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魔境山脈ネイリ、忘却の都と呪いの子編
15.古都アルカドビアについて
しおりを挟む【太陽国アルカドビア盛衰記】
かつての砂狐族長“グリフィナス”は、放浪の末に聖なる獣の背骨を彩る赤い砂の大地に辿り着いた。それは、貴重な慈雨の降る時期。天敵である“雷干族”に安息の地を追われた末の事であった。
グリフィナスは海を臨むこの特殊な砂漠に聖獣の意思を感じ、ここに国を作ることを宣言しその類稀なる【デイェル】によって鉄壁の壁を誇る街を作った。
一族が住むだけの小さな都市だったが、彼らは周辺の土地から金の採掘を可能にしたことにより、急速に力をつけ周辺の“群れ”を取り込み率いるようになる。
その“群れ”は次第に巨大になり、ついには国を名乗るほどに支配する土地は膨れ上がり、その時まだ流浪の途中であった“二角神熊族”の群れを追い抜きベーマスで初めて王族と言う概念を作り出した。
既に代を重ねていた砂狐族は国の祖であるグリフィナスの名を家名とし、赤い砂漠の地で多種多様な獣人を“群れ”とする新たな概念を生み出したのだ。
彼らは、ニンゲンという名の手先が器用な種族と「ボウエキ」という物を行った。
海の向こうから時折流れ着いたり、いつの間にかあらわれていた不可解な「どの獣とも耳が異なる獣人」達と、フネ(器を人が乗るほど大きく加工したもの。海に浮かべ進む乗り物)を用いて取引をし、様々な物を手に入れた。
その他にも、金の王国として他の群れに輝く装飾品との物々交換を行い、自分達が採取できない金属を引き換えにした。今は廃れかけた通貨の始まりである。
(注釈:真偽は不明)
数多くの“群れ”と相互に取引を行い力を蓄えた【太陽の国アルカドビア】は、その武力をありとあらゆる所で発揮し、不毛な西の果ての土地であるにも関わらず時代の王者として名声と栄誉をほしいままにした。
――この時代の獣人達は、砂狐族の寝首を掻く事すら難しかった。
【神獣】と呼ばれる種族たちも、彼らには一目置いていたのだ。
それゆえこの国は【太陽をも地に縛り付けた国】と讃えられ、かつては呪いの地と揶揄された赤い砂漠を己が名声で羨望の地へと塗り替えて行ったのである。
だが、アルカドビア王朝末期。
王に即位した【ネイロウド】という男が、ついにその太陽を手放した。
この王は邪知暴虐、黄金を湯水のように使い戯れに人を虐げ、家臣が気にくわぬ発言をすると、笑いながら首を落とした暴君。
奴隷を奴隷とも思わず、蛮族に対し無慈悲に振る舞い我欲を通した王。
その暴虐は国を揺るがし、母親であった国母【ジュリア・ネイロウド】と対立した。
国母ジュリアは「正しき国を取り戻す」として実の息子であるネイロウドに対して戦を起こし、「ニンゲン」の力を借りやっとのことで彼らを討伐した。
国母ジュリア、政を取り仕切る長老衆、そしてジュリアを支えた護衛である“寝返りのソーニオ”――彼らは民に讃えられ、彼らは真のアルカドビアを取り戻そうとした。
だが、その夢は叶わず、ジュリアは息子を殺した自責の念から発狂して自殺、その後、長老衆もソーニオも次々に没し、ついに国を動かすものは消えた。
これが、国の決定的な瓦解である。
民は再びそれぞれの“群れ”に分かれ散り散りになった。
そうしていつしか、生き残りの彼らの間でこう囁かれるようになったのである。
『これは呪いだ。暴君ネイロウドの悪しき力が赤い砂漠に宿り、己を害した者達を次々に殺してしまったのだ』
…………と。
――――これが、かつて存在した国の歴史である。
だが、悲しき真実は私のみぞ知る。ゆえにこの石板に行方を記す。
「……あとは、石板にこの歴史を刻んだ者の雑感と名前が記されてたっぽいね」
「なんか……本当に血みどろの最後だったんだなぁ……」
蝋燭の明かりだけが照らす、薄暗い密室。
【蔵書保管庫】で石版の写しをまとめた巻物を解読していたブラックが、さほど時間もかからない内にその内容を俺に教えてくれた。
かなりの数の巻物だったし、本当はもっと詳しく書いてあったんだろうけど、ブラックは俺のためにかいつまんで話してくれたようだ。
お蔭で何となく「かつて存在した国」を知る事が出来た。
