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魔境山脈ネイリ、忘却の都と呪いの子編
20.何かが変わるというのなら1
しおりを挟む「やっぱりさあ、さっきの話って寝ぼけてたんじゃないのツカサ君」
「ム、ツカサはそういうところがあるからな」
「…………」
明けて翌日、オッサン二人の髪を梳いてやって身支度を整えさせる間に、昨晩の事を二人に話したのだが……マハさん達との朝食が終わって【蔵書保管庫】に来た時に出た開口一番の言葉がこれだ。
しかもクロウも乗っかってるし……何故お前らはそう俺の頭を疑うんだ。
いやまあ、間抜けな所も多々見せてるから仕方ないけど、でもちょっとくらい真面目に取り合ってくれたっていいじゃないか。
こう言う時って、いつもなら普通に考えたりしてくれなかったっけ?
「まあまあそんなに怖い顔しないで。……でもさ、あんまり素直に反応するってのも、何だか誰かに誘導されてるみたいで危険じゃない?」
「え……どういうこと?」
「ツカサ君の話を聞いて“あからさま過ぎる”なあって。……仮にその女の子が本当に幽霊だとして、一人になったツカサ君の前にちょうど現れて、急に何かを訴えかけてくるなんて都合が良過ぎない? 三文芝居じゃないんだからさ」
「た、確かに……そう言われるとそうかもだけど……」
しかし、俺に訴えかけるクラウディアちゃんの様子は本当に必死だったし、もし本当に何かを伝えたかったのだとしたら、嘘だと決めつけるのも可哀想だ。
そもそも……お願いされたことだって、何が何やらって感じだったのに。
「ツカサ、オレもアルカドビアの砦に女の幽霊がいるとは聞いた事が無いぞ。それに――――耳の特徴を聞くと、どうも狐耳に近いようだが……この周辺には狐の系統の一族などいなかったはずだ」
もし本当に謎の少女がいたとしても、この侵入しにくい城に少女一人で入って来られるとは思えない。深窓の令嬢のような少女なら尚更。
そう言って真面目に答えてくれるクロウ。
「……マジの幽霊だとしたら、この蔵書保管庫の本に乗って無かったりしない?」
早速机に向かって翻訳の続きをしているブラックは、こちらに背を向けたまま、手をあげてヒラヒラと動かして見せる。
「今のところ見つからないねえ。……というか、狐耳かどうかの単語が曖昧で、その幽霊が本物だったとしても今はなんとも」
「ムゥ……音読が可能なら一族の名前はオレが教えるぞ」
「ああ、お前もたまには役に立つんだな。じゃあちょっとこい熊公」
ここは獣人の一族の名前だと思うんだが……と続けるブラック。クロウも机の隣に立ち、指差されたらしい箇所を見て顎に手を当てて考えている。
……こりゃ、クラウディアちゃんの事を話し合う雰囲気じゃないな。
歴史書の解読をお願いしたのは俺だし、最初に知りたがったのは俺なんだから、今は二人を邪魔するわけにはいかないか……。
でも、放置プレイはちょっとつらい。
真面目に取り組んでるオッサン二人は素直に頼もしいし、不覚にも格好いいなとか思ったりしちゃったりもするけど、なんかこう、話のコシを急に折られるとさあ。
俺だって真剣に話したんだけども。
「…………部屋にでも戻ろうかな」
俺のお願いから始まった事を調べてくれてる二人に文句など言えず、俺は客室に戻ろうと保管庫を後にした。
ブラックが一緒なら絶対に安全だし、外に召使いさんも居たから襲撃される危険も無いだろう。それに、本を運ぶのであれば俺よりクロウの方が都合が良い。ブラックが何か知りたいと思ったら、獣人の王子様であるクロウの方が間違いなく色んな事を答えられるだろう。ぶっちゃけ、俺が居ても居なくても変わりはない。
というか、ブラックの気が散って邪魔ってトコまである。
なので、俺は二人のためにお茶とかお菓子を用意するくらいしか出来る事は無いだろう。……自分でそう言えちゃうのは悲しいが、事実だしな。はぁ。
ともかく、一度戻って一息つくか。
クラウディアちゃんの事が気になるけど、現状どうしようもないしな。俺がたまに見る不思議な夢みたいに具体性もない、ホントに夢みたいな話だったし……。
そりゃ、ブラック達だってひとまず置いておこうってなるよ。怖い幽霊でもないし、俺が寝ぼけてたのではって疑惑も消えないしな。
ここは素直に引き下がって、翻訳はハイパー有能オッサンズに任せておこう。
「……にしても、クロウは本当に色々出来るのに……何があんなに自信を失わせてたんだろう。マハさんの態度を見ても、追放されるほど悪い事をしたとは全然思えなかったんだけどなぁ」
そもそも爺ちゃんも心配して人族の大陸にやって来たくらいだし……やっぱり、何か思い違いが有ってベーマス大陸から出ざるを得なかったんじゃなかろうか。
