異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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魔境山脈ネイリ、忘却の都と呪いの子編

10.異変に絡まる伝いの糸

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 ……ともかく、この場は一度離れた方が良い。

 このままブラックと“獅子族のゼル”とかいうこの人が話してたら、また要らぬ火種を蒔いてしまうかも知れない。
 とにかく距離を取ろうと思い、俺はブラックの袖を引いた。

「ブラック。……あの、ご、ご迷惑おかけしました」

 小声で名前を呼んで、引き下がるように言う。
 一応の礼儀としてゼルという人に軽く頭を下げると、かなりデカい相手は俺達全員を見下ろしたままニヤリと笑った。

「ほう? 獣人にしては中々の礼儀を備えているな。さては……まあ、いい。俺様は優しいからな、騒いだことに関しては喧嘩前ということで許してやろう」

 そう言って、ゼルはノシノシと店の奥のやけに空いたスペースへと歩いて行った。
 なるほど、そこがあの人の定位置なんだな。店が盛況なのに何故あんなスペースがあるんだと思っていたが、指定席だったってワケか。

 見送る俺達の横を、やはりゼルの妻だかメスだか分からない人達がついて行く。
 どうも獣人っていうのは基本的にメスを連れ歩くようだな。

 呆気にとられたカンガルーっぽい獣人達の席からブラックを引っ張って離れつつ、俺はクロウが座っている所にようやく到着して一息ついた。

「ふー……。なんとか抜け出せた……」

 ブラックを強引に座らせると、横からクロウが酒を飲みつつ口を挟む。

「喧嘩にはならなかったようだな。勿体ない」
「いやなんで惜しがってるのクロウ」
「久し振りに腕試しをするのも良いかと思っていたんだが、街を仕切るオスの一人に言われたのなら引き下がらなければならないからな」
「クロウってば、そんなに喧嘩好きだったっけ……?」

 なんだか鼻息が荒いが、もしかして酔っているんだろうか。
 ブラックもクロウも酒に強いので変化が分かりにくいんだけど、もしかして獣人の酒は結構強めなんだろうか……自信が漲っているのは良い事だが、喧嘩して怪我とかしてほしくないぞ。それに、今はいつ誰が背後から刺して来るか分からないんだし。

 ……まあ、さすがにこんな開けた場所じゃ暗殺なんてしないとは思うけど。

 ともかく、面倒事を避けられたはいいが……。

「探してたゼルって人、あっちから来ちゃったけどどうする? さすがに直球で何かを聞きに行っていい感じじゃないよな」
「……普通に取り入るなら酒を持って行くとかなんだろうけど……おい駄熊、そういうのはアリなのか」

 何だかんだ、しきたりにはちゃんと従うんだよなこのオッサン。
 そういう所はちゃんとしてるのに、何故いつもは投げやりなのだろう……。

 何とも言えない気持ちになっている俺の横で、クロウがフムと息を吐き答えた。

「特に決まりはないが……種族によって礼儀が違うこともあるからな。何かの取引をするのなら……とりあえず店主に聞いてみたらどうか。“群れ”総出で挨拶に行くのも礼儀の一つではあるし、挨拶にはオレも行こう」

 クロウってば、なんだかヤケにノリ気だな。
 やっぱりお酒の効果だろうか……と少し心配になったが、いつになく積極的な相手に気圧されたのか、ブラックも呆気にとられつつ従ってるみたいだから良いか。

 あまり悠長にしても居られないし、聞けるチャンスならさっさと行ってしまおう。
 ってなワケで、俺はオッサン二人を引き連れてカウンターへと戻った。
 すると、虎おばさまが何故か俺にニンマリした笑みを向けて来る。

「見てたよアンタ、ずいぶんオス達を手玉に取るじゃないか! いいねえ、メスの強さを見せる子はあたしゃ好きだよっ」
「あ、ありがとうございます……?」
「それより店主、聞きたいんだが……あのゼルとか男から情報を買いたい場合、どう挨拶すれば良いんだ?」

 何故か不機嫌顔のブラックが会話に割って入って来たが、虎おばさまは睨み顔には慣れているのか快活に笑って答える。

「ははは、そんなに構えるこたぁないさ。ゼルはロクデナシだが、肉と酒持ってきゃ話くらい聞いてくれるよ。……ただ、ゼルはメス好きだからねえ。アンタらこの子のオスなら、盗られないようにちゃんと尻尾掴んどくんだよ」

