異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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魔境山脈ネイリ、忘却の都と呪いの子編

5.海鳴りが霞む街1

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 三つのツノがある古代ネズミ【アティカール】ことピロピロちゃんは、どうやらどこかの街に到着するまでは不眠で走り続けるらしい。
 そんなことして大丈夫なのかと最初は心配したが、実際は休憩している時にこまめに短時間の睡眠を繰り返しているらしく、そういう体質との事で問題はなさそうだ。

 とはいえ、休憩時にこまめに俺が水をあげたり、何かのナゾの乾燥した赤い小動物が食べそうなペレットをあげたりしてたんだけどね。
 だって、この炎天下でずっと走ってくれてたワケだし……。

 おかげで俺とロクはピロピロちゃんと仲良くなった訳だが、それはともかく。

 一日ほど岩の地面の荒野を走り続けた翌日、進行方向側の景色にジワジワと変化が見え始めた。

 その変化とは、山脈だ。

 緑の色など一切見えない厳しく高い岩山が左右から伸びていて、近付く度に俺達は行き止まりに向かっているのではないかと不安に思ったが、走り続けて貰う内にその全貌が見えてホッとした。

 どうやら山脈には唐突に途切れた場所があるようで、その途切れた谷の部分から山を越えられるらしい。聞くところによると、いずれ進行方向の右手には、この大陸の海岸が見えて来るとのことで……ホントに地理がよくわからん。
 地図でも有れば良かったんだけど、獣人の国でも「地図」というものは重要なものだという認識はあるようで、俺達には持たせて貰えなかったんだよな。

 そもそも、獣人は非常に感覚が優れているので、何度か通えれば最寄りの街や村までは地図も無く行けるから必要ないって面もあるとかないとか。
 ……ホントに人族の大陸の常識と違うんだなぁ……。

 野生の獣としての感覚が鋭いってことは便利だけど、そのぶん自然に適応する事が当然になって、一般人は地図が必要なんて思ってないから、人族も中々この大陸に進出する事が出来なかったのかも。
 まあ、その前に獣人達は人族を見下してるので、そこがネックだったのかもだが。

 ――って、つい獣人と人族の違いに思いをはせてしまったが、それは置いといて。

 その“山脈の割れ目”を背後に構える、草がほんの少しまばらに生えた土の荒野に、武神獣王国・アルクーダの領地ではない街がポツンと作られていた。

「あれが……クロウが説明してくれた【海鳴りの街】ってとこ?」

 窓の外から見える風景に問うと、背後にいるクロウが頷く。

「ウム。あそこならネイリ山脈の情報を持っている流浪の群れもいるだろう。オレ達の国の領土は、人族の国のように法が有って少し煩わしいからな。……そういう心身を律する鎖を嫌うものは、皆あのような“根無しの街”に流れるのだ」

 【海鳴りの街】とは、いわゆる「無法地帯」の街だ。
 国や巨大な群れの「掟」を嫌って離れたり、一匹狼が気楽なタイプの獣人が、法を気にせずに過ごせる街……それが無法……いや“根無しの街”と言われる場所だ。こういう街は広いベーマスの各地に存在しているらしく、そこを訪れる流浪の群れや後ろ暗い獣人達の貴重な取引場所となっている。

 無法地帯が大陸にいっぱい……と思うとちょっと怖いが、そう思うのは俺が島国の出身だからかもしれない。そもそも、獣人達は戦って勝ち取れがモットーだから、法とかしゃらくせえって人が多いのかも知れないな。
 国っていう概念がそもそも根付きにくい種族みたいだし……。
 ともかく、俺みたいな善良な人族にはちょっと危険な場所ってことだな。

「……俺が行っても大丈夫かな?」
「念のために、何か羽織って行った方が良いかも知れないな。前に言ったと思うが、肌の露出が少ないメスは、オスに娶られたメスと見られる事が多い。さすがにそんな相手に発情するヤツは少ないからな。それに、ブラックやオレの隣に居れば、絡まれても安心だろう」

 そ、そっか……でもそれって、裏を返せば、クロウがそう言うほど日常的に揉め事が起こってる街って事なんだよな……。
 メスメス言われるのは不満だが、余計な事をして面倒事に巻き込まれたくないし、今は甘んじてクロウの提案を受け入れるしかないか。

 ブラックが「ふふーん」て何故か得意げな顔をしてるのがイラッとするが。

「ム、そろそろ見えてきたな。ツカサ、右を見て見ろ。地平線に薄ら海が見えるぞ」
「えっマジ!? どこどこ!」

 改めて言われ、進行方向右をみやると、確かに山脈の手前の方に青色が見える。太陽の光にキラキラ光っているし、間違いない。あれは海だ。
 【海鳴りの街】と言っていたのはホントに海に近かったからなんだな。

 山脈の切れ目は、海のすぐ近くだったのか。
 ってことは……右の方の山は、海に面して崖になってるのかな。ベーマスで人族と取引してる港は【アルクーダ】の港だけって話だったから、もしかすると【海鳴りの街】の周辺の海は岸壁だったりゴツゴツしてて船が通れないのかも知れない。

