異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

文字の大きさ
上 下
540 / 917
飽食王宮ペリディェーザ、愚かな獣と王の試練編

26.風葬の荒野での試練1

しおりを挟む
 
 
   ◆



 武神獣王国アルクーダは、周辺に砂漠、そのさらに遠景に草木もまばらな荒野や岩場などに囲まれている。言ってみれば、不毛の地にある唯一のオアシスだ。

 少し行けば海と混じり合う大河があるというが、そこへと向かうには、今挙げた場所――「死地」などと言われるそれらの地帯を通らないといけない。
 それゆえ、王都であるアルクーダはある意味では『鉄壁の都』だった。

 だだっぴろい砂漠を渡って来る者がいれば、すぐに見張りが発見する。
 そうでなくとも、大規模な砂漠にロクな装備も無い盗賊などが潜めるはずもなく、都を奪おうとする不埒な“群れ”も、充分な蓄えがある高い壁の要塞を容易に襲撃など出来ない。地下通路が張り巡らされているというところからしても、おそらく砂の中に潜って移動……なんて特殊なこともしにくいのだろう。

 軽く五百年くらいは続いている国なのだから、そういうところもしっかりしているのかも知れない。けれど、だからと言って悩みが無いワケでもないのである。

 その悩みの一つが、いま俺達が立っている“風葬の荒野”という場所だ。

「ここに来る時に、ビジ族ってのに追いかけられたけど……ホントにあの謎の集団を追っ払う為だけに軍隊を持ち出すの?」

 横にいるクロウを見上げると、相手は少し口をへの字に曲げながら頷く。

「うむ……。どれだけ攻防して来たかというのは、もう“長い間”とだけ記されるほどの事らしいが、恐らく建国以前から土地を巡って敵対していたようだ」
「えぇ……でも、そんだけ相手が執着してるってことは、あのオアシスって元々はビジ族の土地だったとか?」

 奪い奪われ恨みが募って数百年……なんてことだと恐ろしいが、しかしそんなワケでもないようで、そこはチャラ牛王が横から顔を出してきて訂正してくれた。

「いや、熊どもが国を作る前からあいつらはあんなだぞ。ビジ族ってのは、モンスターの凶暴性を最も濃く受け継いだ種族だからな」
「そ、そうなんですか?」

 じゃあクロウの一族と土地の権利を争ってるワケじゃなかったのか。
 と、ホッとしていたら……更なる衝撃の言葉を牛王は続けてきた。

「あいつらは、基本的に奪う殺す食うの三つの原則にしか従わん。ビジ族にとって、他の獣人族は全て美味いエサだからな。水よりも血で喉を潤す方が好きな奴らが、水を欲しがって土地を奪いたいと思うか?」
「……ナイっすね……」

 ないない、ない過ぎる。
 いや、中には穏健派の人もいるかも知れないけど……。

「ビジ族は、土地なんぞどうでもいい。アイツらが連綿と受け継ぐ、種族特有の特殊技能は、荒野に住まう事によって発揮される【超身体能力】と【狂戦士】だ。血に飢えれば【狂戦士】で手のつけられないバケモノとなり、肉を喰らえば【超身体能力】で力を蓄え、長期間飲まず食わずでも驚異的な力を発揮する」
「それもう死角ないじゃないですか!!」
「だから厄介な種族だと言われとるんだ。安寧に酔って弱体化する土地など、獲物の狩場とは思っても欲しいとは思わんだろ。まあ、そうさせんために、今はこの熊どもが定期的にエサをやって大人しくさせているんだがな」

 …………。
 それってつまり、荒野の名前である“風葬”にされた死体を食べさせてるってことなんだろうか……。いや、まあ旅人が食われるよりはいいけどさ。
 でも、放っておいてるんだから旅人も食われちゃわないのかな。

 旅の安全とかは国が守らないのかと思ったが、獣人族にとって食うか食われるかというのは当たり前の感覚だから、あんまり気にしないのかも知れない。
 だけど、それならビジ族を追い払わなくてもいいはずなのにな。

「……あの、追い払うって言ってましたけど、大人しくしてるなら意味ないですよね。だったら、なんで追い払おうとしてるんです……?」

 そこは当然オッサン連中は理解しているところだろう。
 だけど、俺にはイマイチ納得がいかない。なんで大人しくなってるヤツらの寝床に、ワザワザ定期的に軍隊を差し向けてるんだ。

 .そこんとこの納得いく説明が欲しい、と背の高いオッサンどもを見やると、ブスっとしている殿下が何故かいの一番に口を開いた。

「…………鍛錬のためだ。それに、ヤツらが大人しくしているための“エサ”は、鍛錬を行うからこそ生まれる。故に、この鍛錬が結果的に国の平和に繋がっているんだ。ヤツらは凶悪だが、だからこそ我々の軍隊を鍛えるいい練習台になる。長年戦っているから、どう引けばいいかも理解しているしな」

 その言葉の後に、クロウが小さな声で続ける。

「鍛錬を終わる時は、モンスターの肉を落として逃げる。それが、結果的にビジ族へのエサになっているんだ。……たまに、命を落とした兵士も食われるがな。だから、本来なら、その逃げ肉のおかげで旅人はビジ族に食われる事もないのだが」

 ……じゃあ、俺達があの時襲われたのはイレギュラーな事態だったのか。
 だけどシーバさんは怖がってたし、たまに襲われるのは避けられないんだな……。
 それに、どうも死ぬ可能性もある鍛錬みたいだし……いいのかそれって。