 なるほど、獣人の国では首輪を付けとけじゃなくて尻尾を掴めになるのか。
 いや、そんな所に感心している場合じゃないな。
 今から世紀末覇者レベルの体格の人の所に行くんだから、気合を入れて肉やら酒やらを持って行かないと。最悪死ぬかも知れん。

 緊張感を持って挑まなければ……と心の中で反芻しつつ、虎のおばさまに肉と酒を用意して貰って俺達は獅子族のゼルに近付いた。

 ……にしても本当にデカいな。大きさで言えば、ドービエル爺ちゃんと同じなんじゃないだろうか。こっちの方が若いし、雄々しい褐色肌の金髪ライオンって感じで少し印象が違うけどさ。でも親しみやすさで言えばきっと爺ちゃんの方が勝ってるな。

 このゼルっていう獅子族は、デカさも相まって物凄く威圧感があるんだもの。
 そのせいか、他の獣人達もなんか静かになっちゃったし……もし俺が将来ビッグな男になるなら、ドービエル爺ちゃんのように気は優しくて力持ちになりたいな。
 どっちかっていうとそっちの方がモテそうだし。

「ツカサ君なに考えてるの」
「ハッ。よ、よし行くぞ」

 途中でついつい妄想に浸ってしまった。
 さて、この貢ぎ物を受け取って貰えるといいんだが。
 巨大な肉の塊と数十本の酒って、受け取って貰えるか見当もつかんが。

 そんな事を思いながら、俺達は彼らが陣取る巨大な絨毯の傍でお伺いを立てた。

「あの、獅子族のゼルさん。よろしければこれを……」
「ん~?」

 まず、贈り物を示す。
 アンノーネさんが持たせてくれたお金で、肉も酒もとびっきりの物を見繕って貰ったが、これで失敗したら目も当てられない。

 頭を下げつつ、牛二頭分捌いたんじゃないかってデカさの肉を差し出す。さすがにコレは俺には持てなかったので、クロウが持ってくれて助かった。俺とブラックは、頭を下げたまま数十本の高級な酒を並べる。その様を囲いのメス達と一緒にじーっと見ていたらしい獅子族のゼルは、ホウと息を吐いたようだった。

「随分と奮発したな。新参者としての礼儀にしては豪勢すぎるが……聞きたい事がある、という話だったな? 何だ、聞くだけ聞いてやろう」

 ……なんだろうな、何故だか語尾に「聞くだけ、だけどな!」って言葉が聞こえてくるような気がするよ。でもまあ話を聞く方からすれば他人事だもんな。
 知らない事は知らないとしか言えないだろうし……とりあえず、聞くだけ聞くというのだから、こっちも話すだけ話してみよう。

 俺よりもブラックの方が説明が上手いだろうし、ここはお任せして……――

「よし、そこのケツが美味そうな男メス。お前が話してみろ」
「え゛っ」
「どうせ聞くならメスの声の方が良いだろ。ホレ話せ」

 あああ、両隣から急に冷気が流れてくるぅう。
 何でこうこの世界の大人達は自ら喧嘩を吹っかけに行ってしまうのだろう。
 物凄く言い出しにくくなってしまったが、しかしブラック達がまだ黙ってくれている間に話を進めておくべきだろう。ここは大人になれ。冷静になるんだ俺。

 あとケツが美味そうってなんですか怖いですやめてください。

「えーと……では簡潔に……。俺達、実はナイリ山脈の方に用事があって旅をしてる途中なんですが……最近、名の知れた強い方々が身を隠しておられるということで、同中に何か恐ろしい物がいるのではないかと心配で……」
「ほうほう。それで?」
「なので、ゼル様のような方ならば何かこの件で知っている事があるのではと」
「だからその件に関して情報が欲しい、ということだな」

 …………俺達の本当の目的も言ってないし、正確な目的地もぼかした。
 だから、大丈夫だと思うんだけど……あまりにボンヤリしすぎたかな。欲しい情報がほぼ他人の事だし、俺に言うなって怒られちゃうだろうか。

 次の答えが予想できなくて緊張しながら相手を見上げていると、相手は俺のことをはるか上空から見下ろしてニヤリと笑った。

「まあ、それくらいなら教えてやっても良い。だが条件があるぞ」
「条件とは……」
「また“次に逢う時”に、お前の尻を揉ませろ。俺様が満足するまでな! そうしたら、お前達の知りたいことを教えてやる」

 ………………。
 えーと……次に会ったら、俺の尻を揉む?

