異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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豪華商船サービニア、暁光を望んだ落魄者編

14.相談するなら頼もしいヤツがいい1

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   ◆



 なんだか今日は色んな人の機嫌が悪い。

 厨房支配人は何かブツブツ言いながらサボってるし、朝食を届けに行ったブラックとクロウも神妙な顔をしながら俺に何もせず帰してくれたし、なんなら別の客室係の子からも「今日は貴族連中がソワソワしてて落ち着いてない」と話を聞くくらいだ。

 それに追加して、支配人のガス抜きに俺が怒鳴られたのにイライラしてるナルラトさんや「忙しい最中に喧嘩すんな」と今日はヤケにピリつく厨房の人達……となると、もう大体みんなイライラしてるみたいで、給仕係の俺達はちょっと肩身が狭かった。

 ……昨日、みんな何かあったんだろうか?
 ブラック達は、お貴族様に一度は顔を見せないとってことで「夜会」に行ったらしいけど、それ以外に目立った事件なんてなかったよな。
 となると、夜会で何か起こったとしか考えられないけど……。

「夜会に駆り出された給仕係に訊けば分かるのかな?」

 今日はブラックの部屋もリメインの部屋も静かなので、お昼までは自由時間になりそうだ。そんな事を思いつつ、厨房の奥にある更衣室兼休憩室でのんびりしていると――――やけにウキウキした様子のリーブ君が入って来た。

 そうか、食堂も昼間では閑散期な時間だな。
 飲み物を用意すると、リーブ君は嬉しそうに椅子に座って受け取った。

「へへ、おいしー」
「なんか嬉しそうだな」

 よっぽどいいことでもあったのだろうか、と問いかけると、リーブ君は年相応の顔でニコッと笑いつつ、俺に色々と話してくれた。

 子供らしくあっちこっちに飛ぶ話をまとめて要約すると、こうだ。

 ――心はまだ幼いながらも器量よしのこのリーブ君、その美貌を買われてか実は昨晩「夜会」に給仕係として参加していたらしい。……未成年に夜間の労働……などと言いたくなるが、この世界にはそういうルールはないので今は不問にして。

 ともかく、彼は見目麗しい姿を生かして、貴族の人々を癒す役割を買ったようだ。
 んで、目論見通り夜会でリーブ君はたいそう可愛がって貰ったらしい。
 褒められ慣れてる彼が言うのだから、相当な物だったのだろう。お貴族様もやはり金髪美少年にはついつい頬が緩んでしまうんだな。いやまあ、金髪って言うか、この場合は美少年の方に多分に加重が有りそうだけど。

 ……ゴホン。い、いかんいかん。モテない男の僻みが……。
 えーと。ともかく、リーブ君は大人気だったワケだ。

 まあ年相応に天真爛漫だし、俺と同じくらいの身長とは言えまだまだ細身で子供の体型だもんな。俺は違うけど。だから可愛いがられるのも当然だ。俺は違うけど。
 俺はれっきとした十七歳のオトナだから違うけどな!

 はあはあ。じ、自分と比べられるせいで、何かと敏感になってしまう……。
 ただでさえ商人の人達の所にモノを運ぶと「まだ子供なのに頑張っててえらいね」などと褒められ、優しい言葉のナイフをグサグサさされてるんだ。心の中でムキムキするくらいは許して欲しい……じゃなくて。なんの話だったっけ。

 ともかく、リーブ君は夜会で大人気だったわけだ。
 ブラックやクロウもリーブ君を見て美少年と思ったのかなと考えると、少々嫉妬の虫が湧かないでも無かったが、なんか疑ってるようで悪いので今は置いておく。

 しかしそう考えるくらい、リーブ君の話し方は絢爛豪華って感じだった。
 それほどの人気だったからなのか、お貴族様達もこぞって「ぜひ私の従者に」などとコナを掛けて来たのだそうな。そもそも貴族専用の食堂で給仕係をしていたので目を付けられていたんだけろうけど、夜会で勧誘とはすさまじい。

 給仕係や客室係のお仲間から聞く限り、お貴族様に召し抱えられるのは名誉な事で給料もグンと上がるらしいので悪い事ではないんだろうけど、なんか普通の子を金で買うって……ちょっとやらしい感じでヤだよな。

