異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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豪華商船サービニア、暁光を望んだ落魄者編

21.暗黒の海を渡るもの1

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 停電したのであれば機関部に行くのが確実ではないのかとと俺は思ったのだが、ブラックは人差し指を振って「そうじゃないよツカサ君」と答えた。

「設備が停止するほどの事態が起こったなら、まず船長の所に何らかの連絡が瞬時に伝えられるはずだ。ここまで豪華な設備を搭載している船なら、当然船の動力とは別の連絡手段を用意しているはずだよ。だから、混乱している現場よりは、船の内部をほぼ把握している船長の所に行って状況を調べた方が良い」

 確かに、言われてみるとそうだな。
 機関部に行ったとしても俺達はジャマの極みだろうし、外野がしゃしゃり出るなって怒られるかもしれない。なにせ機関部は職人の、いや、男の世界なのだ。いわゆる、戦場というヤツなのだ。しかも今は絶対にドタバタしてるだろう。

 そんなところにポッと出のガキと貴族なんて「しゃらくせえべらんめえっ! おとといきやがれってんだ!」という感じで怒られるに決まってる。
 何故江戸っ子口調。

 いやそれは置いといて、俺達が邪魔になるってんなら、まだ混乱してない船長室に行った方が良いだろう。もしくは……操舵室かな。
 船長室は操舵室に隣接しているので、まあどのみちそっちへ行くしかない。

 そんなワケで、俺達は昇降機(エレベーター)……は止まっているので、非常用の階段を下りてまず操舵室へと向かう。

「……ホントに全部停電……じゃなくて、明かりが消えてるんだな……」
「そういえば、ツカサ君の世界では雷の力が主な動力になってるんだっけ?」

 薄暗い廊下を、ブラックの炎を頼りにして歩を進める。
 だけど暗く長々と続く廊下は不気味だ……な、なんかこう……ゾンビとか人ならざるヤツが急に現れそうで怖いな。いや、ありえませんけどね!

 無意識にブラックに近付きつつも、俺は冷静さを保って問いかけに頷いた。

「そ、そう。だから……船とかも大体、雷……電気を発生させる装置で動いてるんだ。燃料は色々あると思うけど」
「キカイって奴だよね。燃料の選択肢が広いのに、出力される力が決まっているってのは凄く効率的で素晴らしい。こういう船も、いい加減出力する力を限定しておけばある程度誰にでも対処できるのにねえ」

 何を言ってるんだかよく解らないが、この世界だと電気オンリーじゃなくて、炎の力とかそういう各々の属性の力で動くモノが多いって事か?
 だとしたら、確かに面倒臭いかも……でも、船の燃料とかとは別の話だよな。

 なんか関係あるのかな。いやでもブラックも世間話のつもりで難しい話をしてくる事があるからな……俺には解らんというのにこう、今みたいにサラッと……。

「サービニア号もそういう動力ってこと?」
「そういう感じかな。この船は……珍しい事に金の曜術師が動力を制御してるみたいだね。クズ鉄とか価値のない鉱石から取り出した曜気を発火装置みたいに使って、心臓部の曜具を動かしてるみたいだ」
「発火装置……」
「燃やした後の炭には、中にまだ火が残ってることがあるだろう? その種火を再び使い物にするためには、小指ほどの火か、微かな吐息が必要だ。小さな“切っ掛け”みたいなものが、クズ鉄の曜気なのさ。それを『燃料』にして、心臓部……動力になっている曜具の膨大な曜気をうまく取り出してこの船を動かしていたんだろう」

 …………うん。……うん?
 えーと……つまり、この船の動力は金の曜気ってことなんだよな?

「な、なるほど」
「ツカサ君、解ってないでしょ」
「ギクーッ、ち、違いますけど! わかってるんですけど! 俺だって理解力いっぱいあるんですけど!?」

 思わず間抜けな声を出してしまったが、お、俺だって頭いいんだからな。
 ちゃんと重要な所は分かってるんだからな!?

 全部分かった、とは言わないが、それだけは確かなんだぞと慌てて言い繕う俺に、ブラックは訝しげな目を向けていた者の――クスクスと笑った。

「ふふ……ほんとツカサ君は可愛いなぁ。久しぶりで……こ、興奮しちゃう」
「お前今の状況わかってる!?」

 何か大変な事が起こってるかもしれないのに、なに発情してんだ。
 ていうか炎を手の上に浮かべながらくっつくのやめて。俺に害が無い炎だって言うのは知ってるけど、人間の本能として火が近付くと怖いんですよっ。

「ううん、そんな意地悪な事いわないで……ねっ、ツカサ君……こんなに暗いんだし今から一発……」
「あーっ操舵室ついたな! おっ、明かりが灯ってるぞ!」
「……チッ」

