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飽食王宮ペリディェーザ、愚かな獣と王の試練編
26.風葬の荒野での試練1
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武神獣王国アルクーダは、周辺に砂漠、そのさらに遠景に草木もまばらな荒野や岩場などに囲まれている。言ってみれば、不毛の地にある唯一のオアシスだ。
少し行けば海と混じり合う大河があるというが、そこへと向かうには、今挙げた場所――「死地」などと言われるそれらの地帯を通らないといけない。
それゆえ、王都であるアルクーダはある意味では『鉄壁の都』だった。
だだっぴろい砂漠を渡って来る者がいれば、すぐに見張りが発見する。
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軽く五百年くらいは続いている国なのだから、そういうところもしっかりしているのかも知れない。けれど、だからと言って悩みが無いワケでもないのである。
その悩みの一つが、いま俺達が立っている“風葬の荒野”という場所だ。
「ここに来る時に、ビジ族ってのに追いかけられたけど……ホントにあの謎の集団を追っ払う為だけに軍隊を持ち出すの?」
横にいるクロウを見上げると、相手は少し口をへの字に曲げながら頷く。
「うむ……。どれだけ攻防して来たかというのは、もう“長い間”とだけ記されるほどの事らしいが、恐らく建国以前から土地を巡って敵対していたようだ」
「えぇ……でも、そんだけ相手が執着してるってことは、あのオアシスって元々はビジ族の土地だったとか?」
奪い奪われ恨みが募って数百年……なんてことだと恐ろしいが、しかしそんなワケでもないようで、そこはチャラ牛王が横から顔を出してきて訂正してくれた。
「いや、熊どもが国を作る前からあいつらはあんなだぞ。ビジ族ってのは、モンスターの凶暴性を最も濃く受け継いだ種族だからな」
「そ、そうなんですか?」
じゃあクロウの一族と土地の権利を争ってるワケじゃなかったのか。
と、ホッとしていたら……更なる衝撃の言葉を牛王は続けてきた。
「あいつらは、基本的に奪う殺す食うの三つの原則にしか従わん。ビジ族にとって、他の獣人族は全て美味いエサだからな。水よりも血で喉を潤す方が好きな奴らが、水を欲しがって土地を奪いたいと思うか?」
「……ナイっすね……」
ないない、ない過ぎる。
いや、中には穏健派の人もいるかも知れないけど……。
「ビジ族は、土地なんぞどうでもいい。アイツらが連綿と受け継ぐ、種族特有の特殊技能は、荒野に住まう事によって発揮される【超身体能力】と【狂戦士】だ。血に飢えれば【狂戦士】で手のつけられないバケモノとなり、肉を喰らえば【超身体能力】で力を蓄え、長期間飲まず食わずでも驚異的な力を発揮する」
「それもう死角ないじゃないですか!!」
「だから厄介な種族だと言われとるんだ。安寧に酔って弱体化する土地など、獲物の狩場とは思っても欲しいとは思わんだろ。まあ、そうさせんために、今はこの熊どもが定期的にエサをやって大人しくさせているんだがな」
…………。
それってつまり、荒野の名前である“風葬”にされた死体を食べさせてるってことなんだろうか……。いや、まあ旅人が食われるよりはいいけどさ。
でも、放っておいてるんだから旅人も食われちゃわないのかな。
旅の安全とかは国が守らないのかと思ったが、獣人族にとって食うか食われるかというのは当たり前の感覚だから、あんまり気にしないのかも知れない。
だけど、それならビジ族を追い払わなくてもいいはずなのにな。
「……あの、追い払うって言ってましたけど、大人しくしてるなら意味ないですよね。だったら、なんで追い払おうとしてるんです……?」
そこは当然オッサン連中は理解しているところだろう。
だけど、俺にはイマイチ納得がいかない。なんで大人しくなってるヤツらの寝床に、ワザワザ定期的に軍隊を差し向けてるんだ。
.そこんとこの納得いく説明が欲しい、と背の高いオッサンどもを見やると、ブスっとしている殿下が何故かいの一番に口を開いた。
「…………鍛錬のためだ。それに、ヤツらが大人しくしているための“エサ”は、鍛錬を行うからこそ生まれる。故に、この鍛錬が結果的に国の平和に繋がっているんだ。ヤツらは凶悪だが、だからこそ我々の軍隊を鍛えるいい練習台になる。長年戦っているから、どう引けばいいかも理解しているしな」
その言葉の後に、クロウが小さな声で続ける。
「鍛錬を終わる時は、モンスターの肉を落として逃げる。それが、結果的にビジ族へのエサになっているんだ。……たまに、命を落とした兵士も食われるがな。だから、本来なら、その逃げ肉のおかげで旅人はビジ族に食われる事もないのだが」
……じゃあ、俺達があの時襲われたのはイレギュラーな事態だったのか。
だけどシーバさんは怖がってたし、たまに襲われるのは避けられないんだな……。
