異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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飽食王宮ペリディェーザ、愚かな獣と王の試練編

  なにも出来ない2

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 怒りんぼ殿下に治療院の外へと連れ出され、ハンドバッグのごとくムキムキの腕とバキバキの横っ腹に挟まれつつ運ばれる。

 オッサンというだけでもご遠慮させて頂きたいというのに、そのうえマッチョだなんて俺を筋肉で圧死させる気なのだろうか。やめろ、クロウの筋肉でも時々万力の力で抱き締められて失神しかけてるのに。

 あれか、熊族は代々脇で人を圧死させる技でも受け継がれてんのか。

 気が遠くなりながら勘弁してくれと思っていたのだが、殿下はすぐさまどこかの建物へと入り、何やら中に居た人に話して、二階へとあがる。
 ……数秒見ただけだが、どうやらここは食堂か酒場のようなところらしい。

 位が高い獣人族が利用するだけあってか内部は綺麗で、高級感を売りにしているのか床は木製で壁にも飾り板などが取り付けられていた。
 この大陸じゃあ、建物や家具に木を使用するのはだいぶ金が掛かりそうだもんな。人族の大陸では全くそんなことはない……というか、豊富な大地の気や曜気のお蔭でどんどん生えてくるので、むしろ建材が石って方があまり見かけない。

 あってもレンガだし……そう考えると、レンガじゃなく黄土色の石材ってのが、何か不思議な感じだ。砂漠の国っぽくはあるけど、なんの石なんだろう。
 この大陸で産出される特殊な石材なのかなぁ。

「おい、何をブツブツ言ってる」
「な、なんでも……」

 って、い、いつの間にかどっかの部屋の前に到着してるぅ!

 ああ何故俺はこう迂闊なのか……建材とかどーでも良かっただろ今。
 でもどうしたってこの筋肉からは逃げられないんだから、ちょっとくらい現実逃避しても良いじゃない。ちくしょう、俺にもマッスルがあればもうちょっと格好良く活躍出来ただろうに……。

「ほら、入れ」
「ぐううう」

 目の前の豪華な扉をパコッと開けられ部屋に放り込まれる。
 するとそこは、思っても見ない場所だった。

「…………」

 固まってしまったのは、なにも部屋が狭いからとか汚いからとかじゃない。
 その……ええと……部屋自体はとても清潔で、テーブルとかも大理石的なお高いモノで作られたヤツなんだろうなと思うし、そもそもここは高等民居住区なんだから、この部屋の家具は全て目玉が飛び出るような値段なんだろうなと思う。

 だが、俺が固まったのはそこではないのだ。

「どうした、さっさと座れ。腹が減ってるんだろお前は」
「う、うぅ」

 両肩をデカい手で掴まれて無理矢理席に座らされる。
 目の前の席に不機嫌な熊オッサンが座るが、背中にあるものを考えると俺は息をつく事も出来なかった。だって。だって俺の背後には……

 キングサイズのベッドがあったのだから。

「……なんだお前は、何故そんな怯える獲物のような顔をしている」
「いや、あの……」

 だってアンタ、後ろ見なさいよ後ろを。ベッド。ベッドがあるんですけど。
 この個室でベッドってあんた、なんで食堂でベッドあるんだよ!

 いきなり連れて来られた部屋にベッドがあったら誰だって緊張するだろ。っていうか、俺さっきヤなことされたんですけど。されたんですけど!!
 普通、こんな状況でにこやかに食事しようとしねえよ!

 それなのになんで平然としてるんだアンタは!

「ああなんだ、背後の寝床が気になるのか。アレは普通の設備だから気にするな」
「いや普通じゃないでしょっ……ですっ、よ!?」

 つい敬語を忘れそうになって言い直すが、怒りんぼ殿下は気にせず返す。

「人族の食事処には個室が無いのか? 不便だな。肉の匂いなどさせていれば、他の獣に気付かれて狙われるだろう。メスなら尚更、そのままの勢いで拐かされて夫でないオスに種付けされんとも限らん。気力充分なメスはそれだけで魅力的だからな。故に、付け狙われる前に“匂いづけ”する場所がいる。肉の匂いを、ともにいるオスの匂いで上書きするのだ」
「えぇ……」
「安心しろ。お前みたいに未熟なメスにしか見えんヤツは、発情が抑えきれん無様なオスか変態でも無ければ食い付かん。特にこのアルクーダの民は理性的だ。獣人と言えど、野山で暮らす下賤な獣人族とは違うからな」

 ああなるほど、それがベッド……って、そんな説明聞きたくなかった。
 拉致を防ぐための“匂いづけ”ベッドが高等民の食事処にもあるってことは、兵士が住んでる場所でも過ちを犯すヤツが出るってことですよね。

