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聖獣王国ベーマス、暗雲を食む巨獣の王編
9.人族居留地【ゼリバン・グェン】1
しおりを挟む人族の居留地【ゼリバン・グェン】の最高級のお宿は、流石その評判の通りって感じの実に素晴らしいお宿だった。
まあ、考えてみればこの大陸に来るヤツなんて金を持ってる商人か、雇われたり旅をしたりしている冒険者くらいだもんな。
一般人が来たとしても、何かの用事でこっちにきた貴族くらいだろう。
そうなると、必然的に宿も最高級にならざるを得ない。
ってなワケで、この街の宿は基本的に豪華な仕様になっているんだな。その中でもナルラトさんが紹介してくれた宿は凄かった。
外から見るとなんてことはないデカいだけの地味な建物だと思っていたのに、中に入るとサービニア号もかくやと思わんばかりの豪華なエントランスが広がり、入り口の左右には執事服のお兄さんたちが待機しており「お待ちしておりました」とお辞儀するかなりの高待遇っぷりだ。
内装も掠れ一つないアラビアンな柄の絨毯に、いかにも異国を感じさせる緻密な柄の壁紙で圧倒され、天井を見上げれば玉ねぎ型のランプカバーが特徴的な、シャンデリアっぽい金の燭台が吊るされている。
これはもう、アラビアンナイトな世界だ。ロビーの椅子だって、普通の椅子じゃない。足が無い長椅子みたいなものにクッションが敷き詰められていて、中東式のお座敷みたいな感じになっている。そう、そうだよ、お伽話のアラビアンてこんな感じなんだよな! ああっ、水タバコっぽいのも金の装飾が眩しい小さいコップも、まさにガキの頃に見たお話のイメージと合致するっ!
執事のお兄さんらに出迎えられるのは勘弁して貰いたいが、他は俺が昔想像していたようなような砂漠の国ぽいインテリアまんまで、ついワクワクしてしまった。
人族の大陸は基本的に西洋風だったから、本当に別の大陸に来たんだなって感じがしてテンションあがっちまうぜ。まあオッサン達は酒の飲み放題の方にテンションが上がっちゃってるらしいが。
……ゴホン。
ともかく、ナルラトさんが用意してくれた高級宿は、もちろん部屋もサービスも凄いとしか言いようのないものだった。
部屋はもちろん砂漠の国風って感じで、床がひんやりしてツルツルの大理石みたいな床になっていて、柔らかい竹の皮のようなもので編まれた熱が籠りにくい円座(昔話でよく見かける、藁とかを縄にして円状にぐるぐる巻いたお尻に敷くものだ)とか、豪華なラグが敷いてある。
基本的に床に座る事が普通らしく、ベッドや収納家具以外は床に胡坐をかく前提で作られている高さの物が多かった。無論、部屋に入る時はスリッパである。
俺は気にしなかったけど、ブラックは部屋の中で靴を履きかえることがあまりない国の人なので、戸惑っているみたいだった。
こう言う所でヘンに外国人な感じを受けるな、ブラック……。
いやまあ俺からすりゃみんな外国人なんだけども。それはともかく。
そんな部屋に泊まれるってなわけで、俺はもう部屋をぐるぐると見回っていたんだが……オッサン達はと言うと、一通り荷物を置いて元の冒険者服に着替えてさっさと酒場に行ってしまった。でぇいチクショウ、情緒のない奴らめ。
けどまあ、船の中じゃ色々あったし、お酒も自由に飲めないみたいだったから仕方がないのかもなぁ。
それにこれから【銹地の書】を取りに行く重要な任務があるんだし、こんな風に気を緩める機会なんてないかもって考えると……なんか何も言えないわ。
置いて行かれて寂しくはあるが、今日くらい自由にさせてやるか。
この街なら、ナルラトさんが一緒に居れば危険な事はまずないだろうしな。
「じゃあ……申し訳ないけど、ナルラトさん街を案内してくれます?」
「キュキュ?」
やっとこさ俺の懐から開放されたロクが、しゅるりと俺の頭の上に乗って、俺と同じように首を傾げる。もう見なくてもロクが可愛すぎるのは分かる。
可愛い声に和む俺に、ナルラトさんは苦笑しながら頷いてくれた。
「ツカサのことだから市場に行きたいんだろ。いいぜ、俺が人族でも食えそうな食材を見繕ってやるよ」
「やったー! さすがは料理人っ」
「キュキュー!」
ロクショウと一緒に手を上げて喜ぶと、ナルラトさんは何かに耐え切れなかったのか、クックッと笑いを堪えていた。
なんだか良く分からんが、もしかしてナルラトさんもロクショウの神のごとき可愛さに笑顔が抑えきれなくなったのだろうか。わかる、とてもよく分かるぞその気持ち。
「ま、とにかく……バザーに行こう。何か買いたいモンあるか?」
「あっ、じゃあまず……肉かな? あとは料理の味付けに使うモノとか、パフ粉とかも要るな。出来れば食材……あっ、甘い物あります? あと、えーっと……」
「ははは、分かった分かった。一つずつ案内してやるから……と……その前に、そのヘビトカゲは服のポケットにでも入れて置けよ。顔は出してても良いから」
「え、モンスター連れ歩いてもいいんスか?」
獣人は色んな物を食べるらしいので、ロクも奪われて食べられちゃうのではと心配で隠してたんだけど、さすがにそこまではなかったのか。
ホッとして相手を見上げると、ナルラトさんは当たり前のように頷いた。
「ああ、まあ人族がたまーに用心棒代わりのモンスター……えーと、守護獣、だっけか? を連れてきたりするからな。少なくともこの街では気にする奴はいねえよ。とは言え、俺達は普通にモンスターも生で食っちまうから、奪われないように気を付けた方がいい。とくにトカゲらへんは酒の肴だからなぁ」
「キュゥウウウッ!」
ああ、ロクが怯えて俺のベストのポケットの中に飛び込んでしまった。
ナルラトさんに悪気はないんだろうけど言い方ってもんがあるでしょ言い方!
