異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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豪華商船サービニア、暁光を望んだ落魄者編

25.知らないことばかりの人

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   ◆



「嬢ちゃん……オレサマ達、ちっとアンタの事を見くびってたよ……」
「いやはや、こんな短時間でこれほどの物を調合できるとは……これは我らも約束を違えるわけには行くまいな」

 悪人っぽい蜥蜴面の冒険者と強面のおじさん冒険者が、俺の肩を両側からポンと叩いて労をねぎらおうとしている。
 さっきまではイジワルな感じだったのに、回復薬のデキを見た途端これだ。けれど、これは正当な取引なので幾らでも掌を返してくれて構わない。それに、俺だってこの回復薬には自信があるからな。その心変わりは褒め言葉として受け取っておこう。

 ふふふ、どうだ凄いだろう俺の薬は。
 ちょっと鼻高々な俺だったが、調子に乗りすぎないよう咳を一つ零し、冷静な表情で二人を見上げた。

「じゃあ……これで、留飲を下げて貰えるかな」
「おうさ、下がる下がらないなんてモンじゃねえ、これ一本で船賃なんざチャラだってのよ。ありがとな坊主、この回復薬は来るべき時に使わせてもらうぜ」
「それは……換金目的で?」
「バカ言え!」

 いやだって船賃がチャラとかいうから……と思っていたら、蜥蜴面の男冒険者が俺にヒソヒソと耳打ちをして来た。

「コイツが言いてぇのはさ、万が一にでも海に棲むモンスターどもが襲ってきた時に、この薬を使うってコト。つまり、船を守ってやるって言ってんだ」
「えっ、い、依頼も無しに?」

 思わず変な方向の返答をしてしまうが、でもこれもまた当然の答えだよな。
 だって、冒険者ってのは基本的に依頼とかお金が無けりゃ動かないんだ。そもそもが変人……ゴホン。自由人の集まりなんだから、人の言う事なんて聞くわけがない。
 そういう感じだから、一般人に怖がられたりしてるんだが……それはともかく。

 彼らだって他に依頼が有って動けないかも知れないのに、万が一の時はこの船のために戦ってくれると言うのか。どうやらみんな歴戦の猛者っぽいし……これだけの数の冒険者がいてくれたら、ますます安心かも知れない。

 顔を明るくした俺に、蜥蜴面の相手は軽く笑った。

「ハハハ、この船に乗ってんのはオレサマ達も一緒だかんなぁ。ま、一種の自己防衛なんだが、このオッサンってば恩着せがまし~よなァ」
「るっせえクソヘビが!」

 ゴツン、となんだかヤバい音がしたが、大丈夫だろうか。
 しかし心配する俺を余所に、相手は何とも無いような感じで頭を擦りながら、チロリとヘビっぽい舌を見せてウインクしてみせた。

「まぁとにかくよ、オレサマ達はお前らの……というか、お前の味方をしてやっから、今後は何か困った事が有ったらここに来いよ」
「え……で、でも……」
「坊主よ。このクソヘビの言うことは一々ムカつくが、今の言葉は俺達の総意だぜ? 貴族や商人どもを守るのは癪だが、こんな上等な回復薬をくれる薬師がいるってんなら話は別だ。俺達にとっても、お前みたいな腕のいい薬師は貴重だからな」

 強面おじさんのその言葉に、その場の冒険者たちが頷く。
 なんだかむず痒いが……これは嬉しい出来事として受け取っておこう。

「あの……ありがとうございます、みなさん」

 頭を下げると、冒険者達は皆一様に照れたような素振りをする。
 その仕草がなんだかちょっとブラックを思い出させて微苦笑すると、あの悪人っぽい蜥蜴面の冒険者が俺の視線に割り入って来た。

「じゃあさじゃあさ、とりあえずオレサマとコイツの名前覚えといてくれよ。オレサマは、ケシス。ケシス・オラナダムってんだ。こっちのデカい強面はセブケットだ」
「よろしくな、坊主」

 俺もいつまでも坊主や嬢ちゃんじゃ堪らないので、素直に名前を言ってヨロシクしてから部屋を出た。ちょっと変な事になってしまった……というか、思わぬところで味方を大量につかんでしまったが、とりあえずこれでモンスターに関しては安心と言うことで良いんだろうか。でも数は大事だからな。

