異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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魔境山脈ネイリ、忘却の都と呪いの子編

  砦を守る母君2

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 ――そんなこんなで、怒りんぼ殿下のお母さんであるマハさんと話した後。

 とりあえず部屋を用意すると言われ俺達は客室へと案内された。
 厳つい外観の砦ではあるが、領主の館として使われている事も有ってか、お客さんをもてなすための部屋はある程度用意されているらしい。

 俺達が通された所も三階の見晴らしが良い部屋で、壁が石積み剥き出しではあるもののかなりの豪華さだ。見事なタペストリーが垂らされていたり、木製のテーブルやチェストが豪華な布で飾り立てられ置かれていた。
 ……ベーマス大陸は砂漠と荒野の国なので、木製の品々は高級品なのだろう。

 この感じだと、ホテルで言えばスイートルーム並の部屋なのかも知れない。そんな所に泊めて貰うなんて俺としては申し訳ないが、外の景色を見るとその遠慮もすぐに興奮で吹っ飛んでしまった。
 だって、少し狭めのバルコニーからは古都の街並みが一望出来たんだから。

「これが古都アルカドアの街かぁ……!」
「クゥー!」

 ロクちゃんも初めて見る景色に興奮しているのか、ちっちゃなお手手をパタパタさせたり、可愛いコウモリ羽を動かしながら宙返りをしている。
 さもありなん。だってこの都市は……他の街とは全く異なる、不思議な建物ばかりが立ち並んでいたのだから。

「なんだか、人族の古代都市と似てる感じもするね」
「ブラック」

 隣にやって来て柵に肘をついたブラックは、意外と興味深そうに街を見ている。
 ブラックが素直に興味を示すことってあんまりないけど、こういう探究心をそそるような物事には意外と積極的なんだよな。そう言う所は……その、嫌いでは、ない。

 だけど、人族の古代都市に似てるってどういうことだろう。
 そう思ってじっと眺めてみると、俺もこの街の建物には見覚えがあった。

 ……と言っても、ソレはこの異世界の古代遺跡ではない。
 俺が知っている「異世界の古代遺跡」というと、神殿っぽいのや明らかにオーバーテクノロジーな感じの遺跡ばっかりだ。なので、この世界ではなく……俺の世界。

 アーチ状の掃き出し窓が並ぶ開放的な分厚い外壁と、褪せた橙色の屋根。人族の都市で見かける、槍のように細くて屋根も高い建物とは違う、平屋に似た緩い角度で広がっている屋根の建物。神殿に似ているが……ここには確かに人が住んでいる。
 広く整然としていて、建物にも美しさを求めた街。

 その街並みは――そう、教科書で見た古代ローマの街並みにも見えた。
 だから俺は見覚えがあったんだ。
 でも、こういう建物をコッチでも古代っぽいって思うもんなんだろうか。ブラックの横顔を見ると、相手は俺を見返して口元を緩めた。

「文献に乗ってたけど、まだ国ってものがしっかり形になる前……いわゆる神話時代の人族の大陸では、ああいった建物が建てられていたみたいだよ。……とはいえ、最古の国であるライクネスでも残ってないみたいだけどね」
「そんな昔なのか……よく本に載ってたなそれ」
「表記の正誤はともかく、それくらい古いと言いたかったんだろう。まあ、それぞれの国で年代の言い方は異なるし、それは仕方ないかな」

 神話時代ってのは初耳だが、それって第一の神様である【ジューザ】の時の話なのかな。でも、ブラックが言うようにこの世界は年代すら国ごとに数え方が違うし、そもそも「世界を管理する神」が入れ替わると動乱が起こったから何年前のことかも定かじゃないんだよな。

 とはいえ、推定してる時代に間違いがないなら、少なくとも軽く千年以上は越えてるよな。そんな昔の事を記してる本があるとは……もしかして“導きの鍵の一族”の家にあったんだろうか。そうなると色々聞きづらいな。

「あ、でも、ライクネスのエーリス領にある【アーゲイア】の地下神殿は、似たような柱が建てられてたよね。地域によっては長く残っていた所も有るのかも知れない」
「たしかに、そう言われると似てるかも! うーん、遠い所に同じような建築物が存在してるなんて、なんかすっごい偶然だな~」

 【アーゲイア】ってのは、ライクネス王国の辺境を守るエーリス領の街の一つだ。
 そこには百眼の巨人と英雄の伝説が有って……いや、今の俺としては、心優しい百眼の巨人と人族の女性の優しい伝説を推したいところなのだが……ともかく、そこには巨人が眠るための【地下埋葬神殿】ていうのがあるんだよな。

 あそこは凄くデカい遺跡だけど、確かに柱の感じとかは似てる感じだ。
 やっぱ同じ“ヒト”の種族だと、建築も似て来るんだろうか。

 つい感心してしまう俺だったが、ブラックはそこに「偶然」ではなく何らかの共通点が存在するのではと考えているみたいで、なんだか真面目な顔をしていた。
 ……俺達ってワリと不思議な「過去の遺物」を掘り起こしたりしてるけど、そういう時のブラックって結構真剣に考察したりするんだよな。

