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飽食王宮ペリディェーザ、愚かな獣と王の試練編
20.若さゆえの敗北1
しおりを挟む騙された。
いやもうコレ絶対に騙されただろ。
ぶ、ブラックの野郎、俺に「部屋に来いと言われても大丈夫なように、回避する技を伝授する!」なんて事を言ってたのに、け、け、結局……結局、風呂場で好き放題にえっちしやがって……!
コンチクショウ、俺がアドニスの薬を飲み忘れてなかったらどうなってたと思ってんだ、こんなん二日後まで寝込んでるところだったんだからな!?
えっちしたせいか、またブラックの膨大な気が流れ込んで来て……そのおかげで逆に元気になったのは痛し痒しって感じだけど。でも、物事には何事も適度なレベルってのがあるじゃん!?
なにアイツ数時間ずっと風呂場で俺のこと犯してんの!?
俺気絶してたのにクロウが呼びに来るまでずっと腰振ってたって何!?
風呂場でボーッとしてたせいか、一回目以降ぱったり記憶がなくなっちまってるんだが、もしかしてあんちくしょう、ずっと俺を……う、ううう……っ。
お、落ち着け俺、今はそんな場合じゃないだろう。
…………と、ともかく。その……色々納得は行かないが、昨日俺はブラックに散々アレやコレやされたわけだ。
今回ばかりは薬を飲まないで良かったとは思うが……起こされるまで気絶してたという事は、俺もやっぱり疲れてたんだろうか。
前までは一発やられても気絶も出来なくて、ガンガンこられるから刺激に狂いそうになってたんだけど、今回は全然そんな風にならなかったし。そこがちょっと引っかかるけど、アドニスの薬のおかげなのかも知れない。
飴状になってる薬で、密かに舐めるのが楽しみなんだよな。アレ。
でも今はちょっとおあずけだな。
……って、だからそんなことを考えてる場合じゃないんだってば。
「きょ、今日もメシを作らなきゃだしな……。ハァ……つーか、それなら厨房だけでも普通の服を着させてくれりゃいいのに」
余計な事を考えて足が止まってしまったが、急いで行かねばと思い俺はハレムへ続く扉を目指して早足になる。
だけど、このメスの侍従服ってのは本当にムカつくほどヒラッヒラで、ノーパンな俺の股間やケツを隠してくれるはずの膝下まである布は、男らしく大股で歩こうとするたびにふわふわ浮かんで見たくも無いチラリズムを作りやがる。
くそう、このフワフワさせてる本人が俺じゃなくて美女なら俺だって喜んだのに。
なんで俺がメスの衣装を着てるんだよ。俺も怒りんぼ殿下みたいに美女を侍らせてウッハウッハしたかった。……いやホントに、何で俺がこんな格好してるんだろうな。
普通チート持ちだったら俺がハーレム作ってる側では?
「毎回思うけど、チートを持ってたって、使う奴が頭良くなかったら宝の持ち腐れなんだなぁ……ホントに……」
それを自分自身で確認するハメになるとは思わなかったよ。はぁ。
心がどんどん重くなるが、俺はどんな気持ちであろうが怒りんぼ殿下の“賄い番”をやらなくてはならない。気は重いが、試してみたい事も有るしシャキッとしないとな。
改めて気合を入れつつ、ハレムへの扉を開いて庭の植物が左右に迫る植物園の通路のような渡り廊下を進み、そのまま厨房へと向かう。
――――今日は、昨日俺が考えたことを試してみるつもりだ。
俺の力で“気を食べ物に付与出来ないか”という実験。
自分が直接“気”を渡せるせいで考えもしなかった事だが、この世界には【曜具】と言う「術」や「気」を付与した魔道具のようなものもあるのだし、俺のチート能力ならば食物に本来存在しない曜気を与えることも出来るかも知れない。
そうすれば、今は力を失っている怒りんぼ殿下に密かに力を与える事が出来るし、俺は早く解放されてバンバンザイだ。
【銹地の書】を手に入れて王宮から出られさえすれば、ご機嫌斜めのブラックも王宮に怯えているクロウも落ち着くに違いない。だからこそ、試したいのだ。
俺だって早く逃げたい気持ちはあるが、クロウのしょげっぷりは本当に可哀想だし無理させてるのも分かるからなあ。
みんなのためにも、早く殿下を元気充填させて“三王の試練”とやらに挑んで貰おうではないか。
そんな事を思いつつ厨房に到着した俺は、事前に用意して貰っていた山のように積まれた食材を見つつ腕を組む。
「えーと今日は……昨日は贅沢三昧だったし、野菜多めの方がいいかな……。でもあの殿下はクロウの兄貴だって言うし、それなら肉の方がいいのか?」
「ああ、いたいたツカサちゃん。おはよう」
鈴を転がすような美しい声が聞こえたっ!
