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豪華商船サービニア、暁光を望んだ落魄者編
今日だけは約束も2
しおりを挟む…………えっと……あの……仕事を休んですみません……?
まさか俺が休んだ程度で仕事が回らなくなるなんて事はなかろうが、こんな大勢でやってくるなんて、並の用事ではあるまい。俺またなんかやっちゃったんだろうか。
というか、今は出来るだけ仕事仲間と会いたくなかった……。いや、俺がどう思っていたのかバレバレになっちゃったし……居た堪れないと言うか……。
思わず一歩退いてしまったのだが、次に彼らが発したのは――――
俺が全く予想していなかった謝罪の言葉だった。
――――怒られたり、もしくは「お前がそんな事を思っているとは思わなかった!」とか更に嫌われるんじゃないかと思っていたのだが、そうではなかったらしい。
というか、何故謝られるのかが分からなくて混乱してしまったが、間髪入れずに俺に抱き着いて泣きだしたリーブ君が言うには、こういうことらしい。
……実は彼らは、俺が医務室で回復薬を作り全員に渡していた時には、既に俺の事を認めて「申し訳ない」と思っていたらしい。
だが、厨房支配人が絶対に俺に手を貸すことや何か言う事を禁じていたそうだ。
理由は未だに良く分からないが、あの人はとにかく黒髪が嫌いらしい。だから、俺に理由のない逆贔屓を行っていたのだそうで……まあこれはいい。
ともかく、彼らは俺の仕事っぷりを評価していたけど、それでも何も言えず、今の今まで俺に対してシカトを決め込むしかなかったらしい。
それが解除されたのは、リメインのあの発言で冒険者や商人の人達が従業員達の態度を不審に思い、騒いでくれたからだったそうだ。……俺が真摯に対応していた事がきっかけで、乗客の人達が声を上げてくれたんだそうな。
その中には、船長室に掛かり切りだった船長さんや船員の人もいて、なんと機関部のおやっさんと弟子の技師さん達も居た。
……俺が食事を運んだり楽しく会話をしてた人達が、助けてくれたんだ。
真面目に仕事をしていればいつかはきっと報われる……って話が現実化したような話だけど、これは運が良かったのかも知れない。
みんな俺に対して優しかったから、きっと助けようとしてくれたんだ。
そう思うと、なんだか申し訳ないようなありがたいような気持ちになった。
――――それで……船長さん達の声が後押ししてくれたのか、この三日間の間に厨房支配人のことがついに共同支配人の耳に入り、聞き取り調査をした結果、それが真実だとして厨房支配人は更迭されたらしい。
だから、従業員達は今俺に謝罪に来ている……のだとか……。
……ぶっちゃけ、数日前と全く態度が違い過ぎて現実感が無いんだけど、それでも俺に次々に謝ってくるもんだから、俺はただ頷くしかなかった。
そもそも、彼らも俺の仕事自体は高く評価してくれていたらしい。
実際、彼らが俺を「良い」と評価する根拠は、よく見ているなと思う話が多かった。
それだけ俺を見ていてくれたんだろうけど……でも、その……居た堪れない。
だってさ、彼らが褒めて来るのって「掃除を欠かさなくて偉い」とか「誰にでも朗らかに対応していてすごい」とか、俺の世界の接客業の人が聞いたら「いや見習い褒め殺しでしょ」と言われそうな事を言われるので、なんというか非常に恥ずかしくて俺は目を泳がせるばかりだった。
それに、そんな風に謝られたら許さないのもなんか狭量だし……。
結局俺は「リメインが話したことを忘れてくれたら」という条件付きで、今までのことを全部ナシにする方向で話を終わらせてしまった。
…………正直、謝られたって俺の心の中のモヤモヤは消えない。
謝罪した彼らは、恐らく俺がいなくなればこの事を忘れてしまうだろう。まあ俺だって永遠に覚えていてほしいワケじゃないし、それは良いんだけどさ。
でも……それが充分に解かっているからこそ、なんだか虚しかったんだ。