 そういう時は、なんていうかやっぱり……か、格好良……ゴホン。
 なんで二度もちょっとキュンとしてるんだ俺は。やめろ。

「ふーむ……それにしては建築様式が文献とかなり似通ってる……あ。そういえば、ツカサ君が見せてくれた異世界の教科書にも似たようなモノがあったよね」
「えっ!? あっ、世界史の教科書か……ローマかな?」
「この世界には、ツカサ君の世界の人族が深く関わっているけど……もしかすると、獣人の大陸にも何らかのことで関係していたのかも知れないね」

 茶化すでもなく、本当に真面目に言うブラック。
 そう言われると確かに……そっちの方がしっくりくるかもしれない。

 この異世界を管理している神は、全員共通点がある。
 絶対に……とは言えないかも知れないけど、それでもキューマが今現在神様として俺達をサポートしてくれていることを考えると、ないとは言えなかった。

 ……まあ、ベーマスじゃキューマの神様パワーも何故か届かないらしくて、どうにもサポートが難しいとは言われたんだが……それはともかく。

 関係があるとすると……なんかちょっとキナ臭いな。
 だって、あの石碑や石像を見たら凄く恨まれるような事をしてたみたいだし、周辺に昔から住んでる“群れ”の人達も似たような言い伝えを残してるんだよな。

 まさか、神様が繁栄に手を貸したとか。
 いやそれは考え過ぎか。

 そもそも「伝承が本当にその通りかどうか」なんて、誰にもわからないじゃないか。さっき言った【アーゲイア】では『第三者の目からの間違った真実』として伝承が街に伝わっていたし、アコール卿国でも『都合のいい噂が伝播して捻じ曲がってしまった』という、表に出す事の出来ない歴史が存在した。

 それに……誰もが誤解したまま伝えられただけで、彼らが破滅した原因はもっと別の所にあったっていう……やりきれない伝説だってある。

 …………だから、今は何とも言いきれない。

 例え善人であっても、正確にその記憶を伝え続けるなんて事は出来ない。
 年月を経るごとに、その事実は段々と人の意思に侵食されていく。時に劇的に、特に憎しみを植え付ける為に、時に……面白半分の誰かの手によって。

 それを知っているからこそ、この綺麗な街並みを見ると何も言えなかった。

「……昔の国の情報っては言うけど……どうなんだろう。ブラックどう思う?」

 素直に問いかけると、相手は難しい顔をして街の遠くを見る。
 何かを睨んでいるようだったが、やがて再びこちらを見た。

「まあ……とりあえず話を聞いたり調べてみるしかないと思うよ。知らない事には何も始まらないだろうし。……とはいえ、何がどう関係するやらって感じだけど」
「うーん……マハさんは教えてくれるだろうけど……文献は大事なものだろうし、どこまで見せて貰えるか……なあ、クロウ」

 と、振り返って――――俺は、ようやくクロウが部屋に居ない事に気が付いた。
 あれっ、確か一緒に入ってきたはずなんだけどな。

「ツカサ君が子供丸出しでワイワイしてる間に、厠に行くって出て行ったよ。もうすぐ戻って来るんじゃない?」
「子供丸出し言うな! っていうか今一人にしたらダメじゃんか、探しに……」
「えぇ~? もう良いじゃん、僕らはここでイチャイチャしてようよぉ」

 いやいやいや、何言ってるんだお前は。
 俺達の目的にはクロウの暗殺阻止も含まれているだろ!?
 何でお前はさっそく放棄しようとしてるんだ、早く探しに行くべきだろここは!

 なにを言いやがると眉間に皺を寄せると、何故かブラックは顔を嬉しそうに緩めて俺にいきなり抱き付いて来た。ぐわーっ! こんな場所で抱き着くなー!!

「ばっ、やっ、やめろこんなとこで!」
「こんな高い場所誰も見てないよぉ~。あっ、そうだツカサ君、ここで今晩セックス」
「するかバカあああああ!!」

 マジでやめろと相手の顔をぐいぐい押して逃れるが、ブラックの腕力に非力な俺が敵うはずも無い。だけど男には逃げなきゃ行けない時があるんだよっ。
 離せおバカと暴れる俺に、ブラックは満面の笑みを浮かべた。

「んふふ……せっかくの広い場所なんだから……今日は楽しもうねえ」

 何を楽しむんだお前は。
 そう言いたかったが、ソレを言うとヤバい事になりそうなので何も言えなかった。










「…………」

 無言で歩く廊下は、磨かれた石の床があえて曝け出されている。
 獣の姿で襲ってくる外敵の爪音が分かるように、あえて剥き出しにしているのだ。
 かつて数度訪れた事のあるこの砦は、あの頃から一つも変わっていなかった。

(……いや、変わっているものがあるとすれば……領主くらいか……)

