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豪華商船サービニア、暁光を望んだ落魄者編
31.哀れだと思うなら、ただ抱き締めて欲しかった
しおりを挟む一体なにが起こってるんだ。
だが今は考えている暇はない。とにかくロクを援護しなきゃ。そう思い、俺はリメインを蔓で捕えようと木の曜気を手に集中させた。だがそれよりも早く、クロウがロクや檻を庇うように間に割って入る。
俺達を乗せたまま、クロウは大熊の姿で唸りながらリメインを睨みつけた。
「デジレ・モルドール、これは何のつもりだ」
背後に歪な金属の管の触手を従わせた相手は、表情のない顔で目を細める。
そうして、耳を疑う言葉を吐き捨てた。
「何のつもり? 処刑に決まっているだろう」
「しょっ……な、なんで!? あの人たちは何もしてないじゃないか!」
声を上げた俺に、リメイン……いや、デジレ・モルドールの視線が向く。
無意識に強張ったが、相手はそんな俺の態度にも気付かないのか口を歪めた。
「何もしてない? ツカサ、お前は未だそんなことを言っているのか。この者達は立派に“やった”だろう。お前を嘲笑い助けもせず、お前の苦しみを慮ろうともしなかった。正当な評価を下す事を怠り、己の利益が損なわれるまで見て見ぬふりをしていた。そんな外道の輩を生かして置いてどうなる? この先も同じ事をし、仲間を増やして誰かを再び追い込むだけだ。そんなもの、殺した方がこの世のためだろう」
「っ……!」
なに、それ。
つまりは、俺のためだというのか。
……俺が、苦しんでいたから彼らを殺すってこと?
俺の努力を評価しなかったから、自分達が困った時にだけ目を向けたから、それに怒って殺そうとしているのか?
そんな。……そん、なの……。
「ツカサ、お前は違う。耐え忍び公衆の利益を追求する高潔さを持っている。何者かを憎んでやまず妬み嫉みを吐き出す愚か者とは違う。それは、立派な貴族たる者の心だ。清く正しい【正当なる神の書】に相応しい心なのだ。だから、お前だけは城主様に許して貰おう。私達と共に、この世界を“あるべき正しい姿”に戻すのだ」
「リメイン……」
クロウから降りて、リメインと相対する。
……背後が、見られない。
こんなことを言われて、檻の中の人達はどう思っているんだろう。
俺に対して恨みを募らせても仕方がないんじゃないか。リメインは「俺のため」だとハッキリ言った。なら、原因は俺だ。この船の中で起こった事を嘆いた俺のせいだ。
リメインがデジレ・モルドールだろうが【皓珠のアルスノートリア】だろうが、そんな事は関係ない。あの人は、俺が苦しんでいる姿を見たから、こんなことを。
「ツカサ君……」
「ぅ……うぅ……っ」
「嬉しいだろう、ツカサ。さあ、断罪の時間だ。そこをどいてくれるな」
歯を食いしばる俺を見て、リメインは薄らと笑う。
不器用で不格好なあの笑みじゃなくて、酷薄な笑み。まるで何もかもをくだらないとでも言うような、冷たい微笑みだ。そんな顔で、リメインは俺に手を伸ばしていた。
全部、俺のせいだと。俺のためだと。
そう言うように。
それこそが正しい事なのだとでも言うように。
「こん、なの……違う……っ」
「ツカサ?」
「違う……こんなの、違うよ、こんなこと俺はして欲しくない!! アンタにこんな事をして欲しくなかった! こんなの間違ってる、嫌だっ、いやだよ俺……っ」
叫ぶ俺に、リメインは微笑んだまま小さく首を傾げる。
「私の手が穢れるのを心配してくれるのか? 安心しろ、全てはこの鉄の腕が行ってくれる。私達はただ……」
「違うって言ってんだろ!!」
声が、震える。変に歪む。
顔が熱くなって、目の奥からじわじわと何かが染みて来た。
だけど、もう俺は我慢する事が出来ず、リメインになりふり構わず叫んでしまった。
