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飽食王宮ペリディェーザ、愚かな獣と王の試練編
悩ましい兄弟2
しおりを挟む色々と不安が残るが、今は少しでもあの怒りんぼ殿下に近付くしかない。
ゲームでも現実でも大事なのは好感度ってヤツだ。まず相手に興味を持って貰えなければ近付いたって成果は得られないのである。
だから、俺達はドルドル……じゃなくて、ルドルド……ええと……クロウの弟さんの言う「俺が必要な策」で怒りんぼ殿下に少しでも好かれようとしているのだが。
「……えーと……あの……」
どこぞの待機室のような狭い部屋。
給仕の人達のための替えの服が大量にあるその部屋で、俺達はコソコソと準備を行いながら話をしていた。……好かれるためのお話を。
しかし、今の俺は非常に色々と問題が有って。
「私の名はルードルドーナですツカサさん」
「るーろるろーらさん」
「……ルードで構いませんよ」
ああすみませんすみません、わざとじゃないんです俺バカすぎて長い名前が全然覚えられないっていうか、クロウの時もそうだったんで許して下さい。
何度も呼べば覚えますから……って、そうじゃなく。
俺が言葉に詰まったのは、名前を覚えきれなかったからじゃなくてだな。
「ルードさん、あの……こ……これで本当に懐柔できるんですかね……」
「ええ、その衣装は古式ゆかしい王宮勤めの侍従が着る服ですから。こちらの礼儀に倣ってツカサさんがメスとしての従者の正装をしていれば、兄上も邪険にはしないでしょう。兄上は父上と同様にメスには形無しですからね」
クスクスと笑うルードさん。
いや、あの。まあ、俺もね、解りますよ?
女の子がちょっぴりエッチなアラビアン衣装を身に着けて来たら、そりゃあ俺だって股間の俺が雄叫びを上げますし、この世のすべてに感謝したくなりますけど。
でも、でもさ。
何度も言うようだけど、俺が着ても意味が無いっていうか……。
「ぐぅううううツカサ君の素肌をこんな露わにぐううううううう」
「ブラックがウメボシみたいな顔になってる!!」
やめろ、せっかくのイケオジ顔をそんなにいじめるんじゃないっ。
必死にブラックの顔を手で揉みほぐすが、しかし正直俺も自分の衣装が物凄くアレだなと思っているのでなんとも言えない。
で、でも。でもしょうがないじゃないかっ。
この格好がメスの侍従の正装だって言うんだから!
………………。
いや俺、メスメス言われてるけど男だからね!?
「それにしても……男メスは体付きからして拳闘士みたいになりがちな服装だというのに、キミは栗鼠族より小さくて肉付きが良いせいかよく似合いますね」
「ぐぅうう嬉しくないですぅうう」
「ツカサ君もウメボシみたいな顔になってる」
「褒めてるんですけどねえ。腿や尻の肉付きは逸品だと思いますよ」
うれぢぐないでず。
ブラックが俺の顔をでっかい手で解してくれるが、それでも顔がギュッとなりそうになってしまう。……だって、今の服は……とんでもない服だったんだから。
…………アラビアンナイト、とか言うと、ちょっとセクシーな服の踊り子のお姉さんが思い浮かんだりすると思うが、俺の服はそれに非常に近い。
だが、それ以上に危険なものなのだ。
まあ、腕や膝下に嵌められてる「なんの意味が有るんだかわからない膨らんだ袖の代わり」の布は良い。足首に鈴を付けたサンダルや、その腕の謎袖から半透明の布が腕のまわりにフワッとなってるのも良いとしよう。
だが、このエジプトの王様や女王がつけてるようなゴッツい首輪みたいな首飾りと、その末端に固定されている胸当て代わりの布はなんなのだろうか。
巨乳があったら非常にあやうい膨らみ……というか乳首しか隠せないんじゃねえのと言われんばかりのセクシーな服になってたと思うんだが、俺がこんなモンをつけてもスッカスカの胸布にしかならない。
メスの服装が良く似合うって、これで似合うってのはちょっと違うんじゃないのか。
だが、それだけじゃない。
俺が心底シワシワになってるのはそこじゃないのだ。
「ところでツカサさん、恥じらうのはオスの本能を刺激するので結構なことですが……目上の存在に体を隠すのは不敬に当たるので、股間を抑えてはいけませんよ」
「うわぁんじゃあ風にふかれてチンコがモロだしになったら俺の心はどうすりゃいいんですか弟サァン!!」
ああそうだ。そうなのだ。
俺の股間とケツを守るのは、腹部にカッチリ嵌められたベルトから伸びる布だけ。
側面にはジャラジャラした装飾品がついてるけど、ソレは体を隠すものではない。
ズボンもパンツもないまま、俺はその布だけで……すっぽんぽんの股間を隠して、正装を余儀なくされているのだ……。
ぐうう……な、なんで俺がこんな格好をおおおっ。
「人族は局部を見せる事を恥だと思っているようですね。ですが、我々は……特に、この国の獣人にとっては、王族たる“二角神熊族”や、それに連なる位の高い者に体を所望されることは名誉ですので……むしろ見せた方がいいと思うんですがねえ」
「い、異文化交流……っ」
「ツカサさんなら大丈夫ですよ、自信を持って下さい。だってそんなに美味しそうなんですから、きっと兄上も貴方の体を見れば何も言えないはずです」
おいコラ頷くな、ブラックお前さっき怒ってたろ、頷くなそこだけ!!