 かつて、この【古都アルカドア】の領主の館には別の領主が住んでいた。
 その領主の事は……――――あまり、思い出したくない。

 無意識に奥歯を噛み締めて感情を抑え込む自分に気が付き、首を振る。ツカサの前では弱い所を見せないようにしようと思っていたが、やはり記憶の中に在る場所に来てしまうと、その気合も緩んでしまうようだった。

(いや……オレ自身が、気後れしてしまっているのかも知れないが)

 だが、それをツカサに悟られるのは好ましくない。
 今でも十分に心配してくれる彼の事を思えば、これ以上心配はさせられなかった。

(早くツカサのところに戻ろう)

 他の者はついでにと考えながら、案内された部屋に再び戻ろうと廊下を歩く。
 ――――と。

「クロウクルワッハ。……いや、クロウ」
「……マハ様」

 背後から声を掛けられて振り返ると、そこには領主のマハ・カンバカランが静かに立っていた。久しぶりの再会だが、彼女は今でも猛々しい強者の雰囲気を弱めてはいない。まさに正妻として記されるべきメスだと思い、クロウは頭を下げた。

 そんなクロウに、マハは苦笑して手を振る。

「私達の間にそんな礼儀など必要ないだろう。私にとっては、お前やルードルドーナも同じように大事な息子だ。それはスーリア達も、妾のカーラも同じ。……遠慮せずに、私にも頼って良かったのだぞ」

 勇猛で立派な相手は、その立場を汚さぬほど気高い。
 その眩しい姿を見ると目を合わせることが出来なかった。

「……オレには、勿体ない言葉です。敗走した惰弱な獣はオレも同じ。それどころか、兄上よりも責められて然るべきだというのに……」
「昔の事を言うな。……今のお前は、その時のお前ではないだろう。海征神牛王陛下も直々にお褒めの言葉を下さったと聞いたが……確かにお前は、あの時よりもずっと強くなっている。自分の【デイェル】を使いこなしているようだな」
「そうでしょうか……」

 かけられる言葉は、いつも優しい。
 国母は全てそうだ。例えどんな出来損ないであろうが、どれほど見下げ果てた愚か者であろうが、叱咤激励してずっと後ろで見守っていてくれる。

 カンバカランを畜獣と罵ったマハも、そうは言えど息子を切り捨てる事は無い。
 彼女たちは、物心ついてからもずっと――――そういう優しい母親達だった。

 だが、だからこそ己の現状や過去を思うと恥ずかしさが募る。
 一人のオスとして看過できない失敗を犯した事が、より強く心に刺さった。

 そんな考え方に拳を握るクロウに、マハは微笑んでその拳を取った。
 どこか悲しげな、後悔しているような微笑みで。

「……私達は、お前とスーリアに何もしてやれなかった……。だから、スーリアにお前を託された第二の母親として、もっとお前をかばうべきだったんだ。それなのに、私達は、その大事な時にお前の傍にいなかった。力を認めてやれなかった。……本当に、すまない……」
「マハ様……」

 巨体をたじろかせるクロウに、マハは強く言葉を続ける。

「だから、言いたいんだ。自分を恥じるな。今のお前なら、なおのこと胸を張れ」

 そう言いきってから、何故か相手は周囲を気にすると――少し声を潜めて、勝気な笑みを浮かべながらクロウに呟いた。

「今のお前なら……我が息子カウルノスを倒せるかもしれないのだから」
「そ、そんな、オレは……!」

 ツカサには見せられない、昔のたじろいだ情けない自分が出てしまう。
 だがマハはそれに笑って、クロウの肩を叩いた。

「胸を張れと言ったろう。今の言葉はウソではないぞ。まあ、仮に違うとしても……立派なメスを連れて来ただけでも、私の息子より偉ぶる理由になるさ。後はお前の心持ち次第だ。まず己の中の獣心を大事にするんだぞ」

 ――――なにせお前は、気が優し過ぎるからな。

 そう言って踵を返し去って行ったマハの蠱惑的な後姿を見つめながら、クロウは頭を片手で掻き回して深く息を吐いた。

(ツカサにも似たようなことを言われたな……。だが、そう言われてもオレには自分がよくわからない)

 兄を倒す――なんてことが自分に出来るとは思えない。
 それを優しいと言うのは違っているだろう。

 クロウはそう思うが、だとしたら何が優しいのかということは判断が付かない。
 もしかして本当に強いのか。そう自惚れていいのだろうか。
 だが、それはツカサを危険に曝す慢心にもなり得る。今はただ、ツカサに今のままの自分を愛して貰えるこの“群れ”での立場を失くしたくなかった。

(勝っても負けても、危険に曝されても、きっとツカサはオレを見捨てたりしない。だが、だからこそ……ツカサには……)

 そこまで考え、頭を振ってその考えを散らす。

 ――――今は、考えたくない。

 過去の“弱い自分”を、嫌われてでも失いたくなかった相手にはどうしても見せる事が出来なかった。










※ちょと遅れました(;´Д`)スミマセン…
 
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