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飽食王宮ペリディェーザ、愚かな獣と王の試練編
10.ワガママな殿下
しおりを挟む「アンノーネ、お前何故メスの領分に入っている。お前は賄い方ではなく文官だろう。メスの仕事場を侵すのはいくらお前とて罰は逃れられんぞ」
「お、お待ちくださいカウルノス殿下! 私はこの人族の見張りをしていたのです!」
「ム……見張りと言うには、なにかうまそうに食っていたが?」
怒りんぼ殿下ことカウルノス殿下がそう言うと、アンノーネさんは「ぐぅ」と分かり易く言葉に詰まる。そんな臣下に構わず、殿下は厨房に入って来た。
あの、メスの仕事場を侵すのは罰則あるんじゃないんですか。
殿下はオッケーなんですか。……まあ偉いからオッケーなんだろうな……。
ちょっとこの世の理不尽を感じていると、殿下は俺に近付いて来る。
ブラックやクロウよりも大きい相手を見上げると、相手は俺の顔とアイスが入った器をチラチラと交互に見やる。明らかに説明を求めている態度だ。
そんな相手のあからさまな態度に違和感を感じつつも、俺は答えてやった。
「これはアイスクリームという人族の料理です。モンスターの乳と甘味や果物などを混ぜて作る、食後の水菓子みたいなものといいますか……」
「なるほど、料理か……だがこれは何故か井戸水のように冷えているが」
「氷の術で固めるとこうなるんです」
そう言うと、カウルノス殿下はちょっとボサつき気味の耳をピンと立てた。
イヤーカフについた鈴がリンと鳴るが、相手は気にせず目を丸くして俺を凝視していて気にしてい無いようだ。確かその鈴って、耳を無暗に動かさないように己を抑制するためのモノじゃなかったっけ……いやまあプライベート空間だしいいのかな。
「なんだと! 貴様、氷を出せるのか!」
「えっ、ま、まあ……それで戦えるわけじゃないですけど……あの、と、ともかくコレは、俺が作った料理で毒も入って無くて食べるのは俺らなので安心して下さいね!」
あんまり色々聞かれると、俺一人じゃ何か変な事を言ってしまいそうだ。
慌てて殿下との話を終わらせようと本来の目的を語るが、そうすると相手は何故か不機嫌そうに顔を歪めて眉間に皺を寄せた。
「……それは俺への献上品ではないというのか」
「へっ」
「お前達は一時的にでも俺の侍従になったのだろう。ならば、俺に何か献上するのが筋ではないか? だというのに、お前は何もせずこのまま去る、と?」
「…………えと……少しお召し上がりになりますか……?」
おずおずとそう言うと、殿下は当然だとでも言うようにフンと強い鼻息を噴いた。
アンノーネさんが居るからまあ毒見済みだろうと思っての行動なんだろうが、見下し対象である人族の食べ物なんて欲しがっちゃっていいんだろうか。
プライド高そうなのに、クロウみたいな食いしん坊発揮しちゃって……ホントに殿下に食べさせていいのかな。
そう思ってアンノーネさんを見やると、相手は「仕方がないです」と言わんばかりに疲れた顔をして、俺に了承するかのように肩をすくめてみせた。
うーん、じゃあ……まあ良いか。
おかわりされると思って多めに作っておいたし、生クリームも今回は簡単に作れるだろうからな。【サヴォヤグ】さまさまだぜ。
「おい、早くしろ」
「はいっ、かしこまりました!」
ったくもーせっかちだなこのボサ熊耳オッサン。まあいいけど。
アイスクリームの器に一番近い、底が広くて浅めの銀杯にスプーンで掬ったアイスを「それっぽく」なるように盛り付けて行く。
お店で使うような、アイスを丸く刳り貫ける器具は無いので、ここは自力だ。
丸……とは行かないが、なんとかジェラート風に盛ると、そこにスプーンを添えて、カウルノス殿下にどうぞと渡した。
「むむ……器まで冷たいな……」
「早く食べないと溶けてただの汁になっちゃいますよ」
「なにっ、コレは汁を固めたものなのか!? 汁なのに何故こんな風に……?」
不思議そうにアイスクリームをあらゆる角度から見ながらも、殿下は大きい一口を掬って躊躇わずに口の中に運ぶ。
その、次の瞬間。
殿下の目がカッと見開かれ、ボサついた熊耳が目に分かるくらいピンと立ってケモミミの毛を膨らませながらぶるぶると震えた。
「っ……!」
わっ……だ、大丈夫かな……。
常時寄ってた眉間のシワまで取れちゃってるし、やっぱ冷たすぎたのか?