 舌打ちするんじゃない。
 まったく何でこう、このオッサンは所かまわずスケベな事をしようとするんだ。

 また捕えられたら困るからちょっと先行して、俺は船長室のドアを叩いた。

「船長さん、大丈夫ですか船長さん! あけますよー!」

 返事が無かったので扉を開くと、そこには何やら机の上を深刻そうに見つめている船長さん達の姿が有った。携帯用の水琅石のランプで明るさは確保されているが、機関部と同じくらい大事なここですら明かりが消えちゃってるのか……。

 これは深刻だなと思っていると、船長さん達がやっと俺達に気付いた。

「やあ、ツカサ君と……」
「礼儀なんぞどうでもいい。機関部の状況はどうかと思って聞きに来た」

 ブラックが先回りして非礼を許すと、船長さんはホッとした様子で話しだした。

「見たところ……貴方様は曜術師でもあらせられるのですね。何かできる事が無いかとここまで来て下さった……と、思わせて頂いてもよろしいでしょうか」
「徒労に終わるならそれでもいい」
「ご厚意に感謝いたします……では、こちらへ……」

 ブラックが掌に炎を浮かべていた事で、船長さんは何か勘違いしてくれたらしい。

 俺達は様子を見に来ていただけだったのだが、しかしブラックが凄腕の曜術師で、俺もそれなりに曜術を使えるつもりだ。それにチート能力の【黒曜の使者】だってあるんだからな。これだけの能力を持っているなら、頼られても大丈夫な……はず。
 まあ船長さんが頼っているのはブラックなんだけど、そこは今は置いておこう。

 船長さんと船員たちが囲む机に近付いて、何が置かれているのかと見やる。
 するとそこには、海図と何かの走り書きをした黒板が置かれていた。
 この世界では紙が少し高いので、メモは黒板とかなんだよな。ええと、この黒板には……どうやら、現在の状況に関する報告が書かれているようだ。

「機関部が沈黙している? どういうことだ?」

 そのメモを一瞬で読み取ったのか、ブラックは片眉を眉間に寄せて問う。
 訝しげなその顔に、船長さんと船員さん達は顔を曇らせた。

「それが……我々にも理解出来ないのです。この報告を寄越してきた機関部の技術者達は、それぞれが機関部の動力……【術式白光気導具】を制御して、この船の中の設備全てを動かしていたのですが、その【気導具】が急に停止したというのです」
「内部の純粋な曜気を溜めこむ部分か、それを伝導するところが壊れたのか?」

 ブラックは、船長さんが説明する【気導具】が何か理解しているみたいだ。
 どこかでこの動力の事を知ったのかな。
 見上げる俺に構わず真剣な横顔を見せる相手に、船長さんは首を振る。

「いいえ……【気導具】が壊れたり劣化した様子は無いそうです。内部の核心も曜気が漏れ出たような感覚はしない、と。ただ……」
「ただ、何だ」
「曜気の気配が……消えた、と。……そう、言っているんです……」

 ……曜気の気配が消えた。
 それってつまり……動力部から、動くための力が消えたって事だよな。
 じゃあもしかして、この船っていま海の上で止まっちまってるのか!?

「っ……!」

 咄嗟に広い窓の向こうを見やるが、真っ黒な地平線……のような水平線と、その上で輝く星空しか見えない。だが、その星空や真っ黒な地面がいつまでも動かない事をハッキリ確認してしまって、俺は目を向いた。
 やっぱり、船が止まってる。

 燃料どころか動力が失われて、この船は完全に沈黙してしまったのだ。

「他に動力はないのか?」

 冷静に問いかけるブラックに、船長さんは悔しそうな顔をして俯く。

「ありません……。この船は最新鋭の技術で建造された船です。つまり、これ以上の設備など持ち合わせていません……例えあったとしても……この船の巨大な帆に、どれほどの付加術使いで風を送ればいいと思いますか? あの、動力を補助する為だけの、巨大すぎる帆に……」

 乗客に数百人【ウィンド】の使える付加術使いが居たとしても、術を長く継続させる事など出来ないし、そもそも帆全体に風を受けさせる芸当など出来はしない。
 そう言って、船長さんは沈痛な面持ちで額に手を当てる。

 確かに……大地の気を使用する【付加術】だって、熟達した人でないと使いこなすのは難しいし……なにより、ここには大地の気がほぼ無いんだよな。
 人が体内に保有しているぶんの気を使うとしても、巨大な船に見合うでっかい帆に上手く風を当てるのは至難の技だろう。海の上では帆の使用も絶望的だ。