 娼姫はお金を貰ってちゃんと相手を満足させるお仕事だから良いけど、求人なんか出しても無いのに普通の人をお金で買ってどうこうしようってのは、なんか凄く傲慢な感じだ。それに、みんなの口ぶりからするとえっちな事も有るかも知れないみたいだし……なんか素人娘をゲットするオッサンみたいなやり口っぽくて普通にヒくわ。

 でも、この世界でもお金は大事みたいだからなぁ……。
 その覚悟がある人なら、それもまた有意義な勧誘なのかもしれない。しかしリーブ君は成人してないんだぞ。明らかに未成年者薬酒……にゃくしゅ……えーと、何か、法律的にダメな感じじゃないか。例えこの世界がロリショタオッケーだったとしても、リーブ君がオスであっても、ソコは色々ダメだろう。

 漫画や小説ならいいけど、現実ではちょっとね……って思うんだが、貴族は一般人じゃないからそうは考えないのかな。年齢一桁で婚約だとかリーブ君の年齢で結婚だってのもなくはないみたいだし。
 うーん異世界ギャップ……。

「ツカサさーん?」
「ハッ……つ、つい話が脱線……ええと、それでどうしたの。夜会で大評判だったんなら、リーブ君は今日も引く手あまたって感じだっただろ?」
「ヒクテアマタ?」
「えーと……色んな人に高待遇で誘われちゃったでしょってこと」

 言い換えると合点が行ったのか、リーブ君はニッコリ笑って頷く。
 ちょっとオシャマな子だけど、やっぱりこう言う所は年相応の素直さだなあ。

「ベランデルンの貴族の人が、僕を是非養子にって熱心に誘ってくれたんですよ~。あそこご飯に困らない土地だからから、ちょっと迷ったんですけど……」
「な、なにかあったの」

 問いかけると、リーブ君は頬をぷくっと膨らませてあざとい拗ね方をする。
 美少女だったら思わずドキッとしていただろうなと思ってしまう俺に、リーブ君は目を潤ませて必死に訴えて来た。

「も~、聞いてくださいよー! 実はぁ、貴族様達に今の状況を話したら、借金も全部払ってくれるって言うから、すぐに養子にして貰おーと思ったんですけどぉ……それを厨房支配人がダメだって言うんですよ~! 召し抱えて貰えば借金もチャラになるし今後遊んで暮らせるしいいことづくめなのに。ツカサさんもそう思いますよね!?」

 えっ。借金まで払おうって言うの。
 というかそんな話までしちゃったのリーブ君。ちょっとお貴族様相手に気を許し過ぎなのではと心配になったが、ソレを察してか厨房支配人が止めに入ったのはナイス判断だ。あの人は俺の事を嫌いだろうし、俺も嫌な人だなとは思うが、リーブ君の事に関してはまともな思考が働いているようだな。

 うむ、さすが支配人になっただけのことはある。
 やっぱそう言うのって怪しいし……リーブ君にも親が居るんだから、未成年の内はこういうのは親の了解を得てからじゃないと駄目だよな。

 でもまあ……リーブ君にとっては、それも意地悪に見えちゃうか。
 タナボタの状況に待ったをかけられれば、大人でもイラッとはするだろう。子供なら興奮しちゃって「何で!?」しか考えられなくなるはずだ。

 俺だってそうだけど、興奮しちゃうと相手の忠告なんて聞こえなくなるからな。
 しかしだからと言って俺が「そうだね酷いね」というワケにはいかない。

 ここは何とかしないとなと思い、俺はお兄さんぶってリーブ君に語りかけた。

「うーん……確かに貴族の人の条件は魅力的だし、そんな優しい事を言われたら、俺だってつい頷いちゃいそうになるけど……」
「でしょう!?」
「でもさ、リーブ君。俺達今、働く契約をしてるんだぜ。この船の中で働くことで借金をチャラにして貰える約束をしてるんだから、そういうのもクレスさんに訊かなきゃ何かヤバいことになりそうじゃない?」
「えぇ~? そうですかぁ?」

 むっ、ちょっと聞く耳を持ってくれた。
 もうひと押しだなと思い、俺は優しく畳みかけた。

「そうそう。あとさ、厨房支配人がダメって言ったのだって、リーブ君が怒られないか心配になったから止めてくれたんだと思うよ。だって支配人はリーブ君にずっと優しくしてくれてる人なんだろ? きっと理由もなしにダメって言ったりしないよ」
「む~~……。でも僕もうしょーじき給仕係も退屈だし、みんない~っぱいお金くれて優しくしてくれるのに、厨房支配人はそのお金で借金返すのダメって言うんですよ? 全部僕の物にしときなさいって言うばっかりだし」

 優しいのかなあと首を傾げるリーブ君。
 ……優しいと思うよ俺は。だって、ブラックが俺に対して払ってくれる法外なチップは支配人に流れたままだからな……。懐に入れておけと言うぶん優しいのでは。
 あとやっぱ俺なんか搾取されてる? されてるよね?

