異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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豪華商船サービニア、暁光を望んだ落魄者編

  どんな地位でも好みはそれぞれ2

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 ――――数分後。

「キミ、クグルギくんって言うんだ。ふーん、なんとも独特な名前だねえ」
「チッ……貴様が我らのリーブきゅんの仕事を奪ったブサイクか……」
「ふーん。黒髪の東国人風って言うから呼んでみたけど、メスじゃあねえ」
「ブツブツブツ……紅茶……ブツブツ……ブツブツブツ……」
「つっくーん、ナクラビボアの果実ソース添えもう一枚追加しておくれ~」

 うん。いや、あのね。
 俺に対して何か言いたい事があるのはわかりますよ。天使なメイドのリーブきゅんが食堂から居なくなったことに不満があるのもわかりますよ。
 でもね、でも……頼むから一々俺を指名してイチャモンつけないでくれー!

 ……はぁはぁ。ちょ、ちょっと今の状況を整理しよう。

 昼食の部が始まって、食堂の席が満員になった後。
 ギーノスコーの注文を取った後から俺の忙しさ具合は激変した。何が変わったかと言うと、朝食の時にはまるで呼ばれなかったと言うのに、何故か次々に俺にご指名が入りはじめたのだ。そのせいで、俺だけ大盛況になってしまった。

 普通なら大盛況は嬉しいことなんだが……今の俺はまったく嬉しくない。
 それってえのも、状況が最悪だからだ。

 なんせ忙しいからバタバタ動き回る必要があるし、冷やかしの一回きりの呼び出しなのに他の給仕係さん達が俺に客を取られたと思って睨んで来るし、そもそも俺が指名される理由のほとんどがネガティブなものなので全然嬉しくないのだ。

 まあ、黒髪だから珍しいってんで呼び出されて頭からつま先まで恥ずかしいメイド服姿を見られるのは良い。いや良くないけど、それならまだマシだ。
 しかし、これに加えて「リーブ君の居場所を奪ったブサイク」などという事実無根の逆恨みや、単純にリーブ君を狙っていた貴族達からの嫌がらせ指名が来るのだ。

 俺が呼ばれる理由の九割がソレで、しかも文句を言うならまだしも配膳しに来た俺に「お前のせいで料理がまずい」だの「やっぱり別のメイドにすべきだったわ」だのとわざとらしく貶されるし、酷い時はわざと料理を零される。

 せっかく厨房の人達が作ってくれた料理を粗末にしやがってと腹が立つが、給仕係の俺がお貴族様に文句を言えるはずもなく、ただただ敵視され罵られ掃除をすることしか出来なかった。……こういうのを四面楚歌と言うんだろうか……。

 真面目に働いて愛想良くしても同僚は俺を睨んで無視だし、お客さんはリーブ君の事で俺を目の敵にしてるし、厨房支配人はそんな俺をニヤついて見たり、お貴族様を怒らせるなと怒るだけだ。なんなら厨房の人も数人俺には冷たい。
 ここから這い上がるのは流石に無理なんじゃないかと気が重くなってしまう。

 今の唯一の救いは、暢気に食事をして普通に接してくれるギーノスコーくらいだ。
 あの変な小生が救いに思えるなんて思ってもみなかったよ……とほほ……。

 まあでも、何を言っても無駄だって事が分かり切っているおかげで、まだ耐えられているような気もする。話し合いで分かって貰えないなら、後はもう真面目に仕事するしかないと割り切れるし……貴族が食事を粗末にする行為は許せないけど、この態度は予想してたからショックもないわけだしな。
 怒っても誤解が深まるだけと判っているなら、逆に冷静になれる。

 むしろ、クラスメートに自分の落ち度で総スカンされたり女子にリンチ受けた時よりは、マシな状況かも知れんわけだしな。
 だって俺、仕事関係での落ち度は今のところないし。それに、あの時と違って、俺の傍で抗議してくれるギーノスコーやナルラトさんという味方も居るしな。

 そんなことを考えつつ、俺はいびられたり掃除したり料理を運んだりと忙しく仕事をこなしていたのだが……。

「…………ん?」

 ――――ギーノスコーに五皿目のデザートを運ぼうかと言う最中、ふと厨房の方を見やると、厨房支配人と数人の給仕係達が、なにやら話し合っているのが見えた。
 何の話をしているのかは分からないが、ヒマだヒマだと言っておいて仕事をサボるとは頂けない。俺を睨んでほしくは無いが、これみよがしに雑談なんてムカつくぞ。

 黙って耐えてはいるけど俺だって理不尽な事をされて怒ってるんだからな、と思いつつ、ギーノスコーのテーブルに美味しそうなデザートを置くと、相手はいつもの目を細めて笑うだけの笑顔を見せて、嬉しそうに二又のフォークを手に取った。