 いや、奪い奪われ殴り合いが基本だからこそ、こういう設備が必要なのか。
 ご飯を食べて栄養たっぷりなメスってのは、確かに健康的だし危険に陥る事もなく子供を産んでくれそうな気がする。だから、求めるのもわからなくはないんだが……。

「大方、お前をメスだと見取った従業員が気を利かせたんだろう。オスに抱えられるようなオスはおらんからな」

 なるほど……ってさっきから失礼過ぎねえかこのオッサン。
 「許されてやる」もワケわかんなかったけど、俺に謝るようでいて全然謝ってないし、俺が腹を鳴らしたら変にはりきってこんな所に連れて来るし……一体何がしたいんだよまったく。俺はさっきのこと許してねえんだからな。
 つーか怒ってるんだからな俺は!

 やっぱり、相手が王様でもここはハッキリ「俺は許してない!」と言うべきでは……と考えたのだが、その覚悟を決める前に扉がノックされてしまった。
 そういやココには扉があるんだな……なんて思っていると、えらくキッチリした給仕服のようなものを着たネコ耳お兄さんがカートを持って入って来た。

 「怒ってるんだぞ」と伝える機会を失いつい黙ってしまう俺の前に、ネコ耳お兄さんは丁寧に大皿や水の入ったボウルを置き、そしてその皿の上に……どっから持って来たんだと問いかけたくなるような、こん棒の如き骨付き肉がドンと置かれる。

 チキンレッグを二倍三倍にもしたようなデカさで、ほどよく焼けた肉がじゅわじゅわと肉汁の音を立てていて、確かに美味そうではあるが……何の肉だこれは。
 冒険者として人族の大陸を冒険していた時ですら、こんなマンガみたいな肉をポンと出された事なんてないぞ。つーか普通に切り分けて貰ってたぞ。

 ナイフもフォークもないが、もしかしてこれはかぶりつけってことなのか?
 人間の歯で噛みきれる強度だろうかと心配になって、ふと殿下を見ると。

「…………」
「なんだ。早く食え。お前が腹を鳴らしたんだろうが」

 俺のために食事に来た……らしいのに、自分が先に肉にかぶりついていた。
 ……うん、いや、なんというか……本当に自分の道を行く人だなこのオッサンは。
 とはいえ、牙を見せて思いきり肉にかぶりつく相手を見ていると、いつの間にか腹が減っていた俺も食欲が湧いて来て。

 ずっしりと重い肉の骨を持ち、もう片方の手で熱い肉の部分を軽く支えながらも、俺は殿下と同じように肉にかぶりついた。
 途端、じゅわっと肉汁が流れ込んで来て、その甘味すら感じる美味さに目が自然と見開く。……こ、こんな肉を食べたのは、初めてかも知れない。

 人族の大陸でも色々と美味しい物を食べたが、この肉は初めてかも知れない。
 こんなに柔らかくてほぐれるのに、ベーコンにも似た香ばしい味と牛肉の濃厚な味が代わる代わるやってきて、無意識に食べ進んでしまう。
 思ったよりも柔らかいのも食欲に拍車をかけた。

「うまっ……! っ、あ、いや、お、美味しいっすねこれ……何の肉です……?」

 今更ながらに気が付いたが、獣人族は他の獣人を平気で食べる。
 ってことは、このお肉はもしかすると……ヒトの肉かも知れない。

 彼らは平気だろうが、俺は流石にそれはちょっと怖い。というか無理だ。
 でも、こんな高級なお店なら普通にモンスターの肉……とかだよな?
 そうであってほしい。いや絶対にそうだ。

 まだいるネコ耳お兄さんに聞くと、相手は軽くお辞儀をしながら答えてくれた。

「南方の山脈にて狩られた、ケルンクラクラの貴重な肉です。駿馬族に運ばせましたので、鮮度は最高品質を保っております」
「む……いつもながら素晴らしいな。南方の山脈は国土ではないが、狩りに行くことが出来れば狩ってみたいものだ」

 よくわからない名前を出されてしまったが、獣人の肉ではないようだ。
 良かったと胸をなでおろして、俺は食事を続ける。あまり喋るのも行儀が悪いし、話は食べ終わってからにしよう。そう思いボリューミーな骨付き肉に集中すると、今度は怒りんぼ殿下の方から話し掛けてきた。

「どうだ、美味いだろう。これでお前も満足だな?」

 ……だから、さっきの事は水に流せとでもいうのだろうか。
 ホント、この人マジで自分だけで何でも納得して済ませようとするよな……。

 ワイルドに肉を齧ったままで睨む俺に気付いたのか、殿下はネコ耳お兄さんを下がらせた。そうして、今度は自分が眉間に皺をよせ俺を睨み返す。

「なんだ。何が不満なんだ。お前は今その肉に満足しているだろう」
「……あのな……いや、あのですね……」
「ああもう良い、崩れた敬語などいらんから言え。今なら無礼も許す」

 ほう、それは宣戦布告と受け取っても良いのだろうか。
 お兄さんを下がらせたってコトは、ここは完全にプライベートな場なんだろうし。なら、こちらも忌憚ない意見を言わせて貰おう。

 そもそも、この人が意地を張ってチャラ牛王に呪いを掛けられたせいで俺も不便な事態になってるんだし、俺だって意見を言っても良いよな?

