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聖獣王国ベーマス、暗雲を食む巨獣の王編
2.その御手に委ねる
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「ふーむ、久しぶりに見たけど……相変わらずクグルギ君はちんちくりんだなぁ」
「ぶ、部長さんやめてくださいよ……」
開口一番にそう言われたが、俺の口調は嫌がりつつもデレデレだ。
何故なら美術部の部長さんは、制服がキツキツになるほどの爆乳を持つ、とても背が高い勝気な感じの美女だからである。
たまらん。いつ来ても思わず「お姉さま~」と懐きたくなってしまう。
でも仕方ないよな。アネゴ肌でちょっと肌色も日焼けしてるし、長い黒髪も毛先が外にハネてる感じのヤンチャな感じなのだ。野生児タイプなのに、頼もしげで大人女子的な感じなのがまたドキドキしちゃうんだよなぁ……。
毎回来るたびに爆乳に目が行ってしまうが、それを咎めない男勝りな性格も部長の魅力と言うか尻尾を振りたくなる要素の一つだった。
俺は女子の身長に好みは無いが、爆乳って背の高い子には効果抜群だよな。
いやでもミニな美少女に爆乳っていうのも好きだしな……難しいところだ……。
「クグルギ君どうした」
「あっ、いやなんでもないです! ともかくお久しぶりです部長さん」
「やだなァ、アタシの事はリューコさんで良いって言っただろ。まったく、毎回おんなじやりとりして~。ホントにクグルギ君はしょうがないちんちくりんだ」
あっ、頭撫でないで下さいよっ。俺だって一人の立派な男うへへへ。
「ツカサ、スケベな顔してるヨ」
「ハッ!! あ、危ない……!」
「いやだいぶアウトだヨ。まったく~、ここに師匠が居たら背負い投げされてるよー」
「そ、それだけは勘弁……」
尾井川の野郎、自分だって二次元美少女のえっちな画像が大好きなオタクなのに、俺が女子にデレデレしてるとすぐ怒るんだもんな……。
俺の顔が気持ち悪いから、女子が恐怖するから、という理由らしいが、それなら口で注意してくれよといつも思ってしまう。それとも背負い投げをキメたくなるほどに俺の顔は気持ち悪いと言うのか。それは流石にナイと思いたい。悲しい。
「まあとにかく、クーちゃんはコンクール用の絵の続きだろう? 持って来てやるからちょっと待っててくれ」
部長さんはそう言って、準備室の方へと入って行く。
そういえば、クーちゃんは誰にでも「クーちゃん」て呼ばれてるんだよな。
女子に「ちゃん」付けして貰うのは結構なハードルだが、それを易々とやってのけてるんだから羨ましい。……っていうか、実はクーちゃんって俺達の中で一番女子達と会話してるんだよな……しかも結構人気なのか、色んな子とたくさん……。
…………学力は俺といい勝負なのに、どうしてこんなに差があるのだろう。
やっぱイタリアの血がなせるワザなのか。それともこの髪色しかイタリアを感じさせない常時笑顔に見える細目の陽気さが鍵なのか。
いや、そもそもクーちゃんは顔が整ってないというワケでもないし、やっぱり顔面の差ということか……くそうここでもやっぱり顔なのか。中身はどっちもオタクなのに。
むしろクーちゃんの方が尾井川並に性癖ドギツいのにぃっ!