 仮に俺やブラック達がモンスターに対処するとしても、イワシみたいなモンスターに大群で来られたら捌き切れないかも知れない。
 そんな時に彼らのような経験豊富そうな冒険者がたくさん居たら、乗客や従業員に被害が及ぶ事無く事を抑えられる確率がグンと上がる。彼らも獣人の国【ベーマス】へと向かっているんだろうから、結構強いはずだし……手を組んで損は無い。

 なにより、俺の回復薬を即認めてくれたんだ。
 それだけでも仲良くしようってなるよな!

 ……まあ俺も中々にゲンキンな奴だが、それはお互い様だな。
 ともかく、今日は沢山の味方が増えたって事でヨシとしておこう。

「けどもう、知らん人にぱんつを見せるのは勘弁してほしいな……」

 あの時、悪人っぽい蜥蜴面の男冒険者……ケシスが俺に「パンツ見せて」と言ったのは、別に俺に嫌がらせしたかったからではない。それは分かっているんだが、あの時の事を思い出すと顔がユデダコになりそうなのでもう思い出したくない。
 でも、アレがあったから……俺は今の状況に持ってこれたんだよな。

 そう思うと、ケシスの「気付かせない優しさ」というのも大したものだった。
 ああして俺にパンツ見せを強要したのは、あの場を収めるための策略。……つまり大多数の人間が「恥ずかしくてやりたくないこと」を突然提案することで、全員の感情を一気に真っ白にし、そして俺に対して同情を集めようとしたのだ。

 ケシスが「そうしろってオレサマが言ったんだよ」と言えば、俺がただの露出狂だと怖がられる事もないし、ただ単純に「強要されたんだな」と思われる事が出来る。
 ……でもそれは……ケシスを悪役にすることで成り立つ作戦だ。

 あの人は、自分が憎まれ役を買う事で俺にチャンスをくれたのである。
 だから、感謝の気持ちはあるんだけど……やっぱり恥ずかしい。
 いや俺がぱんつを大勢に見せる行為に恥ずかしさを覚えたから、ケシスの思惑も成功したんだろうけど……でもこんなっ、こんなカボチャパンツで恥ずかしがるような男じゃなかったのに俺はあああああ。

 ああもうっ、ブラックがカボチャパンツをえっちだえっちだって言うから俺までこんなに恥ずかしく思うようになっちまったんだからなチクショウ!!
 あんにゃろもう絶対船に乗ってる間はえっちしないからな、もうあの、あ、朝の日課とかも絶対してやんねーんだからなあ!!

 …………はぁはぁ、誰も居ない従業員用の裏通路だからって、また感情剥き出しでハッスルしちまったぜ。こういう時も便利だなこの通路。

「よし……いくらかスッキリしたし、早くリメインの所に行くか」

 金属塗れの工場みたいな通路とは言え、反響しないのはありがたい。
 どういう素材なのかわからないけど、もし俺が家を建てる時はこういう防音できそうな素材をたっぷり使った魔法ハウスがいいなぁ……。

 なんてことを考えつつ貴族が宿泊するエリアに辿り着き、俺はリメインの部屋の扉をノックした。すると……今回は「入れ」とも言われずに扉が開く。
 どうしたのかと思ってドアノブを触るとすると――――扉が開き、目の前にリメインが立っていた。

「え……えと……あの、うわっ!?」

 話し出そうとして、唐突に腕を引かれる。
 そのまま部屋へと連れ込まれ、扉が閉じてしまった。

「り、リメイン? どうしたんだ……」

 よ、まで言い終えられず、俺は口を塞がれた。
 リメインが、俺を思いっきり抱き締めて来たのだ。

 …………ん?
 抱き締め……あれ……なんでリメインが俺を……。
 男同士でこんなこと……って思ったけどこの世界じゃ別に珍しい事でもないのか。いや待て、これが男女的な感じだとしたら、それはそれで問題では。

 男が急に女子に抱き着くのはヤバい案件なのでは?

