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飽食王宮ペリディェーザ、愚かな獣と王の試練編
35.願いの行く先
しおりを挟む「お前達には、西方極地の山奥にある【灰狼族】の集落に行ってもらう。そこに、山の狼達を統べる【天眼魔狼族】の居城があるから、まず最初の“三王の試練”はそこで受けて貰うぞ」
行ってもらう、って……。
……数秒、チャラ牛王が何を言っているのか理解出来なくてブラックと顔を見合わせてしまったが、相手はこちらの事など気にせず続ける。
「西方極地はアルクーダに住んでいる者にとっては魔境も同じだが、まあ“二角神熊族”のお前達がいるのなら安心だろう。そもそも、古来のお前達も森林や山河に住む存在だ。モンスターが蔓延る場所だろうがやってやれないことはない」
いや、あの、なんか凄いこと言ってません?
西方極地に三王様の一人が住んでいらっしゃるのは解かったけど、その後の魔境とかモンスターが蔓延る場所ってナニ。
そこに今から行って来いと。
しかも、話の流れからすると……俺達が、怒りんぼ殿下についていけ、と?
俺達三人だけで?
…………は、ははは。まさか。そんなまさかな。他の人達もいるはず。
さすがに俺達三人だけってのはナイだろう。
でも怖いから一応聞いてみようかな……。
「はい!」
「お? なんだツカサ。元気がいいメスは好きだぞ」
「いや、あの……俺達が付いて行くってのは置いといて……他にも付いて来て下さる兵士さんとかいらっしゃる……ん……ですよね……?」
ソコは王族なんだからお供の一人や二人付いて来るだろう。というか、保留状態とは言え怒りんぼ殿下は元王様なのだ。そんな人を無碍に会う使う訳も無い。
きっと、よくある「あの子と二人でピクニックなのに、護衛が付いて来て二人きりにはなれそうにないよ~」的な感じで、複数人が付いて来てくれるはず……!!
俺達と殿下だけとか気まずいったらありゃしない!!
あと、その人クロウを暗殺しようとしてるんだけど。胃がキリキリすんだけど!
「いらっしゃる? なにを言う、強者に護衛など必要あるまい。むしろ邪魔なだけだ。それとも、そこの人族のオスは護衛を欲しがってるのか?」
「ハァ!? なんで僕!?」
ふざけんなよとばかりに語気を強めたブラックに、そうだろうよとチャラ牛王は笑い「ならば必要あるまい」なんて言いやがった。
……この獣人の大陸ベーマスでは、武力の高さがそのまま権力になる。
強ければ偉い。何かに秀でていて人の追随を許さない者が有ればそれが武力であり、腕力と同等に人を従える力とされ尊敬される。
だが同時に、武力を示さない物や弱い物は虐げられる弱肉強食の大陸だ。
ドービエル爺ちゃんが先代国王であるこの【武神獣王国・アルクーダ】では、逃げて来た弱い種族も保護しているらしいので……そういう弱肉強食的な思考も和らいでいるんだろうけど、彼らの根底にある獣としての本能ではソレが正義だ。
だから、部下がいたとしても一番強いのはトップの人間であり、小間使いや何かのお供以外は「弱い」と思われてイヤだと感じるのだろう。
…………でもさあ、王族だったら襲われるとかよくあるじゃん……死角をカバーして貰うためにも護衛を連れて行くってのも、賢いと思うんだけどなあ。
まあ、彼らにとっては「死角なんぞ気にする程度の力で上に立てると思うな」と嘲笑してしまう考えなんだろうけども。
「そこの人族のオスも要らんと言ってるぞ?」
「小間使いとか……」
「お前がやればいいだろう。美味い料理が作れれば文句など無い。なあそうだろう? カウルノスよ」
「はっ」
いや不満って言いなさいよ怒りんぼ殿下。あんた人族嫌いなんでしょうが!
まさか……あの暗殺計画があるから、黙って従おうとしてるのか。
だとしたら、本当に一人でクロウの事をどうこうしようとしてるってこと?
あの内緒話を、誰かに聞かせるためにあんな風に話してたとも思えないし……そうなると、やっぱりガチでヤるつもりなんだよな……。
でも、冷静に考えると少しおかしい所もあるのが気になる。
昨日は、実の兄弟であるクロウを殺そうとする兄弟二人に驚いて、色々と考える事が出来なかったけど……よくよく思い返すと、五感が鋭いあの二人が、すぐそばまで来ていた俺達の足音や呼吸音に気付かないって事があるんだろうか。
もしかすると、敢えてあの暗殺計画を俺達に聞かせた可能性もある。
でも、そうなるとなんでワザワザ俺達に聞かせたのか謎だし……まさか、向こう側からは俺達の事が分からなかったってワケでもなかろうしな。
何か含みがあるんだとしたら、オトモを付けないのも何か理由があるのか?
