異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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豪華商船サービニア、暁光を望んだ落魄者編

13.木の葉が引かれる道標1

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   ◆



 豪華絢爛な客船の廊下は、人の気配も無くとても静かだ。
 島に停泊していても居残りのお客さんはいるだろうに、それでも何故だか今日は人とすれ違うと言う事が無かった。まあ俺としては好都合だ。

 人が少なければ少ないほど、自由に船の中を探検できるってもんよ。
 そんなことを思いつつズンズンと進む俺。……の背後で、何やら聞こえてくる。

「普通さあ、あの展開だったらベッドに行くと思わない? せっかくツカサ君がお休みを取って来てまで部屋に来たんだからさぁ、今まで触れ合えなかったぶん、ベッドの上でた~っぷり愛を囁きあうべきだったんだと思うんだよ僕はさぁ。ツカサ君と僕は恋人だし婚約者同士なんだからさあ」
「……むぅ……オレもそろそろツカサを食べたいぞ……」
「キュキュ~、キュー?」

 そうだねロクちゃん、なんか後ろでオッサンが言ってるねえ。
 でも無視してようね。下手に突っ込むとヤブヘビってやつだからね。

「それにしても豪華客船……じゃなくて、豪華商船の探検だなんて心が躍るなぁ」
「キュー!」

 ヒンヤリ気持ちが良い肌触りのロクを肩に乗っけて、久しぶりにいつもの旅メンバーで歩くのは何とも心が弾む。背後で何か煩いが、いつもの事だから無視して居ればいいだろう。せっかく強引に部屋から抜け出して「探検しようぜ!」の勢いにオッサンを巻き込んだのだから、ここで頓挫するわけにはいかないのだ。

 そう思い、俺はわざとらしく二人の愚痴を無視しながらロクに話しかけた。

「ロクも久しぶりの冒険楽しいだろ?」
「キュッキュ、キュゥウ」
「ん? 四人一緒で楽しい? ロクは嬉しい事言ってくれるなぁ。なあブラック、クロウ」

 まるで俺一人が喋っているようだが、ロクが言っているのを俺が人間のコトバに訳してるんだからな。決してひとりごとではないぞ。
 以前のようにテレパシーっぽい意思疎通が出来なくなってしまったとは言え、ロクの言う事は【守護獣】の契約をしてなくたってちゃんと分かるんだからな!

 ま、まあブラックとクロウは分かってくれてるみたいだからいいんだけど。

「えぇ……一緒の冒険? ……まあ、確かにここ数日部屋に籠りきりだったけど……」
「それに最近運動もしていなかったぞ。ロクショウの言う通り、散歩くらいはいいだろう。でなければ、腕が鈍ってしまう」
「朝昼晩別室で煩い鼻息立てながら腕立て伏せしてるバカ熊が言う事かそれ……」

 えっ、クロウそんなことしてたの。
 寝ている時にそんな雄々しい吐息が聞こえて来たら確かに怖いな。というか、何か気になって寝られ無さそう……クロウって結構鼻息荒いし……。

「キュキュッ、キュッキュッキュッ!」
「おっ、ロクも一緒に腕立てとか腹筋背筋してたのか? えらいな~!」

 パタパタと小さなコウモリ羽で俺の前に浮き上がりながら、俺の世界一可愛いロクちゃんは筋トレを一生懸命披露してくれる。く~~~っ、こんな可愛い筋トレが出来るヘビトカゲちゃんなんて、別次元を探してもロクショウくらいでは!
 はぁ~、もう本当にどうしてロクってば可愛すぎるんだろう……もしかしたらロクって天使なんじゃないか? 俺を癒すために地上に舞い降りてくれた最後の天使?

「き、君の瞳は一万ボルト……」
「ツカサ君なに言ってんの」
「あっ、いや、なんでもないです」
「それで、どこに行くの? 貴族専用の所はツカサ君は行けないから、一般区域しか探検できないよ。あんまり面白いトコないんじゃないかなぁ」

 あ、そういやブラックとクロウは貴族と従者として乗り込んだんだっけ。だから、中身が冒険者であっても一応貴族しか入れない場所に入れるんだ。
 でも俺は従業員と言う立場なので、特別な理由が無ければお貴族様専用のエリアには入る事が出来ない。恋人だとか……その……お手付きだとかで船から離れるのであれば許されるらしいんだが、そう言う目で見られるのは嫌なので断固阻止だ。

 ……ってなワケで、ブラックの言う通り俺の探索範囲は限定されているのだが……ふふふ、この俺が何も考えずに船を探検すると思ったら大違いだぞ。
 ゲームで船に乗れば必ずと言っていいほど入れるのが、一般客室……まあ時にはタコ部屋風だったりするが、そういう場所や倉庫、食堂……そして……――

「機関部! 今から俺達は機関部に行くから面白い事だらけだぞ!」
「えぇ……? 機関部ってそれこそ関係者以外立ち入り禁止じゃないっけ?」
「突然行って、入れて貰えるとは思えんのだが」

