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魔境山脈ネイリ、忘却の都と呪いの子編
何かが変わるというのなら2
しおりを挟む――――要するに、ラミルテムサとは砂漠に生息するでっかいワニで、これを捕え食う事が出来る“群れ”というのは、相当恵まれているらしい。
この砂ワニはよほど強いオスでなければ捕えられないので、コレを狩ってくる家は周囲から一目置かれるのだそうだ。そして当然肉も美味いんだとか。
市井では滅多にお目に掛かれないとのことで、それを簡単に狩ってこられるウチの一族は凄いんだとかなんとか云々かんぬん。
……途中から自慢話にすり替わったので情報が耳から耳に抜けてしまったが、とりあえず怒りんぼ殿下が言いたかったのはそういう事らしい。
………………どこらへんが言いたかった事だ?
もしかして後半部分のおらが一族自慢じゃねーよな。勘弁してくれ。
なんとも言い難い授業だったが、とりあえず肉の下拵えが獣人のオスにとって重要な仕事である事が分かった。
今この砦で一番強いのは怒りんぼ殿下だから、殿下が肉を扱うってことか。
じゃあもしかして昨日出されてた肉もこの人が処理したのかな?
そう思うとなんだか微妙な気持ちだが、まあ食材に罪は無い。でもブラックにはこの事は黙っておこう。もし知ったら夕食を食べなくなるかもしれないからな。
「……ということだ。まあ、脆弱な人族のメスであるお前には解らんだろうがな」
「は、ははは……」
ホントに余計なひと言が多いなコイツ。だけどまあ、そもそも獣人自体が人族を下に見ているんだし仕方ないか。弱肉強食観念が強いんだから、相手の言う事に一々目くじらを立てていてもなんも進まないよな。
ここは俺が大人になって冷静に会話せねば……などと考えていると、怒りんぼ殿下が不意に俺に問いかけて来た。
「ところでお前……何故、あのようなオスどもに従っているんだ」
「え?」
つい間抜けな声で聞き返すと、怒りんぼ殿下は不機嫌そうないつもの顔を更にムッと顰める。怒っているとまでは行かないが、どうも何かが不満らしい。
俺がオスどもに従ってるって……メス認定してたらそういう目線になるのか。
二人とは、まあその……そ、そういうコトもしてるけど、それ以前に大事な仲間だし、俺は二人の強さを信頼している。ブラック達だって、ザコだ何だとは言うけど純粋に仲間として俺を見ていてくれる部分があるはずだ。
それは、従っているとかそう言う関係ではない。俺が一緒に居たいからブラック達と一緒に居るんだし、ブラックやクロウだけじゃなくロクショウやペコリア達も同じように思ってくれているはず。誰かに強制されているような関係じゃないんだ。
……ブラックは毎回強引にセクハラしてくるけども、それはともかく。
「メスとはいえ、お前は王家の料理人と同等の技能を持ち、食への造詣も深い。その幼さで、ある程度は知恵もある。……なのに何故、あの愚弟を群れに入れたのだ」
アレッなんか褒められてるようでそんな気がしないゾ。
絶対コレ見下し含んでるよな。人族の頭悪そうな弱メスのワリに、って言葉が全部の台詞の頭に付いてるよな絶対。もう口調からしてそんな感じにしか思えない。
コンチクショウ、どんだけ俺を下に見たら気が済むんだ……いやいや落ち着け俺。平常心、平常心だ。つーか、俺はさっき「怒りんぼ殿下のことを何も知らないし、歩み寄ってみよう」とか考えてたじゃないか。
こんな事でキーキー言ってたら全然距離を近付けられないぞ。相手はコッチのことを見下してて当然なんだ。そこを念頭に置くんだ俺。クロウのためにも、怒りんぼ殿下が何を考えているのかこの際ちゃんと知っておかなきゃ。
そのためには、真っ正直な受け答えをするのが一番だよな。
こっちが嘘ついてたら相手も分かるだろうし、なにより当たり前の事を変にボカして教えたくはない。息を吸って一拍置くと、俺は殿下に答えた。
「何故って、クロウは俺の仲間だから」
「仲間? メスはオスと同一の座に就く事は出来ない。なにが仲間だというんだ」
「獣人からすりゃそうなんだろうし、まあ……俺みたいな冒険者は珍しいらしいけどさ、でも一緒に戦ったり支え合ったりするなら、それはオスメス以前に仲間だろ」
「群れの間違いでは? 弱いメスが戦うオスを背後から支えるのは当然の事だ」
――――これは、仲間っていう理由より先に、オスメスに対する認識の違いを先に説明した方が良いのだろうか。
でも、うーん……それは難しいぞ。
こればっかりは獣人としての文化ってのがあるからなぁ……。
彼らからすればメスは守る対象であり、だからこそオスが戦う責任を負う。
こう言っちゃなんだが、獣人のオスにとってメスは守るべき財産なのだ。
もちろんメスを物扱いしてるワケじゃなく、財産だって表現するぐらい大事にしてるんだと思う。でなけりゃ、殿下がマハさんに向ける態度があんな風になるはずが無いしな。他のメスには高圧的な殿下だが、やっぱドービエル爺ちゃんとかクロウを見ていると、財産扱いではあってもお互いを愛する気持ちは有るんだろう。
つまり、俺達とはモノサシがちょっと違うだけなのだ。