「いやー、この船の料理は本当に美味しいねえ。以前このサービニア号乗った時は料理人がハズレだったみたいで、すっごく料理がマズかったのに」

 すぐに下がろうとした俺を逃すまいと、ギーノスコーは軽口を零す。
 仕方なく俺はテーブルの横に付いて答えた。

「今回の料理人は、料理の達人ですから」
「達人?」
「ええ、美味しい料理をたくさん作れる凄い人です。だから達人です!」

 そう俺がべた褒めするのには理由がある。
 なぜここまで褒めるか。それは、厨房を仕切っているのがナルラトさんだからだ。

 しかも、ただ仕切っているワケではない。
 ナルラトさんは、俺が仕事の合間にチラ見するだけでも「凄い」と思えるくらいに、色々な料理を同時進行で作って美しく完成させているのだ。
 彼は、美味しい料理を作るのに妥協しない。そのための知恵も持っている。

 だからナルラトさんはいつも厨房にいるし、俺の休憩時間に合わせるように調理を済ませ、一緒に休憩を取ったりしてくれているのである。達人ともなると、煮込み時間すら自由自在のようだ。そんな凄い人が作る料理が美味しくないワケがない。

 ふふふ、凄いだろう。
 もっと褒めてもいいんだぜギーノスコー。

 俺が褒められたわけじゃないけど、仲良くしてるヤツが褒められたらやっぱり嬉しいもんだよな。何故か俺が得意げになってしまったが、ともかく「そうだろうそうだろう」と言わんばかりに微笑んでみせる。

 そんな俺を見て、ギーノスコーは弧に歪めた目を更に細めると、ちらりと厨房の方を見て再びこちらへ視線を戻してきた。

「つっくんは本当に純粋で優しいんだなァ。……そんなんだから、み~んなの悪意の刷毛口になっちゃうんだよ?」
「え……」

 美味しそうなフルーツクレープに似たものを切り分けて口に運ぶ相手に、思わず声が漏れてしまう。だがギーノスコーは気にせず手を動かし、言葉を続けた。

「つっくん。人間の美徳って、何だと思う?」
「び……びとく?」
「美しい要素ってことさ。ああもちろん、顔とか体型の誰でも分かるバカみたいな外面の話じゃなくて、魂の要素……誰もが持ち合わせる根本の事だ」

 何を言いたいのか難しくてよくわからない。
 つい首を傾げてしまうと、チラリと俺を見たギーノスコーは目を笑ませた。

「人間の美徳は、愛や許容、そして融和。つっくんが今の状況を許しているのも、その許容の範囲。自分の過ちを顧みて反省するのも許容の一種だ。その美徳があるから人は他人を受け入れ己を改める事が出来る」
「……それが……一体どういう……」
「でも美徳っていうのはね、人間の根本が穢れているから『美徳』と言うのさ。美しい存在は疎まれる存在があってこそ認識できる。まあ、その醜悪さも人間には必要な部分なのだけれど……たまに、君みたいに、その醜悪さを人一倍抑え込む可哀想なものがいる」

 俺が、可哀想。
 一瞬侮られているのかと思ったが、ギーノスコーの言葉はそういう意味合いで俺に投げかけられた物ではない。でも、何がどう可哀想なのか分からない。
 眉根を寄せた俺に、相手は躊躇いなくフォークで果実を刺して……口を緩めた。

「美徳は、儚く脆い。だからこそ人はその美徳を追い求め……それを貫こうとする物が敵なら、人間はどんなことをしても敵対者を負かして自分が正しいと思おうとする。ふふっ……実に面白くて可愛らしいと思わないかい、つっくん」
「あの……なにが、言いたいんですか」
「つまり、君の美徳は愚かな行為ということさ。……どれほど我慢しても、誰にも通じない。君がどんなに美徳を重んじても、彼らは『理不尽な怒り』を発散させる的にしか思わず、それどころか……その美徳を敵対行動として更に怒りを募らせる」

 ギーノスコーの言う事は独特で、俺にはよく理解出来ない。
 だけど、それでも……なんとなく「お前が我慢しても相手を増長させるだけだ」という言葉だけは汲み取れた。たぶん、心配してくれてるんだろう。

 でも、その翠色の目は笑っているようで笑っていない。
 笑顔の形に歪んでいるが、その奥の瞳は得体のしれない光を浮かべていた。

 …………相手が何を言いたいのか、よくわからない。
 今まで俺が見ていた、おちゃらけたような姿ではないギーノスコー。その姿が、何故だか忘れていたような何かを思い出させて……――――

「あっ……!」
「こ、こちらへどうぞ!」
「…………ん?」

 耳に、誰かの少し焦ったような声が聞こえてきた。
 ギーノスコーの言う事に真剣になっていて気が付かなかったが、なんだか周囲がザワついているような気がする。どうしたのだろうかと食堂の入口を見ると。

