異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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聖獣王国ベーマス、暗雲を食む巨獣の王編

  おおかみぐるまで昼と夜2

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 シーバさん曰く、武神獣王国・アルクーダは、草がまばらに生える荒野のその先にある、ゴツゴツした岩だらけの荒野――――彼らが【風葬の荒野】と呼んでいる岩石砂漠地帯を越えたその先の“砂漠のオアシス”に存在しているらしい。

 ……なんだか砂漠って単語が二つも続いててややこしいが、どうやらベーマス大陸には、いくつか別の種類の砂漠が存在しているらしい。

 話によると、南極に近付くと歩く事すら躊躇われるほどの熱砂で覆われた乾燥地帯があるらしく、そこは獣人ですら滅多に近寄らないとかなんとか。最初に話を聞いた時にも思ったけど、やっぱしこの世界は南極も寒いってわけではないようだ。
 どういう理屈なのかは分からないけど……太陽の位置的なモノとかが違うのかな。でも、こういうのっていろんな要因があるらしいし……うーん……科学はよくわからんのでチンプンカンプンだが、とにかくこの世界は異世界ってことだろう。

 ともかく、ベーマスは本当に過酷な土地なんだな。
 アルクーダ国の首都に行くにしても、どのルートを通ろうが必ず“岩石砂漠”という場所にぶち当たるって話だし、こんな世界じゃそりゃ弱肉強食になっても仕方がないような気もして来る。だって、穀物もまともに育たない土地ばっかなんだもの。
 そりゃ戦わなければ生き残れないよな。獣のサガが強くなるワケだ。

 共食い的なものを感じてつい暗澹たる気持ちになってしまうが、唯一救いがあるとすれば、それは彼らが獣人だって事だろう。
 例え穀物や果物が豊富でなくても、獣としての道理が存在するから、他種族を獣として襲って食べる事が出来るんだ。それは俺が想像する共食いするみたいな話じゃなくて、獣同士が争って命を繋ぐ真っ当な食物連鎖なんだ。他者と戦い喰らうことが出来るからこそ、獣人達はこんな所でも立派に生きて行けるのだろう。

 ……俺には理解が難しい感覚だけど、でもそうやって彼らは生きてきたわけだし、人族が足を踏み込んでいい話じゃないよな。
 そもそも、俺達は「姿形が違うだけでみんな獣人」と思っているけど、獣人としては「他種族は同じ存在ではないから捕食対象」だって思ってるのかも知んないし。

 うーむ……。あらゆる理由から人肉がタブーになっている世界の住人である俺には、獣人族の倫理観は完全には理解出来ないものなのかもなあ。
 理解はしたいけど、実際見て耐えられるかどうかは別モンだし。

 とりあえず、出来るだけ他種族モグモグする光景は見たくないな……。
 旅の間は出来るだけそういう場面に出くわさないように気を付けよう。

 閑話休題。
 しかし、あの【ゼリバン・グェン】では果物もバザー……人族で言う市場に、たくさん並んでたよな。もしかしたら、他種族を食べなくても豊富な果物で生きていけるんじゃないのか。でも、考えてみればあの果物は顔に紋様の化粧をしていた獣人さんしか売っていなかったような気がするし……地域限定って感じなのかな。
 特定の場所でしか果物が採れなかったら、ソレを主食にする訳にもいかないか。

 せめて、何がドコって分かればもうちょい俺も納得できるんだろうけど……ベーマス大陸の地図は売って無かったし、全貌が良く分からないのが歯がゆいなあ。
 久しぶりに手さぐりって感じだ。
 でも、こういうのってちょっとワクワクするよな。行く先が分からないまま案内されると言うのも、なんだか冒険感が有ってちょっと楽しい。

 道も無い荒野を馬車……いや狼車で走るなんて、まさにワイルドだ。
 衝撃を和らげるサスペンション的な物が無いので、ガタガタ揺れまくって思いっきり酔ってしまいそうだったが、それもまた旅っぽい。

「うーん……これもロマンだな、ロマン!」
「またツカサ君がおかしなこと言ってる……振動のせいで頭バカになっちゃった?」
「なってねーよ! ったくもう……」

 でえいチクショウ、せっかく人が旅の気分を盛り上げてテンション高く行こうと思っていたってのに、なんでこうブラックは一々水を差して来るんだ。
 黙っていると酔いそうだから、気合を入れるくらい許せっちゅうに。
 やることも無くダラダラしているオッサン達を睨んで、俺は避難だと言わんばかりに御者台へと移動した。薄暗い幌の中にいるよりはナンボかマシだ。

「キューッ」
「ん、そうだなロク~。ずーっと荒野だな」

 誰も居ない御者台に座り、シーバさんが向かう先を見ると、水平線までずっと荒野が広がっていて大きな変化はない。遠くに集落のような物が見えたけど、それすらも幻なんじゃないかってくらいに広くて荒涼としていた。

 そんな景色がロクショウには物珍しいらしく、俺の肩に乗ったまま、キョロキョロと頭を動かして周囲を興味深げに観察していた。
 ああ~、ロクに癒されるぅ……。
 肩に軽い重みを感じる幸せをかみしめていると、俺達の会話を聞き取ったのか、狼耳をこちらに動かしながらシーバさんが話しかけて来た。

「おや坊ちゃんどうしたザンス? まだ日差しが強いですから、中に居た方が涼しいと思いますよ」
「なんていうか、馬車の中は色んな理由で蒸すから……風が気持ち良いし、しばらく御者台に居させてよ」
「坊ちゃんがいいなら。それにしても、今日は野盗と遭遇しないから、この分だと早く【風葬の荒野】に行けそうですね~。幸先がいいってもんですよ」
「えっ……や、やっぱいるんですね野盗……」

