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豪華商船サービニア、暁光を望んだ落魄者編
相談するなら頼もしいヤツがいい2
しおりを挟む「……なるほど。くだらん話だな」
全てを聞いたリメインが、バッサリ斬って捨てる。
うん、だから俺も触りだけふわっと話そうと思ったんだよ。こっちからしたら大変な事だけど、他人からすれば痴話喧嘩レベルだもんな。
それをリメインが詳しく話せって言うもんだから話したんであって、俺が悪いんじゃないからな。俺はこの件には関わってないんだからな。
まあそんな軽々しい事なんてお客様相手に言えないんだけども。
「で、でもですね……こっちからすると結構キツい問題なんですよ……?」
リメインにおかわりを要求されワインボトルからワインを注ぎつつ、なるたけ大人な態度で俺達も中々にキツいんですぞと訴える。
しかし貴族である相手はイマイチ理解出来ないようで、ふーむと首を傾げた。
「使用人同士で結束するのは当たり前のことだろうし、あいつらは出会いも職場の中なのだろう。だったら、虚像を崇拝するのもしかたあるまい」
「虚像って……」
「美しいものは、一目見て誰もが理解出来る。その美は不変のものだ。だからこそ、人は整った物を崇めそれを手に入れたいと願う。その執着が人を働かせる。それが例え虚像だろうとな」
リメインの言っていることがよく分からないが、アイドルには誰もが憧れちゃうって事なのかな。確かにアイドルの子と付き合えたら嬉しいと思うけど、そのためにお互いが牽制しあってピリピリしているのは第三者からするとキツいよ。
つーか虚像ってなんだ。
リーブ君は普通に存在してるし、別にアイドルみたいに自分を演出しているワケでも無いんだけどな。俺の説明の仕方が悪かったのだろうか。
「でも、その……件の少年は、実在してるしありのままの状態ですよ」
「本人がどうであれ、他人が見ればどうしても妄想が入る。お前の話を聞く限りでは、その少年も意図して周囲を惑わせているわけではなさそうだが……そういう場合、周囲の思慕は盲目的で危うくなっていく。……人は、利己的だ。己の良いように物を考え、夢想するうちに狂っていく」
そんな苛烈な……とは思ったが、ああまでイライラしている厨房の人達を見ていると、手に入りそうで手に入らないものへの渇望が人を狂わせるのも少し頷けた。
でもまあ、ソレをむき出しにしてイライラするのは勘弁して欲しいが……。
「何か解決策って無いんですかねえ」
「無いな。その少年も慎みを持とうとしないのなら、被害は広がる一方だろう。ここは船の中……閉鎖空間も同じだからな。その少年の身請けが成就されるか、件の厨房支配人とやらが上の者としての態度を示さなければ、ずっとこのままだろう」
「えぇ~……困ったなぁ……イライラしてる人達を見ているのもイヤだけど、リ……彼に何か危害が及びそうだし……」
煮詰まって凶行に及ぶ事件なんて、それこそどこの世界でも起こり得る事だろう。
どうすべきかとつい腕を組んでしまう俺に、リメインは寝不足なような隈が浮かぶ目を細めて俺を見つめた。
「…………お前はどうして、その少年を庇う? お前からすれば、立場が上で羨望と嫉妬が入り混じる相手のはずだろう。貴族になる可能性もある相手だ。同じ平民だと言えど、思う所は色々あるだろう。鬱陶しいと思っているんじゃないのか」
「え……」
何故か、リメインは真剣な表情でこちらを見ている。
どうしてそんな顔をするんだろうと思ったが、俺は当たり前の事を答えた。
「だって、その子は俺が助けなきゃって思った子だったし……それに、まあ確かに人にモテる姿には嫉妬するけど……それと心配するのとは別の感情です。いいなぁと思うことは正直あるけど、だからって庇わないなんて事は無いと思いますよ」
俺にだって、人の事を羨ましいなあと思う気持ちはある。
というか人一倍強いかも知れない。俺は尾井川みたいに強くないし、シベみたいにお金持ちでもない。クーちゃんみたいに人気者になれる話術も無ければ、ヒロみたいに頭がよくも背が高くも無い。
仲間であり大事な存在であるブラックやクロウにだって、羨ましいやら妬ましいやらの気持ちを向ける事ばっかりなんだ。自分の姿を顧みると、どうしても周囲の長所が羨ましくなってしまう。自分には無いものだから、いつも嫉妬してしまうのだ。
だけど、だからってみんなの事を嫌いになんてなれない。
みんな大事なヤツだし、結局スキな奴らなんだ。
リーブ君だって、俺にとってはちょっと手のかかる弟みたいで嫌いになれない。
彼のわがままも純粋な子供の欲求だと理解出来るからこそ、なんだか怒るより心配になる気持ちの方が強くなってしまっていた。