怒りんぼ殿下と腹黒いルードさんは、その事を知らされてない、とか……。
でも、それだけじゃ頭も良いし力も強いクロウが王子様扱いして貰えない理由にはならないよな。王宮・ペリディェーザの人達だって、王族以外は何かクロウによそよそしかったし……。うーん、一体何なんだろう。
クロウが自信を取り戻してくれたのは嬉しいけど、このままじゃまたクロウが難癖を付けられてヘコまされそうでちょっと怖い。
やっぱり、そもそもの原因を取り除かない限りはどうにもならないのかな。
でも、そのためにクロウに過去の話を聞くのもなぁ……。
いっそのこと、怒りんぼ殿下達が、今のクロウの強さに納得してくれたら全部が丸く収まるんだけど。
別にクロウも王位簒奪なんて考えてないワケだし、こっちの意思を示してクロウの武力を示したら納得してくれないだろうか。
獣人は力こそ全てって感じだし、そっちの方が簡単そうだよな。
…………とはいえ、あの人達ってば何考えてるかまったくわからないからなぁ。
「特に怒りんぼ殿下は、ムスッと黙ってるか怒ってるかどっちかだし」
昨晩の母親にタジタジな様子が珍しいと思えるくらい、相手は常時怒り顔だ。
あれじゃ取りつく島も無い。
せめて、もうちょっと色々話せるようになればいいんだけど……殿下と俺の関係って、メシでしか繋がってないから難しいな。お互い信頼してるワケでもないしなあ。
そもそも、ピロピロちゃんの車の中でも、殿下はずっと部屋に籠ってたんだ。そんな拒絶状態の相手を懐柔させるなんて、かなりの難易度だろう。
なんなら、クラウディアちゃんを探す方が簡単かもしれない。
「一度何かを嫌っちゃったら、その気持ちを取り消すまで結構な時間がかかるからなぁ……。やっぱり、この状態のままさっさと本を貰ってドロンするしかないのか」
下手に動いて拗らせるより、その方が良いのかも知れない。
暗殺計画も、なるようにしかならないか……結局のところ、相手が諦めてくれない限りずっと続いてしまうだろうし。
「しっかし……暗殺ってぶっ飛びすぎだろ。ホントに獣人ってのは弱肉強食すぎるっつーかなんつうか……」
仲が悪い兄弟はたくさん存在するだろうけど、殺すまで行くのは俺の世界でだってそうそう居ないはずだ。なのに、殿下二人は即答で殺すだもんなぁ……。
ホント、何を考えてるんだか……ちょっとでも知る事が出来れば、あの人達の態度も少しは軟化してくれるんだろうか。
「……そういえば、怒りんぼ殿下って今なにしてるのかな?」
お母さんと昔話に花でも咲かせてるんだろうか。
あんだけ猛々しいワリにはお母さんの前では大人しかったし、もしかすると殿下も母親には敵わなかったり甘かったりするのかもしれん。
そういう所から、会話の糸口とかつかめないかな。
「今すぐ保管庫に戻るのもなんだし……ちょっと探ってみるか」
一階にいるかな、と階段に向かい下へと降りようとすると――――上階から微かに、何かを打ち合わせるような音が聞こえた。
この砦は四階くらいの高さがあるけど、そういえば上階には行った事が無いな。
自由に歩き回って良いとマハさんに言われているし、まずそっちに行ってみるか。
ちょっと段差が高い階段を苦労して登り、四階へと辿り着く。すると、音は先程より鋭く聞こえてきた。ばすん、ばしん、なんていう……どっちかというと、サンドバッグに拳を打ち付けているような音だ。
でも、これは四階じゃないな。さらに上がある。
ってことは屋上から音がするのか。
いつの間にか上がっていた息をハァハァと整えて、俺は階段を上り切った。
「おお、これが屋上……」
ドアが無いアーチ状の入口の向こうには、低い壁で囲まれた広場が在り、向こう側にはこちらと似たような塔の形をした入り口が見えた。結構広いけど、なんかごちゃついてるな。そこかしこに武器が置かれてるぞ。
「槍に大きな石に砲丸の玉……?」
広場に足を踏み入れて、そこかしこに積まれているモノを確認するが、どれも投擲用の物のようだ。大砲などは見られない。獣人は腕力があるから、素手でも充分に威力があるってことなんだろうか。
どんだけ力が強いんだとゾッとしてしまったが、今は音の正体だな。
バスンバスンと耳に響くほどの音を立てる場所を改めて見やると……そこには、俺が探していた怒りんぼ殿下がいた。……のだが。
「げっ……」
屋上の端の方で、怒りんぼ殿下が何をしているかと言うと――――
なんと彼は、縄で吊り上げたでっかいワニっぽいモンスターの腹を、何度も何度も思いっきり拳で叩いていた。そりゃもう、スパーリングするみたいにバシバシと。
…………あの、それ、死んでるモンスターですよね……?