それに、今の状況をイヤな視線で見てしまう自分にも気づいて、気分が悪い。
「大勢で一度に謝ればすぐ済むもんな」なんて、そんなネチネチしたことを思いたくは無かった。でも、俺の心の中の嫌な部分は、まだ彼らを許せてないんだ。
……だから、早くこの人達と離れて忘れたかった。
人を憎んだり排除したいと思う自分が嫌になる。
謝罪を素直に受け入れられない自分が卑しい人間に思えて、そんな自分はとても男らしくなくて、自分で自分のプライドを傷つけてるみたいで苦しかったから。
そんな俺じゃ……恥ずかしくて、ブラック達に顔向けできない。
だから、もう彼らが忘れてくれると言うのなら、水に流してしまいたかった。
俺は給仕係じゃなくなったし、これから出会わなければそれで良いのだ。
…………だから、早く帰って欲しかったんだけど……。
「ツカサさぁんごめんなさぁああい! だって、だって支配人がぁあああ」
「う、うん、そうだね。そうだねリーブ君……」
……てっきり彼らはリーブ君も連れて帰ってくれると思ったんだが、何故かこの子は置き去りにされてしまっているんだよなぁ……。
しかも、コッテリ色んな人に絞られたのか、今は俺に縋りついて泣いてるし。
この状態だからドアも締められないし、ブラックも我慢の限界なのか後ろで殺意の波動に目覚めてるし……ううう、でもどうすれば……。
どう泣きやませようかと困っていると、リーブ君は更にギャン泣きを強めた。
「う゛ぇええええん! ぼくだってぢらなかっだのにぃいい! なんで僕が怒られなくちゃいけないのぉお! 支配人がいいっていったのにっ、言っだのに゛ぃいい! な、な゛のにっ、みんな僕のこと無視するぅううひどいひどいひどいぃいいい!」
「リーブ君……」
この世界では十二、三歳ともなれば、誰もが大人の体になる。男性の体だと、この世界のスタンダードである長身でガタイの良い、外国人バリの体になるのだ。
とはいえ……心まで大人になるかと言われれば、それは多分違うだろう。
昔の日本みたいに十歳で大人の機微を見に付けられる子もいるだろうが、こちらの世界でも大半の子はリーブ君のように「子供らしい」子供のはずだ。
いくら体が大人だからって……この子からすれば、大人に煽てられて調子に乗っただけで、何が悪いかもまだ判らないんだよな。
それなのに怒られたら、こんな風に泣いたっておかしくはない。
でも、何も理解出来ないまま謝らせても……この子のためにはならないよな。
今は理不尽に思うかも知れないけど、リーブ君が今後悪い大人にあれこれ言われないためにも、ちゃんと言っておかなきゃ駄目なんだよな。
俺だってこの世界じゃ大人なんだ。ちゃんと、大人としての役目を果たさねば。
そう思い、俺はリーブ君を優しく腰から離し、へたり込む相手の前に膝をついて視線を合わせた。ぐずぐずと子供のように泣いている、自分と似たような背丈の子供に。
「リーブ君……無視されて、今すごく悲しいよね」
「う゛ぅ……」
「俺もね、厨房支配人に今みたいに無視されて、凄く悲しかったんだ。でも、俺みたいに大人になったら、男……えーと……オスは、泣けないから耐えてたんだよ」
「う゛……っ、ん゛ぐ……づがざ、ざんも……?」
大きな目を涙で潤ませて鼻水を垂らすリーブ君。
ハンカチで顔を拭いてあげながら、俺は彼の頭を撫でながら続けた。
「うん、俺も一緒。……つらいよな、無視されたりするのって」
「うぇえええええ……」
「……リーブ君、俺はリーブ君のこと無視したりしない。ちゃんと見てるし、リーブ君がつらいと思うなら、助けるから」
そう言って頭を撫でる俺に、リーブ君は涙をあふれさせる。
みんなの態度が急に変わった事に、彼も戸惑っているんだろう。その事を考えれば今までの事を叱るなんて俺には出来なかった。
だけど、出来る事はある。
今のリーブ君になら、理解して貰えるだろう。
そう思って、俺はリーブ君の目をしっかりと見て微笑んだ。
「づが、ざ……ざん゛……」
「だからね、リーブ君。これからは、リーブ君にも……俺みたいに無視されて悲しい人を守って欲しいんだ」