ルードさんが「用意した」とかなんとか言ってたし……。
「…………とまあ、そんなワケだ。生憎と今は天眼魔狼王も手が離せないようでな。天眼魔狼の選定も定まっていない時期に、わざわざ試練をやってやるんだ。お前達が出向かねば、先方に失礼だろう」
わっ、考え込んでたらまた話が進んでる。
なになに、何の話してたの、何故ブラックは不満げな顔をしながらも黙ってるの。
問いかけようとするけど、話の途中なのでブラックに聞くわけにも行かない。
オタオタする俺を余所に、チャラ牛王は話を続けた。
「どのみち、試練は門外不出のものよ。関係のない獣人に教える事は出来ん。俺が試練を開始したとしても、王宮では出来んだろう」
「ああ……それゆえに、前代の王であらせられた陛下も私どもを付けずに、お二人で海征神牛王陛下との会合をなさったのですね」
アンノーネさんの言葉に頷く。
どうやら、怒りんぼ殿下の時は爺ちゃんだけが付き添いだったらしい。多分、試練の事を説明するのは本来なら前代の王様の役目だったんだろう。
……ということは、お供を付けないってのは普通の事なのかな?
考える合間にも、チャラ牛王はアンノーネさんの言葉に頷いた。
「うむ。まあ、詳しい事は言えんが試練は毎度決まった物ではない。その者の資質を見極めたうえで多種多様な試練を課すのだ」
「……それが、今回は僕達が付いて行かなきゃいけない旅だと?」
「そうだ。……まあ正直、旅をする間に力を蓄えさせるという目的もあるゆえ、お供はツカサだけでも良いのだが、そうすればお前達は怒るだろうしな」
「当然だ!!」
ふざけんな、と俺を横から抱き締めて唸るブラックに、チャラ牛王は笑った。
「ははは、強者の弱点を突くのは面白いな! ……ま、そういうワケで……ツカサ」
「ぐえ、は、はい!?」
うう、ブラックに抱き締められているせいで潰れた声が出てしまった。
情けない……っていうか、他の人もいるのに何抱き着いてきてんだ!
離れんかいとオッサンの剛腕に抗っている俺に、平然とした顔でチャラ牛王は会話を続ける。おい、せめてこの状況に一言くらい言及してくれ。
「お前の料理のおかげか、それとも……お前が傍にいるおかげか、カウルノスの力も半分程度には戻ってきた。だが……本人の為にも、王宮に居続けるよりは、自らの足を使い学ばせる事も必要だろう」
なんだか、含んだような言い方だ。
チャラ牛王が何を考えているのかは分からないけど……思い付きとかそういう簡単な事ではないのだろうか。もしかして、何か深い意味があるのか?
でも、回復させるってんなら王宮で完全回復させてから山登りをさせる方が良いと思うんだけどな。そうできない理由があるんだろうか。
まさか暗殺とかの話がらみではないと思うけど……うーむ……。
「まあ何にしろ、出発は明日だ。今日はゆっくり骨休めするがいい。あ、そうそう、俺は昼食には肉が食いたいぞ肉が」
「えっ!? 明日!?」
急すぎる……って言うか旅立つ前も料理作れって言いたいんかい!
前言撤回、やっぱチャラ牛王はチャラいだけだ。人の事なんぞ考えてないっ。
旅しなさいってのも絶対自分の都合に決まってる、だあもうただでさえクロウは兄の怒りんぼ殿下が近くに居てストレスなのに、一緒に旅なんかしたら……。
そう思って心配になり、おたおたしながらもクロウを見やると。
「…………」
「クロウ?」
何故かクロウは、神妙な面持ちで話を黙って聞いているようだった。
相変わらずの無表情だが、怯えるとか怖がるとかそういう感じは一切ない。
ただ、なにか……何かを覚悟しているような、そんな雰囲気だった。
「さーて、話も終わった事だし……俺はメスでも呼んで昼食まで休むか」
「え゛っ」
チャラ牛王が伸びをして、のんびりした声を出す。だが俺はのんびりできない。
メスっ子を呼んで昼までのんびりだと。なにそれ羨ま憎らしい。
俺には料理をさせといていい御身分だな。いや実際良い御身分なんだが。
でも、女子を呼んでまさしく砂漠のハーレム状態でのんびりなんて、そんなの俺が一番やりたいことじゃないかっ。くそう、なんでこう俺には女運が無いんだろう。
ギリギリしながらチャラ牛王を睨むと、その視線に気づいたのか相手はハハハと笑って肩を揺らした。
「なんだ、熱い視線だな? 俺にまだ構って貰いたかったのか? だがお前が悪いんだぞ、群れのオスがいるからって喜んでメスの匂いをまき散らすから俺までメス恋しくなったんだ。悔やむなら、お前の発情した体と売約済みの自分を恨むんだな」
「そんなこと思ってないー!!」
俺はっ、アンタが、王様気分でハーレムするのが羨ま憎らしいのっ!!