嫉妬してるのに心配するなんて……考えてみれば変な感じだけど、でも本当にそうなんだから仕方ない。つーか十歳そこらの子に嫉妬してどうすんだ。
「…………おまえは……」
「……?」
俺をじっと見ていたリメインが、何故か少し苦しそうな顔をする。
……そういえば……ここ数日リメインのお世話をしているが、彼の隈はずっとそのままのような気がする。もしかして、疲れているんだろうか。
今日は俺が長々と話してしまったから今日は余計にやばくなったのかな。だったら早く休んだ方が良いかも知れない。今日はワインも一本飲んじゃってるし……。
「あの、リメインさん……大丈夫ですか」
そう問いかけると、リメインは少し驚いたように目を開いた。
予想外だったらしいが、しかしすぐに怪訝そうな顔をして俺を見る。
「なんだ急に」
「あ、いや……なんていうか、ずーっと疲れた顔してるから……」
「……え? 疲れた、顔?」
「だって、その……目の下の隈とかずっとそのままだし……」
俺が恐る恐る指摘すると、リメインは今気が付いたとでもいうように驚いて、自分の顔をぺたぺたと触る。そうして、顔を確かめたいのか立ち上がって窓へ近付いた。
大海原が見える明るい窓に、金色の髪と疲れた顔がぼんやり映る。
それをみて、ようやくリメインは自分がどういう状態か理解したようだった。
「…………確かに、隈があるな……」
「仕事とかで休めてないんですか? ワインも良いけど、ベッドでゆっくり休んだ方が良いですよ。せっかくこの船は揺れないし……部屋でゆっくり出来るんですから」
当たり前の事を言う俺に、リメインは振り向いて何とも言えない顔をする。
動揺しているのか困惑しているのか判らない、なんとも絶妙な顔を。
「……お前は、妻のような事を言うな」
「え゛っ」
妻、という単語が自分と結びつかな過ぎて、思わず変なうめき声を出してしまうが、リメインは目を細めて俺に近付いてきた。
「私の妻も、いつも私にしっかり休めと言っていた……。領民のために自ら出向くのは立派だが……それもしっかりとした休息があり心身を健康にたもってこそ、と……」
そう言って――――リメインは、何故か頭を抑える。
急に苦しそうに呻いて頭をぐっと掌に押さえつける相手に、俺は心配になってつい手を伸ばして支えようとしてしまった。不敬罪だと言われそうだったが、しかし相手は俺を叱る余裕も無いのか、腰を曲げて俺の手で肩を支える形になった。
「り、リメインさん大丈夫ですか!」
「ぐ……ぅ……だい、じょうぶ……だ……」
「もうそんなんで動いたら駄目ですって! 寝室、寝室行きますよ!」
こうなったら強引にでもベッドに寝かせよう。もしかしたら仕事のし過ぎで体が限界を迎えたのかも知れない。俺はリメインが何をしているのかは知らないけど、こんな状態になるんだから恐らく何か大変な事はあったはずだ。
そんな状態で起きているのはとても危ない。
俺はリメインの体を支えながら、ずりずりと引き摺ってなんとか寝室に入った。
きっちりと整えられ、備品も綺麗に配置されたままの寝室は、どうも使われたような感じがしない。なんならベッドに入った形跡もなかった。
もしかしてこの人、ソファで夜を明かしてたのか?
それなら疲れまくっているのも納得だ。ワーカホリックだよこんなの。
頼むから倒れないでくれよと思いつつ俺はリメインさんをベッドに降ろして、強制的に横にならせると布団をかけた。
「お、おい……私は……」
「いいから休んでくださいっ! 眠気が無くても少し横になって、どうしてこんな症状になるのか考えて下さいよ。でないと対処法も分からないじゃないですか」
「む……それは、そうだが……」
しかしリメインは頭痛や疲れに心当たりなど無いとでもいうように、いつもの不機嫌顔でむっつりとベッドに寝転がっている。怒っているのか、無言で。
けれど、こればかりは見過ごせないのだ。
気付いてしまったからには、世話を焼かねばメイドが廃る。
……というか、結構仲良くなったと俺は思っているので、リメインの眼の下の隈はずっと気になって仕方なかったのだ。これを機にしっかり元気になって欲しい。
そんな事を思いつつ、素直に横になっているリメインを見ていると――――不意に、相手がベッド脇に居る俺を見つめて来た。
「…………ツカサ」
「なんですか」
「……少しの、間で良い……。眠るまで……ここ、に……いてくれ……」
リメインの眼が、うつらうつらと閉じて行く。
どうしてリメインがそんな事を言ったのかは分からないけど……でも、拒否する理由も無い。俺は頷くと、リメインが眠るまで黙って傍にいることにした。
すると、安心したのかリメインはほどなく眠りにつき、すうすうと寝息を立て始めた。
こうしてみると……やっぱりリメインも美形なんだよなあ。
さっき虚像だなんだと言ってたけど、もしかしたらリメインも似たようなことで大変な被害を受けたのかも知れない。だから、あんな風な意地悪な事を言ったのかも。