 でなけりゃ、港がソコしかない……なんてことにならないだろうしな……。
 うーむ気になる。これはちょっと探検……いやいやダメだろ、今の俺達は怒りんぼ殿下をナイリ山脈に送り届ける役目の途中なんだ。それに、クロウの事も有るし……ウキウキ気分でいたら絶対にダメだろ。もっと気を引き締めろ、俺。

「情報を仕入れられるアテはあるのか?」
「ムゥ……オレも前に数度訪れたきりだから、確証はないが……人族と同じように、酒場が一番情報を手に入れやすいと思う。“根無し草”の鼠人族がいれば、後ろ暗い情報も手に入れられるかも知れんが……」

 ブラックとクロウの会話に、俺は素通し出来ない言葉を聞いて息を詰める。
 “根無し草”の鼠人族って……前にラトテップさんが言ってた言葉だよな。
 たしか、暗殺や諜報活動を行う一族だって自嘲してたっけ……ナルラトさんも、前に似たような事を言っていた気がする。ってことは、無法地帯の街に行けば彼らの故郷がどこに在るのかもわかるのか!?

 ずっと行きたいと思っていたけど、王族がらみの事で身動きが取れなくてヤキモキしてたんだ。話を聞けるっていうんなら是非聞きたい。
 ナルラトさんも一度は里帰りしてるはずだから、きっと教えてくれるよな。
 ただ、諜報活動って言ってたから、会えるかどうかはわかんないけど……。

「グルルルル」

 ピロピロちゃんが、喉を鳴らすようなでっかくて低い鳴き声を漏らす。
 再び窓の外を見やると、もう街はすぐそこまで迫っていた。
 黄土色の大地に平べったく伸びる街は、背の高い建物がほとんどないが、それでも他の街と見劣りしない建物がぎっしりと詰まっているように見える。

 まるで外からの侵入者に身を寄せ合って守りを固めているかのようで、こじんまりとした感じを覚えた。ちょっと離れた所に海と大きな山脈があるし、周囲は本当に木々も無く岩がぽつぽつあるだけの平坦でだだっぴろい荒野だから、そう思ってしまうのかもしれないけど。

 ……それにしても、久しぶりの海だな……。
 この世界の海は恐ろしいモンスターの棲処らしいが、それでも茶色か暗い色かの大地に青い空と青い海が見えると、つい美しいと思ってしまう。

「アティカールは、街の中にある預かり所に停める。こういう街に来る商人や金持ちは貴重だからな。なんなら傭兵を雇う所もある」
「へー、なんていうか……無法とはいえ、ちゃんと身を守る方法もあるんだな」

 何でもアリだからこそ、良い方向の何でもアリってのも有るんだろうな。
 暴力が飛び交う街のイメージだったから、わりと理性的な所も有って良かった。
 そんな事を思っていると、ピロピロちゃんは囲いのない街に平気で立ち入り、己が行く場所を知っているかのように大きな通りをカポカポと歩いて行った。

 窓から外を見ていると危ないとの事で、カーテンを閉めてしばらく待っていると、車がターンしたような動きをして完全に止まった。
 数秒の沈黙が有って、外からコンコンとノックされる。

 どうやら前払い制らしい。どうしたもんかと思っていると、朝食を食べた後からずっと二階で籠っていた怒りんぼ殿下が下りて来た。何をしに来たんだろうか。
 にわかに緊張が走る俺達に、殿下は面倒臭そうに目を細めて何かを差し出す。

「停留所に着いたらコレを見せろ。王宮が使用している証明書だ」

 フリーパス券みたいなものかな?
 ともかくその証明書を【停留所】の人に見せたらすぐに解決してしまった。
 王宮が使用してるってことは、軍人とか文官が出張する時に使う物なのかな。そら俺達には預けられないか。でも事前に言っておいて欲しかったよもう。

「用事は済んだな。……俺は部屋に籠る。お前達が外に出たいと言うのなら、好きにするがいい。だが、その代わり夕食まで声をかけるなよ」
「は、はい……」

 俺の受け答えに殿下はちょびっと睨んだが、そのまま踵を返してまたもや二階へと上がって行ってしまった。な、なんで睨まれたんスか俺は。
 でも、一人でここに残るって……なんだか怪しいなぁ。
 外に出ている間に、他の連中に連絡したりとかしないだろうか。そう怪しんでいると、ロクがピョンと飛び出して俺にキューキューと訴えてきた。

「えっ……ロクが見張ってくれるって?」
「キュー!」
「うーん、まあ確かにロクショウ君なら隠れられるし、あいつらには気配がさぐりにくいみたいだし、有用だとは思うけど……」
「キュキュー、キュッ!」