「アンタがこんなコトしてなんになるんだよ!! 俺はこんなことして欲しくなかった、誰にも知られたくなかったのにどうしてこんなことするんだああッ!!」
「えっ……」
リメインの顔から、笑みが消えた。
だけど俺はそれが分かっていても止まれず、叫ぶようにまくしたてた。
「確かにつらかったよ、解って貰えなくて苦しかった!! 頑張っても認めて貰えないことが悲しかったよ!! でもだからって、復讐するのは違うだろ!? そんなことをしたって、相手に恨まれるだけだ、むなしいだけじゃないか!! アンタが復讐しても俺に全部憎しみが来るんだ、なにも解決しない、俺がもっと苦しむだけじゃないか! しかも、こんな……こんな、みんなの前で、俺が隠したかった、こと……っ」
「あ…………つか、さ……」
また、記憶がよみがえってくる。
自分の失態のせいで、クラスの全員が俺を無視して居場所がなくなった記憶。
昔、何もかもがついていけなくて、学校の誰とも喋れなくなり孤独になった記憶。
自分のせいで友達に怪我をさせて、自分自身を罰しようとして怒られた記憶。
今までずっと頑張って来ても、同じ場所で働く仲間達は少しも頑張りを見てくれていなかったと知った時の、自分勝手な失望と憤りの記憶。
全部、思い出したくない。
誰かに知られたくなかった。
……恥ずかしかった。自分が情けなくてどうしようもなかった。
全部自分の失敗で、自分の努力不足で、自分の知恵の無さで招いたことだ。
だから、そんなわがままな気持ちを心の奥底に押し込んだのに。
誰かを恨むのは筋違いだ、結局は自分のせいだったのだと自分勝手な心を必死に鎮めて、なんとか「大人」になろうとしたのに。心を落ち着けて、自分なりに立派な、誰にも迷惑をかけない大人になろうとしたのに、なんで。どうしてアンタが。
どうして、よりにもよってアンタが、俺の努力を全部水の泡にするんだ。
俺の努力を一番認めてくれていたアンタが、どうして。
どうして……!!
「っ……アンタ……俺を、苦しめたいのかよ……っ……」
「な……そ……そんな……わたし、は……」
「俺のこと、わかってくれてたのに……っ……っく……お゛れ……っ、こと……怒って、くれたのに……っ。こんなの、ぃ、いやだ……っ、リメ、インに……ひぐっ……こん゛っ、あ゛、の……こん、なの……っ」
「つ、かさ……」
「ともだち゛、に……こんなごどっ、してほしぐながっだのに゛ぃ……っ」
――――もう、全て限界だった。
彼らを助けたって、どのみち俺が「そういうことを考えていた」と知れた事になる。
仕事をする裏で俺がどれだけ勝手に苦しんで、それを抑え込んで、結局仕事仲間に対して不満を募らせていたということも。全部、全部聞かれてしまった。
仕事仲間の顔が見れない。恥ずかしくて、喉を掻き毟りたくてたまらない。
泣き喚いてそれを怒っているのも、わがままを言っているところも、全部見られた。そんな「可哀想な自分」に感化されたとしか思えない相手を罵って、こんな風に保身のための言葉ばかりを並べ立て泣いているのも知られてしまった。
俺は、大人なのに。男なのに。
だから全部隠してきたのに、我慢して来たのに。もう、どうにもならない。
すべてを、リメインに壊された。暴露されてしまった。
いや彼は悪くない。彼に影響を与えたのは俺だ。俺が悪いんだ。
アルスノートリアもモルドールも関係ない、今は、それが全てなんだ。
彼をたきつけたのは、俺が隠していた不満。それ以上でもそれ以下でもない。
完璧に隠し通していれば、リメインはこんな事をしなかった。
みんなが危険な目に遭う事なんて無かったんだ。
俺が全部招いたこと。俺が悪い。俺以外の誰も悪くない。
ぜんぶ、こうなったのは俺のせいだ。
俺が、全部悪かったんだ。
だけどもう、いやだった。考えたくなかった。なりふり構わず泣きたかった。
俺は、また自分の為に泣いている。
俺のために敵を攻撃した相手を悪者にしようとしている。
