異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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聖獣王国ベーマス、暗雲を食む巨獣の王編

1.持つべきものは気安い悪友

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「お……終わった……俺のテスト全部終了……」

 机に突っ伏して、俺は今まで努力をしてきた自分自身を讃える。
 頑張った。よく頑張った、偉いぞオレ。
 ああ、俺ってばなんて頑張り屋さんだったんだろう。何度褒めても足りない。

 心の中だけではあるが、己に対する称賛は止む事が無い。それくらい俺は、テストを逃げずに受け続けた今日までの自分を褒めてやりたかった。

 ……いやまあ褒めてくれる人がいないから自分で褒めるしかないのだが、ともかく俺はここ数日、本当に頑張ったのだ。ここまでテストを頑張ったのは小学生の頃に「平均点以上でカッコイイロボを買ってやる」と言われた時くらいだろうか。
 物に吊られるとは子供の頃の俺もガキンチョだったなあハッハッハ。

 って待てよ。
 今回は「金持ちの別荘で夏休み」というエサをぶら下げられてるんだったか。あれ、俺ってば昔とあんまり変わってな……うん、それはまあ置いておこう。

 ともかく俺は頑張った。
 考えすぎて頭がゆだるかと思ったが、なんとか乗り切ったのだ。
 これで後は……テストの結果を待つばかりだが……それを考えると気が重い。

「はぁあ……赤点、回避してるかなぁ……」
「してなきゃ補講決定だな。おめでとう」
「ぐ……お、尾井川お前、なんて酷い事を……」

 机の横に寄って来た尾井川は、容赦なくそんなことを言う。
 ち、ちくしょう……相手がただのお太り様男子だったら飛び掛かれたのに、柔道の茶帯じゃどうしようもないぞ。どうしてこう俺の友達は全員パワーバランスがぶっ壊れてるんだ。ヒロはデカいから勝てそうにないし、シベは金持ちパワーで何か凄い武器とか持ってそうだし、尾井川は見ての通りただのデブではなく固太りボーイだ。

 勝てそうな友達と言えばもう、俺と対して変わりない体格の細身ボーイであるクーちゃんくらいしかいない。文系のダチにしか勝て無さそうってのはなんなんだ。
 なんとも自分が情けなくなるが、でも俺は悪くないぞ。からかってくる尾井川が悪いんだ。俺がムキムキだったら、肩パンしてるところなんだからな。

 とはいえ、今はテストが終わった解放感が勝っているので、尾井川の暴言も許してやろう。……ま、負け惜しみとかじゃないからな。

「まっ、後は点数次第だな。お前にしては珍しくよく頑張った方だし、期待してやろう」
「ぐうぅうう……なんという上から目線……」
「あ? 俺はお前の点数を二倍にしても足りん点数を取ってるんだから、上から目線で当然だろ。それともぐー太ちゅわんは俺を追い越せるのかなぁ~?」
「ちゅわん言うな気色悪い! ちきしょー!」

 なんでこんな日にバカにされなきゃならんのだ。
 せっかく昼前に帰れるし良い天気だしテストも終わったと言うのに!

「あーあー俺が悪かった悪かったって。お前は良く頑張った。ナイスファイト」
「全然労われてる気がしねえ……」
「師匠とツカサはいつも楽しそうだネー」
「あ、クーちゃん……」

 俺が尾井川に集中砲火を受けていると、クーちゃんが会話に入ってくる。
 いつも笑っているような細目のクーちゃんだが、今日はテストでこってり絞られたのか、その表情もやつれ気味だ。わかる、解るぞお前の苦しみが。

「ツカサもその感じだと頑張ったんだネ……へへ……」
「く、クーちゃん……お前もな……」
「ううっ、ツカサ!」
「クーちゃん!」
「暑苦しいから俺の前で握手するんのやめろ」

 なんだと、俺とクーちゃんの理解しあえた証であるシェクハンズを何とする。
 これだから頭の良い奴は嫌なんだっ。

「ししょーがクーちゃんとツカサをいぢめるー! 酷いヨーツカサー!」
「そうだよなぁー! ひどいひどい!」
「だーもーうるせえっ、良いからさっさと帰らんかお前らはっ! 俺だってヒマじゃねえんだからな! クーちゃん、お前もしっかりぐー太を送ってくんだぞ!」
「はぁ~い」

