異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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豪華商船サービニア、暁光を望んだ落魄者編

19.あなたのことを誰かが見ている1

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   ◆



 俺が客室係だった時と同じように、コンコンと扉をノックして返答を待つ。

 客室係に戻れたら良いなと思っていたけど、まさかこんな早く戻れるとは思っていなかった。とはいえ、急な配置換えにはリメインも驚いただろうし、また高そうなワインをぶっかけられる覚悟はしておかないとな。

 襟を正して待っていると、中からいつものように「入れ」と聞こえてきた。
 あまり音を立てないようにドアを開いて金属製の大きいカートを押して部屋に入ると、これもまたいつものようにリメインがソファに座っているのが見えた。

 お待たせいたしました、と声を掛けて近付く俺に、リメインは相変わらず目の下に隈を作った顔で、不機嫌そうにじろりとこちらを見やる。
 怒っているんだろうなと思っていたら、案の定罵声が飛んできた。

「ツカサ、お前なんだあのクソガキは!! なぜあんなものと配置を代わった!」
「もうしわ……えっ……ええ? クソガキって……?」
「お前の代わりに入って来た金髪の調子に乗ったガキだ! あんな礼儀も躾もなっていない者を客室係にするなど、何を考えている!」

 俺の代わりに入って来たっていうと……リーブ君しかいないよな。
 でも調子に乗ったクソガキってどういうことだ。まあ言われてみればリーブ君は周囲に煽てられてやる気になっちゃってるフシはあるけど、食堂では評判が良かったようだし、リメインに怒られるような事をするだろうか。

 にわかには信じられないという思いが顔に出てしまっていたのか、リメインの表情が不機嫌に加えてイライラしたような顔に歪む。
 これはヤバいなと思った瞬間、怒鳴り声が飛んできた。

「お前の眼は節穴か! 客に色目を使って媚びた態度で駄賃を貰おうとする下郎のどこに、お前のような顔をしてやる理由があるというんだ!! これなら黒髪だろうがお前の方がまだマシだ!」
「り、リメイン……」
「いいからさっさと酒をよこせ!!」

 ああまた怒ってキイキイしてる。
 ていうかリーブ君、リメイン相手にお駄賃せびろうとカワイコぶったのか……。
 怖い物知らずなあの子ならやりそうだけど、相手はデレデレしてる厨房支配人とは違って、俺にワインぶっかけるほどのおこりんぼイケメンだからなぁ。そりゃ、いつものようにやったら怒られるだろうさ。

 リーブ君は子供だし、無邪気さゆえの残酷さと言うかそういう難しい所も有るので、俺に対してちょっと上から目線だったりマウントをとったりもする。だけど、それは周囲が変に持ち上げるからだし、彼自身は仕事なんかもキチンとやれる良い子なので、俺としては他に迷惑を掛けていないなら気にする事も無いと思ってたんだけど……実際にリメインにやらかしてしまったのなら、ちょっと問題だ。

 あのナチュラル失礼な態度をお客さんにもやってたとなると、さすがに注意した方が良いよな。俺の方が年長だし……それに、彼の調子に乗った言動を知ってて放置した責任も有るような気がするし……。

 俺は……まあ、リーブ君みたいに美少年でもないしイケメンでもないと自覚しているので、子供の優越感なんて大人のガチ嫌悪にくらべりゃ可愛いもんだと思ってたし、リーブ君自体は俺に構って来るだけ可愛い所もあるなと思ってたので、生意気な弟を見るような気持ちしかなかったもんな。
 考えてみれば、それもまたリーブ君にとっては悪い影響だったのかも知れない。

 甘けりゃいいってモンでもないし、厳しけりゃいいってモンでもない。他人に対しての態度を改めさせないのも大人としてはかなり問題だ。

 俺だって、婆ちゃんに「目上の人に失礼な態度をするな」とか「自分が気にするような事を相手に言おうとするな」とか、ガキの頃から口酸っぱく言われてたもんな。
 実害が出てからじゃ遅いと言うが、ほんとに遅かったわ……。

「リメイン様、本当に申し訳ありません……」
「だから、わざとらしい敬語は使うなと言っただろうが! お前も馬鹿になったのか。食堂の給仕をやるとみなバカになるのか!?」
「ち、ちがいますぅう。あの、でもホント、怒らなかった俺達の責任なので……」
「分かっているなら改めさせろ!! ……まあ、お前に言ってもどうにもならないのかも知れないが……」

 一通り怒りを吐き出し終わったのか、リメインはソファにどっかと座ってワインを注げと俺にジェスチャーを見せる。掲げられたグラスに適度に冷えたワインを満たすと、相手はやっと一息ついてワインをぐっと飲みほした。
 ああ、またそんな体が心配になる飲み方を。

「り、リメイン……」
「っぷは…………もう一杯注げ」
「はい……」

 怒っている時のリメインは俺には制止不能だ。
 大人しくワインをおかわりさせると、リメインは再びぐいっと煽って……何を思ったか俺をじっと見やり、低い声でぽつりと呟いた。

「……あのガキは、お前の事を見下して馬鹿にしていた」
「え?」
「入って来た時から、自己紹介で己がいかに有能で周囲に求められているかをあのガキは語った。聞いてもないのに、厨房支配人とやらに大いに期待されているなどと時間の無駄でしかないスカスカの自慢話を自己紹介だと偽ってな。……だが、それだけなら、たかが客室係だと不問に付すこともできた」