デカすぎるワニっぽいモンスターにも驚きだけど、一番ビックリなのはモンスターの死骸をサンドバッグ代わりにしている殿下だよ。
なんだこれは。もしや獣人にはそういう儀式とか何かがあるのか。
これが伝統的なサンドバッグとでもいうのだろうか。
そ、そういう文化なら仕方ないけど、でもちょっとあの、俺には刺激が強すぎるって言うか、普通にモンスターを倒すより何故かエグく感じてしまうっていうか……。
「なんだ、何を見ている」
「ヒエッ」
ばばばバレちゃった。うわあどうしよう。
でもここで逃げたら余計に心証が悪くなるだろうし、し、仕方ない……何をしてたのか、とりあえず聞いてみるか……思いっきり嫌な顔をされるだろうけど。
居た堪れなさを感じつつも近寄ると、俺は三メートルどころじゃない巨体のワニ的なモンスターと怒りんぼ殿下を交互に見ながら問いかけた。
「あの……これは何を……。拳の鍛錬ですか」
そう問いかけると、また怒りんぼの眉間にシワが一つ増える。
しかし、意外にも相手はすんなり答えてくれた。
「何を言っている。これは夕食の肉を下拵えしているだけだ」
「えっ……あ……なるほど、肉を叩いて柔らかくするってヤツっすね!」
それなら理解出来る。食べるための下拵えなら冒涜とかじゃないしセーフだな。
ついホッとしてしまうと、また怒りんぼ殿下の眉間のシワが増えてしまった。
「なんだそのあからさまな安堵の顔は」
「あっ、い、いえ、こういう感じで鍛錬するのかなって驚いたので……」
「愚か者め、それとも人族は愚鈍なだけでなく頭も悪いのか?」
「人族の場合は切ってから加工したりするので……なんかすみません……」
「フン」
ブラックもかなり口が悪いけど、負けず劣らずだなこの殿下。ちくしょう。
でも王子様が下拵えってよく考えたら凄いことさせられてるな。位が高い人なのにそれっていいんだろうか。
「あの……愚鈍ついでにお聞きしたいんですが、殿下直々に下拵えして下さるのって不敬に当たらないんですか?」
「敬語は気持ち悪いから要らんといっているだろうが」
「あ、すんません……。それで、大丈夫……なん、なのか?」
だあもうついつい敬語使っちゃうんだってば。アンタ一応大人なんだしさ。
いいから応えてくれよと目を向けると、相手は片眉を寄せて腕を組んだ。
「よくわからんヤツだな。それとも人族はそういうモノなのか? 肉の狩りや加工は、一番強いオスの仕事だろう。焼いたり提供するのはお前達メスの仕事だ。ならば、今この砦で一番強い俺が肉の処理をするのは当たり前だろう」
「なるほど……この肉ってそんな硬いんっすね」
「ラミルテムサも知らんとは、本当に人族は愚鈍だな。……いいか、このラミルテムサの肉と言うのはだな、そもそも……」
えっ。あっ、なんですか。
もしかして解説してくれるんですか。
いやちょっと待って、なんかヤケに本格的な解説始まったんだけど。
何だこの人本当によくわからん、マジで何考えてるんだ?!
「おい、聞いているのか!」
「はっはい聞いてますう!!」
マジでよくわからない展開になってしまったが、逃げるワケにもいくまい。
とにかく今は、黙って怒りんぼ殿下に従う事にしよう……。
いつになく饒舌な怒りんぼ殿下は、俺のことなど構わずそのまま数分喋りつづけたのだった。
→
※ちょと遅れました(;`ω´)スミマセヌ
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