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聖獣王国ベーマス、暗雲を食む巨獣の王編
21.謁見の間で会いましょう
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王宮へ続く地下通路……というと、何だか暗いイメージがある。
大抵は飾り気のない通路だったり、はたまた天然のでっかい洞窟だったりするんだけど、どっちにしても暗い事に変わりは無い。
ぼんやりと灯った蝋燭に照らされた通路は、ホコリを被っているか蜘蛛の巣だらけなのか、ともかく狭い感じだろうなという想像しか出来なかった。
しかし、どうもアルクーダの地下通路はちょっと違うようで。
「みなさーん、暗くなってますから気を付けてくださいね~」
「気を付けてと言っても……この通路のどこに気を付ければいいんだ?」
「……地面のでっぱりとか割れに足を取られないようにとか、か」
「そんなの引っかかるのツカサ君ぐらいでしょ」
おい、シーバさんの後のオッサンどもの会話ちょっと待て。
なんで俺だけがコケるみたいに言われてるんだよ。俺だってこんな……こんなにも明るい通路でコケたりせんわ!
――――そう。この地下通路は、明るい。
とっても明るい上に、デカいのだ。そりゃもう象が通れるくらいに。
……なんでこんなデカいのかと思ったが、考えてみたらここは「獣人の国」なんだし、実際に「大きい獣人用の部屋」なんてものもあるんだから、こんなに天井が高い通路が作られていても不思議じゃないんだよな。
通路が蝋燭なしで明るいのだって、以前見た「発光する鉱石」が通路の天井などに組み込まれていて明るいんだろうし……綺麗なのも、何かの術のおかげなのかも。
そういう(この異世界での)オーバーテクノロジーな遺跡が存在するってのは、俺達もイヤってほど解ってるからな。もうこれしきじゃ驚かないぞ。
だけど……やっぱり「天井が高くて、通路が広すぎる」っていうのがなんか……不安なんだよなぁ……。
だってさ、さっきも言ったけどこの大陸には「デカい獣人がいる」んだぞ?
そんでこの地下通路なんだから……もしかして俺達が今から会う王様ってのは、俺の想像通り「ラの付く王様」並にデカい可能性もあるわけで。
もしかしたら、へんな事を言うとプチッとやられちゃったりなんかしたりして……。
「ああぁああ緊張して来たぁあ……」
こんな事になるなら、もうちょい守備隊の詰め所で落ち着いてから来ればよかった。ついつい頭を抱えてしまうが、しかしもう入っちゃったんだから仕方がない。
ああどうして通路がこんな、詰め所の厨房の床になんか作ってあるんだ。
俺昨日そこ掃除してたんですよ偶然なんですか。あっ、もしかしてクルサティさんが手伝ってくれたのってそういうコトだったんですか。えっ、まさか全ては獣王陛下の掌の上ってヤツなんですか。
やだやだもうなんか全部上手く乗せられている気がする、一体どこまでが計画通りなんだろう……疑心暗鬼だ。
「ツカサ君なに、緊張してきたの? じゃあ僕が抱っこして熱いキスを……」
「わーいらんいらん!」
「ずるいぞブラック。昨日から一緒に居るんだからオレにもツカサを舐めさせろ」
「クロウも何言っちゃってんのかな!?」
左右から迫ってくるオッサンの顔を必死に両手で抑え込むが、圧が強すぎて勝てる気がしない。こうなったらもうシーバさんを盾に使うしかないと思い、俺は咄嗟に下へと逃れてオッサン二人をいなすと、先行しているシーバさんの所に向かった。
背後から「ぬおぉ!」とか「うおっ」とか声が聞こえたが無視だ無視。
オッサン同士で顔がごっつんこしても俺のせいではない。キスしたり舐めたりしたけりゃ二人でやってなさいってのもう。
「坊ちゃん良いんです~? 後が怖いザンスよ」
「良いんです! 俺をからかってるだけなんだから……それよりシーバさん、そういや獣王陛下ってどんな人なんです? まさかこの通路いっぱいにデカくて、粗相しちゃうとスパッと断罪する小気味いい陛下とかじゃない……ですよね……?」
ケモノの王、となると、やっぱり世紀末覇者とかアレとかソレとかの獣人族の王様を思い浮かべてしまう。大体の獣王って好戦的だったり結構横暴だったりするし……。
もし相手がそんな感じなら、謁見する時は色々気を付けなきゃならんよな。
だから、今のうちに覚悟を決めておきたいと思いシーバさんに問いかけたのだが、相手は何故かクスクスと笑い出した。
な、なんで笑うんですか。
「いや~……坊ちゃんたちなら、陛下は逆にデレデレだと思いますよ?」
「へっ?」
「特に、坊ちゃんには特別なんじゃないデスかねぇ。他の人族じゃあこうは行かないでしょうけど、御二方とクロウクルワッハ様は特別ザンスから」