その違いのせいで、怒りんぼ殿下は俺の説明が理解出来ないのである。
……なので、みんなが納得しているそういう常識を「ウチでは違う」と説明するのは、非常に難しい。微妙に似通ってるが根本が違うって文化なら尚更キツい。
怒りんぼ殿下も、なんか頑固おやじっぽいしなぁ……。下手な答えじゃ否定されたりしそうだ。そうなるとお手上げだぞ。
俺で説明し切れるだろうかと不安になりつつも、なんとか答えを絞り出した。
「えーと……その、マハさんは母親だけど、かなり強い……よな?」
「母上は稀代のメスだ。お前のようなそこいらの弱いメスと同じにするな。俺が言うのもなんだが、あの人をメスの基準で考えるのは間違いだぞ」
「そ、それはそうだけど……でもさ、マハさんはその力を使って色んな人を守ったりも出来るから、ここの領主をしてるんだろ? 全てはマハさんが強いから、だ」
「うむ」
「……でも、人族は強いから他人を守ろうってんじゃない。弱くても、そう思うんだよ。お互いを守りたいって気持ちが基本にあるのが人族なんだ。メスは守られて当然っていう文化じゃないんだよ」
あっ、俺いま良いコト言ったぞ
そうだよ、ソレだ。
つまりはそういうことなんだ。
そう思うとすらすら言葉が出て来て、俺は殿下の顔を見上げながら続けた。
「人族も父親が母親を守ろうとするけど、それはオスだからじゃなくて……好きな人だから、命がけで守ろうとするんだ。……たぶん。だから、好きな人を守る為なら自分の命を顧みず飛び出すし強くなろうとするっていうか、それは母親も同じというか……」
「好き? 子を作る番だから、大事に守ろうとするということか」
意外にも、相手は真剣に聞いている。
これなら解って貰えるかなと思って、俺は素直に「自分が思っている事」を続けた。
「友人知人でも同じだと思う。愛情とかじゃなくても、仲間や家族になったり、相手を大事に思うと、人族ならその相手の笑顔を守ろうとするんだ。少なくとも俺は……こ、恋人、とか……仲間とか……家族じゃなくても、大事だから守りたいって思うし……」
例え自分が弱くたって、そういう気持ちは消えないよな。
こういう感情はメスだからオスだからってもんじゃない。
一人の人としてそう思うからこそ、人は人を守ろうとするんだ。
弱いから守ってやろうっていう気持ちも含まれているかも知れないが、一番強いのは「その人や見知らぬ誰かの哀しい顔は見たくない」って思いやりだろう。
だから、その人が自分より強くても、身を投げ出して助けようとするんだよ。
「…………わからん感覚だな。戦いで散る事すら容認しないということか? 無様な敗北を見せて生き汚く這いずるより、潔く命を差し出すほうが誇り高いだろう。戦とはそういう神聖に繋がる儀式のはずだ。名誉と伝統を軽んじて命を救うだの守るだのと言うのは、ただの偽善ではないのか? そもそも、メスごときがそんな考え方をすることがおこがましい。弱いメスなどオスの肉の盾にもならんし、性欲や食欲を満たす役にしか立たんだろう」
「俺達にとっては、命は生き汚くても持っていてほしいものなんだよ。弱くても、どんな情けない姿になっても、生きててほしいって思うんだ。だから、守るんだよ。大切な奴だから手を貸してやりたいって思うんだ。……その気持ちに、強さなんて関係ない」
そこの辺りの感覚はもう、お互い譲りようがないんだろうな。
潔い命の散り方も、それはそれで一つの答えだ。その人が名誉を大事にするなら、それが望みだというのなら、俺達が何かを言う資格など無い。
だけど、死を選ぶよりも良い未来があるなら、生きて欲しいと願う。
俺に出来る事ならなんでもしてやりたいと思う。
その人が幸せに生きている姿を見ることこそが、その人を大事に思う人にとっての幸せでもあるから。俺はそう思うから、ブラックを、クロウを守りたいんだよ。
出来ること全部使って、助けたいんだ。
たくさんの「好きなところ」がある二人には、笑顔で生きていて欲しいから。
「…………」
殿下は、黙っている。
だけど元々の問いを思い出したかのように、ぽつりと問いかけて来た。
「その気持ちが、あの追放された愚か者を仲間と呼ぶことに繋がっている、と?」
「どうかな……仲間って、守りたいから作るんじゃなくて自然とそうなるもんだから」
便宜上「仲間」と呼んでいても、そうでない事は多々ある。
守りたい気持ちは仲間である事とは別だろう。
長々話していて段々分からなくなってきたが、それは怒りんぼ殿下も同じだったようで、深い溜息を吐くとボリボリと頭を掻いた。
「……お前の言っている事は、よくわからん。人族とはやはり理解不能な人種だ」
「まあその、俺説明ヘタだから……なんかすんません」
ブラックならもっと簡単に分かり易く話してくれるんだろうになあ。
結局「仲間」についての説明は俺にも上手くできないし、うーん……なんていうか、同じような体験をしてこなかった人に抽象的な事を説明するのは本当に難しい。
「……いや、だがお前がどういう考えを持っているかは理解した。惰弱なメスのくせにあの愚か者を守りたがるのは、要するに人族の本能と言うことなんだな」
「えっ、あっ、いや、え……その……」
…………掛け替えのない存在って、本能的なモンなの?