それに、どうも死ぬ可能性もある鍛錬みたいだし……いいのかそれって。
「ともかく、ルードルドーナの所に行こう。今も戦っている最中のようだからな。ほら、音が聞こえて来るだろう」
そう言われて前方を見る。
遠くてよく分からなかったが、目を凝らすと確かに鈍色の大地の先になにやら激しく動いている塊が見えた。アレがたぶん軍なのだろう。
風が吹くと、その喧騒がわずかに聞こえてきた。
だが、鍛錬とはいえ真剣に戦っている所に近付いても良いのだろうか。
心配になってしまうが、そんな俺に構わずブラック達は怖い物ナシって感じでズンズンと歩いて行ってしまう。いやまあアンタらは強いから怖くないでしょうけどさ。
「キュー」
「そ、そうだね……行こうか……」
ロクが俺の肩から飛び立って、小さなお手手で行こうと指を差す。
可愛すぎてまた鼻の奥が熱くなったが、このロクちゃんは強くて可愛い準飛竜なのだ。もし俺がピンチになっても、きっと助けてくれる。
なので怖くは無いのだ……とか思いつつ、オッサン四人衆の後を追って目的地に近付いて行くと――――どんどん、喧騒が強くなってきた。
地面に強く靴を打つ音に、刃物がかち合い立てる響くような音。怒声のような兵士達の声は、最早耳を劈くほどでそこかしこから聞こえていた。
砂煙すら起こらない硬い地面の上では、お互いを隠すものなど何もない。
そんな中で、人間の姿をした兵士達と――――
熊ほどの大きさも有る、巨大な謎の生物が渡り合っていた。
「あっ……あれ、アレがビジ族……!?」
兵士達が武器を持って戦っている獣は、俺が想像する獣とは全く違う。
その姿は、狼や熊のようなものではなく……なんとも言い難い形だった。
「まるでモンスターだな」
そう呟くブラックの言葉に頷いてしまいそうになる。
だって、相手は黒味が強い灰色の毛に覆われているのに、その額から尻尾の上部にかけて、鈍色の皮鎧のような硬い皮膚が並んでいるんだ。全体的なシルエットは熊に……いや、イタチに似ている。熊と同じで指の代わりに爪が伸びているが、その鋭い牙も相まって、見た目には大人しい動物にはとても見えなかった。
あ、あんなタイプの動物みたことない……。
俺の世界に居たとしたら、確実に野生動物だろう。
アルマジロではないだろうけど、絶対に生態系のトップに立ってそうな動物に違いない。だって戦ってる顔があんまりにも怖すぎるんだもの!
「こ、こわい……」
「キュキューッ! キュゥウウ……」
初めて見る生物なのでロクも怖かったらしく、俺のベストの裏側に隠れてしまう。
ううっ、可愛くてちょっと和んでしまった……ロクは本当に天使だなぁ……。
「ワッハッハ、やはり人族のメスや弱いモンスターには刺激が強いようだな! だが、まあ心配するな。お前達の命はこの仲間の小僧どもが守ってくれるだろう」
俺達の事を豪快に笑いながら、チャラ牛王が俺達に近付いて来る。
そうして、何をするかと思ったら。
「よし、ルードルドーナには俺が後で言っておいてやるから、まずは一匹、倒すまではいかずとも良いからしっかり撃退してみろ!」
俺達三人を後ろから寄せ集めたチャラ牛王は、そう楽しそうに言いながら――
いきなり、俺達の体をドンと思いっきり押し出しやがった。
「うわぁああ!?」
急激な力で押されて体が浮く。
何が起こったのか解らず、一気に目の前のビジ族に視界が近付いていって……ってこれマズいって、マズいヤバいヤバい!!
このままだと激突してとんでもない事になっちゃうううう!!
「ツカサ君っ!」
「ツカサ!」
「ぎゃわっ」
両側からいきなり腹をぐっと押さえつけられる。
途端に体が一気に重力に引き戻されて内臓に衝撃が走るが、俺はなんとか堪えると左右を見る。すると、クロウとブラックが俺を抱えているのが見えた。
ど、どうやら二人にまた助けられてしまったらしい。
ありがとう、と思わず言おうとしたのだが。
「ツカサ君後ろに!」
ブラックが強く声を発して、俺を強引に後ろへと退かせる。
瞬間、俺の視界の外で鋭い叫び声が響いた。
「な、なに、なにっ!?」
踵を返し、慌てて振り返る。
すると、そこには――――
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
叫び声とも咆哮ともつかない轟音を発しながら、ビジ族が襲いかかって来ていて。
「くそっ、あのクソ牛王ただじゃおかないからな!!」
「ブラック、油断するなビジ族は強いぞ!!」
二人の大きな背中越しに見えるビジ族は、威嚇するように後ろ足だけで立ち、俺達に向かってその姿を高く伸ばし覆い被さろうとして来る。
だがそれは、文字通りかぶさる目的ではない。きっと、次に攻撃が来る。
けど、あまりにも急展開過ぎて体が動かない。
ただ一つ理解出来た事は、ビジ族の赤い目が、確かに俺達を獲物として捕らえているという事だけだった。
→
※ツイッタでの宣言通り遅くなりました(;´Д`)
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