心配になって相手を見るが、殿下は俺など気にせず次々にアイスを口に運ぶ。
気に入って貰えたとみても良いのだろうか。それとも、全部食べてノリツッコミ的な事をやらかすのだろうか。どっちにしろ早く終わらせて貰いたいものだが……。
なんて思ってると、一分もしないうちに殿下はアイスをたいらげてしまった。
は、早すぎる。
びっくりしている俺に、殿下はスプーンと器を持ったまま視線を寄越してきた。何か睨まれている気もするんだが……な、何を言われるんだろう。
この感じだと理不尽に怒られそうだな、と思わず身構えていると。
「けしからん!!」
うわ、やっぱり怒る方向だ。
あれか、殿下は知覚過敏なのか。まあそりゃ驚いちゃうよな。この異世界では氷が採取しづらいから、獣人族でも氷になんて触れる機会は無いだろうし……。
そもそも冷たい物があまりなさそうだ。そりゃ知覚過敏の自覚もないよな。
ええ、じゃあ俺、殿下の歯を刺激した罪に問われるんです?
やだその罪、どうせならもっとちゃんとした罪がいい!
アイス作って処刑なんてやめてく……
「何故お前はこんな美味いものを隠していた!! 実にけしからん、もっとよこせ」
「えっ」
驚く俺を余所に、殿下はアイスの器を奪うと、バクバク食べ始めた。
……って、おいおい! それブラック達のなんですけど!?
「あーっ、あの殿下! 一気に食べ過ぎるとお腹壊しちゃいますよ!?」
「俺は、これしきの冷たさで腹を壊す軟弱者などではない!」
「だぁあ……」
必死に止めたのだが、とうとうアイスは全部食べられてしまった。
……あぁ……ま、また作り直しだ……。
材料はたくさんあるから、それは良いんだけど……人力で作るの結構大変なんだけどなぁ、アイスクリーム……。
しかし、そんな俺の苦労も知らない怒りんぼ殿下は物足りないようにスプーンをむぐむぐと噛みながら俺を見やる。
チィッ、子供みてえな仕草してんじゃねえオッサンがっ。
「もう“この冷たいの”は無いのか」
「ありませんっ! ソレが今作ったの全部だったんですから!!」
「むむ……じゃあ、また作れ」
「先約があるので今日はもう殿下の分は作れません! コレ作るのにだいたい一刻以上掛かるんですからね!?」
「一品にそれほどかかるのか」
あ、やべえ。ついブラックやクロウと話してる時みたいに言っちゃった。
これは不敬罪になるんじゃないのか……と青ざめたが、カウルノス殿下は怒りんぼだというのに、全く気にしていないようだった。
それどころか、俺を見て何故か自信満々に「うむ」と頷いている。
何を一人で納得しているのかと思ったら、今度はとんでもない事を言い出した。
「よし、わかった。では今日はもう求めんが……お前には、明日から俺専属の賄い番をやらせてやろう! メスの侍従の中でも特別な誉れだ、誇るがいい!」
「ま、まかないばん?!」
賄い番って、さっきから言ってたアレだよな。
王族のご飯を作る料理人……賄い方のトップ、つまり支配人ってことで……ソレの専属ってことは、俺がこのいけ好かない殿下の料理を作るってこと!?
いやいやいや、なんでそんな話になるの!
「ちょっ……で、殿下、お待ちください! 人族を専用の賄い番にするなど……っ」
「元から父上もそのつもりだったのだろう! ならば問題は無い、俺はこのメスの料理が気に入った。稚拙だが妙に満足感があるし、それにコイツは見たところ技術的にはそれほどのものでもない。だから、毒を入れる余地がないほどに簡単な料理を目の前でさせれば毒見がなくとも問題なかろう」
「そ、それは……確かに、ドービエル・アーカディア陛下が御望みになったことであるとは私も愚考しておりますが……しかし、彼の仲間には……」
クロウが居る、と言いたいのだろうが、アンノーネさんは口を噤む。
そんな相手の態度に察したのか、殿下はフンとまた鼻息を噴いた。
「確かにあの臆病者が王宮に居るのは気に食わん。……が、あの臆病者が逃げたはずの王宮に戻ってくるぐらい、コイツの料理が美味いというのなら構わん。あんな雑魚など、力が戻ればいつでもひとひねりで殺してやる」
「なっ……! ど、同族殺しは重罪です、おやめください!」
「過去に半殺しにしたというのに今更か。しきたり掟、しきたり掟、うんざりする。武力なき者は上に立つ資格は無いというのに」
……詳しい事情は読み取れないが……なんか、クロウの悪口を言われている気がする。つーか臆病者とか同族殺しとか何様だ。
クロウは強いし臆病者なんかじゃないぞ、ブラックとだって拳闘では互角なんだから今のアンタなんかケチョンケチョンなんだからな!?
それに優しいし熊耳は可愛いし、頭も良くて色々手伝ってくれて俺の事だってすぐ気に掛けてくれたりするしブラックの事だって友達だと思ってるイイ奴で……あーもーまだまだ言えるけどとにかくクロウは絶対に臆病者なんかじゃない!