ヒロにそうさせてしまった時のように、また泣いて自己嫌悪して「自分は悪くない」と正当化しようとしている。本当につらいのはヒロなのに。泣きたいのは俺のためだと復讐しようとしたリメインの方なのに。
また俺は、自分を「可哀想だ」と思おうとしている。
ヒロを、リメインを傷付けたのに、自分が一番傷付いたと泣いてしまっている。
そんな自分を…………一番、殺したくてたまらなかった。
「ッ……ぁ……」
リメインが、金色の目を見開いてふらりと後退る。
涙で滲んで、顔が良く見えない。だけど眩暈がしたように大きく揺れて、金属の触手の方へとよろめいていった。
「ツカサ君……っ」
「っ、う゛……う゛ぅう゛……っ」
体が、ぬくもりに包まれる。
鼻水がずるずる出てわからないはずなのに、においがする。自分をいつも労わって守ろうとしてくれるにおい。ぎゅっと包まれて、暖かくなる。
それだけで苦しくてたまらない胸や喉がぎゅうっと詰まって、俺は情けない自分の顔を必死に拭いながら、おえつを漏らして体をしゃくりあげた。
ブラックは、クロウは、何も言わない。
ただ抱き締めて、ただ俺を乗せているだけだ。
だけどそれが何よりも俺の胸を締め付けて、涙が出て、どうしようもなかった。
「私、が…………わた、しが……ツカサを……泣かせた……間違っていた……? 復讐は間違って……まちがって、いる。いた。間違い、まちがい……? ま、まち、が……あ……あぁ……あああ、あああああああ……!!」
「おい、様子がおかしいぞ」
クロウが異変に気付く。
ロクも、俺達の横に飛んできて、空中で警戒するように体をくねらせる。
明らかにいつもの様子とは違う。俺は顔を何とか拭って涙と鼻水を堪え、クロウ達が見ている方向……リメインがいる方を、見やった。
「ぁ…………」
リメインが、頭を抱えている。
その周囲に白い光が渦巻き、困惑するように蠢いていた。
あれは、リメインが支配している金の曜気だ。
「な、なんだあの白い光……」
「おいっ、後ろの金属が!」
背後の檻に閉じ込められている人達の声に、俺はハッとする。
普通、曜気というものは人の目には見えない。見えるとすればその属性の者だけで、他の属性の者には見えないはずなのだ。もし、それが誰にも見えることがあるとすれば、それは……相手が、強大な曜術を使おうとしている場合のみだ。
「は、ははっ……こりゃおあつらえむきだ……ぶっつけ本番ってヤツだね……」
がこん、がこん、と、甲板の下から嫌な音がする。
まるで大きな何かが動いているような、連結しているような音。何かが混ざり合って形を成していく音なのかもしれない。分からない。分からないけど、やばい。
目の前のリメインの体が白い光の粒子の中に消えて行く。膨大な光が柱となって、日の光をものともせずに立ち昇り周囲を真っ白に染めた。
その光の柱に、金属の触手が絡みついて行く。ぼこぼこと動き、振動し、また形を変えようとしているのか生き物のように蠢いていた。
あれを、どうにかするのか。
ブラックに、どうにかしてもらうしかないのか。
何故か焦燥感が込み上げて来て、自分を抱き締める大きな腕を掴む。
すると、俺を抱いていたブラックは――耳元で、小さく囁いた。
「ツカサ君、今が絶好の好機だ。【絶無】を、発動する。……だから……ずっと……ずっと、僕を離さないでいて……」
不安そうな、覚悟を決めたようなブラックの声。
俺に縋るような腕は強く俺を抱き締めて離すまいとしているようだった。
こんな、俺を。
なりふり構わない、みっともない恥ずかしい姿を見せた、俺を、信じて――――
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でも、そんな俺でも求めてくれるなら答えたい。あんな姿を見せても俺のことを抱き締めてくれたアンタを、今度こそ守りたい。
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