つーか美味しそうってなに、食べるの、本来の意味で俺を食べるの!?
いやまあクロウの一族なら別の意味もあると思うけど、そもそも俺ブラック達が色々揉むせいでこんななっちゃっただけで、別にそういうんじゃないからな。
俺はこういうのも似合わないし普通に男子だからな!?
カツラもつけてないボサボサの俺の髪にシャランラな髪飾りとかつけるアンタ達の目が大らかすぎるだけで、鏡で見たら普通にキモい女装だったんだからなオイ!
ああでもこんな事してたら全然話が進まない……。
仕方ない、イヤだけどルードさんからちゃんと話を聞くか……はぁ……。
「それで……俺は他の人と一緒に侍ればいいんですよね? オスの侍従の服を着たブラックも一緒にそうするんです?」
「いえ、兄上は見慣れないオスを見ると殴りたくなるらしいので、給仕を行ったら扉のすぐ横で待機していてほしいなと」
「お前の兄貴どうなってんだよ王の資質ゼロだぞ!!」
ブラックも耐え切れなくなったのか思いっきりツッコんでしまった。
いや本当、なんでそんな暴れん坊殿下が王様になれたのよ。
……一回目の“三王の試練”は、そんなに簡単な物だったんだろうか。
それとも獣人の王様って誰もがこう言う感じなのかな……。
ついゲンナリしてしまったが、そんな俺達を見かねてかルードさんは少しキリッと顔を引き締めながら指を立てて俺達に注意を促した。
「ともかく、まずはお近づきになることです。……貴方がたは人族である事もそうですが、我々が追放した存在と“群れ”になっている事で、非常に兄上の心証が悪い。今はとやかく言いませんが、そのせいで地の底まで落ちた評価を取り戻していただかねば話になりません。なので、どうか私のいう事はキチンと聞いて下さいね」
「は……はい……」
「では参りましょう。ツカサさん、ブラックさん、果物の皿を持ってこちらに」
そう言いながら、ルードさんは部屋のドアを開ける。
召使のような人達の部屋や倉庫は、やっぱり基本的に扉が有るらしい。
何故そう言う造りなのかは分からないけど、裏方を見せないようにと言う配慮なのかな。この開放的な王宮でも、さすがに簡単に入っちゃいけない所は扉があるから、何か理由があってのことなのだろう。
謁見の間だって豪華な扉が有ったワケだしな。
とにかく、俺は着替えが他の人に見られなかったので扉があって良かったよ。
……でも……その……や、やっぱ歩くのが……恥ずかしい……。
だってこんなの、歩いてたら横から見えちゃうかもしれないし……それに、その……王宮の中、す、涼しいから……股間がすーすーして、なんかヤダっていうか……っ。
う、ううう……人に会いませんように、会いませんように……!
「つ、ツカサ君……ツカサ君の太腿とおしりたまらん……ハァ、はぁあ……」
「横でさっそく発情すんなよスケベ!!」
くそっ、折角ブラックがまた新しい格好いい服装してるのにちゃんと見れな……いや違う、違うぞ別に見たいとかじゃないしドキッとかしてないんだからな!?