古代国家であった【太陽国アルカドビア】
黄金を算出したとかで凄く栄えていたみたいだけど……ネイロウドって王様が暴君で、お母さんが旗印となってその人を討伐したみたいだ。
だけど……その人達も次々におかしくなったり死んでしまった、と。
……確かに、それを知ると「呪いの土地」とか「近付きたくない」とか言われるのも、何か分かる気がする。だって怖いもんな。
けど、ざっと教えて貰った限りでは今起こっている「強者が行方不明になる事件」と関係が無いように思えるんだが。
周辺の獣人達は、それを【ネイロウドの呪い】だと考えてるのかな。でも、そんなの関係ないんじゃなかろうか。
どういうことだろうか、とブラックに意見を求めると、相手は眉を上げて呆れ顔で肩をすくめてみせた。
「ま、ヒトってのは諸悪の根源ってのを探したがるからね。迷信深いこの地の獣人にとっては、罪をなすりつけやすいのが【暴君の伝説】だったってことじゃないかな」
「じゃあ、やっぱ関係ないのかな……」
そう言うと、それはソレだとブラックは言う。
目を軽く見開く俺に、先程とは違う事を返してきた。
「可能性が無いとは言わないよ。“呪い”は実際に存在するし、なんの因果が実際に絡んで来てるのか分からないからね」
「えぇ?! ど、どっちなんだよもう!」
「あはは、まあ決めつけは時期尚早ってコト。でも……この記録については色々と引っかかる所があるし……もっとよく調べるべきかも知れないね。さしあたって探すのは……この著者かな」
「……著者?」
ブラックは、巻物の最後に記されている数行の文字を読み上げる。
まるで、最初からその言語を知っていたと言わんばかりの流暢さで。
「赤き砂漠の果て、山分かち海を臨む不毛の地。私は、その地で懺悔の歴史を記すもの。耳を塞ぎ嘘をつかぬ舌で遺す真実をただ抱く。願わくば、我が亡骸と後悔の証を何者かが理解し弔う事を願う……――ガイウス・コルネリア」
まるで呪文のような、誰かの詩のような言葉。
これが、ブラックの言う「著者の名前と雑感」と言う物なのだろうか。それにしては、何だか……ひどく何かを後悔しているような感じがする。
「懺悔の歴史って……」
「普通に考えれば、この盛衰記って歴史書のことかな。どの部分を指して言ってるのかは判らないけど……このガイウスって編纂者の他の書物が有れば、詳しいことが分かるかも知れない。ちょっと探してみるよ」
なんだかヤケにブラックが乗り気だな。さっきも「気になる部分がある」とか言ってたけど、どこを気にしているんだろう。
俺は歴史の授業も例によってサッパリなので、どこに違和感があるのかすら気付く事が出来ない。ついこの前テストをやったばっかなのにヤバいな我ながら。
でも地頭ってあるじゃん。しょうがないじゃん!
赤点ギリギリ回避してるだけ良しとしてくれえ。
「えと……じゃあ、俺に手伝えることって、なんか……ある?」
理解出来ないとはいえ、じっと待っているのも性に合わない。
せめて手伝いは出来ないだろうかと問いかけた俺に、ブラックは何か含んだようなニンマリとした笑みを返して、こちらをじっと見つめ返した。
「じゃあ、僕が読んだものを棚に返してくれるかな。あと、その時に読んでない本とかを持って来てくれると嬉しいな」
「わかった、それなら任せてくれよ!」
変な事を言われるかと身構えてしまったが、それくらいなら俺にも出来る。
何を知りたがっているのかは分からないけど、ブラックが気にしてるんなら俺達にも関係のある事のはず。……違ってても、まあその……ブラックがなんか楽しそうだし手伝うのも悪くないんじゃないかなと思うワケで……。
……と、とにかく、ブラックが書物を読み込んでくれれば、この先きっと何かの役に立つはずだ! 知識は無駄にならないんだから、ガンガン運んでガンガン本を戻そうじゃないか。机の上を読みやすいように片付けなきゃな。
「じゃあ早速……ツカサ君コレとコレを【風土】のとこに戻してきて。【政治】の棚のとこから、ひと塊で詰まれてる本を持って来てほしいな」
「あいよっ」
俺が答えるなり、また巻物を開いて真剣に読み始めるブラック。
立ったままなのを見かねて椅子を差し出すと、文字をブツブツ読みながらも器用に座ってくれた。机に両手を乗せて、体を軽く曲げた格好で巻物を呼んでる姿も、何かちょっとドキッとしたんだけど、ここはブラックの腰の方が大事だからな。