「ま、まあともかく……あの人がリーブ君のことないがしろにするとは思えないし、少し落ち着いてから話を聞いてみたらいいんじゃないかな」
「そりゃ、厨房支配人は僕の事をいっつも褒めて優しくしてくれるけどー……」

 しかしまだリーブ君は納得できないようだ。
 と、何を思いついたのか急に顔を明るくしてパンと手を叩いた。

「そーだっ! 僕に優しくしてくれるって言うんなら、僕もツカサさんみたいに客室係にしてもらおっ。そしたら少しは退屈じゃなくなるだろうし」
「えぇえ!?」

 どういう事だと驚く俺に、リーブ君はニコニコと笑って見せる。

「食堂の給仕係って、みんなにチヤホヤされるのは良いんですけど、ずーっと一緒の所にいなきゃいけないのが面倒臭いし、僕もツカサさんみたいに休憩時間いっぱい欲しいですし! 客室係だったらいっぱい休憩できるんですよね?」
「え、えぇ……? いや、アレは待機時間で別に休憩してるワケじゃ……」
「そうと決まったら僕さっそく掛け合ってきますねーっ」

 あ、ああ、俺が声を掛ける間もなく行ってしまった。
 ……俺、そんなにまったり休憩しているように見えたんだろうか……。実際は、いつ呼ばれるか分かんないから休憩も細切れだし、厨房を手伝ったり掃除をしたりしてて実際は結構働いてるんだけどな……。

 いやでもリーブ君は食堂でウェイターみたいに忙しく動き回ってるワケだから、そう誤解しても仕方ないか。厨房支配人が誤解を解いてくれるといいんだが……。
 まあ俺には厳しいがリーブ君には甘いようなので、たぶん大丈夫だろう。
 そんな事を思っていると、ナルラトさんがヌッと厨房から顔を出した。

「……あの最上級の部屋の客からご指名だ。軽食と飲み物持って来てくれだとよ」

 なんか今日の朝より不機嫌そうだぞナルラトさん。
 やっぱみんな何か有ったのかな。

「な、ナルラトさんも何かイライラすることありました……? つか、なんでみんな今日はイライラしてるんです……?」

 我慢出来ずに恐る恐る問いかけると、ナルラトさんは眉間の皺を深めた。

「他の奴らは、夜会でさっきのクソガキがモテたのにピリついてんだとよ」
「リーブ君が? はー、なるほど……みんなに愛される天使ってヤツか……」

 支配人のみならず厨房係の人達まで不機嫌だったのはそう言うことか。
 客室係の俺達はリーブ君と一緒に仕事をしてないから気にしてなかったけど、そう言われてみると、厨房の人達もリーブ君のことは見てるんだもんな。そりゃ親心とかやましい心も湧いて来るか。個人的には後者の気持ちは理解出来んが。

 ……となると、ナルラトさんもリーブ君の今の話で不機嫌に?

 そう思ったことが顔に出ていたのか、ナルラトさんはクワッと般若のように顔を怒りに歪め、言葉を取り繕う余裕も無くなったのか俺に向かって怒鳴った。

「んなわけ無かやろがァッ!! なんばのぼせたこつ言いよっとかこんバカモンが! オイはあんガキゃ好かんけんこがんはらかいとっとたい!!」

 や、やばい何を言ってるのか分からない。
 何を言ってるのか解らないが、怒られているのだけは分かるのは不思議だ。
 というか怒ると怖いな……どっかで聞いた事も有るような方言なだけに……。などと思っていると、俺がポカンとしているのに気が付いたのか、ナルラトさんは恥ずかしげに顔を赤らめると頬を掻いた。