おおお俺は別にアラビアンなカッコしたブラックなんて別に格好いいとか思おもっ
「さて、ここです」
「ここって……なんかデカい扉があるけど入って良いのか」
ふへっ、い、いかんいかん、自分の世界に入ってた……どうやら考えている内に、廊下を抜けて目的地に来たらしいな。
慌てて首を振りながら前を見やると、そこには……細かな金の装飾が眩しい赤い扉がデンと立ちはだかっていた。これは、昨日見た爺ちゃんにぴったりのデカさだ。
でもこの扉は何なんだろうと思っていると、ルードさんが説明してくれた。
「ここから先は、王族に許された物のみが入れる“ハレム”という場所です」
「はっ、ハーレム!?」
「種族によってはそういう発音の仕方もありますね。ツカサさんはご存じなので?」
「あ、いえ……あの……お、奥さんやお妾さんと一緒に居るための場所だっていう話を聞きかじった程度で……」
つい照れてしまうが、そんな俺に少し驚いた顔をしたもののルードさんは「ふふっ」と笑って、俺の言葉に軽く頷いてくれた。ホッ、よかった合ってたぞ。
「そうですね、基本的に“ハレム”は妻を住まわせる場所です。しかし、少し噂だけの嘘に惑わされているようですね。我々のハレムは、本来の意味である“禁じられた間”という意味合いが強いのです。ですから、認められたものしか入れません」
「じゃあ……酒池肉林の花園とかでは……」
「ある意味ではそうですねえ。ですが……そうですね、こう言ってはなんですが……我々王族たる“二角神熊族”は、非常に執着心が強い熊族の中でも群を抜いてその心が激しい一族で……」
そう言って、ルードさんは困ったように微笑む。
漫画なら横から「困り汗」がぴょぴょぴょと出ているんだろうな、と思ってしまうほどの表情だったが、その顔の意味を読み取ったブラックが言葉を継いだ。
「なるほど、気に入ったメスを他のオスにとられないように、この先に閉じ込めたのが始まりってことか」
「ええ、まあ……そういう事ですね。とは言え、昨今は物騒ですので……王妃や姫、王子を守るための要塞でもあります。この【ペリディェーザ】の中の王宮は、王の家族を守るために作られた楽園ですので……ここに居させておけば、安全なのですよ」
「そんな場所に引き籠ってメスとよろしくやってんのかあの殿下は」
またもや失礼な事を言うブラックに、クスリとルードさんが笑う。
「……まあ、兄上も人の子という事です。ままならぬ時は、母性に抱かれたくなる」
「乳離れも出来ない王様ってのはどうかと思うけどな」
「それもまた欲望に素直な獣人ゆえとご理解ください。……ともかく、この先のハレムは王族にとっての“憩いの場”なので……どうか、耳尾を動かさぬよう穏やかに」
俺達にはケモミミもしっぽもないが、これは獣人の慣用句みたいな物だろう。
とにかく落ち着いて接してくれって事だな。
あのでっかい扉を難なく開く、優男に見えてかなり剛腕のルードさんをみながら、俺は改めて気合を入れ直し、いざ扉の中に入った。
「はぁあ……王宮の奥は更に緑の楽園だ……」
扉の向こう側は、左右から美しい植物が目を癒す外廊下だ。
白く美しい柱が並ぶ道の向こう側には、何やら紋章のような物を上に頂くアーチ状の豪華な入口があって、まさにハーレムのゲートという感じがする。
内部も、どこぞの宮殿ですかと言いたくなるような華美極まる内装だ。
俺は装飾に詳しくないのでわからないが、やっぱり西洋風建築がほとんどの人族の大陸と比べて、ここはアジアや中東風の雰囲気が強いように感じられた。
それにしても……窓が無い奥の廊下まで明るくて不思議だな。
天井が高くて天窓があるせいかもしれないけど、それにしても明るい。やっぱりここも異世界の謎鉱物とか謎技術で壁が光ってるとかそういう感じなんだろうか。
果物の盛り合わせが乗っている金の皿を持ちながらキョロキョロ見回していると、先を歩いていたルードさんが立ち止まり俺達に「ちょっと待ってて」と手をやった。
前方には、一際豪華なアーチがあって、その先にはなにやら大広間のような光景が見える。入り口の対面の壁には、低い段差が有ってその上に俺達の部屋と同じく高そうなクッションの山とそこに座っている人達が見えた。
……あっ、もしかしてアレじゃないか。
アレこそが、王様とハーレムの美女たちって構図じゃない!?
