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魔境山脈ネイリ、忘却の都と呪いの子編
7.残影を蘇らせるもの1
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ファザナさんが通してくれたのは、店の更に奥にある個室だった。
座敷席みたいな丸見えの個室じゃなくて普通に部屋があって、何故かピンクっぽい赤い実が盛られた皿やおつまみ的な食事が乗った皿が、でっかい円卓のテーブルに置かれている。それ以外は、実に質素な部屋だ。
特に広いと言うワケでもないし、ここはどういう場所なんだろう。
キョロキョロと見回していると、俺の困惑を読み取ったのかファザナさんは笑った。
「ガハハッ、お前はこういう部屋は初めてか? まあおれのような実力のあるオスの群れくらいしか通されないからな! 王族だって店のヤツに認められなけりゃこんな豪勢な部屋には入れねえさ」
「ご、豪勢……」
この、窓もなくでっかい円卓が置かれた部屋が豪勢とはどういうことだ。
……もしかして、獣人の基準では「タダメシが置いてある部屋」が豪勢なのか。それとも、果物を値段を気にせずに食べられるから豪勢ってことなのか?
人族と貿易をやってるアルクーダの街は、色んな場所から運ばれてくる果物などがあったのであまり気が付かなかったが、そういえばベーマス大陸では果物は貴重なモンだろうし、そう言われると確かにこの大盤振る舞いは凄いんだろうな。
ファザナさんは酒を卸してるって言ってたし、それでお得意様になったのか。
なら、この部屋は無法地帯【海鳴りの街】なりのビップルームってこと?
ふーむなるほど、地域によって豪華のイミって違うんだな……。
「まあとにかく好きに座ってくれ。おれのメスも同席させるが構わんな?」
「聞かれて困る話でもなし、別にいいさ」
勝負をしたのはブラック、ということで、今回はクロウは口を挟まないようだ。
ブラックが座ったのを見て、俺とクロウはそれぞれブラックを挟んで座った。やはり、この場ではブラックを“群れの長”として立てるつもりっぽい。
クロウって本当にそういう所はちゃんとしてるんだよなぁ……。
「んで、アレか。ナイリ山脈周辺の事を知りたいんだったなお前らは。教えてやる……と言いたいところだが、おれは実を言うと東の川を渡った地域の出でな。こちらへは、酒を卸しに来ているだけのでそれほど詳しい事はしらんのだ。だから、ここではおれが知っている限りの事しか話せんが……後で詳しい奴を紹介してやろう」
「随分と優しいな」
「茶化すんじゃねえ、おれが欲しがったモンの対価に合わせてるだけだ」
ということは、ファザナさんはそれだけブラックの髪や目が欲しいと思ったのか。
……ま、まあ確かに……ブラックの髪はウェーブがかってるのも相まって、赤い色が凄く鮮やかで綺麗だし……菫色の瞳だって他の人じゃ見た事も無いくらいにキラキラで、宝石って言われれば確かにそう…………うぐ……ち、違くて。
ともかく、黙って話を聞こう。うむ。
「それで、詳しい奴ってのは信用出来るのか?」
「おっ、いいねえ。疑り深いのは長の良い資質だぜ。こっちのバカどもは、すぐ他人を信用しちまう。商売やるならお前さんみたいなのが適任だ」
「砂漠の獣がバカなのは、頭に砂が入っちゃってるからかもしれないね」
そうだな、とファザナさんは笑うが、同席した男メスの人ってば結構な毒舌だな。
さっきもブラックに対して色目使ってたし……大胆にこんな事を言えちゃうってことは、もしかしたら油断ならない人なのかもしれない。相当な実力者なのかも。
でなけりゃ、わざわざ男メスを同行させないよな。もしかして用心棒なのか?