思うが早いか即座に入り口を振り向くと、そこにはカーラさんがいるではないか。
食材の事など一瞬で忘れ挨拶を返す俺に、カーラさんはクスクスと可愛らしく笑いながら、俺に近付いて来てくれた。ふああっい、良い匂いがしますぅう……。
「か、カーラさんおはようございますぅ」
「うふふ、今日は当てられちゃうわねえ。殿下ではないのが残念だけど」
「はい?」
「ううん、こっちの事よ。ツカサちゃん、まだ朝餉は作る前よね」
確認するカーラさんに「もちろんです」と頷くと、相手は少しホッとした様子になり、俺に革袋を差し出してきた。
「あの、これは……?」
「お節介かなとは思ったんだけど、殿下はあの通り気難しい方だから……これ、殿下の好きな食材なの。よければ朝餉か夕餉に使って貰えないかなと思って」
「えっ、良いんですか?」
相手を見上げると、カーラさんは微笑む。
まるで聖母のような微笑みに俺は思わず息を飲んでしまうが、カーラさんは笑みに少しだけ寂しそうな色を含ませて口角を上げる。
「まだ陛下が正式な国王でいらした頃、第一正妃マハ様とご一緒に……よくこの果実を召し上がっておられたわ。……今みたいに、大人ぶってヒリつく食べ物や肉ばかり食べるんじゃなくて……。だから、こういうものがあれば、殿下も少しくらいは子供の頃を思われて御心を静めて下さるんじゃないかって」
「カーラさん……」
「忙しい時なのに、邪魔してごめんなさい。だけど……どうか、考えてみてね」
俺の手を取ってそう言い、カーラさんは去って行った。
カーラさんの手はとっても優しい手で、俺に対してもいつも親しげにしてくれる。
だけど、あの怒りんぼ殿下の事を喋ってる時は……母親みたいだった。
「…………なんだか複雑なんだなぁ……」
ドービエル爺ちゃんが妾にまでした女性なんだから、そりゃ性格も最高で当たり前だとは思うんだけど、それにしたってよく考えると中々にヤバい。
カーラさんの様子では、王妃様との関係も良好で親同前に殿下を見てきたっぽい感じだけど……それで「殿下に侍る」というのは……い、いいのか……?
まあでも、この世界じゃ近親相姦をしても異常なんてないらしいし、獣人はその名の通り獣としての本能を優先してるんだしな。
俺の世界の動物でも親と交配する動物はママいるし、そもそも俺の世界での常識を異世界に押し付けるのもおかしいんだ。この世界では――というか、獣人の世界では、それもまた自然の摂理と言う事なのかも知れない。
自分の親くらいに近しい存在でも、魅力的なら興奮するんだろうか。
俺には解からない感覚だけど……でも、カーラさんほどの人ならそうなのかも。
「って、考えてるヒマないな……。とりあえず、この袋の中の果物は後に置いておくとして……朝飯なんにすっかなぁ」
あまり尊敬できない相手ではあるが、それでも位の高いに食べさせる食事となるとヘタなモンは出せない。いけ好かない相手だから手抜きをする……なんて事は、俺としては自分のプライドに泥を塗るように思えてあまりやりたくない。
だから、出来るだけ「美味い」と言わせるような物を作りたかった。
でも……こんな仕事をするのは初めてな俺には、毎日の献立というのは少々……いや、だいぶ難しくてなあ……。
うーん、栄養とか前回の食事とかを考慮して他人に食べさせる食事を考えるってのが、こんなに大変な事だなんて思わなかったよ。母さんや給食のおばちゃんは、この作業を毎日やってたんだろうな。俺には無理だ。
でも、せめて見下されないような料理は作りたいし、どうしたものか。
あの怒りんぼ殿下、見た目通り三食ガッツリ食うんだもんなあ。
朝からコッテコテな物とかでも大丈夫なんだろうか。普通のオッサンなら、重い物を朝から食べたらずっと気分が悪くなるらしいが。
早いとこ考えないと、下ごしらえが必要なモノならヤバイぞ……なんて思っていると、またもや厨房に訪問者が現れた。
「おや、ツカサさん早いですね」
今度はルードさんだ。
毎回正しい名前が思い出せないが、たしかルードルドーナだっただろうか。合っていてほしいと切実に願っている俺に、相手は近付いてきた。
「おはようございますルードさん」
「ああ、おはようございます。昨日は海征神牛王陛下に“お情け”を戴けて、稀に見る慶事でしたね。きっと良い事がありますよ」
「は、ハハハ……あざす……。えっと、ルードさんは今日はどうしてここに?」
そう言うと、怒りんぼ殿下……ことお兄さんであるカウルノスとは違い、クロウと同じ褐色肌のルードさんは少し悩むような素振りを見せて声を潜めた。
「それが……実は今、ちょっと困った事になってまして」
「……?」
「兄上……カウルノス殿下の所に、海征神牛王陛下が訪問なさっているのです」
「え゛っ」
「それで、その……アイスが食べたいとしきりにおっしゃっておられまして」
何しに来たの牛王様。
思わずツッコミを入れそうになったが、俺が聞かされていないだけで何か重要な事を話しにきてその後にご所望ムーブしているだけかも知れない。落ち着け俺。
なんかの会話が白熱しすぎてアイスが欲しいのかも知れないしな!
「えーと……じゃあ朝ごはんのあとで……」
「まあ一食ぐらいならあの人達も気にしませんよ。それより、陛下の機嫌を損ねた時の方が心配です。……なので、アイスを作って頂けないでしょうか」
「え……えぇ……」
そんな事を言われたら、もうハイ以外は何も言えないじゃないのさ。
牛王は凄い凄いと色んな人が言ってるから敬うべき人なのはわかるけどさ。でも朝からアイス三昧ってのは、さすがに怒りんぼ殿下にはよくないのでは。
あの人は力を失ってるワケだし、それを補うために恐らくはメスと部屋に籠ってたりメシを沢山食べたりしてるんだろうしさ。
だったら、ちゃんとした食事を摂っておいた方がいいと思うんだけど。
……でも、最高位レベルのヤツに言われたらどうしようもないよな。
「手間が掛かる事は私が先に説明しておきましたから、時間は有ります。私も出来るだけ手伝いますので、とにかく沢山アイスを作って下さい」
「は、はいぃ……」
こうなってしまってはもう侍従のオレにはどうしようもない。
朝メシにカーラさんの気遣いをトッピングしようと思ったのだが、目上の人と話して緊張くらいはしてそうな殿下に出したって、思い出を反芻する余裕はないだろう。
美女の優しさも今は使えないのかと残念に思いつつ、俺はアイスクリームの準備を始めたのだった。
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