ってことは……あの座にどっかり胡坐をかいているのが暴れん坊殿下なのか。
途端に気が重くなってきたな……。
「遠くから見ても偉そうだねえ。あーやだやだ」
「ちょっ、ブラック……相手は獣人なんだから聞こえるぞ」
「良いんだよ、聞こえたってどうせアイツがイライラしてるのに変わりないし。ホラ」
見てごらんよ、と言われて前方を再び見やると、ルードさんの背中が有り……そのルードさんめがけて何かでっかい皿が飛んでくるのが見えた。
えっ、えっ、な、なに!?
「――――っ!?」
どういうことだ、と、思ったが、ルードさんはその皿を軽くかわして何事も無いようにまた暴れん坊殿下に何事かを話している。
……やっぱクロウの兄弟だけあって、身体能力は凄いんだな……。
あのいかにも文官っぽい、大人しめな服装をしているルードさんですら武闘派だ。
でも、そうでなきゃ兄弟なんて勤まらないんだろうな……なんて思っていると、何かの話がようやく終わったのか、ルードさんがパンパンと手を叩いた。
あれは、俺達が近付いて良いと言う合図だ。
……ホントは侍従を呼ぶ合図だけど、まあここは仕方がない。
俺とブラックは顔を見合わせて気合を入れると、大広間へと足を踏み入れた。
「…………おまたせいたしました。新しい果実です」
一度床に片膝をつき、頭を深く下げて敬意を示す。
ブラックは「やりたくない」とダダをこねていたが、本番になると誰よりも優雅にその仕草をやってのけるんだからズルいよな。
俺はオタオタしつつなんとかこなすと、ゆっくり顔を上げて近付いた。
「……フン」
うわぁ、あからさまに機嫌が悪い。
でも周囲にセクシーでボインな美女のおねーさんがいっぱい侍っていて、彼女達は実に優しそうな顔で俺達にニコニコ笑いかけてくれている。
ああぁ……お姉さんたちのおかげで俺は生きて行けますよ……!
てかやっぱりお姉さん達も俺と同じ服を着てるんですね。やっぱこの胸布、女性の胸の方がいいよ。布もそっちのほうが喜んでたと思うよ……。
改めてなんで俺がこの服を着てるんだろうなと思いつつ、怒りんぼう殿下の近くに来たらまた同じように膝をついて頭を下げ、果物を置いた。
……あれ。ブラックが見えないけど、まさかもう下がってしまったのだろうか。
じゃあ俺も早く下がらないとな、と思っていると……怒りんぼう殿下が口を開いた。
「まて、お前オスのくせに何故メスの格好をしている」
「……えっ」
「面を上げろ。顔を見ることを許す」
かなり尊大な態度でイラッとしたが、しかし悪い気はしない。
だってこの怒りんぼう殿下、俺をオスって言ったんだもんな。
いやー、プンプンしてるワリには観察眼あるじゃん!
そうなんだよな。やっぱり人が見れば俺は男に見えるんだよなっ。監獄の時だって俺はオス扱いだったし……ふふ、そうだよな。
俺くらいのヤツになるとやっぱ男らしさってのは滲み出てくるものなんだよ。
ちょっと嬉しくなりつつ、慌てて顔を上げる。と、そこには……初日に見た、いっつも何かに怒っているような不機嫌そうな顔のおっさん。
クロウよりも少し年上で、たぶんブラックと同じ年くらいかなと思える相手は、鋭い目で俺をジロリと睨んで片眉を歪めた。
「…………判断がつかんな」
くん、と鼻を動かしてにおいを嗅いだようだが、目を細めるだけだ。
すると、殿下のすぐ隣にいた麗しい兎耳のお姉さんが耳打ちをした。そのお姉さんの言葉に頷いて、相手は俺に立つように命じる。
何が何だか分からず立ち上がると。
「動くなよ」
そう言った、瞬間。
相手は、持っていた大きな杯の中の液体を俺に向かってひっかけた。
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