俺よりナヨッとしてるけど、この異世界じゃ細腕のか弱い女性だって俺を簡単に持ち上げられるんだもんな。
筋肉と腕力は比例しないって改めて考えておかねば。特にこの獣人大陸では。
……っていうか、砂漠の獣人も別にバカとかではないと思うんだが。
過酷な場所だからこそ、相手を信じ合って暮らしてるとかじゃないのかなぁ……。
まあその割にはケンカが起きまくってるのはどうなんだって話だが。
「そんなことより、お前の情報ってのは聞く価値があるのか? くだらない会話ばかり聞かせるつもりなら、さっさと別のヤツを紹介して欲しいんだが」
「おっとすまんな、まあとりあえず落ち着け。あの酔いやすいカージャ酒を一気に飲み干すヤツと喧嘩なんぞする気はねえさ。じゃあさっそく情報だが……」
――などと言いながら男メスのお嫁さんとイチャイチャしつつ話しだしたので、俺がかいつまんで説明すると……ファザナさんが教えてくれたのはこんな感じだ。
……ファザナさんは先程も言った通り、東の方からこの西の極地の近くまで特性の「猿酒」というモノを売り歩いている行商人だ。
酒は獣人の国でも大人気で、特に果物の味わいがあるカージャ酒は大人気なのだそうだ。どうやら、度数は高いが獣人の口によっぽど合うらしい。
ってなワケで、どこへ行っても人気なので小さな村にも届けるようにしているらしい。
そんな村では、様々な噂話を聞く事が出来る。
俺達が欲した情報は、その中にあった。
――――ナイリ山脈近くの村人達曰く、かの地は自分達でも狩ることが難しいほどの強いモンスターが徘徊しており、魔境とも呼ばれているらしい。
そんな場所に住むのは、獣人の中でも変わり者……それゆえ、彼らには「魔物」だと呼ばれているのだそうな。……俺の世界の魔物とは意味合いが違うな。
聞くところによると、ナイリ山脈には俺達が目指す“天眼魔狼族”率いる狼の集落の他にも、ぽつぽつとツワモノが住む集落があるらしい。
村人たちは“天眼魔狼族”に病などのことでお世話になっているので、狼族の事は知っているらしいが、そのほかの種族はあまり知らないのだそうな。
狼達は、その“天眼魔狼族”の長に、定期的に山から下りて来たモンスターを駆除させたり周辺の村の病人を診させたりしているから、わりと知られているらしい。
……凄くボランティア精神に溢れてるけど、修行の一部だったりするのかな?
ともかく。
そんな狼達が言う事には、山には戦闘狂か狂った奴ら、それか己の鍛錬を目的とするストイックな種族しかいないのだそうで……普通の獣人は山に登るなと村人は毎回言われている。嚇猿族のファザナさんも登った事はないとのことだった。
ただ、一度狼達に会った事はあるようで、その時に得体のしれないものを感じたのだとか……。“天眼魔狼族”の長は呪術を使うと言われているので、そのせいかな。ファザナさんは「正直、狼達には関わりたくないと思ったぜ」と言っていた。
強者特有の、相手の力量を見極めるハナが「ヤバい」と嗅ぎ分けたようだ。
「ナイリ山脈のナニを知りたいかは知らねえが、近付くつもりなら用心した方が良い。モンスターよりも怖えぇモンがうろついてるからな」
彼女はそう言って笑ってたけど……狼達のボスは“神獣”と呼もばれる古い種族の一人だもんな……そりゃ怖いと思うか。
俺達は今からそんな人達に会いに行くワケだが、ホントに大丈夫かな。
今から不安になって来たが、もう後戻りはできない。
話を反芻しながら緊張していると、ファザナさんはフウと息を吐いて大きな体を椅子に思いきり預けた。
「ま、おれの知ってる情報はこれくらいだな。……後は、詳しいヤツに聞いてくれ。金次第では、有益な情報を教えてくれるだろうさ」
「金はこっちで用意するのかよ」
「おいおい、探してきただけでも充分な対価だぜ? なんせ相手は街のどこにいるかも定かじゃないんだからな。それに……勝負相手の大事な話を、おれが全部聞くわきゃいかねーだろ。んじゃ、とりあえずソイツが来るまで待ってろよ」