誰が構って貰いたいだ、チャラついた男なんて二度と近付きたくないわい、数日前さんざんボコられたんだぞ俺はー!!
それで構われたいって、俺の方が異常者じゃねーか絶対違うわ!
あとオスがいるから云々ってなんだ、鼻がおかしくなったのかアンタは!
勘違いも甚だしいと怒るが、相手は全然取り合ってくれない。それどころか、殿下やアンノーネさんを連れて部屋から出て行ってしまった。
……なんだ。荷造りか何かか?
チャラ牛王に呪いを弱めて貰ってるからって、早速部屋を出て行くなんて怒りんぼ殿下も態度が透けて見えるよな……まあ良いけどさ……。
「はー……また困った事になったなぁ……。なんでグリモアからどんどん遠のくんだ」
そう言いながら、ブラックは疲れたように溜息を吐いて俺の頭に顔を埋める。
やめろ、と言いたかったが、その気持ちは俺も良く分かったので何も言わずなすがままにさせる。マジで最初は「本を貰って帰るだけ」だと思ってたからなぁ……。
その余力でラトテップさんとナルラトさんの隠れ里のお墓参りにでも行けたらな、とか思ってたのに、これではそんな余裕すら無さそうだ。
クロウを暗殺する計画を練ってる相手と丸一日一緒なんて、かなりキツいぞ。
そんな事させる気はないけど……考えるだけでしんどいんだから、クロウは俺よりキツいと思ってるんじゃなかろうか。
「クロウ……大丈夫か……?」
心配になって隣に座っていたクロウを再度見やると、相手はいつも通りの顔でコクリと頷いて見せた。
「ム……心配ない。……不安が無いと言ったら嘘になるが……海征神牛王陛下の命であれば、従うよりほかは無いからな。それに……いつまでも、ツカサを守れずオレが守られているワケにはいかない。…………オレも、覚悟をしなければ」
「クロウ……」
なんて大人っぽい事を言うんだ。いや相手はオッサンだけどさ、でも、今までずっと兄に対して怯えていたクロウからすれば、かなりの進歩だ。
やっぱり自信を取り戻してくれたのが聞いたんだなと思い、ついつい感動で涙腺と表情が緩んでしまうと、クロウはフッと笑って熊耳を小さく震わせた。
「オレは、この群れの二番目のオスだ。格好悪い所ばかり見せていては、ブラックに格下げされるかもしれんからな」
「ハァ? 格下げも何も今すぐ追放してやりたいんだけど?」
「こらブラック!」
マジのトーンで拒否をするなと軽く頭をチョップしながら、俺はクロウのその言葉に「そうだな」と笑って頷いた。
軽い冗談を言えるくらいに回復してくれたのなら、もういう事は無い。
無理をしているとしたら心配だったけど、これなら大丈夫そうだ。
……だったら……俺を守るって言ってくれるクロウには悪いけど、俺達もクロウには気付かれないように、クロウを守らないとな。
もうクロウに悲しい思いはさせたくない。
例え怯える対象である兄であっても、相手が自分を殺そうと思っていると知れば、優しいクロウは悲しむだろう。
だから、止められるのであれば俺達が秘密裏に止めたい。
そしてもし出来るのなら……怒りんぼ殿下には、クロウを認めて欲しい。
なにも、兄弟仲良くしろって言ってるんじゃない。
クロウのことを不当に貶すのをやめてくれるだけで良いんだ。
昔はどうか知らない。でも今は確かに立派な冒険者であるクロウのことを。
ただ、それだけでいい。
……暗殺をやめさせて、兄弟仲を修復できるのなら、それが一番いいだろう。でも、現実はそう甘くないってのはよく知ってる。
兄弟は仲がいい方が良い……なんて理想論を言う気はない。嫌いなら嫌いでも、別に良いんだ。それがその兄弟の結果なら俺達に口を挟む権利は無い。
でも、相手の技量を認めるかどうかっていうのは、違う話だろう。
認めた事によって変わる事だって……もしかしたら、有るかも知れない。
だからせめて、クロウの強さだけは認めて欲しいんだ。
例え、もう二度と兄弟としての絆が修復できないとしても。
「……クロウ、俺達が一緒に居るんだから……我慢するなよ」
なんにせよ、もうこれ以上苦しい思いを溜めこんでほしくは無い。
その一心で顔を見上げた俺に、クロウは微笑んで頷いた。
→
※だいぶ遅れてしまいました(;´Д`)スミマセン…
次でこの章はひとまず終わりです
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