「……え゛!?」

 またもやメイド服に似合わない野太い声を出してしまう。
 けどそれも仕方のない事だった。
 だ、だって。だって、こちらに歩いて来る相手は――――

 いつもの姿が嘘のようにビシッと決めた、貴族姿のブラックだったのだから。

「おお~、キミのとこのお仲間が来たんだねえ」
「ちゅ、昼食から来るとか、聞いてなかったんですけど……」

 朝は来てなかったから、てっきり一番顔を出しやすい夕食だけ来るのかなと思っていたのに、まさか昼食から食堂に来るとは思わなかった。
 ブラックと……あと、背後に控えている従者姿のクロウも、変装や嘘の身分が気に入らないって散々嫌がってたのに……。

 ぽかんとした顔でブラックとクロウが背筋を伸ばして歩いて来る様を見つめていると――――ブラックは俺の方を見て、ゆっくりとこちらに近付いてきた。

「…………」

 いつも、近くで見ている相手だけど……こういう場で偶然に出会うと、いかに相手が常人離れした美形かということがわかる。
 綺麗、という形容では決してないけれど、その逞しい体付きや姿勢の良さ、そして雄々しい顔立ちは間違いなく男性的な魅力にあふれた「美形」だ。髭を整えて真面目な顔をしていれば、誰もが一度は見つめてしまうほどの迫力があった。

 ……やっぱり、格好いい。俺とは大違いだ。
 さっき、散々ブサイクだなんだと言われたからか、いつもより自分がみじめな存在に思えてしまって、俺はテーブルから下がろうと一歩足を退いた。

 …………なんだか、今はブラックと顔を合わせられない。
 今ブラック達と顔を合わせると、耐えていたものが溢れ出てしまうような気がする。

「……あの……俺、もう戻っても……」

 よろしいでしょうか、と、ギーノスコーに問いかけようとした。刹那。
 ブラックが歩幅を広くして一気にこちらに近寄って来た。俺がギーノスコーから返事を貰う前に、もう二人はテーブルの前に到着してしまう。

 思わず目を泳がせる俺を余所に、ブラックは眼鏡の奥の瞳をわざとらしく優しげに歪めて、ギーノスコーに問いかけた。

「ごきげんよう、ペンテクロン様」
「やあ、元気そうだね」
「……不躾なお願いをお許しください。どうもこの食堂……一人を残して職務を放棄する給仕が多いようなので、どうかこの勤勉な給仕をお借りしてもよろしいですか」

 ブラックの言葉に俺が目を瞬かせると、ギーノスコーは面白そうに笑った。

「ええ、構いませんよ? 使えないものを待つより、よほどましですからね。……さあ、クグルギくんこの方を席へお連れして」
「は、はい、かしこまりました」

 いつの間にか静まり返っている食堂に、俺の声が響く。
 だが、俺が返事した瞬間に周囲がざわつき始めた。ブラックの登場に俺達以外の奴らが全員硬直していたせいで、今の会話も全部聞こえていたらしい。

 あああ、ってことは俺はまた変な方向に恨まれて……。
 ブラックとクロウが来てくれたのは嬉しいけど、これって火に油ってやつでは。

 うう……戻ったら絶対また何か言われる……これからどうしよう……。
 そんなことを思いつつ、ブラックを空いている席へと案内した。と――――

「いてっ」

 こつん、と後頭部に何か当たって、反射的に声が出る。
 何が起こったのか分からず地面を見ると、そこには小石が転がっていた。
 何故ここに小石が……と思っていたら、クロウがソレを拾って顔を顰める。

「あ……」
「……なんだ、これは」

 なんだか、不機嫌そうな声。
 これはちょっと……ヤバいんじゃないのか。

 俺の直感がそう告げて来たと思ったら、目の前を紫色の風が通った。

「えっ!?」

 紫色の風ってなんだ。
 自分で認識してても訳が分からなかったソレに、慌てて風が吹いてきた方向――つまり、ブラックの方を見やる。すると、そこには。

「ふうん…………ここに集まっている奴らは……そういう奴らなのか……」

 紫色の半透明オーラをメラメラと燃やすブラックが……――――

 ……って、明らかにヤバいじゃんかこれ!!
 ヤバい、これはヤバいぞ。止めないと。

「ぶっ、ブラッ……」
「じゃあもう、遠慮しなくていいな」

 誰に言ったか判らない言葉を吐き捨てて、ブラックは怒りに顔を歪めたまま頬をひくひくと引き攣らせて口だけを弧に歪める。
 その笑ったような顔は、実際笑ってはいない。口が笑んだように歪むのは、怒りの余りに頬が引き攣っただけなのだ。つまり……これは、本当にヤバい。

 まさかここで術を使うんじゃないだろうなと思い、俺は止めようと口を開く。
 だが、もう遅かった。

「壊れろ、外道ども」

 その言葉と共に、ブラックの体を覆っていた紫色光の炎が一気に噴き上がった。










※ちょっと遅れました(;´Д`)スミマセヌ…
 
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