「ひぐ……ぅ…ぼ、ぼくが……?」
今悲しいのは自分なのに、どうしてそんな事を言うんだろう。そんな表情だ。
……リーブ君は、純粋すぎる。
だから、色んな人に容姿を褒められた事に素直に喜び、厨房支配人に言われた事を素直に聞いてしまっていたんだろう。
リメインに怒られたことを全く気にしてなかったのも、そんな事は気にしなくて良いと教えられてしまったからに違いない。だから、今まで厨房支配人が俺に辛く当たっていることにも気付かなかったんだ。……みんなが全てを全肯定するから、リーブ君もそれで良いんだと思って。
それなのに……今じゃ、こうなってる。
これじゃ、駄目だ。
何より自分が納得出来なかった。
まだ大人の機微も理解出来ていない子を大人の都合で傷付けるなんて、そんな事は絶対にしたくなかったんだ。
だから、俺は……リーブ君を抱き締めて、背中を軽くさすりながら続けた。
「俺は、リーブ君が色んな人と物おじせずに話せる所も、言われた事をちゃんとやろうとする良い所も知ってるよ。……まあちょっと、元気で気まま過ぎる所も有るけど……でもさ、そうやって色んな人とお話しできるのって、凄い事だと思うんだ」
「…………ぐすっ……ぅ……」
顔を離して、リーブ君を真っ直ぐに見る。
涙は止まったがまだ眼を潤ませている相手に微笑んで、俺は親がするように相手の頬を指で優しく拭う。
「だから、こういう悲しい事はやっちゃいけないって知ってるリーブ君に、これからは困っている人を助けて欲しいんだ。リーブ君なら、きっと俺みたいに悲しんでいる人を助けて……何が悲しいのか、解ってあげられると思うから……」
「ぼく、が……」
呆けたような顔で目を丸くする相手に、俺は力強く頷いて見せる。
不安を持たせるような事はしたくない。何より、リーブ君には自分をしっかり持って欲しかった。もう誰かの甘い言葉に乗って、こんな風に突き離されないように。
今度こそ、悲しい思いをしている誰かに気付ける優しさをもって貰えるようにと。
「リーブ君は、可愛くてメスみたいに見えるけど……ちゃんとした、格好いいオスだと俺は思うよ。オスは、力が強くてか弱い人を助ける事が出来る。リーブ君にも、そんな力があるんだ。俺よりずっと強くて、ずっと大きな人になれるって俺は思ってる」
「ツカサ、さん……」
「……約束とかじゃないんだ。ただ、そう思ってくれたらいい。だから今は……俺がリーブ君を守るよ。俺じゃ頼りないかも知れないけど……でも……リーブ君が孤独にならないようにするから。だから、今は泣いていいよ。大丈夫だから」
そう言って抱き締めると、リーブ君は遠慮なく俺の胸に顔を寄せて来た。
まだ泣いているのが分かる。嗚咽を隠しもしない体をぎゅっと抱きしめて、俺は彼が泣きやむまでずっと抱き締めていた。
…………リーブ君は色々と遠慮しない子だったけど、でもこんな風に泣かせるのは違うからな。だから、今は木の住むまで泣いて欲しいと思う。
そう思って暫く抱き締めていると、リーブ君はようやく立ち直ったのか、俺の胸から離れると、ぐすりと鼻を拳で拭ってみせた。
よかった、泣きやんでくれたみたいだ。
そう思っていると、リーブ君は俺を見て息を吸った。
「ツカサさん」
「ん?」
なんだか、真剣な表情だ。
やっと落ち着いたのかな。それとも、さっきの俺の言葉を真剣に受け取ってくれたんだろうか。もしそうなら嬉しいんだけどと思っていると、頑張って男らしい顔をしようとしているらしいリーブ君は、俺の手を取って眉をキリッと眉間に寄せた。
「ぼく……オスらしくなります。ツカサさんが言ってたことをちゃんと守って……その、後ろのでっかいオッサンみたいに、強くなってみせます!!」
「おお……そうか! 嬉しいよリーブ君!」
何はともあれ、リーブ君が元気になってくれたようでよかった。
というか、そのうえ更に雰囲気が男らしくなってくれて、何だか頼もしい。さっきの俺の言葉を素直に受け取ってくれたんだな。やっぱりリーブ君は良い子だよ……!
