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聖獣王国ベーマス、暗雲を食む巨獣の王編
捕縛
しおりを挟む「…………」
ねっとりと舐めて、下唇を軽く吸う。
すると、数刻前に眠りに落ちたツカサは軽く反応し、可愛らしい小さな声を漏らした。
とても十七歳とは思えない、柔らかで未熟な体。ブラックとの軽いキス交わりだけで熱くなって身を捩る姿は、何度見ても可愛くて愛おしくてたまらなくなる。
眠るとよりあどけない表情になるツカサを見ていると、自分まで下腹部がどうしようもない熱で膨れ上がりそうだった。
(でも、我慢我慢……。とてもじゃないけど、ツカサ君には見せられないもんね……)
そう思いながらも、せめてツカサの熱に包まれたくて横臥している彼の太腿の間に手を滑りこませていると――――カチャリ、と控えめな音がドアの方から聞こえた。
(ああ来た来た。やっぱり来やがったな)
気配を消して起きている事を気取られないようにしながら、暗闇の中でただツカサの眠っている顔を見て待つ。すると、極力足音を立てないようにした何者かが、ベッドへと近付いてきた。
(丸聞こえなんだよバカが。獣人ってのは足音も消せない低脳なのか?)
心の中で呆れるが、相手はブラックが起きている事に気が付いていない。
暗い部屋の中で己の姿は見えていないと思っているのか、ゆっくりと回ってツカサの方へと近付いてきた。そうして――こともあろうに、ハァハァと荒い息を立てながら袖を擦る音が聞こえてくる。これは、ツカサに手を伸ばそうとしているのだ。
一瞬ここで殺してしまおうかと思ってしまったが、それではいけない。
これでは、何のために我慢してツカサを眠らせたのかわからなくなってしまう。そう思い何とか自分の中の欲情を抑えていると。
ついに、掛け毛布が動いた。
何者かの手が入って来たのだ。
「…………」
荒い息の何物かは、その手を遠慮なく伸ばしてくる。
そうして、何を思ったのかツカサの尻を遠慮なく揉み始めたではないか。
(こぉんのクソ獣人がぁあ……っ! ツカサ君の柔らかいお尻は僕のものなのに勝手に揉みやがって! 太腿にまで振動が伝わってくんだよ殺すぞ!!)
ツカサの太腿の間に手を入れているからか、相手が尻を揉むたびに柔肌が引っ張られる感触をいやというほど感じられてしまう。ただ欲望を満たすための乱暴な行為にツカサの尻が使われていると思うと、相手の頭を潰したくて我慢ならなかった。
だが、これだけでは不十分なのだ。
もっと。もっと、興奮した相手がツカサに対して行動を起こさないと。
そう思っていると、ついに相手は我慢出来なくなったのかツカサを引き摺り出そうとし始めた。まるでなっていない動かし方だが、興奮しているからなのだろうか。
だとしても、実にお粗末なやり方である。
隣にブラックが寝ているのだから、気が付かれる可能性もあるのは理解しているのだろうに、何故そこまで浅慮で愚かな行動が出来るのか。
ついため息が口をついて出そうになってしまうが抑えて、ブラックは相手の成すがままにツカサを手放した。はらわたが煮えくり返るが、今は仕方がない。
ブラックのその態度に、相手はこちらが完全に寝ていると確信したのか、なにやら勝ち誇ったかのような笑いを含んだ声を漏らした。
「ふ、ふはは……っ。人族のオスふぜいが、こんな美味そうなメスを侍らせるなんて勿体ねえ……っ! お、俺が、代わりに食いつくしてやるよ……!」
それは、どの意味での「食い尽くし」なのか。
だがもうそんな事はどうでもいい。ようやく今、動く事が出来るのだから。
「誰が、僕のツカサ君を食い尽くすって?」
「……え?」
暗闇の中で、相手が驚いたように耳を立てる。
だが、ブラックは構わず毛布の中から飛び出すと拳を振り上げた。
その速度は、到底相手が反応できる速度ではない。
目を見開いたブラックが遠慮も無く突き出したその拳は、ドッと音を立てて相手の体を簡単に吹っ飛ばしてしまった。
「ガァッ!!」
大きな音を立てて相手の体が壁に打ち付けられる。だが、そんなことはもうどうでもいい。ブラックは手放されたツカサを逃さず再び腕の中に取り戻すと、まだ眠っている彼の体を優しくベッドへと戻した。
そうして――――うずくまっている「不埒な輩」に近付く。
「おい、カス獣人。僕のツカサ君を、なんだって? もう一回言ってみろ。ツカサ君の婚約者である僕の前で言ってみろよ。ほら」
「あ゛ッがっ、あ゛ぐっ、ブッ、ぅ゛ッ、ず、ずびばぜっ、ゲゥッう゛っ、うあ゛あぁ!!」
ガッ、ガッ、と音が聞こえるが、特に拳や足が痛いわけではない。
ブラックはただ、相手の顔を軽く拳で嬲り骨のない腹部を蹴り上げているだけだ。
しかしそれでも相手は耐え切れなかったのか、すぐに「もうやめて下さい」と人族であるブラックに懇願し始めた。先程まで、あれほど見下していたと言うのに。
「やめて? 獣人って言葉も知らない低知能なんだな。やめて、じゃないだろ」
「ゆ゛っ、許じでぐだざっ、ぁ゛っ」
「そうそう言えるじゃない。じゃあ、次に何を言うべきかも分かるよな。……お前は、何の目的でツカサ君を奪いに来たんだ? いくら何でも、王都守備隊の兵士がこんな事を是として教育されてるわけじゃないだろう?」
「ぐ……ぅう……」
暗闇の中で呻く相手。
それは……――――今日ブラック達を案内した、分厚い三角耳の兵士だった。
(コイツがツカサ君に対して欲情していたのは、食事の時から解ってたけどさ。でもそれは他のクソ獣どもも一緒だったし、特に気にしてなかったんだけどな。それが何故急に、こんなバカなことをしてるんだか分からない)