俺はリメインのことを良く知らないけど……でも、嫌な経験をしたら案外ずっと心の中に残り続けるもんだからな。……話しちゃって悪かったな……。
「……リメインさん、ゆっくり休んで下さいね」
起きた時の為に水差しとコップを用意して――――氷を作る術【リオート】で作った氷を砕いて出来るだけ冷たくなるようにしておき、俺は静かに部屋を出た。
どうでもいい配慮かも知れないが、相手は凄い部屋のお貴族様だし……なにより俺の話も聞いてくれる優しい貴族様だからな。ちょっとくらいサービスしたってバチは当たるまい。それに……リメインはずっと部屋からでてないワケだし、なにか特別な事でもやって喜んでくれればなと……。
「ともかく……ちょっとでも休んで、船の旅を楽しんでくれたらいいな」
せっかく豪華客船……いや豪華商船に乗っているんだから、少しくらいは骨休めが出来たらいいんだが。
……ブラックとクロウと俺の可愛いロクショウも部屋にこもりがちなので、同じようなヒキコモリになってる人を見るとどうしてもなんか気になっちゃうな。
アレで少しは疲れが癒えてくれればいいんだけど……。
「……あっ。そういやブラック達が出てた夜会について訊くの忘れてた……」
リメインが出席していたかどうかは謎だけど、お貴族様だしもしかしたら夜会での事を何か知っていたかもしれないのに……いやでも今は仕方ないか。
不本意ながらも俺は客室係のメイドさんなのだ。自分の都合より、お客さんが楽しく船旅を過ごせるようにするのが使命なんだからな。
――――そんな事を思いつつ、いつものように裏の通路を通って更衣室兼休憩室へ戻って来たのだが……何故かそこには、厨房支配人が待ち構えていた。
非常にイヤな予感がするが、素通りするわけにもいかない。
俺はカートを押す手を止めると、支配人に向き直った。
「あの……どうしたんですか?」
どうにもイヤな予感がするが、聞かないわけにはいくまい。
俺より背の高い大人の顔を見上げると、相手は忌々しいとでも言いたげな表情で舌打ちをすると、俺に対してビシリと指を差した。
「おいクグルギ、お前は明日から別の仕事だ」
「……えっ!?」
驚いて厨房支配人の顔をまじまじ見やるが、相手はこっちみんなと言わんばかりのイライラした顔で俺を見返し、指をずいずいと押し付けてくる。
「非常に不本意だが、諸事情でお前とリーブ君の係を入れ替える事になった。だから明日からホールに立てるように給仕係のことを教えて貰え。いいな、明日からだぞ! 遅れたら罰を与えるからな!!」
「えっ、え、あのっ俺……」
「問答無用!! お前はこっちの決定にしたがってりゃいいんだよ!」
怒鳴られて、思わず言葉が引っ込んでしまう。
大人の恫喝に慣れていない俺はつい硬直してしまったが、その間に厨房支配人はさっさとどこかに行ってしまった。俺の返答など必要ないとでもいうように。
「…………俺が、ホールって……」
まさか、さっきリーブ君が言っていたことが叶っちゃったのか。
そうだとしたらとんでもない話だ。途中で係を変えるなんて、お客さんを不安にさせたりするしよくないことだよな。
それは厨房支配人も分かっているだろうに、どうしてこんな暴挙に出るのか。
俺だって、そこそこ給仕が上手くなってきた…気も、するし……ブラック達やリメインだけじゃなくて、普通の商人のお客さん達にも好意的に見て貰えてたのにな。
なのにいきなりの交代だなんて、ちょっと心が追いつかない。
なにより、ブラック達とも気兼ねなく会えて、リメインみたいに気負わず話せる相手と離されるのは中々に焦る事態だった。
他の給仕の人達と仲が悪いワケじゃないけど……人前にずっと出て行って料理や酒を運ぶ仕事となると、上手く出来そうにない。だって俺黒髪だし……なにより、人によっては軽蔑の対象になるんだぞ。
いくら給仕が上手くたって、余計なトラブルが起こりかねない。
それなのに、有無を言わさず変更……厨房支配人、リーブ君を貴族に逢わせないようにしようとしているのか分かるけど、こんな事して欲しくなかったです……。
でも上の命令は絶対だしな……。
「はぁ……どうしよ……後で連絡しに行かなきゃかな……」
思わず溜息を吐くと、またもナルラトさんが休憩室を覗いて来た。
どうしたのかと相手を見やると、ナルラトさんも不機嫌そうな声でこう言った。
「…………ほら、やっぱり一発殴った方がいいだろ」
「だ、だから暴力は勘弁してくださいよナルラトさん……」
俺の味方をしてくれるのは本当に嬉しいが、それはダメですナルラトさん。
→
※暑さでだいぶ遅れてしまいました…(;´Д`)すみませぬ
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