 この際だから、虎の威……ならぬ牛王の威を借りて一言言わせて貰おう。
 こんな事になってるから、ブラックにもクロウにもロクにも不便を強いているんだし。

「じゃあ、言わせて貰うけど……アンタ、自分勝手過ぎなんだよ。さっきのもそうだけど、普通ああいう事をさせるのって俺やブラックの同意をとってからだろ。“匂いづけ”の文化とかがあるくせに、勝手に人のモン他人に舐め回させていいのかよ。それに俺はすっごくイヤだったし怖かったんだからな!?」
「だから“許されてやる”ために肉を食わせただろうが。これで終わりだろう」
「俺は許すって言ってないんですけど!」

 ああもう言えば言うほどいらいらしてきた。
 こうなったら肉を食ってやる。満腹になってやる!

 怒りんぼ殿下に負けず劣らずのスピードで肉に噛り付く俺に、相手は「何に怒っているのか理解出来ない」とでも言いたげに片眉を寄せて口を曲げた。

「お前の言っている事は理解出来ん。何故これで許さない」
「アンタが勝手に俺の許す許さないと決めてるから、余計に許せなくなってんだよ!」

 段々イライラしてきたのか、殿下も頬をピクピクさせながら牙で骨を噛む。
 まるで威嚇しているようだったが、そんな態度を取られれば取られるほど俺も怒りのボルテージが上がって行って、肉などもう食い尽くしてしまった。

 そんな俺に、怒りんぼ殿下はこれみよがしにイラついた溜息を吐く。

「何故そんなに聞き分けがない。……お前の役目は俺を元通りにすることだろうが。それを“されてやる”俺がお前を試して何が悪い? お前にオスが居ようが、それがなんだ。俺は王族だ。それにお前より強いのだから、お前に発言権などなかろう」
「俺はそうかもしれないけど、アンタはブラックに負けただろ。それなのに、ブラックと一緒に居る俺を勝手に扱うのは、王族のすべきことじゃないだろ」

 一応、ブラックのいう事を聞くべき立場じゃないのか。
 じろりと目を細めると、怒りんぼ殿下は痛い所を突かれたと思ったのか、ぐわっと牙を剥いて俺を威嚇して来た。

「グッ……そ、それとこれとは別だ! それにあれは俺の本調子ではない!」
「そーゆーのは戦いに負けたヤツが言うべきこっちゃないだろ!?」

 このクソオッサンめ、左目から頬に掛けて一本線のキズ作ってなんかイケメンぶりやがってっ。こんちくしょう、顔に格好良い傷があったってお前なんか全っ然格好良くないんだからな、お前はただのオッサンなんだからな!!

 とにかくアンタはブラックに負けたんだから、俺を好き勝手するのはおかしいだろ!
 アンタだって、俺がブラックの恋人だってのはニオイで解ってるくせに!

 そんな風に骨付き肉の骨をブンブン振り回しながら言うが、相手もかなりの頑固者なせいか、全く俺に譲らない。こちらも骨を俺にビシッと向けながら反論する。

「うるさいっ! 不敬極まる駄メスめ!!」
「アンタがぶれーこーで良いっつったんだろ!」
「グゥッ、そ、それはお前が鬱陶しい敬語を喋るからっ……ああもう、うるさいうるさいうるさいっ!! 貴様のようなメスなどっ……」
「…………なんだよ」

 俺みたいなのは処刑とでも言いたいのか。
 そんなこと勝手に決めたら、ドービエル爺ちゃんが流石に黙ってないだろう。それに俺達は【世界協定】の使いで来てるんだ。何か問題が起これば面倒な事になるのは殿下だって解っているはず。

 ……俺達は貴族や使節じゃないから邪険にされたって別に問題ないし、失礼な事をされても任務を遂行出来たら何でもいいんだ。【世界協定】も、そういう事を追及はすまい。シアンさんは悲しむだろうけど。
 でも、生き死にに関われば話は別だ。