 オッサン二人は訝しげな顔をしているが、こういう時の俺の段取り力は凄いのだ。
 確かに、機関部や操舵室は関係者以外立ち入り禁止だ。
 だが、そういう場合も考えて俺は船に乗る前から準備をしていた。何の準備かっていうと勿論「機関部の人や船長さんに話しかけて仲良くなっておく」ってものだ。

 船での研修初日から彼らと接触した俺は、客室係と言う多少は休憩時間が多めの立場を使い、今まで積極的に彼らの元へ料理などを運んでいた。
 あくまでも邪魔をしない範囲でおしゃべりしたりして、少しずつ彼らに信用される奴という地位を確立して行ったのである。そのお蔭で、俺は「休みになったら、いつでも遊びにおいで」と彼らに確約を貰うことができた。

 ……なんとも不純な動機で彼らと仲良くなってしまったが、俺だって普通の健全な男子なのだ。機関部だって見学したいし操舵室も見てみたいのである。
 やっぱりさ、でっかいモノが動いてるところってロマンだし……なにより、それを人が動かしてるってところが格好いいし……!!

 ……ゴホン。ともかく、心配無用なのだ。

「機関部と操舵室の人達には俺から事前に頼んであるから大丈夫だよ。まずは……ここからだと操舵室が近いよな! そっちから見学させて貰おう!」
「ツカサ君元気だなぁ……」
「オレは腹が減ったぞ……」
「いーから行くぞっ」

 一々質問に答えていたら、一日が終わってしまう。
 俺はブラック達に「いいから俺に付いて来い」と男らしい事を言うと、第一の目的地である操舵室に向かった。件の部屋は船の中層にあって、この世界では珍しく俺の世界のようにガラス張りの部屋で船長さん達は船を操っている。

 とはいえ設備は普通の木造船と変わらないし、機関部からのなんかのエネルギーを操る設備は有るみたいだけど、俺の世界の船と何が違うのかはよく分からない。
 今日はその事も聞けると良いなと思いつつ、操舵室のドアを叩いた。

 ややあって扉が開き、中から白い制服を着たお兄さんが出てくる。

「やあ、ツカサ君じゃないか。……あっ、もしかして見学に来たのかい?」
「うっす! 今日はツレもいるんですけど……いいですか?」

 そう言ってロクショウと背後のオッサン二人を指すと、爽やかなお兄さんはちょっと驚いたようだったが「どうぞ」と中に入れてくれた。
 船長さんや操舵手のお兄さん達は、いつも五、六人ほどで部屋に詰め、計器やら機関部からの情報やら読み取って船を操っている。中央部に堂々と立っている舵輪を操れるのは船長と副船長の二人だけらしいが、しかし彼らはいつも誇らしげに船を動かしているので、俺からすればみんな格好良かった。

 舵輪を操るのも格好いいけど、計器やその他のものを操縦するアシスト役ってのもいぶし銀って感じでイイよな……俺には無理そうだが、いつ見ても痺れるぜ。

 だけどまあ、島に停泊している時は、みんな流石に休んでいるらしく人が少ない。
 操舵室に残っているのは、先ほどのお兄さんと船長くらいだった。

「おおツカサ君か。早速見学に来たね」

 カップに口を付けながら、黒ひげが格好いい壮年の船長さんが近付いて来る。
 今までテーブルの上で何かを見ていたようだが、あれは海図だろうか。
 背後の貴族……に見えるブラック達に船長さんは恭しく会釈をすると、俺の視線に気が付いたのか説明してくれた。

「ああ、アレはね、今まで海のモンスターを索敵していた情報と、島民達の目撃情報を海図に書き込んでいるんだ。仮に本来の航路にモンスターが出現していたのなら、船の行く道を少し変えなければならないからね」
「モンスター! そういやそうでしたね……」

 船旅があまりにも順調な物ですっかり忘れていたが、ここは異世界であり、凶暴なモンスターが跋扈する世界でもあるのだ。

 その中でも、海のモンスターは巨大な物も多いみたいなので、長い間航行するなら確かに目撃情報を集めないといけないよな……。
 操舵室の人達が常時【索敵】を使っていても、その術は海の上を滑るし遠い範囲にまで届かないから、モンスターがいる付近を通れば転覆の危険も高まるし。

 それを考えるとちょっとした恐怖だったが、このサービニア号は【不沈船】と呼ばれ讃えられているのだ。恐らく、船長さん達のこうした努力によってサービニア号は今も元気に海を走っていられるのだろう。そう考えるとありがたいなあ。

「船長さん達のおかげで安全に航行できてるんスね!」
「いやぁ、これも仕事だからね。乗客を安全に運ぶ事こそが私達の使命だし」

 ハハハと照れ臭そうに笑う船長さんは、白い詰襟の制服も相まって照れ屋な軍人のようでちょっとドキドキしてしまう。やっぱさ、将来はこういう尊敬できるくらい仕事に真摯なオトコってのになりたいよな……これぞ憧れの姿ってやつなんだ。

 ……とか思っていると、横から不機嫌そうな顔のブラックが覗いて来た。

「ツカサくーん? なんか僕以外のオトコのこと考えてないー?」
「そういうんじゃないんだっての!」

 くっ……こんな事を言うくせに、今のブラックはキッチリした貴族服で、ヒゲも整えて曜具眼鏡を掛けてるから本当に貴族みたいでずるい……っ。
 おかげでいつもみたいに睨めないじゃないか。いや、別にブラックが格好いいとか言ってないからな俺は。ドキドキもしてないからな!

