたい。
 その結果“クラウディア”という子は居なかったという話だが……そう話すブラックの顔は何だか煮え切らない様子だ。どうしたのだろうかと思っていると、相手は麦茶を受け取って一度のどを潤してから話を続けた。

「……と言うか、詳しい古代【アルカドビア】の歴史が全く分からなかった、ってのが正確な所かな。暴君ネイロウドを討伐した国母ジュリアからの時代についてはそこその記述が見つかったけど、全部が同じ筆者によるもので信憑性も怪しいし……なんというか、この赤い砂漠の国はずいぶん混沌としてたみたいだね」
「じゃあ、本当のところはナゾなのか」
「少なくとも、今の僕達じゃ存在した可能性は否定できないかな。まあでも、ジュリア時代には、城で暮らせる“クラウディア”という少女は居なかったようだね」

 そのブラックの言葉に続き、冷えた果物を皮ごと食べながらクロウが喋る。

「別の著者の歴史書でも見つかれば、擦り合わせをして正確な記述かどうか判断ができるのだが、保管庫の書物だけではなんとも言えんな。……とはいえ、国母時代の記述はそこまで突飛な物ではないし、信用しても良いと思う」
「そうなのか……」

 クロウはそこまで断定できる確信があるのだろう。
 やっぱり、獣人の国については獣人に聞くべきなのかなと素直に感心していると、そんな俺の態度が気に入らなかったのか、ブラックは不機嫌顔で口を曲げた。

「ツカサ君、コイツずるしてるからね。全然偉くないからね?」
「何を言う。オレは、ペリディェーザで一度【アルカドビア】周辺の遺跡を調べた報告書を見た事があるだけだ。その調査書による表層の遺跡を見て、末期の時代の記述はほぼ正確だろうと言っただけだぞ」
「それをズルっつーんだよ! テメェ何も知らん顔して次から次に後出し情報を出してきやがって……殺すぞクソ熊が!」
「ブラックばかり褒められてズルいからお相子だろう。殺すぞはこっちの台詞だ」

 まーた言い合いが始まった。
 でもいつもの“じゃれ合い”をするぐらいクロウが元気になってくれて良かった。

「じゃれ合ってない!」
「じゃれ合ってないぞ」

 二人同時に俺の心の声を読まないで下さいませんかね。
 もうなにこれ、俺サトラレか何かなの。心の声がみんなにテレパシーで伝わっちゃうスキルの持ち主なの? 凄い羞恥プレイすぎる。

「と、ともかく……クラウディアって女の子が過去に存在してなかったって証拠は無いけど、少なくともコクボ? えーと、ジュリアって女王様の時代にはいなかったって事で大丈夫なんだよな? 解読だけでも大変なのに、調べてくれてありがとうな」
「そんなぁ、僕とツカサ君の仲じゃないっ。恋人いや婚約者として当然だよぉ」
「オレも二番目のオスだからな。ツカサの不安を取り除くのは当然の仕事だ」

 ……だから、照れながら横のオッサンと火花散らすのやめてってば。
 いつもの調子が出てきたのは良いけど、余計に面倒臭い事になったな。
 元気な二人の方が良いに決まってるがケンカはほどほどにしてくれ。いや、ケンカするほど仲がいいってヤツなのか。

「仲良くない!!」
「ふ、ふたりしてハモるなよぉ……。いや、ともかくさ、クラウディアちゃんの事は今は置いといて……それで、どう? 強い人の行方不明事件とか、ヨグトさんが言ってた不安な事に繋がるような話題って出て来た?」

 俺の話をしてるとまた変な方向に行きそうだったので、なんとか修正する。
 そう、この砦で蔵書を読ませてくれるように頼んだのは全てそのためなのだ。

 不穏な事件に巻き込まれないようにとヨグトさんが忠告してくれたのだから、殿下の“三王の試練”やお墓参りを平和に済ませるためにもしっかり知っておかないとな。
 ってなワケで、ブラックに結果を聞いたのだが……その答えは芳しくなかった。

「うーん……正直、呪いや歴史が関わってる感じは受けなかったかなぁ……。確かに国母やその関係者たちは惨い死に方だったらしいけど、自殺や同士討ちみたいな件ばかりだったし、内輪もめ以上の印象はなかったなぁ」

 ブラックが空を見ながら片眉を寄せるのに、クロウも頷き続ける。

「そもそも、殺し合いは獣人の常だからな。身内同士でも決闘は行われるし、昔なら結果によっては死ぬことも有る。今のオレ達とは違い、モンスターの本能が強かっただろうからな。……だから、過去の常識で言えば普通の事でもあったはずだ」
「なるほど……でも、アルカドビアの滅亡は結果的に呪いになったんだよな」

