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飽食王宮ペリディェーザ、愚かな獣と王の試練編
月明かりの寝室2
しおりを挟む「ツカサ……」
「ぅ……」
嬉しそうに名を呼ぶなり、クロウは俺の背中に手を回して体を横たえる。
クロウの腕のぶん俺は持ち上げられてしまったが、相手は気にせずベッドに寝転び俺を引き寄せて抱き締めた。
なんだか抱き枕の気分だが、ま、まあこれくらいなら別に良い。
不本意ながらいつもこんな感じに抱き着かれるし、ブラックもクロウも当然のように俺にひっついてくるから、これは別にえっちな事ではなかろう。
……それもどうかとは思うんだが、今更だしな……はは……。
「久しぶりにツカサを独占している気がする……」
「ま、まあ……クロウに部屋を任せて出てることが多かったしな、俺……」
ふさぎ込んでいた時の事は、あまり思い出させないようにしたい。
当たり障りのない台詞で答えた俺に、クロウは「むぅ」と声を漏らして俺の髪の中に鼻をうずめた。吐息がくすぐったい。
「……なんだか、夢を見ているような気がする」
「ん?」
吐息がわざとらしい深呼吸から穏やかな物に変わったのを感じて、声を返す。
だがクロウは俺に応えるような声ではなく、小さく呟くように零した。
「オレは、本来なら王宮に戻れる身分ではない。……父上は、オレをなんとか王宮へ戻そうと思ってくれていたようだが……それでも、オレ自身は二度とこの場所に戻る事は出来ないと思っていたんだ。ずっと、追放された時から」
「……クロウ……」
髪の中から顔が離れて、抱き締める腕が下へずれる。
だいぶ体格差があるクロウは俺の腰を抱くようにしながら、お互いの表情が見える位置へと相手の顔が下りてくる。
相変わらず無表情だけど――――なんだか、寂しそうな顔。
見つめる相手の頭へ手をやって撫でると、熊耳が嬉しそうに小さく動いた。
「だが、生きているとどう転ぶかわからんものだな。オレは今王宮のベッドの上でこうやって寝転がっている。しかも、ツカサ一緒に」
「俺?」
「オレの全てを受け入れてくれる、どれだけ愛しても愛し足りない存在だ。夢に見ようとしても出来なかった愛しい番が、今ここに居る。オレと一緒に。……昔のオレには、そんな幸せな夢なんて想像も出来なかった」
「……そ……そ、ぅ……」
そうなのか、とか、そんなに、とか、何か言おうと思ったんだけど、橙色の綺麗な瞳で熱心に見つめられて、声が出ず変な呻きになってしまう。
だけどクロウはそんな俺を嬉しそうに見つめたまま、眩しげに目を細める。
「ツカサと、ブラックのおかげだ。海征神牛王陛下にお褒めの言葉を頂いたのは、今までツカサ達がオレと一緒に居てくれたからだ。……だから、オレは嬉しい……」
「…………」
なんだか、なんて言っていいのか解らない。
「良かったな」なんて一言じゃちゃんと相手に気持ちを伝えられそうになくて、俺は結局何も言えずにまたクロウの頭を撫でた。
俺達が一緒にいたから、なんて、言って貰えて嬉しい。
だけど気恥ずかしくて、それに「褒めて貰えたのはアンタが頑張ったからだろ」って気持ちも有るからちょっと納得いかなくて。でも……クロウが喜んでいるのは、素直に嬉しくって……どうにも、その全部を言い表せなかったんだ。
だから、なんだかごまかしてるみたいだけど、手を動かしてしまった。
けど、クロウはそんな俺の気持ちを解ってくれているのか、ただ嬉しそうに熊の耳を動かして表情を緩めるだけだ。
「……ツカサ、オレは……お前がいれば、どこまでも強くなれるのだな」
それ、は……――――どういう、意味だろう?
えと。……ええっと……その……。
……そ、そうだなっ! 俺がいたら、クロウに曜気をあげられるし、この気が少ない土地では俺が居た方が絶対に良いもんな!
だから、その……そ、そういう意味とかじゃなくて……っ。
「…………お……」
「お?」
うう、どもった声を復唱しないでくれ。
ああもうヤケだ。
「おっ、俺で良ければ、どんどん力を貸してやる……みたいな……っ」
「ツカサ……」
ぐわーっ、見るなっ。俺をそのお綺麗な顔で見るなーっ!
なんだ俺は何を言ってるんだ、なんか上から目線なことを言っちゃったぞオイ!