…………って何で俺は事あるごとにドキドキしてんだか……。
なんだろうな、最近王宮でメシ作ったりとかで離れ離れになる時間が多かったり、ずっと三人以上の状態で居たせいで、二人っきりなのを意識しちゃってるのかな。
……そりゃ、俺だってその……ブラックの事は、こ、恋人だと思ってるワケで。指輪とかも、一番大事なモンだとは……思ってる、わけで……。
だから、ブラックと一緒に居てドキドキするのは当然なんだけど。
でも、二人っきりになったからって、こんな真剣な時にまでどきめくのはバカップルみたいで何かヤだな。いや、俺はバカップルじゃないぞ。
さっきベッドの上で抱き着かれたし、その余韻でドキドキしてるんだよきっと。
そんなことより、さっさと手伝わないとな。
ブラックは凄い速度で本を読むから、俺もそれについていかないと。
――――ということで、俺はしばらく真面目に手伝いをする事にした。
やることは至極単純だ。本を戻して取り出すだけ。
とはいえ必要な本を置いている棚を見つけるのがまず難しい。なんせ、ボロボロになった板が棚の上部にかけられているだけなのだ。
高身長な人が多いこの世界では、平均身長ギリギリの俺には手が届かなかったり視線が及ばなかったりすることが多く、最初はとにかく探すのに苦労した。
だけど、ブラックの指示通りに本や巻物を移動させるうちに段々と落ち着いて来て、俺が冷静さを取り戻す頃には大体の棚を把握する事が出来た。
ブラックも、今は真剣に解読と読み込みをしている。
恋人だからってワケじゃないけどさ、人が真剣に何かしてる時の姿ってやっぱ格好良いって思っちまうよな。あんまり根を詰めないでほしいって気持ちも有るけど、机に向かう大人らしい広い背中を見ていると、ついじっと眺めてしまう。
こういうのは、素直に格好いいなあとか思っちゃうんだけどな。
うーん、我ながらヘンな線引きだ。
「あっ、ツカサ君コレ持って行って。次は【防衛】の棚から一山頼むよ。一番上のから持って来てね」
「ういっす!」
数冊詰まれた本を机から抱えて、元に戻しに行く。
自分で取り出したモンだから、どこにあるかは覚えてるもんね。
でも、防衛の棚ってどこかな。まだ確かめてないけど、奥の方だろうか。
「えーと……防衛防衛……」
部屋の奥、蝋燭の明かりがあまり通らなくて更に暗くなっているところに、もう一つ棚があるのが見えた。ドアからかなり遠い所にあるから、影になって気付かなかったのか。これは見えないのも仕方ないな。
あそこが【防衛】の棚に違いないと駆け寄ると、棚の上部に掛けられた木の板には確かに目当ての文字が記されていた。
しかしブラックはザッと見ただけなのによくこんな所も見えてたもんだな。
夜目が利くから、こういう所も見えてたんだろうか。うーん、こういうのも冒険者生活で長年磨いたスキルってやつなのかな……俺も取得したい。
そんなことを思いつつ、防衛の棚の一番上に置かれている、一冊の本を取ろうと手を伸ばす。……が、取れない。爪先立ちになってギリギリまで背を伸ばすけど、どうにも身長が足りないみたいだった。
ちくしょう、踏み台か何か探してこないと……――
「ふふ、遅いなーと思ったら、ツカサ君てばそんなに頑張っちゃって……仕方ないなぁ僕が手伝ってあげるよ!」
「えっ、ええ?!」
ぶ、ブラックの野郎、いつのまに背後に!?
っていうかお前解読はどうしたんだよ、いや俺がモタモタしてるから見に来たのか。うう……なんか情けない……でも踏み台を探すより、取って貰う方が簡単だよな。
仕方ない、悔しいけどここは高身長のオッサンにお願いするか。
「なんか悪いな……でも、頼むよ」
お手伝いをお願いされたのは俺なのに、申し訳ないな。
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「そんな遠慮しないで。あ、でも……これじゃツカサ君の仕事を僕が取っちゃうから、こうしようか」
何故かヤケに楽しそうなブラックは、俺を見つめながら目を細めて。
そうして――何故か、俺の体をぎゅっと抱きしめて来た。
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