 まあいないワケがなかろうが、しかし獣人の野盗となると倍恐ろしい気がする。
 生きたまま食われたりしないよなと余計な事を考えて青ざめていると、シーバさんは「ハハハ」と朗らかに笑って狼の耳を動かして見せた。

「心配は無用ザンス! アタシがいますし、なによりクロウクルワッハ様がいますからねぇ! そこらの野盗なんて敵じゃーありませんよ」
「ほーう、随分な自信じゃないか」

 あっ、ブラック。
 おいおい隣に座って来るんじゃない。御者台が狭くなるだろうが。っていうか、またお前はクロウを置いて来たのか。オッサン同士仲良くしろよホントにもう。

「そんなにここらへんの野盗はよわっちいってことなのか?」

 こらこら、またそんな捻くれた言い方をして。
 ブラックだってクロウの実力は内心認めてるんだから、元部下のシーバさんも強いということぐらい理解しているだろうに。

 しかしこのブラックの発言に、大人なシーバさんは律儀に答えてくれる。

「それもありますが、砂漠の凶暴なヤツらと比べるとってのもありますねえ。ここいらは集落がありますから、野盗もあんまり飢えてないんザンス」
「つまり飢えてると凶暴になると」
「アタシらも半分はモンスターですから。そりゃ飢えたら凶暴になるザンス。だけど、武人ですからアタシらは無暗に襲いませんよ」

 そういう問題なのだろうか。
 いやまあもうこれは文化の違い……ていうか深く考えない方がいいのかも。
 一々気にしていたら疲れてしまいそうだ。

「じゃあ集落に泊まってもそういうヤツが出てくるってことだな? そんな所で休めとは、獣人ってのは随分と無茶な事を言う」
「またまた、ブラックの旦那なら軽くいなせちゃうくせに~。とはいえ……坊ちゃんは、そうもいかないザンスねえ。今日は集落に泊まりますが、警戒しておいた方がいいかもしれないザンス」

 ええとそれは……集落でも気を抜けないって事なんでしょうか。
 この際俺が弱そうに見られてるとかは置いておくとしても、集落に到着しても安心出来ないなんてそれは本当に大丈夫なんだろうか。

 ナルラトさんも「人族の居留地から出たらもう危ないゾ」なんて忠告してくれていたが、シーバさんのあっけらかんとした言葉を聞いていると、それが当たり前のように言われ過ぎて逆に恐ろしくなってくる。
 当たり前に襲われる世界ってなに。勘弁して下さい。

「ええ……じゃあど、どうしよう……。普通に泊まって大丈夫なんスかそれ……」

 現状、ブラック達と常に一緒に行動するしかないんだろうか。しかし、それはそれで金魚のフン状態みたいになっててちょっと情けないな……。
 どうにかして自衛できる方法は無いだろうか。

 正直イヤだけど、こうなったら獣人族の慣習に則って、お触り禁止と言われている服を着込んで肌を隠したメスの変装をするしかないかな。
 周りは獣人だらけなんだから、警戒するに越したことはないだろうし……って、何か獣人を所かまわず襲うマンみたいに言っちゃってるのもヤダなぁ。

 警戒しなけりゃ自業自得とはいえ、獣人全員を敵として見てるみたいで何とも己が恥ずかしい。強かったらこんな事を考えなくてもいいんだろうけど、悲しいかな俺の腕はブラックと比べてヒョロッヒョロのヒョロだしな……はぁ……。

 やはりメスの変装が一番手堅いかな……などと考えていると、シーバさんは俺の想像もしていない事を言い出した。

「大丈夫ザンスよ! ブラックの旦那とクロウクルワッハ様がいらっしゃるんですから、坊ちゃんはお二人にたっぷり“匂いづけ”して貰えばいいんザンス」
「ん?」
「口付け程度じゃ収まらないヤツもいるかもしれませんから、雄汁でたっぷりニオイを付けて貰うのもいいと思いますよ! 明確なオスのニオイがついてれば、他のオスも警戒すると思うザンス!」

 …………んん?
 なに、なんて?

 ちょ、ちょっと聞こえなかったな。耳が眠ってたなあ。
 なんだっけ、シーバさん今とんでもないことを……

「ふっ、ふへっ、だ、だってよぉおツカサ君んんん! “匂いづけ”は重要みたいだねっ、に、匂いづけとして今日も僕がたっぷりツカサ君にせ、精液をほほほ」
「何言ってんだお前なに言ってんだうわー! 近寄るなー!!」

 ものすんごく気味の悪い笑い声を漏らしながら俺に抱き着いて来ようとするブラックを、必死の思いで避けながら逃げようとする。が、相手の大きな体が俺のことを逃すはずもなく、簡単に腕の中に捕えられてしまう。

 人前、っていうかロクの前で何をするんだと顔を上げると、強引に口を塞がれた。

「ん゛ーっ! んんんーっ!!」
「わはー、口吸いっすね、今やってますね! ああ見たいザンス~!」

 こらやめろ、見世物じゃないんです、っていうか見たがらないでシーバさん。あんた何が楽しくて見ようとしてるんですか。お願いだから前を向いて走って。
 つーかなにこれ、匂い付けってなに、今何が起こってるの。

 頼むから誰か説明してくれ、つーかもう人前でキスすんなブラックのばかあああ!










※ツカサは匂い付けの事を知らない
 
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