 また、リメインの顔が曇る。
 長い睫毛に縁どられた青い瞳が、鈍く濁るみたいに暗くなっている。じっと見つめる俺を、その目でリメインは見返してきた。

 怒りを訴えるような表情。
 だけど、その表情は……静かで、何故か悲しげだった。

「あいつは、お前の仕事を侮って笑った。それだけではない、私をアランベールの者だとどこぞから聞きつけて、お前の事を『気味が悪かったでしょう』と言って、深々と頭を下げたんだ。……最初から、私にお前をぶつけてきたくせに……お前のことを……お前の仕事を……なにも……何も知らない癖に……!!」

 暗い色をした青い目が見開かれる。
 怒っているその姿は、目の下の隈も相まって凄まじい表情みたいで、思わず背筋にぞくりとしたものが走った。……けれど……相手から、目を離せない。

 何故だか分からない。
 分からないけど、どうしてか……リメインのその怒りの表情を見ていると、俺の為の怒りだけではない、なにかもっと悲しい物を感じるような気がして……目を離す事が出来なかったんだ。

 俺の為に、怒ってくれている。
 だけどそれだけじゃない。リメインは、つらそうな顔をしている。
 どうしてそんな顔をするのか解らなかったけど、でも……

「……リメインは……優しくて、立派な大人だな……」
「っ…………」

 驚いたように目を見開く相手に、俺は微笑んで続ける。

「俺、今までリーブ君に対して……色々負けてるから、引け目が有ってさ。だから、俺が侮られるのは仕方のない事だって思ってた。だけど、それってリーブ君にとっても悪いことでしかないんだよな。……痛みを知らないから素直に馬鹿にして笑えるだけで……だから、それをいけないことだって教えなきゃいけなかったんだよな」

 子供だから、と大目に見る事なんて、大人ならしょっちゅうだ。
 けれど、無邪気に人を傷つける行為を咎めないでいれば、いずれはその行為が何も問題ない事なのだと思い込んでしまうかも知れない。
 そうなれば、あの先輩達みたいに誰かを傷付けても平気な子になってしまう。

 たとえ煙たがられても、はっきり言うべきだったのだ。
 リメインの言う通り、俺が怒っていればリメインがこうしてイライラする事も無かっただろう。もう、人に迷惑を掛けてしまった。そう思うと、申し訳なかった。

 だけど、同時に嬉しくも有って。

 黒髪で凡人の俺を何度も指名してくれて、リーブ君の態度に怒ってくれるほどに俺を買ってくれているなんて、思っても見ない幸福だ。

 ちゃんと俺の仕事を見て、俺が良いと判断してくれた。
 容姿や髪の色で選ぶのではなく、ワインをぶっかけられてもヘコたれなかった俺に、リメインは信頼を示してくれたのである。

 本当なら、貴族だとふんぞりかえっていても良かったのに。
 なのに……俺のために……。

 …………その思いやりと優しさを立派と言わずして、なんという。

「本当はリーブ君を怒るのは俺の役目だったのに、リメインにやらせてすまないって思ってる。だけど……嬉しい。それに、理不尽な怒りじゃなくて、ちゃんと俺みたいな下働きの事を考えて怒ってくれるなんて、貴族として立派だって俺思うんだ」
「だから……私を……立派で、優しいと……」

 リメインの眼が、暗い青から徐々に綺麗な青の瞳に変わっていく。
 目を見開いて光を取り込んだその瞳は、とても綺麗だと思えた。

「当然の事なのかもしれないけど……でも、ありがとう、リメイン」

 俺のために、リーブ君のために怒ってくれてありがとう。
 もう一度礼を言うと――――何故かリメインは、毒気を抜かれたような顔をして体を弛緩させ、そのままソファに体を預けた。

 さっきとは違う、まるで魂が抜けたような様子。
 少し心配になって相手の顔を覗き込んだが、リメインはすぐに俺の方を見て。
 そうして……今までの不機嫌そうな顔とは違う、どこか人間味を感じさせる微苦笑を見せて、俺に空になったワイングラスを近付けて来た。

「お前には、負けたよ」
「えっ……?」
「……食事を出せ。さっきから、においで丸わかりだ。どうせ私に無理に食べさせようと持ってきたんだろう。……食ってやるから出せ」
「ほ、ほんとですか!?」

 断られるかもしれないなと思っていたのに、これは意外な展開だ。
 もしかして、今まで以上に俺に対して歩み寄ってくれるようになったんだろうか。
 ……でもなんでかな。俺があんまりにも情けないから?

 いやいや、自分を卑下しすぎるのは良くないな。
 多分……そうだ、俺がリメインに対して本当にありがたいと思ったから、相手も俺の気持ちをくみ取って受け入れてくれたのだろう。

 不機嫌そうな顔をしてるけど、リメインは本当に優しい貴族だ。
 嬉しくなって、俺はいそいそと準備していた料理を取り出した。

「あのあのっ、これなんですけどね、スブタ……もどきって言って、酸っぱくてこってりしてるんですけど疲労回復に良くて……! あ、でもワインに合わないかも……」
「ああいい、良いからさっさと出せ。どうせ料理なんて冷めたらみんな不味くなる」
「またそんなこと言って~」

 憎まれ口を叩いているけど、料理をおいしく食べた時の感想を言いたいんだな。
 そうすれば、この料理を作った人……ナルラトさんに、嬉しい感想を伝えてあげる事が出来るんだから。ふふふ、優しいヤツの思考回路なんて御見通しだぜ。

 ほんと、ナルラトさんと言いリメインと言い、優しいヤツは照れ屋さんだよな。
 そう思ってニマニマと笑う俺に、リメインは今度こそ不機嫌そうに顔を歪めて俺の頭をゴツンと殴った。痛いけど、涙も出ない痛さで。











 
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