人族の大陸で言う「警備兵」であるのなら、きっとこの男の行為は許されざる蛮行と言えるだろう。それを己も理解しているだろうはずなのに、どうしてこのように性急な事をやらかしてしまったのか。それが、不可解で仕方がない。
睨むでもなく冷たい菫色の瞳で相手を見やると、三角耳の兵士はビクリと獣耳や体を震わせ、長い尻尾を己の体に巻き付けながら顎を引く。
完全に怯えた獣そのものだったが、別に同情する気にはなれない。
ただじっと見つめていると、相手は暗闇の中で青ざめながら視線を逸らした。
「ぅ……あ……お、俺は……俺は、た、ただ、獣人の、強きものが欲しい物を手に、い、入れると言う……のを……実行した、だけで……」
「…………」
――――嘘だな、と、ブラックは確信した。
何故なら、この男がその教えを信じていたとしたら、闇に紛れて襲おうとするような行動は起こさないからだ。
相手を侮っていれば正面から堂々と襲うだろうし、こんな風にコソコソと奪って別の場所へ連れ去ろうとすることなど考えない。
そもそも、奪いたかったのなら、調理場で作業をしている時に何かと理由を付けて襲えばよかったではないか。コソコソするにしても、あまりにも稚拙だった。
そんなブラックの考えは正しかったようで、相手は目を泳がせて分かりやすく獣耳をビクビクと動かしている。ここまで分かりやすいと、いっそ哀れだ。
獣人と言うのはあまり頭が良くないのだろうか。
(……駄熊とアイツの部下を見ていると、それなりに使えそうな奴らな気がしてたんだけども……それも買い被りってヤツだったのかな?)
熊公の率いていた者達は、自らを武人と言うだけあって強さだけではなくそれなりに頭の良さも持ち合わせていた。そのため、半分はモンスターであるという情報が有っても、その知性は人族と同等の物だと思っていたのだが。
考えて、ブラックは口の端だけを歪めて笑った。
(ふっ……。見下しているのはお互い様か)
そういう性根の悪い行動だけは、人族も獣人族も平等に「人らしい」ようだ。
特に何の含みも無く思わず笑ってしまったブラックだったが、相手はそんなこちらの笑顔を何か企んでいると勘違いしたようで、ヒィと声を上げて喋り出した。
「ちちち違うっ、違うんですぅ! そりゃ俺だって良い子供を生めそうなあのメスが欲しかったですけど、でもそっ、そういうんじゃなくて! あの、だ、だから……!」
ここまで来ると滑稽すぎて、笑いが収まってしまう。
相手の怯えようを見るといっそ哀れになって来たが、ブラックはそろそろ面倒臭くなってきたので、早々に切り上げる為に核心を突いてやった。
「……で、誰に命令されたの? 獣人が夜這いなんてザコみたいな方法を使うワケが無いんだろ。じゃあ、強制されないとやらないよな?」
「~~~~ッ!」
ああ面倒臭い、と、心の中が冷めて行く。
さきほどまではツカサとイチャイチャ出来て本当に幸せだったのに、どうしてワザワザおびき出して相手の事を聞き出さねばならないのだろうか。
早くベッドで待つツカサのところに戻りたい。
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そう。最初から、こういう事が起こるだろうと予想はしていた。
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なのに、多少マシな知性を持っているあの二人が気が付かなかった。
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“あの熊”の本名が“アレ”だったのなら、尚更。
(まったく、自分の記憶力が嫌になるね…………)
溜息を吐いて、ブラックは三角耳の兵士の顔を見やった。
そうして、震える相手に目を細める。
「まあ、僕は“どっち”でもいいよ? だけどね……この僕の婚約者であるツカサ君を、あのクソ駄熊のモノみたいに勘違いするのは頂けないなぁ」
「は、はぃ……?」
イマイチ理解していない頭の悪い兵士に、ブラックは腰を下ろして顔を合わせると、分かりやすくニッコリと笑って見せた。
「お前に命令したヤツに、ちゃんと報告しておけよ? テメェらの問題はテメェらで勝手にやればいいけど……勘違いしてツカサ君に手を出すなら、お前らのくだらない争いごと国を滅ぼすからなって」
「えっ……え、えぇえ……!?」
涙目の兵士は、こうまで言っても何も理解していないようだ。
これでは伝言を頼んでも正しく伝わらないかも知れない。
(はー……。一般的な獣人は、ホントにこの程度なのかなぁ……)
だとすると、どうなるにせよこれから大変な事になるのだろう。
願わくば、くだらない争いに巻き込まれることもなく、ツカサと二人で人族の大陸に帰りたいものだが。しかし、それも恐らくは叶わぬ夢なのだろう。
駄熊と共に【銹地の書】を取りに来た時点で、自分達はもう面倒事に巻き込まれていたのだから。
(シアンめ……まさか、こうなると知ってて取りに来させたなんて言わないよな? いやでもアイツなら、サラッと肯定しそうだな……はぁ……)
どこまでがシアンの手引きなのかは分からないが、なんにせよ面倒だ。
またツカサとの幸せな時間が減ってしまうと嘆きつつ、ブラックは再度深い溜息を吐いたのだった。
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