 なんだそれは。どういう条件だそれは。
 でも次に会う時って……たぶんそんな時なんて来ないだろうし、尻を揉まれるくらいなら大丈夫なのでは。会わなけりゃ良いだけだしな。
 いや、でも待てよ。こういう訳のわからん取引には大抵裏があるんだ。
 しっかりと条件を確認しておかないと……。

「ゼル様、それは……都合が悪くて会えなくても大丈夫なんですよね?」

 イケメンヅラをしておいて男のケツを揉みたがる変な巨ライオン獣人に問うと、相手は耳をこれ見よがしに動かして、大蛇かと思うほどの尻尾をばたばた振る。

「おお構わんぞ? だがまあ、お前達と俺様はいずれまた会う事になると思うがな」
「それは、どういう……」
「会わなければ済む話だ。……で、どうなんだ、情報はあるのか?」

 俺の言葉を遮って、我慢出来なくなって来たらしいブラックが急かす。
 敬語じゃないのでヒヤヒヤしたが、何故かゼルは気にせずに笑って答えた。

「おお勿論だ。……まあ、他の奴らはたぶん……自分よりも強ぇえヤツに出会って、その“群れ”に入ったか……もしくは死んだんだろうさ。生きていても、もう二度と昔の自分にゃあ戻れねえのかもな」
「それは、他に強い奴がいるってことか」
「弱肉強食……それがこのベーマスの聖なる掟だろ? それ以外に何がある。……が、お前達はその原因のヌシが知りたいんだったな」

 俺達が持って来た肉を軽く抓み、大口を開けて飲み込む。
 噛む顎は緩やかに動いているが、おそらく一度でも噛み砕かれたら俺なんてすぐに絶命してしまうだろう。
 改めて恐ろしい相手だと息を呑んだ俺に、ゼルは笑みを向けた。

「そうさな……最近、ここいらじゃ噂があるんだ。ある“群れ”に挑戦を挑むか下るかすれば、信じられねえようなチカラと喰いモンが手に入るってな」
「ある“群れ”……」
「俺様も詳細は知らねえ。だが、そいつらはここいら周辺の砂漠や山で見かけるって話だぜ。お前達も興味が有れば探してみるんだな」

 ――――まあ……俺様は、入ろうとは思わないが。

 そうこちらに言い放ったゼルの瞳は、言い知れぬ光を浮かべていた。

「……旅人が襲われる可能性は?」
「それは分からんな。だがまあ、弱い奴なら心配いらんだろう。この【海鳴りの街】から消えた奴らのことを考えれば、強いヤツを“群れ”に引き入れたいみたいだし」

 弱い奴は、行方不明になる心配が無い。
 何だかそんなのアベコベだ。普通は弱い人が襲われるモンなのに。
 もしかしてそういう所も獣人の大陸ならではってことなんだろうか。ブラックもそんな逆転現象が気になるようで、腕を組んで口を歪めていた。

 クロウも……何故か、押し黙って考えているみたいだ。
 ってことは、もしかしてこれってやっぱり普通じゃないのか?

 クロウは王宮や国内の事だけじゃなく外の事も色々知ってるし、そう考えるとやはり今の状況っておかしいとしか言えないのでは。
 だけど、それならなんでこの獅子族のゼルは平気な顔をしているんだろう。

 色々と把握しているなら、調査ぐらいしてるんじゃなかろうか。
 自分一人が街を占有出来るようになって嬉しい……みたいな感じでも無いし。

 ……何を考えているのか、よくわからない。

「お前達も気を付けろよ? 中途半端な強さと覚悟は死を招く。この土地は、そんな恐ろしい呪いが掛かった土地だからなァ」

 そう言って、巨大な男は豪快に笑う。

「…………」

 ヨグトさんの「黒い犬に気を付けて」という忠告と、長く滞在しないでと言う願い。
 かつて「国」が存在した“呪われた土地”というだけでもきな臭いのに、そのうえ別の危険まで発生しているなんて、この地域はどうなっているんだろう。

 そのうえ、クロウには実の兄からの暗殺計画が迫っている。
 正直もうたくさんの情報が入って来て俺はいっぱいいっぱいだ。どれか一つだけでもガセなら助かるのだが、きっとそうはいかないんだろうな……。


 ……俺達がカンバカラン領に着くまでに、何も起こらなければいいのだが。










 
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