……って、こんなこと考えてるからモテないのかもしれないが……。
「ツカサ、なに一人で万年草してるノ」
「それを言うなら百面相でしょ……はー……何でもないっす」
いつものトンチキな会話も、今日はちょっと落ち込み気味だ。
とはいえクーちゃんや他の部員たちの邪魔をする訳にも行かないので、俺は部室に置いてある本や、部長さんとか部員の人から貸して貰った漫画本を読みながら、クーちゃん達が黙々と絵を描き続ける様を横目で見守る事にした。
みんな絵を描いている中で一人漫画を読む……というのは少々居た堪れないが、しかしそんなことなど部員たちは気にしていないだろう。
漫画を読みつつチラリとクーちゃんを見やると、真剣そうな横顔でキャンバスに目を向け筆を動かしている。時折止まって、上半身を後ろに引いたり首を傾げたりして、何かに悩んでいるようだったけど、それでも筆は完全に止まる事が無かった。
……ホントに、真剣に絵に取り組んでいるんだな。
俺は帰宅部で、尾井川やクーちゃんのように「何かがしたい」と思って部活に入る事が無かった。運動系はそもそも運動音痴なので元から無理なのだが、こういう文系の部活に入ろうと思わなかったのは、自分でも不思議だ。
一応俺もオタクなワケだし、なんか入ればよかったのかもなあ。
でも、俺は漫画や小説は好きだけど、俺自身が何かを書ける訳でもないし、それに人が書いたものを見る方が好きなのだ。
それに……部活を決める時は、まだずっと尾井川にべったりで、何かの部に入ってアイツと離れることも考えつかなかったしなぁ。今となっては、クーちゃんやシベ、ヒロという友達も増えたから、なんとかやっていけてるんだけどさ。
けれど、あの時無理にでも別の部活に入っていたら、なにか違ってたかもしれない。
例えば美術部だったら、楽しく絵を描いて部長さんとお近づきに……ってそんな事を期待してるんじゃなくて。ともかく、別の道が有ったのかもなって話だよ。
……まあ、今となっては、部活に入らなくて良かったとは思うが。
だって、部活になんて入ってたら異世界に行く時間なくなっちゃうし……。ブラックやクロウやロクショウ達に会う時間が減っちゃうからな。
これも怪我の功名と言うヤツなのかもしれない。
しかし、一生懸命に絵を描いているクーちゃんの真剣な表情を見ていると、つい、妄想のようなことを考えてしまう。
――――もしあの時別の選択をしていたら、どうなっていたんだろうって。
「…………」
「……フゥー……。ねぇねぇツカサ、コレ見てヨ。ドウかな?」
「えっ……うん? どれどれ?」
一拍遅れてしまったが、慌てて席を立ってクーちゃんに近付く。
どんな絵を描いているのだろうと覗いてみれば、そこには――――
「ドウかなー」
「うわっ……す、っげ……」
クーちゃんのキャンバスには、背中から生えた両翼を円環状に開いている白の布だけを羽織った金髪の女神と、その下で二つの陣営に分かれて戦う血みどろの男達が緻密に描かれていた。
これは、凄い。どこかの教会に描かれていてもおかしくないような名画だ。
俺には絵の褒め方が分からないが、それでも「凄い」と素直に口にしてしまえるような迫力が、クーちゃんのキャンバスには広がっていた。
「クーちゃん、もうちょい女神のおっぱいはデカい方が良いと思うんだけど、そうしたら落とされそうな気がするんだよネェ。なんかルールでエッチなのはダメなんだって」
「えぇ、迷ってる所そこ……? まあ俺からすればおっぱいはデカくても小さくてもあるだけで嬉しいけど……でもデカくするとせっかくの翼とか美女の顔に目が行く前に胸に目が行っちゃうから勿体なくないか?」
「ムムッ、確かに……男は全員マンマみたいなオッパイ大好きだからネ……!」
それはどうか分からないが、おっぱいというものは男には絶大な威力の物だ。
お尻も破壊力は高いが、しかし強調されれば見てしまうのには違いなかろう。
少なくとも俺は見る。綺麗な絵画でも必ずおっぱいに目が行く。裸婦とかの絵画は、それはそれで何か背徳感があってエロくて良い物なのだ。