 尾井川の怒鳴り声も、クーちゃんはどこ吹く風だ。
 元々それほど深刻な顔をしないイタリアンハーフだが、それにしたってこの尾井川の濃すぎる顔をスルー出来るのは凄い。何かホント飄々としてるんだよなぁ、クーちゃんってヤツは……。

「おいぐー太、今日はコイツしかいないんだから、寄り道なんてすんなよ。いいな」
「う、うん……ご迷惑おかけします……」
「ハァ……ったく、なんでこんな時に限ってシベも野蕗も休むかな……いっくら金持ち優遇っつっても、テストぐらいは普通に受けろってんだ……」

 ブツブツと言いつつ、尾井川は空を睨む。
 この学校の少々特殊な「お約束」に憤っているようだが、もう入学して二年も経っているんだから今更だ。いやまあ、俺が今変な状況に陥っているからこんな風に怒ってくれているのは分かるし、ありがたいんだけどね……。

 でも、ヒロもシベも家の事情で休みだってんだから仕方ない。
 二人とも俺達みたいな普通のご家庭ってわけじゃなさそうだもんな。特にシベは、会社の上に家があるんだから、何か色々仕事を手伝ってるんだろうし……。
 さすがにその事情を無視して俺に付き合わせる事は出来ない。

 そもそも、尾井川が怒っている理由は「俺と一緒に帰れないから」だ。
 ……いや、いつも一緒に帰ってるんだけど、今回は事情が違うんだよ。

 実は、何故だか分からないんだが、先日の「先輩襲撃事件」のことが何故か尾井川にも知られていてな……そのせいで、尾井川とシベがまた「俺を送り迎えする」とか言い出したんだ。でも、その約束をシベが破ったから、尾井川はこうして怒っているというワケで……しかし都合がつかないんなら仕方がないよな。

 そもそも、本当なら俺が気を付けていれば防げたことだったわけで、今回のことはバレなかったらみんなに迷惑も掛けなかったわけで……。

 だから、本来なら怒って貰えるような事でもないんだよなぁ。
 それでも怒ってくれるんだから、何だかんだやっぱり尾井川は良い奴だ。
 シベもクーちゃんもヒロも、迷惑だなんて一ミリも思わずにいつも協力してくれるから、申し訳ないやらありがたいやらと思うばかりだった。

 ……守って貰ってるってのは、男として情けないんだけどな。
 でも、一人じゃどうにも出来ないんだから……仕方がない。

「まーまーししょー落ち着くネ! 今日はクーちゃんがツカサをバッチリエスコートするヨ! 部活から帰宅までバッチリだネ、帰りはマンマとパーパが迎えに来てくれるから心配ナイ! オーボエに乗ったつもりで安心するとイイヨー!」
「大船だバカ! 沈むわオーボエに乗ったら!! ……ったく……まあ、美術部なら、おいそれと入って来れないだろうし……まあいい。ホントに頼んだからな!」

 ツッコミを入れつつも、クーちゃんに真剣な表情を見せる尾井川に、相手はニコニコと普段の明るい笑みを見せながら親指をグッと立てて見せた。

「シーンパーイナイサー!」
「……古ッ……。……ハァ……ツカサ、お前もクーちゃんと美術部の邪魔すんなよ」
「わっ、わかってるよ! その……尾井川も、練習頑張れ……」
「お前らが大人しくしてくれてたら励めるよ。じゃあな、気を付けて帰るんだぞ」

 そう言って、尾井川は教室を出て行ってしまった。
 ……インターハイのための練習で、尾井川はここのところ夜遅くまで練習している。先生たちの言う所によると、尾井川は茶帯という事も有ってか、入賞を凄く期待されているらしい。だから、先生の指導も熱が入って最近は帰りが遅くなっていた。