「ちょ……あの、リメイン! どうしたんだよ、なんかあったのか?!」

 相手が相手なだけに拒否するのも悪い気がして、必死に口で訴える。
 どうして急に抱き着いて来たんだろう。っていうかそんな強く抱きしめられると服のポケットに入れてる回復薬の瓶が割れちまうぅう。

 頼むから離して貰えないかと腕を叩くと、ようやく相手は俺を離してくれた。
 ……肩を掴んで、以前として俺を拘束した状態ではあったが。

「…………ツカサ。私は今まで……お前の事を、随分と誤解していた」
「え……」
「……すまなかった。だが、どうか……どうか、これからも私の傍で……いや、船に乗っている間だけでも……私の、傍にいてくれ……」

 どういう、ことだろう。
 誤解していたって、何を誤解していたんだ。
 どうして今になって急にこんな後悔しているような顔をするんだろう。俺は、リメインに何か悪い事でもしてしまったんだろうか。

 でも、リメインに謝るような事が有っても、リメインに謝られるような事なんて何一つされてないはずだ。ワインの時のは……もう謝罪して貰ったし、それ以外で彼に頭を下げさせるような事なんて何も無かったのに。なのに、どうして。

 ワケが分からなくて顔を見上げる俺に、リメインは辛そうな顔で笑う。
 ……どうして、そんな顔をするんだろう。何がつらいんだろうか。

 急に俺を抱き締めてきたりなんかして、リメインらしくなくて……なんで、こんな風に本当に「申し訳なさそうな顔」をしているんだろう。
 わからない。分からない、けど……。

「…………俺は、客室係だから……ずっとは一緒にいられない。でも、リメインが俺を必要としてくれたら、きっと駆けつけるよ。アンタのこと、放っておけないからさ」
「ツカサ……」

 ――――リメインのことは、何も分かっていない。
 彼がどんな存在で、どこで生まれて、どんな生活をしているのかも知らない。
 だけど、だからって……リメインの事を疑ったりなんて、やっぱり出来ない。

 ギーノスコーはリメインの事を犯罪者だと言っていたけど、もしそれが真実だとしたら、絶対に何かの理由が有るはずだ。でなければ、こんな……唐突で、理由も把握出来ないような行動をするはずがない。
 知らない事で俺に謝って、一緒にいて欲しいなんて言うはずがないと思う。

 不思議なヤツだけど、やっぱり俺はこの人の事を疑いきれないよ。
 ずっと、ずっと部屋にこもりきりで目の下に隈を作っている不可解な貴族でも、俺は目の前にいるリメインを信じたい。何かに必死で謝って、縋って来るように「傍にいてくれ」という人を、俺は拒否する事など出来なかった。

「リメイン、あのさ……俺、コレ作って来たんだ」
「……?」

 不安そうな相手に、俺は回復薬の小瓶を見せる。
 綺麗な青い液体が入ったソレを見て、リメインは不思議そうに首を傾げた。

「回復薬、みたことない? あの……アンタの目の下の隈とか疲れに効くかどうかは分かんないけどさ、ちょっとは気休めになるかなって思って……。あっ、あの、これはついでだぞ! ついでに作ったヤツだから代金とかはいらないからな!?」

 リメインの事だから、律儀に代金を払うとか言い出しそうだ。
 慌てて付け加えると、相手は苦笑して俺から薬を受け取った。
 良かった、もう大丈夫そうだな。

「そうか、これが回復薬か……貴族としての務めをしていた時は、今よりも高価な物だったな……」
「随分前は今より高かったの?」

 いつもの定位置であるソファへ移動しながら聞くと、相手は俺の隣で頷く。
 珍しく、眉間にしわが無い。

「弱小貴族だった私は、曜具も満足に買えなかった。……だから、そこいらに生えた薬草を見よう見まねで調合し、出来損ないを包帯で巻く日々だったよ」
「リメイン……」
「……昔の、話だ。さっそく頂こう。お前の善意を腐らせては悪いからな」

 いやいや、回復薬は開封しなければかなり持つんだけども……まあいいか。早めに飲んでくれたら、早めに効き目が出てくるってもんだ。
 メシはだいぶん食べてくれるようになったとは言え、まだまだ栄養も睡眠も足り無さそうだからな。今後はしっかり摂って貰わないと。