そんな俺の主張は尤もだと思ったのか、クーちゃんは「なるほどナァ」と何度も頷きながら、迷いが消えたかのように筆を洗った。
「しかしこれ……凄い迫力だけど、どういう絵なんだ? 戦争?」
問いかけると、クーちゃんはウームと唸りながら筆の水気を取る。
「そこまでは行かないカナー。ツカサ良く見て、これ服装は違うけど顔立ちは同じ人間デショ? この絵は、傷付いてる人間じゃなくて女神を見て欲しいんだヨ」
「女神を?」
「どっちにも手を広げて、翼を広げてワッカみたいにして平穏そうな顔してる。下で、人間が戦ってる所に降臨してるんダ。その姿を見て貰いたいなぁと思ってるヨ」
「ふむ……?」
クーちゃんがいつになく真面目にそう言うので、女神をまじまじと見てみる。
確かに彼女はとても美しく、穢れなど一遍も無い聖女のような女神だが……先程の言葉をふまえて観察してみると、変な違和感があるように思えて俺は眉を寄せた。
「この絵は、まだ完成じゃないヨ。塗り重ねて、こうじゃなくなる。だから、この時点でクーちゃんの絵を見て、クーちゃんが何考えてるか知ってるのはツカサだけ」
「誰かに解説したりしないの?」
そう言うと、クーちゃんは大人みたいな笑みでふふふと笑った。
「絵に答えは必要ないヨ。見た人が何を感じるかまで、強制はできない。……というか、クーちゃんはそういう事したくないカナ。楽しんで貰えればそれでイイのヨ」
「なんか……おっとなな考えしてんなぁ、クーちゃん……」
俺なら、こういう気持ちで描きましたとか言っちゃいそうだ。
素直に言うと、クーちゃんは照れたように笑った。
「ツカサはそういうコト言ってくれるからスキだヨ! まったく良い奴ダナ~」
「ゲー、男に好きとか言うなよなぁお前……」
「ソウ? ツカサは最近オンナノコみたいだから別にいいと思うけどネー」
「え゛ッ」
思わぬ言葉に、異世界でのよからぬ行為を思い出してドキッとしてしまうが、クーちゃんは俺をからかうようにイシシと笑って肩を叩いて来た。
「だってお菓子食べ過ギで、ツカサ甘い匂いするんだモノ~! そんなんじゃ、オトコ塾では生き残れないゾ!」
「いやそんな塾入ってないけど!? っていうかクーちゃんも気付いてたのか……」
「時々するよネ? しない時もあるけど、今日は強いヨー。クッキー山盛り食べタの?」
「そ……そうだったかなぁ……」
誤魔化したように答えつつも、俺は内心冷や汗ダラダラで目を泳がせる。
ヒロの家の入浴剤の香りがこんなに長く続くワケもないし、昨日のおやつはクッキーじゃなくて父さんの食べ残しのあたりめだったからクッキーなんて食べてないぞ。
絶対、甘い匂いがするものなんて食べてない。
……となると…………やっぱこれ、異世界の残り香っぽい……のか……?
よくわからないけど、今日は強いって事は……もしかして、あっちの世界に行ってる時間が長ければ長いほど、そういう匂いが残ってるって事なんだろうか。
そうでもなければ、匂いがする説明が出来ないよな。
尾井川もヒロも甘い匂いがするって言ってたんだから、これはもう嗅ぎ間違いとかのレベルじゃないし……クーちゃんはそういうヘンな嘘はつかないし。
でも、なんでそんな匂いがするんだろう。
……異世界ってやっぱ色々甘いのかな……ってそんなワケないか。
これもキュウマに訊いてみた方がいいんだろうか。
「うーん、クーちゃんチョコフラッペ食べたくなってきたヨー。ツカサおごってー」
「なんで俺がっ」
「送り迎え賃~」
「ぐうっ……し、仕方ない……」
「やった~! やったヨー! アーッ、アアァッはじめてーのーチュウー」
「歌になだれ込むな! なんかムカつくなーもう!!」
思い付きで喋るんじゃないと怒鳴りそうになるが、ここは美術室だ。
必死に声を抑えてなんとか小さく怒鳴ると、クーちゃんは何が面白いのかケタケタと笑いながら肩を揺らしていた。
ったく、クーちゃんって本当なに考えてるかわかんねぇなあもう……。
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