豪快な感じだけど、そう言う所はやっぱり大人なんだなあ。大きな人は度量も広い、なんて偏見を言うつもりはないが、少なくともファザナさんは理解力が有って約束を守ってくれる律儀な人だ。その去り際も立派だった。
とはいえ、男メスの人は未練がましそうにブラックの顔を見つめていたが。
……ま、まあ、ブラックって姿形は美形だしな……。ぐぬ……。
「はー……。まったく、面倒臭いなぁ……ただでさえ気分悪かったのに、また更に他のヤツに話を聞かなきゃいけないとは」
「ム、情報収集とはそんなものだ」
頑張ったなと肩を叩くクロウを邪険にしながら、ブラックは背を伸ばす。
しかし気分が悪かったってのはどういうことだろう。
「酒のせいで気分でも悪くなったのか?」
あんなに飲んだもんな、と言うと、ブラックは頬を膨らませてじとりと俺を見る。
な、なんだよ。なんでそんな顔するんだ。
「あのメスだよメス! こっちが真剣な話をしてるってのに、ジロジロジロジロと人の顔を値踏みするように見やがって……人のモンじゃなかったらぶっ殺してる所だ」
「ちょっ、こ、殺すってそんな」
「ツカサ君だって興味のない奴からちょっかい掛けられたらイラッとするでしょ!」
「……そ……それは、確かに……」
とはいえ、俺は女性に興味のある素振りをされると喜んでしまうので、男にチラチラと見られたらイラッとくる方なんだけども。
そう考えればブラックが怒るのも無理ないか。
でも俺の世界で言えば、美女に興味もたれてるようなモノなんだけどなあ。ブラックは基本的に人に対してアタリが強いから仕方ないのだろうか。勿体ない。
「あっ、またなんか変なこと考えてるでしょ……。ツカサ君だって、僕があんな色目で見られてちょっと嫉妬してたくせにぃ」
「なっ……し、嫉妬!?」
思っても見ない事を言われてギョッとすると、ブラックはニマニマと笑う。
ちょっ、なんだその顔はっ!
「んも~、ツカサ君たらトボけちゃってぇ~。僕はしっかり見てたよっ、あのクソメスが僕に色目を使った時に、ツカサ君がムッとしてたのを何度もね!」
「はぁあ!? んなこと」
「あるね~! すっごくあるっ! ふっ、ふへ、ふへへへぇっ、ツカサ君たらあんな風に可愛く嫉妬してくれるようになっちゃってっ、あっ、もうなんなら今ここでセッ……」
ぐわーっやめろ、俺に近付いて来るな覆い被さってくるなー!
っていうかこんな所で何しようとしてんだアンタは、人が来るかも知れないんだぞ!
皆まで言わせてたまるかと俺はブラックの顔を両手で押さえながら、なんとかこの場から逃げ出そうとしていたのだが――――
そんな騒ぎを治めるかのように、コンコンと部屋の扉がノックされた。
「…………ほ、ほら来た。あの、情報屋さんとかじゃないの」
「……チッ……。まあでもいいや、後で存分にセックス出来るし……」
「だからハッキリ言うなってば!」
耐え切れずに大声でツッコミをいれてしまったと同時に、ドアが開いた。
そこから、ヌッと黒に近い群青のローブを羽織った人が入ってくる。
「……なんだかよく分からんが、少し待った方が良かったか」
あっ、知らない声だ。ダンディなオッサンみたいな声質だけど、もしかしてこの人がファザナさんの言う“情報提供者”なんだろうか。
捕まえにくい人だったみたいだけど、来てくれたんだな。
しかもタイミングが良い。すごく良い。俺この人と仲良くなれそう。
そう思っていると、相手はドアをしっかり締めてフードを外した。
「嚇猿族の長から聞いて来た。……我々の力が必要だと聞いてな」
フードから出てきたのは、これも黒に近い紫色の髪。
だけどその大人しい髪から生えていたのは――――大きな、鼠の耳だ。
「あ、あなたは……」
思わず問いかけた俺に、壮年の男の人は身分を名乗った。
「私はヨグト。“根無し草”の鼠人族だ」
俺達を見つめるのは、稲荷のキツネみたいに落ち着いた細い目。
……自らを鼠人と名乗ったその人は、今はもういないあの人にどこか似ていた。
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