「そう……なんです……? でもなんで……」
「ふふ、それは謁見の間に到着してからのお楽しみですよ」
そう言って、シーバさんは何だか楽しそうに笑う。緊張はしていないようだ。
……今からこの国の王様に会うのに、なーんか気楽な態度だなぁ。
うーむ……獣王陛下のことがイマイチ分からん。
シーバさんが笑いながら言うってことは、危険じゃないって事なんだよな。
少なくとも、キンタマを引き千切る“風葬の荒野”のビジ族ってのより、獣王陛下は危険ではないように思えるけど……でも相手はシーバさんの上司だしな。
仲間に対しては優しいってこともあるんじゃないのか。
しかし、だとしたら人族の俺達にはデレるって言葉が意味解らんしなぁ。
「ツカサ君たらこういう時だけ逃げ足早いんだから……で、何の話? 獣王ってヤツのことで悩んでるのかい?」
「お前追いつくなり理解すんの早すぎんか……」
背後からすぐさま隣に追い付いてきたブラックにぎこちない顔で言うが、相手は俺にニコニコしながら手を振る。
「大丈夫だって~。ツカサ君が考えてるような恐ろしい事には絶対ならないよ」
「なんでそう断言できるんだよ」
会った事も無い相手を「絶対にそうだ」と断じるのは危険な行為じゃないのか。
いつもならブラックの方が疑り深くこんな事を言うのに……と見上げると、そんな俺の言外の言葉を理解したのか、ブラックは「うーん」と言いながら視線を空に走らせて暫し考える。が、すぐに俺の方を向いて、笑顔でアハハと笑って見せた。
「それは~……やっぱり会ってからのお楽しみっ。なあ、変声狼」
「あらぁ、ブラックの旦那は解かってらっしゃるんですねぇ。……まあ、そういうことですから、坊ちゃんも安心してくださいよ」
何だ何だ、二人とも獣王陛下がどんな存在か解ってるってのか。
そんなのズルいぞ。何か相手が理解出来るヒントあったっけ?
慌てて思い返してみるが、全然思い浮かばない。なのに、二人だけで解ってるなんて何か悔しいっ。もしや俺が料理している間に話したんじゃないだろうな。
だとしたら、クロウも知ってるのか。おいおい、俺とロクは完全に仲間外れじゃないかよ。どうなんだクロウ。
気になって振り返ると、クロウは何故かバツが悪そうに顔を逸らしていた。……あれ、なんか思う所でもあるのかな。
服装はメイド服じゃなくて普通の服に戻ってるし、ご飯もちゃんと食べたんだから、具合が悪いってワケでもないよな。
それに、シーバさんが知っててクロウが知らないってのも変な話だし……。
なら絶対にクロウも獣王陛下の事は知ってるだろうに、何故にそんな居た堪れないと言った感じの態度になってしまうのか。もしかして陛下に会いたくないのかな。
いったいどうしてそんな態度を……と、聞こうとすると。
「あっ、見えてきましたよ。あすこの階段をあがると謁見の間の裏に出ます! 王族のみが入れる空間なので、遠慮はいらないザンス。ささ、お早く……」
「え、ああ……って、シーバさんは行かないの?」
ちょっと離れて「どうぞどうぞ」と手をやるシーバさんに気付いて問うと、相手は耳を少し伏せながら残念そうに頭を掻いた。
「いやぁ、アタシは案内だけですから。それに、この通路を開いた事は詰め所の奴らも知ってますし……万が一に備えて、ここで警備しておかないといけないザンス。よからぬ輩というのは、湧いて出るもんですから」
「シーバさん……」
大きな上がり階段の前まで来たが、ここでシーバさんとお別れなんて悲しい。
ずっと道案内してくれたんだし一緒に謁見に行きたかったなと思ったが、不埒な輩からこの通路を守る為に残ると言われると何も言えない。
まあでも、すぐに【銹地の書】を貰ってすぐココに帰って来るんだから、暫しの別れだよな。戻って来たら一緒に詰め所に戻ればいいのだ。
「じゃあみなさん、どうかご無事で……。あ、いえ、獣王陛下の事ではなく……王宮に居らっしゃるであろう両殿下に出会わぬよう、くれぐれもお気を付けくださいね」
「ああ、言われなくても極力避けるよ」
「……すぐに戻ってくるのだから、心配ない」
俺とブラックの横にやってきたクロウが、ぶっきらぼうに言う。
やっぱり今日のクロウは……というか、王都・アーカディアに来てからクロウは何か変な気がする。いつもより元気がないっていうか、大人しいって言うか。
謁見に関してもどうも消極的なんだよなぁ……。
もしかして、クロウにとって「陛下」は会いたくない相手なんだろうか。
色々気になってしまったが、進まない訳にはいかない。
俺は段差がちょっとキツい大きな階段に上がると、必死に足を昇降させながら上にあると言う謁見室の裏を目指した。
ひぃ、ひぃ……段差が大きい階段ってなんかめちゃキツいよな……なんなく階段を上がっていくオッサン達が羨ま恨めしい。
お、俺だって長身で足が長かったらこんな階段なんてなあ!