 だとすると、周辺の人達にとって、この王族達の破滅は「呪い」と受け取れるような凄まじい何かがあったのではなかろうか。
 例えば……暴君ネイロウドの呪いと思わせるような、すっごくキツい死に方……と言うか……うう、なんか考えるだけで気分が悪くなってきた……。

 つい顔を顰めてしまうが、そんな俺にクロウは首を傾げる。

「ムゥ……そもそもの話なのだが……その【呪い】という概念が気になる」
「どういうことだ?」

 さっきまでプリプリ怒ってたのに、ブラックが急に真面目な顔になる。
 その問いに、クロウはいつもの表情で答えた。

「……オレ達は、自然の理を是として生きる種族だ。人族と異なり、獣本来の損得や気高さを第一に考えている。つまり、生けるものと死せるもののに“それ以上”は無いということだ。……聖獣ベーマス以外はな」

 ……ほう。
 ほう?

 今の俺にはちょっとよく分からないな。
 確かに獣人達は半分モンスターの血を持っているし、その野生の誇りを大事にしているから弱肉強食の世界として全てが機能している。もちろん、獣人達もそれを良しとしてるんだ。それ故に、大陸は上手く回っている。
 けど、それが【呪い】の概念とどう関係あるんだろうか?

 今度は俺の方が首を傾げ得ると、ブラックが「なるほど」と呟いた。

「僕達人族と違って、そもそも獣人には【呪い】の概念が無かったんだな」

 思ってもみない回答。
 だが、クロウは狼狽えずに頷いた。

「呪いという概念は、俺が書物で見た限りではこの赤い砂漠から始まっている。オレの国で記されるのはこの“赤い砂漠”を発見した後だ。古くから巨大な群れを作り、海の向こうを見据えていたアルクーダですら、その概念を知覚していなかった」
「それは、そこが【呪い】の発祥地だからで済むんじゃないのか?」
「我々は“彷徨う霊魂”をそもそも知覚しない。大地に還ることも、空に溶けることも、当然だと思っているからだ。死ねば全ては霧散する。そこに情念が留まるなんて事は考えもせんのだ」

 そこまでクロウが言って、ようやく俺は「呪いという言葉は存在しない」というクロウの言葉を理解した。だって、前にクロウが今言ったような事を聞いてたから。

「そっか……潔く死ぬのも相手に食べられるのも名誉な事で当然の事だから、それを肝に銘じてる獣人が他人を呪って死ぬはずがないのか……」

 だから、元々獣人には【呪い】という概念は存在しなかった。
 しかしブラックは納得できないような顔で手を動かす。

「けど、それは大多数の話だろ? 少数派が喧伝して言葉が広がることも有るんじゃないのか。暴君のせいで国母が発狂して死ぬ、なんてそれらしいじゃないか。無念を呟いて死ぬ獣人も居ただろうし、名前は違ってもその概念は有っただろ。初めて国と言う形態を持った場所だからこそ、新しい概念も生まれたって可能性もある」

 ……俺はこの話に付いていけているだろうか。
 必死にブラックの言い分を頭の中で噛み砕く最中も、クロウはすらすらと返す。

「それは否定しない。だが、それなら【呪い】という概念はもっと広まっていいはずだし、呪術師が胡散臭いとも言われていないはずだ。教えが広まらなかったということは、オレ達は現実的にその被害を受けておらず信ずるに値しなかったということだ」

 …………ええと……呪いという言葉には今も昔も懐疑的ってことかな。
 だから、呪いという概念が獣人に生まれること自体が不思議だってこと……?

 そういや、試練を受けるための場所って呪術師だかまじない師だかの人が率いる狼の群れだったんだっけ。胡散臭いと言われてたような気もする。
 これを踏まえると……確かに、獣人達は現実主義な考え方を持っているようだ。

 つまり、簡単に言うと獣人達はオバケや魂を信じてないのだ。
 じゃあもしかして、クロウは俺が幽霊を怖がってるのを不思議な気持ちで見てたんだろうか……なんか恥ずかしいな……。

 いや、クロウは人族の大陸暮らしが長いんだし、きっとそういうのもあると思って俺を心配してくれたに違いない。そう思う事にしよう。

「ふむ……お前のその言い分を全面的に受け入れるなら、奇妙と言わざるを得ないけど……。だからなんだってんだ?」
「こんな風に人を怖がらせて心を操ろうとするような姑息な単語は、ずる賢い人族にしか生み出せんと思うのだが。ヨグトが言っていたのは、つまり人族がこの件で暗躍しているということなのではないか?」