 ……そうだ、医務室の先生に聞いたら、気力を回復するような薬を知らないかな。
 俺が調合できるなら、ブラックに頼んで材料を買って貰おう。借りを作ったらアトが怖いが、目の前の相手を回復させるためには仕方がない。
 って、なんで恋人に変な敵愾心を持ってるんだか俺は……。

「と、とにかく飲んでみてよ」
「そう急くな。どうせ味は不味いんだろう?」

 回復薬はそういう物だと聞いた事がある、と、リメインが薄ら笑う。
 その笑顔に何故か俺も嬉しくなりながら、相手が封を解いて瓶に口を付ける所をジッと見やった。リメインが、俺の回復薬を煽る。
 喉が動き、嚥下しているのが分かったと同時に……リメインの体を包み込むように金色の光が現れ、一瞬で消え去る。

 ――――が、その刹那。

「――――――!?」

 俺の目に見えていた、大地の気が消える一瞬。
 その刹那に、何故か一瞬、目を晦ませるほどに眩しい白の光が閃いたのだ。

 思わず目をつぶって光をやり過ごした俺だったが、そんな俺の暗闇の視界の中で、誰かが呻く声が聞こえた。咄嗟に目を開けると。

「ぐっ、ぅ……うぅう゛……ッ!! うぁあ゛あぁあ……!!」
「りっ、リメイン!? おいっ、どうしたんだよリメイン、リメイン!!」

 突然苦しみだしたリメインに、俺は慌てて近寄る。
 だがリメインは体を曲げてガクガクと震えるだけで答えてくれない。どうしよう、何かヤバい調合でもしてしまったのか。いや違う、俺の回復薬は完璧だった。冒険者たちも褒めてくれたじゃないか。だったら何故、どうしてリメインが苦しんでいるんだ。

 もしかして、回復薬を飲むと悪化する病があるのか?
 だとしたら俺は、お、俺は、なんてことをして……――――――

「…………ぅ……うう゛……」
「っ……! り、リメイン! 大丈夫か、どこか苦しいのか!?」

 うめき声が、急に収まった。

 リメインの体が心配で、跪きつつ相手を見上げると。

「……大丈夫だ。心配いらない」
「えっ……ほ、本当に……?」

 折り曲げた体を戻すリメイン。その姿は確かに……なんともなかった。
 目の下の隈も、眉間に寄った不機嫌の象徴の皺もない。
 ただ綺麗で冷静な顔がそこにあるだけだった。

「ありがとうツカサ。……お前は本当に、良いメイドだ」

 そう言いながら、リメインは俺に手を伸ばしてきて頬を指で触る。
 なんだか、やけに気安い。

 でも大丈夫って言ってたし、気が楽になったからこんな感じになったのかな。
 ブラックだって、最初の頃は急に気安くなったりしてきたもんな。
 不調が回復すればリメインだってキザな事ぐらいやるのかも知れない。

「なんともないなら良かったけど……」

 一歩後退って立ち上がると、ソファに座ったままのリメインはゆったりとした姿勢に変えると、まるで普通の貴族のように長い足を組んで見せる。
 そうして、俺を見て笑みに目を細めた。

「ところでツカサ。少し頼みたい事があるんだが」
「う、うん? 俺で出来ることがあるなら……」
「内密な話だ。……とは言え、そんなに難しい事じゃない。お前のおかげでずいぶんと体も回復して来たからな……少し、外に出たくて」
「ほ、ほんと!?」

 それは良い兆候だ。

 思わず身を乗り出す俺に、リメインは微笑んだままで頷いた。

「出来れば、夜。人に遭遇しない時間が良い。その時に、少し興味がある所を歩いてみたいんだ。……ツカサには、その手配を頼みたい」
「俺で良いなら任せてよ!」
「…………私の散歩にも、付いて来てくれるな?」
「それは……まあ……アンタ一人で行かせるわけにもいかないし……」

 元気になった、とはいえ自己申告だ。
 もしかしたら虚勢を張っているだけかもしれないし、リメインを見張っておくに越したことはない。何かやらかした時も俺がフォロー出来るかも知れないしな。

 そんな風に思って頷く俺を、リメインはただ微笑んだ目で見つめていた。









 
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