か……階段……なんて……。
「ツカサ君、抱っこしてあげようか?」
「キツいのならオレが運んでやるぞツカサ」
「だ、だいじょう、ぶっ……はっ、ハァ、ハァ……」
今回ばかりはオッサン二人の優しさがつらい。
そりゃ俺だって助けて貰いたいけど、そんなのって男じゃないじゃん。
俺は自分の力でのぼらなきゃ我慢ならないんだよ。ただでさえこの国ではメスだと断定されて困ってるってのに、これ以上メス認定されてたまるかってんだ。
俺は日本男児だ。強いのだ。こんな階段なんて俺一人で解決だ…………
………………なんて思って登ってたけど、やっぱり無理でした。
結局両側からオッサン二人に抱え上げられ、あの有名な宇宙人を捕えた写真的なポーズになりつつ、俺は持ち運ばれてしまった。
ううう……お姫様抱っこよりはマシだけど、オッサン二人の後の「お返し」がこわい。
何か案を考えておかないと……なんて思っていると、考える前についに謁見質の裏へ出る扉が目の前に現れてしまった。
天井に両扉がついているが、どうやら厨房と同じように床から出入りするらしい。
まあ変な場所から出るよりマシか、と思っていると……クロウが率先してその扉を開いたではないか。さっきまで乗り気じゃなさそうだったのに、どういう風の吹き回しだろう。もう吹っ切れたのかな。
不思議に思う俺達の前で、クロウは肩越しに振り返ると「ついて来い」とばかりに手を動かし、先に外へ出て行ってしまった。
「キュ~?」
何だか疑問がぬぐえない俺の鼓動を不思議に思ったのか、またもや可愛いロクが懐から出てくる。うぐう……やっぱり可愛い……っ!
「ロク……そうだねえ、なんかおじちゃん変だったよねえ」
「オジチャンってツカサ君……」
「ともかく行ってみよう。ロク、もうちょっとだけ中で大人しくしててな」
「キュー!」
素直にベストの内ポケットに戻ってくれる可愛すぎるロクショウ……。そんな相棒の姿に緊張がほぐれた俺は、意を決してブラックと一緒に扉から外へ出た。
「っ……ぁ……おぉ……?」
「やっと出てきたか」
謁見の間の裏側……というから、俺は舞台袖のような殺風景な所を想像していたんだけど、実際はそうではなかった。
俺達が出てきたのは、そこそこ広めの部屋だ。床の隠し通路への扉は落ち着いた色の絨毯に上手く隠されていて、閉じればまったく扉だと解らない。
壁際のほんの少しの取っ手に気が付かなければ、一続きの絨毯だとしか思わないだろう。ちょっと凄い技術だ。
……そういえば、この部屋は窓が無く扉が二つあるだけだな。
一見して品の良い館の待合室みたいに見えるけど、ここが既に王宮の中である事を考えると、色々仕掛けがありそうでちょっと動くのを躊躇ってしまう。
隠し通路をこんなに綺麗に隠してしまえるのだから、罠だってどこかに隠れてるかも知れないよな。うっかり踏んじゃったらどうしよう。
ついつい緊張してしまうが、クロウはそんな俺に「大丈夫だ」とでもいうように平気で床を踏んで進むと、片方の扉を開いた。
「こっちだ。……今なら大丈夫そうだな。ついて来い」
「ついて来いって……クロウ、そんな自由に動いちゃっていいの?」
「まーまー良いから。ツカサ君ついてこ」
「う、うん……」
ブラックがそんな事言うなんて珍しいな。
いつもならクロウの言う事なんてロクに聞かないのに……っていうかクロウも何で王宮だってのに物怖じせずに進んでるんだ。もしかして来た事があるのかな。
実はクロウも獣王陛下と顔見知りだったり?