「どこか……どうにか、上陸できる場所は無いんですか?」

 俺が問いかけると、船長さんは立派な黒髭をしょげさせて眉を下げる。

「あと少し……少しだけでも動ければ、南南西に次の取引を行う島に入港出来るのですが……こうなってしまっては、船から脱出しても辿り着く事は難しいだろう。後は朝まで海の悪魔に襲われぬよう祈るしかない……」

 ――――船長らしくない言葉だが、そう言うのも仕方が無かった。

 船を捨てて逃げるにしても、それには問題があったからだ。
 ……別に、避難用のボートがないとかじゃないぞ。

 この船にも、もちろん脱出用のボートは用意されている。ちゃんと人数分あると研修で教わったし、点検も毎日してるから、そこは問題ないのだ。

 だが、この世界は俺の世界のようにはいかない。夜間――昼間のものよりも強力な力を持ったモンスターが跋扈する時間――に、ボートで乗客達を避難させるなんてのは絶対に出来ないことなのだ。例えあと少しで島に到着するとしても、そうすることで海の中で獲物を探しているモンスターに見つかってしまえば本末転倒だ。

 この世界の船長さんも、乗客の命を一番に考える義務がある。
 だからこそ、このまま巨大な船の中で籠城する選択肢しか取れなかったのだ。

 ……でも……このままだと、海流で島から離される可能性もあるし、そうなったら、もう後は流されるだけだ。あと数日かかるベーマスにも辿り着けない。
 食料や燃料を補給する事も出来ないから、どのみち乗客の命も危ういのだ。

「海上では曜気を取り込むのも難しい。……曜術師でも八方ふさがりだな」

 ブラックの言葉に、船長さん達は肩を落とす。
 籠城するしかないが、しかしだからといって動かない訳にも行かない。

 船長さん達だって一生懸命に打開策を考えたんだろうけど、無理だったのだ。
 でも……もう、何も打つ手がない。
 だからこそ彼らはこうも肩を落としてしまっているのだろう。

「…………ブラック……」

 俺達でどうにか出来ないだろうか。
 小さく呟いて相手を見上げるが、ブラックは首を振る。

 ……正直、俺の【黒曜の使者】の能力が有れば、動力を復活させる事も可能だろうが、しかしそれは根本的な解決にはならない。
 それに……さっき【術式】って言ってたから、その動力になってる曜具は人一人の力では作り上げられない巨大な装置なんだよな。そんなモノの曜気を俺一人で充填させてしまったら、余計な災いを招くかもしれない。

 だから、ブラックは「何も無い」と首を振ったのだ。
 曜気を取り込めない曜術師に出来る事は何も無いし、派手な事も出来ない。
 なにより今の俺達……というか、ブラックは身分を詐称して乗船しているのだ。これが他の貴族にバレたら、どうなるか分からない。

 でも、だからと言って何もしないで見ているってのは……なんだか納得できない。

 何か無いんだろうか。
 俺達が力を発揮せずに船を島まで動かすだけの、何か良い案が……。

「ああ……神よ……どうか我々をお守りください……!」

 もう耐えられなくなったのか、船員の一人がミトラ教の祈りの仕草をして手を組む。それを皮切りに、次々に他の船員たちも嘆き始めた。
 改めて打つ手がないと思い知らされて、極度の緊張に負けてしまったのだろう。

 普段はキリッとしてる船員さん達がこんなことになるなんて……。
 あの人なんて、もう腰砕けでふにゃふにゃと地面に座っている。

「…………ん? ふにゃふにゃ……?」
「どしたのツカサ君」

 今思った事に引っかかりを感じた俺を、ブラックが覗きこんでくる。
 ランプの明るい光に照らされて、うねった赤髪をきらきらと輝かせる相手。
 その姿を見て――――俺は、アッと声を上げた。

「そうだ……あった……!!」
「え、なに?」
「ちょっ、ブラックちょっとこっち……!」

 船長さん達から離れて、俺はブラックの腰を曲げさせると爪先立ちで急いで耳打ちをする。コソコソと「思いついたこと」を話すと、ブラックは目を丸くした。
 だけど、俺の話に馬鹿だなと言うでもなく、相手は視線を向けて来てただ笑う。

「確かにそれなら……誰にも気付かれ無さそうだ」
「でも、肉眼でバレるかも……」

 そこが心配だと顔を歪める俺に、ブラックは微笑むと胸を張ってみせた。

「まーかせてよ! そういう事なら……僕が、なんとかしてあげる。
 “コレ”で……ね」

 至近距離でそう言いきって、ちらりと眼鏡を傾けて見せる。
 その隙間から見えた菫色の綺麗な瞳に、俺は胸がぎゅうっと締め付けられるような思いがしたが――――それよりも頼もしさを覚えて、力強く頷きを返したのだった。











 
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