うわ解らん。もうそういう哲学みたいな事はコリゴリだ。ブラック助けて。
つーか俺がクロウを守りたいのは大事だからで、その、大事っていう事は、ブラックとは違う感情だけどクロウには何を明け渡してもいいって気持ちがあるというか……それってどういう……いや、だ、だからその……舐められたりとか普通にやらせてるのって、つ、つまり……うわ、なんか今凄く恥ずかしくなってきた。俺ホントにどういう気持ちでクロウに接してるの。
なんか考えれば考えるほど逃げたくなってきた。
「何故顔を赤くする」
「えっ!? い、いや別にっ、あのもう俺行きますね急用を思いついたので!!」
「おい待て、答えを聞いてないぞ」
ギャッ、手首を掴まれた。
怒りんぼ殿下も中々のマッチョなせいで全く体が動かんぞチクショウ。
「あの、えーと!」
うわ、無理矢理そっちに引き摺って顔を向かせようとするのやめてください。
顔が赤くなってるなら尚更見られたくないんですけど、と、抵抗しようとしたのだが、怒りんぼ殿下のパワーには敵わず俺は顎を取られてしまう。
そのまま、太く硬い指に動かされ俺は顔を固定されてしまった。
少し上に持ち上げられ、相手の顔を見上げさせられる。
戸惑った変な顔になっているだろう俺を見て、相手は目を細めた。
「お前を奪い犯して俺のメスにすれば、その本能の“守る”対象になれるのか?」
「え……」
それは……――――どういう、意味だ?
一瞬、相手の言葉が理解出来なくて硬直する。
だけど俺が理解する前に相手は目を逸らし、俺を乱暴に突き離した。
「……今のは忘れろ。お前達の不可解な関係が気になっただけだ」
誰かに言えば八つ裂きにするからな、と最後に脅されて思わず何度も頷いた俺に、怒りんぼ殿下はフンと不機嫌な鼻息を噴くと、そのまま反対の通路から出て行ってしまった。……後に残るのは、その場にヘタりこんだ俺だけだ。
「…………い、いまの……どういう意味……?」
俺の説明のせいで混乱したから、実地検証しようとしたってことなのか?
それとも……何か別に、意味があるんだろうか。
怒りんぼ殿下が俺を好きになってるハズもないし、暗殺計画だって忘れちゃいないはずだ。そもそも、クロウと同じ立場になるのは我慢出来ないだろう。
なら、今の台詞って……どういうことなんだ。
「俺が、守るのが……不可解な関係だから……?」
さっきまでの会話を反芻して呟き、俺は視線を空に彷徨わせた。
不可解だからって、そんな過激な発想に行きつくもんだろうか。そう眉をひそめ――また、思考が止まる。
……ちょっとだけ、変なことを考えてしまったのだ。
――――そういえば、殿下って強いから守られた事なんてないんだろうな。
――――だから、守るって言う言葉が理解出来なくて知りたかった、とか?
なーんて、変なことを。……でも、それだけのために、俺を奪って犯すとか言わないよな。やっぱりアレは脅し文句か何かだったんだろうか。俺もグダグダ鬱陶しい解説しちゃったしな。
あっ、イライラしてたから、もしかすると腹いせのつもりだったのかも知れない。
つまんない説明聞かせやがってって。
ああ、きっとそうだ。そう思う事にしよう。
心の中で区切りをつけ、俺も立ち上がって息を吐いた。
「俺も帰ろ……ブラック達に心配かけちゃったかもしれないし……」
砂が付いた尻を叩いて綺麗にし、ぼやきながら俺も踵を返す。
ともかく、今日のことは誰にも言わない方が良いだろう。なんせ脅されたしな。
……だから、殿下との話も忘れたほうがいい。
そうしないと、相手の真意について考え込んでしまいそうだったから。
→
※す、すみません:(´◦ω◦`):オクレマシタ…
ちょっと文章の解釈に悩んでたら遅くなりまして…
物事の定義ってほんま難しいです_| ̄|○
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