いやでもありえるよな。クロウだって一応部下を持ってる武人だったんだし、以前は国に仕えてたって可能性もあるよな。……そのあたりのことは話して貰ってないけども……だって、クロウも話そうとは思ってなかったし……。
でもこんな事になるなら聞いておけばよかったかな。もしかしたら、クロウが今まで変な態度だったのも過去の事が原因だったのかも知れないし。
ああでも、もう遅い。
今はとにかく獣王陛下に失礼が無いよう謁見しないと……。
扉を出ると、縦に長い部屋のすみっこの風景が見える。装飾が美しい窓が並ぶ壁が奥まで続いていて、大きな扉が向こう側の壁にあるのが分かった。
ここは間違いなく謁見の間だ。そう確認して――視界の左端になにやらドデカい物体がチラつくのが分かった。
……あれ。デカいなこれ、すげえデカい。
なんだこれ。
「なん……えっ、い、椅子!?」
違う。それはただの椅子ではない。玉座だ。
細かい金装飾の縁に彩られる、巨大な石の玉座。俺達から少し離れた所……部屋を見渡せる位置に鎮座している玉座には、既に人が座っている。
だがその姿は、明らかに人間ではない。
横からかすかに見える膝は、明らかに俺達のものより大きかったのだ。
こ、これは……確実にラの付く覇王業の人だ……。
思わず硬直する俺達に気が付いたのか、ついにその覇王業の人……獣王陛下が、こちらに話し掛けてきた。
「おお、そんな場所からすまなかったな。叩頭などはせずともよいから、こちらに」
「かしこまりました。御心のままに」
……どこかで聞いた事のあるような、威厳がありつつも優しい声。
クロウが受け答えするのを聞きながら、俺はブラックに促されて一緒に移動する。
玉座がある台座の段差を降り、ある程度の距離まで歩いてから玉座へ続く緋毛氈に入って正面を見やる。――――両側の窓からの日差しが強くて、地下通路からやって来た俺には顔を見ることが難しい。
だけど、何故かさっきまでの緊張は消え去っていた。
それどころか、不可解な嬉しさすらあったのだ。
まるで……誰か、見知った人に再会する時のように。
「さ、近くに寄って来てくれ。……本当に、久しぶりだ」
威厳に満ちた、低くて渋い声。謁見の間に響くその声は、体を無意識に緊張させる支配者の声音だ。けれど全然、怖くない。むしろ、獣王陛下に近付くたびにドキドキと心臓が高鳴るみたいで。
やがて、この国の王である武神獣王陛下の顔がハッキリと見えた瞬間。
俺は全ての既視感が本物だったことに、目を見開いた。
「よくぞ来てくれた。ツカサよ……久しぶりだな」
そう俺に言って、笑いかけてくれるこの国の王。
巨大な人の体を巨大な玉座にゆったりと預けて笑うその人は、見知らぬ姿だ。
だけど俺には、彼が何故自分の名前を知っていたのかすぐに分かってしまった。
ああ、そうだ。そうだったじゃないか。
“アルクーダ”も“アーカディア”も、この人を指す名称だ。
初めから気づいていればこんなに驚く事も無かったのに。だけど、今はその驚きも嬉しいばかりだった。
「ドービエル爺ちゃん……!」
――――そう。
武神獣王国アルクーダの王は、かつて俺が救った角を持つ巨大な熊。
ドービエル・アーカディアその人だった。
→
※ツイッターで言っていた通りだいぶ遅くなりました(;´Д`)スミマセン
ドービエル爺ちゃんについては第一部【アコール卿国、波瀾万丈人助け編】と【イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編】をご覧ください。
ツカサの守護獣として【召喚珠】をくれた熊獣人のおじいちゃんです
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