こんなコト言うなら直球でさっきの言葉が“そういう意味”だって受け取った方がまだ格好がついたはずなのにテンパってこんなうわああぐわーっ!
「ツカサ、可愛い……」
「こらこらこら何で顔を近付けて来るんだお前はっ!」
「ムゥ……甘やかしてくれると言ったではないか」
「子熊のよーにだろっ!!」
なにをドサクサに紛れてしようとしてるんだと軽くチョップすると、クロウは息だけでふふっと笑って、また体を下へずらし始めた。
俺をからかっておいて今度は何をするんだと思ったら。
「じゃあ、子熊のようにあまえることにする」
「わっ……ぅ……」
乳首らへんのラインを僅かに隠すだけの布以外は、素肌のままの俺の上半身。
そこに、クロウは顔を引っ付けてきた。
急に人肌の温度が触れて来たもんだから、つい声を出してしまったが、そんな俺に構うことなくクロウは胸の真ん中に顔を埋めてくる。
「ちょっ、くっ、クロウ……」
なんでそんな平らなトコに執着するんだお前は。
思わず引き剥がそうと手が動いたが、クロウは「絶対に離れない」とでも言いたげに俺をぎゅうっと抱き締めて、胸に頬を摺り寄せて来る。
クロウの肌の温度が伝わって来て、自分の肌にぐっと押し付けられた頬の感触に妙なざわつきを覚える。いや、だって、こんな風にひっつくのなんてそうないし、い、今はベッドの上なワケだし……その……どうしても、意識してしまうワケで……。
……いや、でも、きょ、今日はえっちな事しないって約束したもんな!
だからこれは「子熊のように甘えてる」ってだけで、他意は……他意はないはず!
ない……はずだよな?
「ツカサ……」
「な、なに?」
不意に顔を上げて来るクロウに、ついビクッとしてしまう。
変に意識してしまってるせいで心臓が暴れっぱなしだ。こんなの自意識過剰だし、どうかバレないでいてほしいが……なんて思っていると、クロウがあからさまな上目遣いで、熊耳をぴるぴるさせながらこう言ってきた。
「子熊のように、甘えさせてくれるのではないのか?」
「え、う、うん……それはまあ……」
「だったら……さっきみたいに、撫でて欲しいのだが」
ああ、なるほど。
寝るまでずっと甘やかして欲しいんだな。
オッサンがオネダリすることじゃないし、俺の上にのしかかって平たい男の胸に顔をぴったりとくっつけたままで何を言ってるんだって感じだが……まあ、約束したしな。
それに、今日は自信満々だけど、だからってクロウの傷が消えたワケじゃない。
むしろ……ちょっと自信が出たことで、明日怒りんぼ殿下にイヤなコトを言われて、ダメージが上乗せされてしまうかも知れない。
回復し始めた時が案外危ないんだよな。ブラックもそうだけど、このオッサン達ってすぐそういうマジで傷付いた事とか隠したがるし……古い傷も痛むものだけど、新たに出来た傷だって普通に痛いんだ。
それをクロウが一人で抱え込まないためにも……ここは、クロウが「肩ひじを張らずに甘えられる時間がある」って確信できるように、甘やかすしかないよな。
…………俺が母性満点の巨乳人妻とかだったら、甘やかしてあげる(はぁと)とか言うセリフもハマったんだろうが、やっぱ俺じゃ何だかなぁって感じだよなぁ。
ホントに男の俺で良いんだろうかと毎回思ってしまうが、まあ……クロウはブラックと同じ変な好みのヤツなんだから、俺でいいんだよな、たぶん。
だから、こっちも覚悟を決めて約束を守らなければ。
「……寝るまでずっと撫でてやるから、ちゃんと目ぇ閉じるんだぞ」
「ヌ……寝なければだめか」
「これ以上ナニしようとしてたんだよお前は」
えっちな事はダメだっつったろ、と睨みながらも頭を撫でると、クロウは喉奥でクックッと実に楽しげに笑いながら、また俺の胸に頬を摺り寄せた。
そうして、満足げに目を閉じる。
「まあ、明日も甘やかして貰えるしいいか」
「おい」
やっぱお前何かしようとしてただろ。
熊耳をくすぐってやろうかと思ったが、素直に目を閉じた相手を無理に起こしてヤブヘビをつつくこともあるまい。
俺は息を吐くと、そのまま月が照らすベッドの上でクロウの頭を撫で続けた。
今日くらいは、クロウも良い夢が見られますように……なんて思いながら。
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