 そんなことは、怒りんぼ殿下だって知っているだろう。
 なのに、俺に対してまた何か酷いことをしようとするのか。

 じっと睨む俺に、大きく口を開けたままの殿下は――悔しげに獣の牙を見せたまま歯噛みをし、どっかと椅子に座り直した。

「チッ、ああいえばこう言う……っ。お前のような、器量の悪いメスを喰うヤツの気が知れん……!!」
「今それ関係あります?」
「…………」

 あらら、ついにブスッとして口を利かなくなってしまったぞ。
 でも俺は怒ってるままなんだからな。
 もう一言くらい言わせろ、と俺はトドメに低い声を漏らした。

「あと、俺は別にアンタのこと許してませんからね」
「ええいうるさいと言ってるだろうが!! じゃあどうすれば満足なんだ!」

 またもや怒っているかのようにグワッと歯をむき出しにして、俺に威嚇する殿下。
 もうこうなったら、戦争だ。無礼で良いと言ったのはアンタなんだから、こうなったら俺も言いたい事を言わせて貰うぞ。どうすれば満足だと言うのなら、こうして欲しいに決まっている。

「クロウに対して弱いとか脆弱とか言うな。俺のメシを喰うくせに、意地張ってムスッと食事するな、あと俺を自分勝手に引き回すなっ!! 人の話を聞いてから行動しろよこのスットコドッコイ!」

 「どうすれば満足か」と言うのなら、これくらいしてくれないと許せない。
 力を乱用して人の話も聞かずに自分勝手に動くなんて、王様失格も良い所だ。人の上に立つ奴がやることじゃない。

 それに、クロウが怯えてるのを解っているくせに悪口を言うのが本当にムカつく。
 強さで言えば、全力のアンタの方がクロウよりも確実に強いのかも知れない。けど、王様の強さって腕力だけじゃないだろ。ドービエル爺ちゃんみたいに、色んな人の事を思いやったり真摯に応えたりする気持ちが大事なんじゃないのかよ。

 クロウは、アンタの事を話さないけど……でも、悪く言うことなんて一度も無かった。怯えてはいるけど、俺に「兄がイヤだ」とは一言も言わなかったんだよ。
 そういう思いやりがあるから、クロウは爺ちゃんに似てるって言われたんだ。
 誰かを守りたいって思ってくれる優しい気持ちがあるから、牛王に認めて貰えたんじゃないのかよ。王の資質があるって。

 例え建前であっても、嫌いな人にも冷静に接するのが王様なんじゃないのか。

 その優しさと叡智が重要なのは、爺ちゃんが王様代理になったことを喜んでいる人の多さでアンタだって感じてるはずだ。
 ……だから、ずっとイライラしてるんだよな?

「………………」
「俺達にすら我慢できず牙を剥くような王様じゃダメだろ。……それは、アンタだって解ってるんじゃないのか?」

 もう一度、落ち着いた声をかける。
 怒りんぼ殿下は、体を斜めにして顔を逸らしていたが……数分黙った後、俺の顔を見ないままで、ぼそりと声を漏らした。

「……わかった」

 ――――意外な返答だった。

 すんなり肯定して貰えるなんて思ってなかったから、つい目を丸くしてしまったが、怒りんぼ殿下も何か感じてくれたんだろうか。
 俺が怒っている事を理解して、クロウへの態度を改めてくれるのかな。

 それなら、単純に嬉しいけど……でも、どうなんだろうな。
 この人すんごく自分勝手だからなぁ……。

「何をじっと見ている。……食ったなら出るぞ。お前だって、こんな場所で別のオスに襲われたくはないんだろう」
「え……あ、ああ……」

 ちょっと大人しくなった気がするけど、まだ判らない。
 しかしとりあえずは、こちらの話を聞いてくれる気にもなったようだ。

 ……冷静になると、俺はなんて事を言ってしまったのだろうかと肝が冷えるが、でもクロウの事を考えて欲しかったし……結果的には、言ってよかったんだろうか。
 …………本当にそうかな。うわ、なんか不安になって来た。
 イヤな事を強制されたとはいえ、おごって貰って暴言祭りって……。

「何をしている。さっさと出るぞ」
「わっ、は、はいっ」

 慌てて一緒に部屋を出て、今度は怒りんぼ殿下の背後に続き一階へ降りる。
 久しぶりの木製の床に懐かしさを覚えながら、離れないように早足でついていくと、大股の歩幅を少し緩めた長身の相手が少しこちらに振り返った。

「……また敬語か」
「えっ?」

 どういう意味だと相手を見上げると、不機嫌な顔は再び前を見る。
 けれど、殿下はもう俺を振り返ろうとはしなかった。









※遅くなりました…(;´Д`)モウシワケナイ
 江戸時代だとウナギで精力つけてイッパツってなことで
 おふとん部屋があるウナギ屋さんもあったようですね

 
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