ついモンペになってしまいそうだったが、言葉を飲み込んで俺達はとりあえず外へ出ることにした。……ロクにも景色を楽しんで貰いたかったんだが、しばらくはポッケに籠ったままだろうなあ……さすがに食べられるのは誰だって怖いもんね。
こうなったら俺がここは危険な場所ではないとしっかり実況しなければ。
そうしたらロクも安心して顔をのぞかせてくれるだろうしな!
……ってなワケで、宿の人に言付けを頼んで俺達は外に出た。
「わっ、やっぱ外暑いなぁ……!」
「人族の宿は、曜術とかで風を送って常時涼しくしているからな。外に出ると余計に暑く感じるのさ。ま、ここは南限に一番近い大陸だから仕方ないけどな」
「南限……って、南極ってことっすか? 寒くならないんです?」
俺の世界だと、南極北極は普通に寒い場所だった。
だがこちらではそういう世界ではないようで、ナルラトさんは不思議そうな顔をしながら「いや?」と首を振った。
「暑いのに寒くなる場所があんのか? よく分からんが、ベーマスは南に下るほどに大地の暑さが増してくるぞ。だもんで、大陸の最南限は死の大地とかなんとか物騒な名前がついてるくらいだ。もしかしたら、あすこは火山地帯より熱いかもな」
「えぇえ……さ、寒い所ないんですね……?!」
それは……どういうことなんだろう?
俺はこの世界の世界地図みたいなモノをまだ見た事が無いけど……南極にあたる場所に一番近い大陸が全部暑いままってことになると……やっぱここ、普通に地球のような惑星ではないってことなのかな。
そもそも、頭上の星だって「鉱石の素」であって、俺の世界の理とは違うもんな。空の星が山に落ちて埋まって鉱石になるなんて、そんなの伝説みたいな話だし。
……まあ、魔法みたいなモノが有る時点で、そういうのは愚問ってヤツか……。
つくづく自分の世界の常識が通用しない異世界だなぁと思いつつ、ナルラトさんの案内に従って大通りを歩いて行くと……少し先の方に、道を塞ぐように大きな建物が迫ってきて、その少し手前には通りの左右にテントが張っている光景が見えた。
もしかして、あれがバザー……市場か?
手をかざし目の上に影を作りながら見やる俺に、ナルラトさんが説明してくれる。
「アレが、バザー……人族で言う市場ってトコだな。各地から持ち寄った品物を売る場所だ。テントが張ってあるが、ちゃんとした店も有るぞ。人族が経営しているトコロもあるから、とりあえずざっと覗いてみるといい」
「ほー、あれがバザー!」
バザーと言うと、青空市というか公園で開かれる不用品バザーみたいな感じをつい思い浮かべてしまうが、この世界だと本格的な市場の意味になるんだな。
不用品……というか、古物商的なものは有りそうだし、この世界のアンティークとはどんな物なのかちょっと気にはなるけど、それは後回しにして……まずは食料だ。
これだけ文化が違うんだから、きっと俺が知らないモノで市場は溢れ返っているに違いない。そう思うとめちゃくちゃ楽しみで胸が高鳴って来る。
今回はナルラトさんが居るから説明だってバッチリだし、きっと美味い料理が作れるよな。そしたら、その……ブラック達も、嬉しいだろうし。
今は酒場でグダグダしてるけど……。
………………。
酒場か……ほんとあのオッサン達って酒大好きだよなあ。
酒……。
……買い物の、ついでに……酒とか見繕おう……かな……。
「…………」
いや、だってほら、ブラック達もサービニア号の件では色々大変だったし……クロウは今だって変装して、なんかしんどそうなんだもん。
だから旅の途中ぐらいは気を抜いて食事を楽しむとか、あってもいいんじゃないかと…………その……う、うう、なんか自分が考えてる事がなんか恥ずかしい。
いや違うから。これ別になんの他意も無いから!!
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酒を買おうかなと思ったり、ぶっ、ブラックとクロウに、俺の世界の味を食べて欲しいと思って、も……持ってきたりとかするのも…………。
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「お、おおう」
と、ともかく!
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少ない量ながらもせっかく俺の世界から「アレ」を持って来たんだから、しっかり食材を選ばないと。よーし、気合を入れろ俺。
今日のブラック達は酒飲み放題に夢中になっているが、それも今だけだ。旅の間は俺の料理でオッサン達を夢中にさせてやるぜ!
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