嬉しいなあと思ってこっちが涙ぐんでいると、リーブ君は長い睫毛に縁どられた目でジッと俺の方を見て、俺の手を掴む手に力を籠めた。
「だから、僕がちゃんと大人になった時は……今度は僕がまもっ」
あれっ、なんか声が途切れ……っていうか俺なんか浮いてない?
目の前にドアがあるんだけど。いつの間にかドアが閉じてるんですけど。
なにこれどうなってるんですか。
「あのクソガキぃいいいいい人が大人しく譲ってやってれば調子に乗りやがってええええ!! 殺すっ、今度こそ殺すぅううう!!」
「…………」
……俺はどうやら、ブラックの手によって部屋に連れ戻されてしまったらしい。
何でそんな事をやったかは分かるけども、あの……。
「子供相手になんでそうムキになるのお前は……」
「コドモ!? あの背丈見たでしょうがツカサ君はっ! あいつはもうすぐ大人だよっ、つまりは獰猛なオスになるんだよ!? そんなヤツに優しくしてあまつさえ抱き締めたり手を握らせたりなんか思い出になるような事をしてえええええええええ」
ああ、これはもうあと二時間は外に出られないぞ。
リーブ君の事が心配だったが、もうこうなっては仕方ない。
……まあ、このオッサンが嫉妬深いのはいつもの事だし、目の前で他の男を慰めていたら怒ってもおかしくないくらい心も狭いんだけど。
でも、結局のところ……リーブ君が立ち直るまで、律儀に待ってくれていたワケで。
「……ふふっ」
「なにっ、なんなのツカサ君は!!」
「…………ありがとな、ブラック」
いきり立っている目の前のオッサンの頭を撫でる。
すると、ブラックは不満げに唇を尖らせながらモゴモゴと目を泳がせていたが……今は頭を撫でられることに甘えたいのか、そのまま俺を抱き締めて来た。
……俺が立ち直れたのも、自由にやれてるのも、アンタ達のおかげなんだよな。
そう思うと……少しくらいは、その……。
「ツカサくぅうん……」
「ベーマスについたら、美味しい物いっぱい作るから。酒も用意する。だから、今日はもうちょっとだけ我慢してくれよ。……な?」
「…………だったら、今日は一緒に寝たい……ツカサ君、ずっと寝てて、僕ホントに不安だったんだからね……?」
「はいはい」
そんなおざなりな言葉ですら、自分でも笑いを含んでいると解ってしまう。
さっきはあんなに触れられる事に抵抗していたのになと自分に苦笑しつつも、俺はブラックの機嫌が良くなるようにただ相手を甘やかす事に努めた。
今日ぐらいは……約束を破ったって、いいよな。
そう思いながら。
→
※ツイッターで言うてたとおり遅れました(;´Д`)
だいたい十歳くらいまでだと、ツカサの背丈と同じですね
ツカサと同い年の子は最早ブラックおぢさんレベルの背丈の
少年が当たり前の世界って感じです。
この世界はガタイのいい外国人風男女のせかいだ
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