でもそれを言い返したら関係が険悪になるのは決定的だし……ぐうう……王族に近付くってなんでこんな大変なんだろう。どこが沸点なんだかわからないから、迂闊に口げんかも出来ないよ。
そんな立場だから、気の優しいクロウも遠慮がちだったんじゃないのか。
そうだきっとそうに違いない。
「ともかく! 明日から俺は父上に言ってこのメスを賄い番にする! それとお前!」
「ひえっ!? は、はい!!」
唐突に呼ばれてビクッと反応すると、カウルノス殿下は俺の胸にぶっとい大人の指をズンズンと突き立てながら、いつもの睨み顔で牙を見せながら宣言した。
「い、い、な! お前は明日の俺の朝食を用意しろ、無論大盛りでだ!」
「ぶああっ、ひゃっ、ひゃいぃ」
いて、イテテテ、あんた力加減間違ってるって、俺の心臓ぶち抜く気かっ。
もう少しで「頼むからやめてくれ」と言いそうになってしまったが、その前に殿下は俺を虐めるのをやめて、さっさと厨房から出て行ってしまった。
「…………まあ、そんなわけで……えーと……とりあえず厨房や賄い番のご説明でもしましょうかね……」
「あ……お願いします……」
拒否権はないワケね……。
アンノーネさんにはツッコミを入れたい気持ちだったが、しかし相手も予想外の行動をされて疲れたのかぐったりしているので、文句を言うのも忍びない。
結局俺達はもう一度アイスクリームを作り、器具を片付けながら「賄い番」の詳しい話をする事になったのだった。
「……というわけで、俺は明日の朝から忙しいので……」
「死ねあのクソ兄熊」
「ツカサ……」
「キュウゥ……」
あの、せ、せっかくアイス作ったんだから、そんなしょげながら食べないで。
とは言え食べる手は全く止まっていないので、美味しく食べてるんだなと嬉しく思うけれども……でも出来るなら笑顔で食べて欲しかったなぁ。
そんな事を思いながら、やっと部屋に帰って来た俺もアイスをパクつくと、ブラックは難しい顔をしながら匙を齧りつつもごもごと口を動かす。
「にしても……こうなるかなとは思ってたけど、ホントに予想がつかないバカ熊だな。やっぱり先にタマだけでも潰しておいたほうが良かったかな……」
「おいおいソコ怖いコト言うなよ!!」
「だってアイツ絶対ツカサ君のことスケベな目で見るよ!? だからそうなる前に僕が確実にアイツのペニスを潰して去勢を……」
「王族! 相手王族だから!!」
だあもうなんでコイツは何だろうとお構いなしにブッコロしようとするんだよ!!
やめなさいと注意しながら、無精髭にベタベタくっついたアイスを拭いてやってると、クロウがシュンと耳を伏せた。
「…………兄上か……」
「クロウ……大丈夫か? 明日……は、何するかわかんないけど、またロクショウと一緒に部屋に居る?」
心配になって表情を窺うと、クロウは首を振って俺を見た。
「……明日は、オレも一緒に行く。ツカサと離れていたくない」
「クロウ……」
あまり元気がないのに、それでも俺を心配してくれてるのか。
やっぱりクロウは優しくて良いヤツだよ……それに、その……おずおずと立ってる熊耳が……か、可愛くて……くそうっ……!
「あっ、ツカサ君なんで顔赤らめてんの!? クソ熊ッ、お前また何かしただろ!」
「オレは何もしてないぞ。ツカサはオレの言葉に感動してくれてるんだ」
「キューッ」
感動って言うか、ご、ごめんクロウ……めちゃくちゃ熊耳の動きが可愛すぎて、不覚にもキュンキュン来てしまってると言いますか……っ!
ああ、クロウはこんなに良い奴でオッサンなのに熊耳も可愛いのに、どうして兄貴のカウルノス殿下はああも自分勝手なんだろうな……。
俺を思ってくれるクロウの気持ちの一割くらいの優しさが有ったら、あの殿下だって今頃はクロウにも優しくしてくれてただろうに。
あと、アイスクリームもちょっとくらいは残してくれただろうに。
なんつうか、同じ兄弟でもこんだけ違うんだなぁ……。
「ム……どうしたツカサ」
「いや……なんていうか、俺この仲間で良かったなぁって」
耳を微妙に伏せてるクロウの頭を撫でてやりながら、俺はせがまれてロクショウとブラックの頭も撫でまわりつつ、今の平穏な時間に改めて感謝したのだった。
……まあ、上から目線で言われるより懐かれた方がマシだしな。
…………いや、そもそもオッサンに懐かれても困りますけどね!?
俺年下だし! そもそも女の子に懐かれたいし!!
→
※本編は今年最後の更新ですね!
今年も読んで頂き本当にありがとうございました!
来年もバリバリ楽しく更新して行きますので
一緒に楽しんで頂けると嬉しいです!(*´ω`*)
あと来年はヒマをみて修正してない部分を
修正して行きたいですね…!(;´Д`)
それではよいお年を!
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