 さすがに可愛くて小さいロクが一人で見張り番というのはブラックも心配だったのか、珍しく消極的だ。けれど、そんな懸念を吹き飛ばすかのように、ロクはフンフンと鼻息を荒くして「自分は大きい姿になれる」みたいなジェスチャーや、トカゲ人間モードにもなれると言わんばかりに飛び回る。

 力になってくれるのは嬉しいけど、一人じゃ心配だなぁ……。
 どうしたもんかと思ったが、あまりに「やる!」というので結局押し切られた形で了承してしまった。確かに強いけど、ロクは全ての物に優しいパーフェクトヘビトカゲちゃんだからなぁ……。変なヤツが入ってこないかホントに心配だよ。

「ツカサ君、心配し過ぎて顔がギュッとしすぎてるよ」
「ウグゥ」
「そんなに心配なら、この車の鍵をちょっと弄ろうか? 僕しか開けられなくなるけど、侵入者が入って来る事はまずなくなるとおもうよ」

 あっ、そっか。ブラックは炎と金の属性が使える【月の曜術師】だもんな。
 前にも開錠したり鍵に細工したりと色々やってたし、そうして貰えばいいのかも。
 殿下も外に出ないって言ってたから、何も動きが無かったって証拠にもなるよな。

「それならまあ……。じゃあ、ロク、お願いできるかな」
「キュー!」

 まかせなさい、と言わんばかりに、ちっちゃなお手手で己の胸の辺りをトンと叩いて見せる、可愛すぎる黒いヘビトカゲちゃん。
 思わず鼻から熱い物が吹き出そうになったが、俺は鼻の付け根を必死に抑えて己を律すると、頼んだよと頭を撫でた。

「だ、だのう゛な、ロ゛グぢゃん」
「キュッキュ! キューっ」

 ううっ、か、可愛さ最高品質……っ。
 これ以上見つめていては俺の目の前が真っ赤になってしまう。時間の許す限りロクを見つめて愛でていたかったが、目的があるので仕方が無い。

 溢れ出る涙を呑みつつ、俺はブラック達と一緒にピロ車を降りて【海鳴りの街】へと降り立ったのだった。ううう。

「……ふーん……これはまあ……えらく荒んだ街だねえ」

 扉を閉めて鍵に細工した後、前方を見てブラックが何故かそんな事を言う。
 俺は鼻水をかんでいる最中だったので、まだしっかり見てないんだよな。荒んだ街って、まあ大体想像はしてたけど……どんくらいのレベルなんだろうか。

 そう思い、俺も同じように停留所の外に見える通りを見やると。

「テメこのなんだチクショウが!! バカにしやがって馬族のくせに!」
「うるせぇ猫風情が!! 人に媚びてエサ貰う家畜がよ!」
「てんめええええ!」

 …………あれ、なんだろうな……この光景、なんだかデジャブを感じるぞ。
 まるで港にあった人族の居留区で見たような光景だが……いや、待てよ、こっちの方がなんだか物々しい……っていうか明らかに流血沙汰じゃないのかアレ。

 御両人ともなんか血塗れなんですけど!?

「ちょっ、く、クロウ! アレ大丈夫なの!?」

 さすがに止めないとヤバいんじゃ……とクロウを見上げると。

「安心しろツカサ、根無しの街は常にあんな感じだから放っておいていいんだぞ」

 そっかぁ、なーんだ。日常茶飯事だから止めなくていいのかぁ。
 じゃあ俺達も関わらなくて良いから大丈夫だね……ってオイ!

「そうじゃなくて、アレが普通なの!?」
「ツカサ君、無法地帯ってのは大体ああいうモンなんだよ。……さ、つまんないモンを見てないで酒場を探しに行こうか」
「えぇええぇ……?」

 これくらいの喧嘩なんてフツウ、とか言われても怖すぎるんですが。
 確かに人の流血沙汰なんて関わらない方が良いのかも知れないけど、つまりそれは俺達が喧嘩になっても誰も関わってくれないってことなのでは。

 無法地帯の街って、そんなにアウトローな感じなの?
 なんかこう、もうちょっと穏やかなのを想像してたんだけどな。

 ヤバいなこれ。ブラック達とはぐれると絶対ヤバいことになるぞコレ。
 こうなったら、恥とかかなぐり捨てて絶対に迷子にならないようにしないといけないのでは……と、とにかく、ブラックとひっついてないとな……。

「…………」
「おほっ、つ、ツカサ君たら僕のマント掴んじゃってぇ……どしたのぉ!?」

 いや、どしたも何もないってば。
 ヒトのこと怖がらせておいて、ホントこのオッサンは……。

「ツカサ、オレの服の裾も掴んでいいんだぞ」
「ううううう……」

 これじゃまるで俺がガキみたいじゃないか。
 でもコイツらからしたら俺はガキなんだっけ。ああもう。

 凄く恥ずかしいけど、用心するに越したことはない。
 仕方なく、俺は二人の服をしっかりつかんで歩く事にしたのだった。

 …………ここに知り合いがいなくて本当に良かった……。











 
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