 そのため、尾井川はここ最近は俺達と帰る機会が無い。
 俺は寂し……いや寂しくないぞ。頑張って欲しいと思ってるぞ。ええと、その、つまり尾井川は頑張っているのだ。……これまでも充分俺の為に協力してくれたし、後は夏休みになるまで俺もしっかり自衛しないとな。
 せっかくみんなが協力してくれてるってのに、俺がポカして先輩達に捕まったら、俺よりも尾井川達が傷付いてしまう。それだけは絶対に避けないと。

「んじゃツカサ、部室いこっかー」
「おうっ。久しぶりだなー、美術室」

 クーちゃんがカバンを持つのにつられ、俺も立ち上がって後に続いた。
 美術室は確か、特別教室ばかりがある別の校舎にあったな。渡り廊下で繋がっているので、各階から自由に出入りする事が出来るんだ。
 最近はあんまりいい思い出が無いが、今日はどうか穏便に済みますように。

 そんな事を思いつつ、俺はクーちゃんと共に渡り廊下に差し掛かった。

「渡り廊下面倒だネェ。クーちゃんあっちの校舎に部室が欲しかったヨ」
「まあそれは確かに……でも、高い所から外眺めるのってよくない? 窓も無いから、風が気持ち良いしさ」
「雨が降り込んでくるからやだヨー! 梅雨の間ヒサンだったんだから!」

 そう言ってイヤイヤと大仰なジェスチャーをするクーちゃんに笑ってしまう。
 でも、こういう日に家に帰らずに素直に美術室に行くあたり、クーちゃんは本当に絵を描くのが好きなんだなと知れてちょっとほっこりしてしまう。

 昼までしか学校に行かなくて良いってんなら、俺ならすぐ帰っちゃうのになー。
 本当に部活をやってる人達は凄い。というか、好きな物が有っていいなと思う。

「試験の後も絵なんて、ホントみんな熱心なんだなぁ」
「まあコンクール控えてるコも居るからネ~。クーちゃんはそうじゃないけど、せっかく部長サンが開けてるんだから、行かなきゃソンじゃないっ」
「そんなスーパーの安売りみたいな……」

 いやでも、ホントに行かなきゃ損だって子もいるんだろうな多分。

 今日は試験のため学校は昼までだが、いくつかの部活は夕方まで活動することが認められている。大抵は運動系の部活なのだが、美術部はその中でも珍しい文系の部活だ。何故美術部がっていうと、クーちゃん曰く「画材が揃えられないコとかも居るから、学校で描くしかないんだヨ」ということらしい。

 つまり、学校が「画材を揃えられない子」に無償で場所と道具を提供してくれているのだ。金持ちが来る歴史ある学校だからなのかは知らないけど、そう言うトコはこの学校の偉いところだよな。まあ美術部は歴史ある部活らしいし、いくつかのコンクールで賞を取っているらしいから、これも特別措置なのかも知れないが。

 だから、そう言う子からすれば今は「ありがたいチャンス」なのだろう。

「まあナニハトモアレ、クーちゃんは久しぶりにツカサと部活イケて楽しいヨー! また部長が面白いマンガ持って来てたネ! 一緒に読もう~!」
「ぶ、部活動なのにいいのかそれ……いやまあ、いっか」

 そういう緩い部だから、クーちゃんも楽しんでるのかも知れないしな。
 クーちゃんは結構ゆるいというか、掴みどころがなくて自由にやりたいタイプだし、美術部に素直に行くのもそういう気楽な場所だからなのだろう。

 前にお邪魔した時も、先輩達はすっごく優しくて楽しかったしなぁ。

「ツカサ、部長達待ってるヨ! さ、早くいこいこ!」
「わっ、ちょっ、分かったから手ぇひっぱるなって!」

 最近ちょっと色々あって鬱々してたけど、クーちゃんのおかげで何だか楽しい。
 よーし、テストも終わったし……ちょっとくらい楽しんだっていいよな!

 警戒する時は警戒して、楽しむときは楽しむ。メリハリが大事だ。
 今は頭の痛い問題は忘れて、クーちゃんみたいにはしゃごう。
 そう思い、俺は手を引く悪友と一緒に笑いながら廊下を駆け抜けたのだった。










※新章です!
 少ししたら、本章と関係する番外編を始めますので
 その時はよろしくお願いします(*´ω`*)

 
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