 それは……随分と飛躍した推理だ。
 でも、クロウが違和感を感じてるのなら無理もないか。それに、人族が強い獣人を連れ去っているなら、傭兵目的でお金を上げて連れて行ったって可能性も出て来るんだよな。そっちの方が平和だしありえそうかも。

 不穏だってのも、獣人は人族を見下しているから、ソレが万が一バレた時に起こる争いを危惧しての事なら納得だ。

 クロウもそう思っているみたいで、自分の推理に自信満々で鼻息を荒くしているのだが、しかし当の人族であるブラックからすると面白くないようだ。
 というか、荒唐無稽な推測だと思ったらしい。

「お前なあ、自分の大陸の歴史を他種族になすりつけるなよ! そもそも【呪い】自体僕達の大陸でも太古の思想だし、学士か賢者でもなけりゃ利用したりするかっての。仮にその【呪い】を伝播したのが古代の人族だったとしても、今の事件も人族が裏でコソコソやってるってのは飛躍し過ぎだ!」

 バカじゃないのか死ぬのかと嫌そうな顔で言うブラックに、クロウはムゥと唸る。
 お互い一歩も引けぬような態度だ。

 ……正直、俺としてはどっちの言う事も頷けるので何も言えない。
 異世界の常識に疎い俺にとっては、双方の意見は充分に在り得ることだった。
 いや、だってさ、剣と魔法の世界なんだしわりと何でもアリっぽくないか?

 今までだって「こうだ!」と思っててもその斜め上の事実があったりしたし、結構な頻度で推理しては的外れになったりしたこともあるし……。
 突飛だからって全否定するのも危ないよな。

 でも、オッサン二人は頭が頑固なのか、一歩も引かずに睨み合っている。
 …………仕方ない。ここは俺が一肌脱ぐか。なんたって俺はオトナだからな。

「まあまあ、ブラックもクロウも冷たい麦茶でも飲んで落ち着けって。……呪いの起源は気になるけどさ、ここの滞在も明日までだし……今はナイリ山脈に無事到達する事を考えようぜ。今は判らなくたって、ブラックとクロウが解読してくれたモンは絶対に役に立つだろうしさ」

 なんたって、チート級の記憶力を持つブラックと、獣人の大陸に詳しいクロウがいるんだ。二人とも並の大人以上に頭脳明晰なんだし、その知識はきっと今後の行動に役立つだろう。俺はそう思うぞ。

 嫌味も何も無く素直に二人を信頼している自分はちょっと恥ずかしかったが、俺の誠意ある思いは伝わったのか、二人とも満更でもないような顔をした。
 ……まあ、なんていうか……そういう素直なとこは、二人とも可愛い……いや、別に可愛いとかは思わないけど、素直なのは良い事だ。うむ。

「不自然な所は多々あるけど……そうだね。今はあのバカ殿下を早く連れて行って、置いて帰るのが先だ。山には危険も一杯だし、解読したモノは今後ナイリ山脈についての情報だけ抜き取る事にするよ」
「オレも、マハ様に詳しい状況を聞いておこう。ヨグトの情報と照らし合わせれば、山を登るのに憂いは無くなるはずだ」

 機嫌が良くなった途端にまた有能ムーブをしだすオッサン達に、俺は苦笑する。
 いや本当に、子供っぽいんだか大人なんだか。

 まあ何もしてない俺が二人を揶揄する権利も無いか。
 というか頭脳労働は出来ないんだし、二人がホコリのアレルギーにならないように掃除でもしようかな。

「じゃあ俺は……」
「ツカサ君は僕の膝の上ね! もう文字ばっかりで癒しが足りないんだよ癒しが!」
「ムゥ……オレも触りたいぞ。交代だブラック、交代」
「ハァ? 調子乗ってんじゃねえ八つ裂きにして砂漠で焼くぞクソ熊」

 ああもうまた。
 っていうか、俺の扱い癒し枕とかそういう感じになってませんか。

 いやまあ役に立つならいいけどさ……って、これで良いんだろうか。
 やる事が無さすぎて、膝に乗る事すら普通に了承してる自分が怖い。

 ううむ、俺がもうちょっと頭が良ければ良かったんだろうが……古代文字の解読とか俺には無理過ぎる。こういう時に解読とか鑑定のチートが有ればよかったのに。
 でも、それも俺の実力じゃないから肩身が狭いのは同じか。

 まったく現実は上手くいかないなぁと思いつつ、俺はブラックに引っ張られて強引にゴツゴツした膝に乗せられてしまったのだった。










※ツイッターで寝そうと言ってましたがなんとか
 寝ずに更新しました…!(;`ω´)しかし遅れてスマヌ…

 
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