「……ご、ゴホン……いや、その……お前に怒ったわけじゃない……すまん……」
「あ、いや……なんかこっちこそスンマセン……」

 照れるナルラトさんとか珍しい。
 恐怖も薄れてジッと相手を見やると、ナルラトさんは居た堪れなさそうに顔を歪めバンダナの中の耳をモゴモゴと動かした。う……か、可愛い、かも……。

「とにかくその……俺はな、ツカサ」
「はい」
「あのガキを一発殴りたいってことだ」
「そ、それはちょっと……」

 言わんとしている事は分かるが、相手は子供なので暴力はちょっと。
 なんだか話している内にまたナルラトさんの怒りを煽りそうだったので、俺は早々に会話を切り上げて最上級の部屋――リメインの部屋に軽食を届けに行く事にした。

 ……こうなってしまうと、逆にリメインの部屋の方がホッとするな。
 ブラック達も厨房もピリピリしてるから、迂闊に話し掛けられないし……。

「まあ、リーブ君の事でピリついてるってのが分かったのは良かったけど……ブラック達の方は何だかよくわからないしな……」

 いつものようにお貴族様専用フロアに降り立ち、一番奥の部屋にゴロゴロとカートを押す。その途中でブラック達の部屋に差し掛かったが、仕事中では様子を見に行く事も出来ず、俺は少しの寂しさを覚えながら通り過ぎた。

 何を考えているのか教えて貰えないのはモヤモヤするけど、ブラック達がこうして何も話さない時は、それなりの理由を抱えている。
 それを俺は知っているから、ねだらずにただ待っているのだ。

 だって、相手は俺よりずっと大人だもんな。
 こちらの事をちゃんと考えたうえで黙っているんだから、そのことに俺が怒ったってそれはただのわがままになるだけだ。

 それに……助けて欲しい時は、お互いもう遠慮なんて無いもんな。ブラックもクロウも、その時が来たら「助けて欲しい」と言ってくれるはずだ。だから俺は、真面目に仕事をやるしかない。

 そう自分に言い聞かせて、俺はリメインの部屋のドアをノックした。
 いつものように、部屋の中の相手が入出を許可してくれる。

 相手は楽しい軽食を待っていたんだから、俺も笑顔で持って行かないとな。
 憂鬱な顔は厳禁だと改めて表情を引き締めつつ部屋の中へと進んだ。

「今日は少し遅かったな。何かあったのか?」

 リビングに入るなり、窓を向いたソファに座ったリメインが問いかけて来る。
 きらめく海をゆったり眺めていられるリメインが、今日はとても羨ましい。そんな事を内心思いつつ、俺はエヘヘと愛想笑いをしつつ軽食をテーブルに並べた。

「いや、実は厨房がピリついてまして……」

 隠していても仕方ないので、さらっと触りだけ話すと、リメインは呆れたような表情で片眉を上げて見せる。さもありなん、当事者でなければつまらない話だろう。
 だが振り回されるこっちは案外疲れるものなんですよ……と苦笑すると、リメインは俺の顔をまじまじとみて、肩を竦めた。

「ピリついていただけでそこまで元気がなくなるものか。……いいから全部聞かせろ。これは命令だぞ」
「ぐぬ……」

 リーブ君のことや、夜会がうんぬんって所まで話さなければいけないのだろうか。
 そうは思ったが……ふと、こんな事を考えてしまう。

 ……そう言えば、リメインも貴族だ。
 だったら、夜会の事を話せばブラック達が何を考えているのかも少しは分かるかも知れない。それに、リーブ君の事だってもっと詳しく解るかも。

 ――――そんな風な、下世話なことを。

「ツカサ、私はお前をわざわざ指名してやってるのだぞ。敬語も軽い物にしてやっているのだから、気を許して話すくらいはしろ」
「そ、それ話して貰う人の言い方ですかね」
「貴族が従属相手に下手に出てどうする」

 そりゃまあそうなんですけど。
 だけどいつも通りのリメインと話していると、なんだか心がほぐれて来て。

「……ここだけの話にして貰えますか?」
「ああ。お前との約束は破らない。……今度は、約束する」

 少し言い方に引っ掛かりを覚えたが、リメインの不機嫌そうな隈のある顔は真剣なものだ。その表情には不思議と偽りは感じられなかった。
 だからだろうか。

 俺は、今までのことを包み隠さず話してしまっていた。











※ちょと遅れました(;´Д`)スミマセン

 
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