 はぁはぁ、えーと、とにかく……この船の安全は船長さん達のおかげってことで……何の話してたんだっけ。
 ブラックから顔を背けるのに必死で言いたい事を忘れてしまったが、そんな俺の横で、意外にもクロウが船長さんに質問を放り投げた。

「船長殿。一つ聞きたいのだが……何故人族の船はこのような長い航路を標も無く進む事が出来るのだ? 太陽を手掛かりにしても、限度があるだろう」

 従者らしからぬ無骨な口調で問うクロウだったが、船長さんは別段気にせず丁寧に答えてくれた。

「それは、舵輪の前に置かれているあの黒い板状の石……名称は【標導石】というのですが……あの石が呼ぶ方へ進んでいるからです」
「ひょーどーせき……?」

 耳慣れぬ石の名を聞いた俺に、船長さんが教えてくれた話は、こうだ。

 その【標導石】というのは凄く特殊な石で、未だに人族でも再現できていない天然の不思議な鉱石なのだという。元々は一つの大きな黒光りする板のような岩だったのだが、この船にはその欠片を置いているのだそうだ。

 で、なんで置いているのかと言うと、それはこの【標導石】が重要な石だからだ。
 簡単に言うと、この石は磁石のような性質が有って、どれだけ離れていても他の石と呼び合う性質があるらしく、それを利用して正確な航路を作ったのだと言う。
 俺の世界で言えば、常に北を指す方位磁石みたいなもんなのかな。

 船長さんが言うには、石は産出された土地にしか反応しないので、途中で他の島に停泊する際は別の【標導石】を用意するしかないのだとか。でもこの船は何百回も航行しているので、船長さん達はベーマス行きの【標導石】だけで、停泊する島にも迷うことなく辿り着く事が出来るらしい。
 うーむ、やっぱりデキる海の男は違う……。

「なるほど……特殊な鉱石で大陸の位置を把握していたのか……」
「今のところ【標導石】は一か所の土地しか記憶できないようなので、そこに関しては金の曜術師たちが改良しようと頑張っているみたいですね。噂では、二つの港を石に覚えさせる研究が進んでいるとか」
「そんなものを作ろうとしているのか」

 珍しく驚くクロウに、船長さんは笑顔で「ええ」と頷く。

「なにせ、この【標導石】は人族の大陸でも珍しい代物なので……。それに、ベーマスのみならず他の大陸や島国へ行くための【標導石】も、それぞれ一枚しか見つかっていないので、限られた船しか動けませんしね……。だから、もしその曜具が開発されたら、今後もっと獣人の大陸や他の島国との交易は盛んになりますよ」
「ムゥ……やはり人族の曜術は計り知れない……」

 かなり興味深かったのか、バンダナの中でクロウの熊耳がもそりと動く。
 バレやしないかとヒヤヒヤしたが、でも長さんは優しい人だしな。仮にバレたって何も危ない事は無いし大丈夫か。つーか逆に言えば、人族の技術が獣人族に流失したような気もするのだが……ま、まあ、クロウは変な事に使わないから大丈夫だろう。

 ともかく、この世界ではこの世界なりに、海を渡るすべが存在するのだ。
 磁石では無くて「魔法の鉱石」ってのがなんとも異世界らしいが、まあこのあたりは俺には見るだけしか出来ないと思うので置いておこう。

「そういえばツカサ君、機関部の子達も見学しに来るのを楽しみにしてたみたいだよ。時間が有れば、次の停泊時にでも行ってみてあげたらどうだい」
「ホントですか! じゃあ、時間がある時に行きますって伝えておいて下さい。最近は色々あって、仕事が遅くなる時も有るので……」

 などと、船長さんにお願いをしていると。
 ――――背後から、操舵室のドアをノックする音がした。

「はいはい」

 また居残りのお兄さんがドア開ける。誰が来たのだろうかと開いたドアの向こう側に隠れている相手をジッと見つめていると、不意にお兄さんが後退した。
 そ、そんな気後れするような相手がやってきたのか。

 怖いけど「誰だろう」という好奇心の方が勝ってしまって、俺は自分のデバガメ根性を吹き消そうと首を振った。だがブラックもクロウもロクまでも、俺と同じようにドアの向こう側に興味津々なようで、三人ともまじまじと見つめている。
 その熱視線の中、ドアの向こうの相手は平然と操舵室に入って来た。
 靴を慣らして入って来た、その相手とは。

「えっ……?!」
「おや、つっくんじゃないか」

 お兄さんに恭しく礼をされて入って来た相手は、思っても見ない相手……俺に対し「依頼」をしてきた、アランベール帝国の変な貴族・ギーノスコーだった。










 
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