「ともかく、ルードルドーナの所に行こう。今も戦っている最中のようだからな。ほら、音が聞こえて来るだろう」

 そう言われて前方を見る。

 遠くてよく分からなかったが、目を凝らすと確かに鈍色の大地の先になにやら激しく動いている塊が見えた。アレがたぶん軍なのだろう。
 風が吹くと、その喧騒がわずかに聞こえてきた。

 だが、鍛錬とはいえ真剣に戦っている所に近付いても良いのだろうか。
 心配になってしまうが、そんな俺に構わずブラック達は怖い物ナシって感じでズンズンと歩いて行ってしまう。いやまあアンタらは強いから怖くないでしょうけどさ。

「キュー」
「そ、そうだね……行こうか……」

 ロクが俺の肩から飛び立って、小さなお手手で行こうと指を差す。
 可愛すぎてまた鼻の奥が熱くなったが、このロクちゃんは強くて可愛い準飛竜なのだ。もし俺がピンチになっても、きっと助けてくれる。

 なので怖くは無いのだ……とか思いつつ、オッサン四人衆の後を追って目的地に近付いて行くと――――どんどん、喧騒が強くなってきた。

 地面に強く靴を打つ音に、刃物がかち合い立てる響くような音。怒声のような兵士達の声は、最早耳を劈くほどでそこかしこから聞こえていた。
 砂煙すら起こらない硬い地面の上では、お互いを隠すものなど何もない。

 そんな中で、人間の姿をした兵士達と――――

 熊ほどの大きさも有る、巨大な謎の生物が渡り合っていた。

「あっ……あれ、アレがビジ族……!?」

 兵士達が武器を持って戦っている獣は、俺が想像する獣とは全く違う。
 その姿は、狼や熊のようなものではなく……なんとも言い難い形だった。

「まるでモンスターだな」

 そう呟くブラックの言葉に頷いてしまいそうになる。
 だって、相手は黒味が強い灰色の毛に覆われているのに、その額から尻尾の上部にかけて、鈍色の皮鎧のような硬い皮膚が並んでいるんだ。全体的なシルエットは熊に……いや、イタチに似ている。熊と同じで指の代わりに爪が伸びているが、その鋭い牙も相まって、見た目には大人しい動物にはとても見えなかった。

 あ、あんなタイプの動物みたことない……。
 俺の世界に居たとしたら、確実に野生動物だろう。

 アルマジロではないだろうけど、絶対に生態系のトップに立ってそうな動物に違いない。だって戦ってる顔があんまりにも怖すぎるんだもの!

「こ、こわい……」
「キュキューッ! キュゥウウ……」

 初めて見る生物なのでロクも怖かったらしく、俺のベストの裏側に隠れてしまう。
 ううっ、可愛くてちょっと和んでしまった……ロクは本当に天使だなぁ……。

「ワッハッハ、やはり人族のメスや弱いモンスターには刺激が強いようだな! だが、まあ心配するな。お前達の命はこの仲間の小僧どもが守ってくれるだろう」

 俺達の事を豪快に笑いながら、チャラ牛王が俺達に近付いて来る。
 そうして、何をするかと思ったら。

「よし、ルードルドーナには俺が後で言っておいてやるから、まずは一匹、倒すまではいかずとも良いからしっかり撃退してみろ!」

 俺達三人を後ろから寄せ集めたチャラ牛王は、そう楽しそうに言いながら――
 いきなり、俺達の体をドンと思いっきり押し出しやがった。

「うわぁああ!?」

 急激な力で押されて体が浮く。
 何が起こったのか解らず、一気に目の前のビジ族に視界が近付いていって……ってこれマズいって、マズいヤバいヤバい!!

 このままだと激突してとんでもない事になっちゃうううう!!

「ツカサ君っ!」
「ツカサ!」
「ぎゃわっ」

 両側からいきなり腹をぐっと押さえつけられる。
 途端に体が一気に重力に引き戻されて内臓に衝撃が走るが、俺はなんとか堪えると左右を見る。すると、クロウとブラックが俺を抱えているのが見えた。
 ど、どうやら二人にまた助けられてしまったらしい。

 ありがとう、と思わず言おうとしたのだが。

「ツカサ君後ろに!」

 ブラックが強く声を発して、俺を強引に後ろへと退かせる。
 瞬間、俺の視界の外で鋭い叫び声が響いた。

「な、なに、なにっ!?」

 踵を返し、慌てて振り返る。
 すると、そこには――――

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 叫び声とも咆哮ともつかない轟音を発しながら、ビジ族が襲いかかって来ていて。

「くそっ、あのクソ牛王ただじゃおかないからな!!」
「ブラック、油断するなビジ族は強いぞ!!」

 二人の大きな背中越しに見えるビジ族は、威嚇するように後ろ足だけで立ち、俺達に向かってその姿を高く伸ばし覆い被さろうとして来る。
 だがそれは、文字通りかぶさる目的ではない。きっと、次に攻撃が来る。
 けど、あまりにも急展開過ぎて体が動かない。

 ただ一つ理解出来た事は、ビジ族の赤い目が、確かに俺達を獲物として捕らえているという事だけだった。








※ツイッタでの宣言通り遅くなりました(;´Д`)

 
しおりを挟む
感想 1,005

あなたにおすすめの小説

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。 いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。 だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・ 「いつわたしが婚約破棄すると言った?」 私に飽きたんじゃなかったんですか!? …………………………… 6月8日、HOTランキング1位にランクインしました。たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

処理中です...