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豪華商船サービニア、暁光を望んだ落魄者編
8.暗色の出会い
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「あ゛ぁ……やっと業務が終わった……」
打ちっぱなしのコンクリートならぬ打ちっぱなしの金属の壁に囲まれた、狭い部屋。質素な二段ベッドが複数置かれているだけの飾り気のない部屋で、俺は事前に割り当てられた自分のベッドに勢いよく倒れ込む。
硬いマットレスによれよれのシーツだが、清潔だからもうこの際何も言うまい。
というか、文句を言うより疲れ果ててしまって、俺は突っ伏さずにはいられなかったのだ。なんというかもう、今日は色々と疲れた。食事をする気力も無い。
リーブ君や他の従業員達は夕食のために食堂に居るが、俺は食欲がわかなくて、とにかく横になって疲れを癒したかった。なので寝室にいち早く飛び込んだのだ。
本来ならもう寝てしまう所だったのだが……どうにも眠気がやってこず、俺はベッドに突っ伏したままうごうごと蠢いた。
「なんかもー、どっと疲れた……これが一日目って色々ハードすぎる……」
呟いてシーツに顔を擦りつけるが、心は休まらない。
……しょっぱなから支配人のあからさまなイビリに耐え、不機嫌顔の金髪兄さんにお酒をぶっかけられ、挙句の果てにはブラックにご奉仕……それだけでも初日に行うこっちゃないというのに、その後も色々と気疲れすることばっかりが巻き起こって……う、うう……もう考えるだけで明日も疲れそうで、働きたくなってしまう。
別に客室係なのは良いんだけど、やっぱり慣れない環境で働くのはしんどいし、何より対人関係に難があるとより心が疲れてしまう。会う人が限られていて、しかもそのほとんどが俺に対して好意的ではないかそっけない態度だ。
ブラック達は唯一絶対的に好意的だけど……あいつはスケベなことをしてくるから、その後支配人に何か言われそうなのが心配だ。
そんな色々なことが重なって、俺は初日からすっかり気疲れしてしまっていた。
特に、俺を目の敵にしているような厨房支配人と明日も顔を合わせるのが憂鬱で、つい溜息を吐いてしまう。
ぶっちゃけ、俺の精神的な疲労は……支配人が大部分を占めていた。
「はぁあ……嫌われてるのは分かってるけど、もう顔を合わせただけで睨まれるようなレベルだと、取りつく島も無いしなあ……。それに……褒められても、それもやっぱ普通に褒められるワケじゃないし」
あの支配人は、どうも俺の事が一から十まで気に入らないらしく、何故かずっと俺に対してだけ厳しい態度を取って来る。
厳しいってだけなら俺も別に構わないのだが、その内容があからさまなハブりとかシカトなのがいただけない。そのうえ、その行為をわざと見せつけてくるのだ。
……俺は大人なので気にしないようにしてはいるが、結局それもまた支配人をイラつかせるみたいで……俺と支配人の関係は平行線をたどってしまっていた。
そんな相手が上司では、もう何もかものリアクションを気にしてしまう。
支配人の視線があるとロクに動けなかった。もうゲンナリだ。
特にゲンナリしたのが、ブラックの「心付け」を報告した時の支配人の態度。
あの小袋の中身は、どうやら俺の世界で言う所の「チップ」だったらしく、ブラックが気を利かせて持たせてくれたようなのだが、その金額が尋常じゃ無かった。
なんと、金貨三枚というどうみても「心付け」ではない大金だったのだ。
それを確認した厨房支配人は、その時ばかりは俺の前でも舞い上がって小躍りをするかのように喜び、俺に「よくやった!」だの「お前みたいなのが、よく金持ちに気に入られたな」だのと嘯いた。だが、それだけで終わるワケは無い。
ひとしきりはしゃいだ支配人は、先程の喜びはどこへやらの態度で、またもや俺に「もっと稼げるはず」とか「俺以外の人間ならもっと相手に喜んで貰えただろうに」などと、嫌味を言い出したのだ。その後はもう、いつも通りの態度である。
「……あの人と仲良くなれる想像が出来ない……」
俺が何かミスをしたってんなら仕方ないんだが、喜ばしい事が起こった時ですらあのような態度をとられてしまうのだ。そんな相手をどう懐柔すれば良いのだろう。
揉み手をしてひたすら従うってのも良いのかも知れないが、客室係は休む時間こそあれど結構大変で、そんな気力なんて俺にはもうなくなってしまっていた。
だからもう、こうやってベッドに突っ伏すしかなくなるわけで。
「…………でも、このまま寝たら悪夢見そう……。ちょっとだけ外に出ようかな……」
業務外の時間であれば、従業員は限られたエリアを歩く事が許されている。
限られたと言っても、一般の船客が行ける所ならどこでもオッケーだ。もちろん、夜の甲板を歩く事も禁止されてはいなかった。
とはいえ、船の明かりだけが照らす時間に外に出たって、星くらいしか見えないので人も寄り付かず結果的に俺達が歩くのが許されているって所もあるんだが。
まあとにかく、うだうだして寝るよりも散歩をして気分を少しリフレッシュさせたほうが健康に良いに違いない。そうと決まれば善は急げだ。
俺は起き上がると、更衣室で私服に着替えて従業員専用のエリアから出た。
「うーん、やっぱこうしてみると豪華な船だよなあ……」
俺が出てきたのは、船の一階部分。つまり、お客様が日々移動するロビー付近だ。広いロビーはところどころに華美な装飾がなされていて、中央に二階へと登る二つのらせん階段が絡み合っている。吹き抜けのロビーは、かなりの広さに思えた。
まさに豪華客船って感じの様相に、俺の心はワクワクした気持ちに少し癒される。
やはり気分転換をしに出て来てよかったと思いつつ、俺はらせん階段を最上階まで登って、重たいガラスの扉を開けると甲板へ出た。
「んん……っ、うわ……風が気持ち良いな……!」
遮るもののない海からの風は少し強いが、耐えられない物ではない。
むしろ夜の冷えた空気に潮の香りが流れて来て、やっと自分が船の上に居るのだと言う気分が出て来て嬉しくなる。どういう動力で動いているのかも知れない船の音も、外に出ると聞こえて来てなんだか楽しい気分になった。
そうそう、やっぱり外に出るのは最高だ。
いくら体が健康になっても、心が疲れていたらどうしようもないからな。
こういう時は非日常を目一杯楽しむが吉なのだ。
風で足元をすくわれないように気を付けながら、俺は船の縁を囲う手すりを握って、暗く沈む海を見る。やはり夜の海は何も見えなかったが、巨大な商船は窓も無数にとりつけられており、その窓から漏れる光のおかげで船の周囲に白波が立っているのは見えた。揺れもしないけど、やっぱりここは海の上なんだなあ。
今更ながらに自分が巨大な船に乗っている事に感動してしまって、星空を見上げながらその感動に浸って…………いた、ところに。
「やあ、もしかして君は……」
「……ん?」
声が聞こえて来て、俺は見上げた顔のまま目を瞬かせる。
誰かが甲板に出て来たみたいだ。だけど、甲板には他にも人が……というか、俺が呪いたくなるようなカップルが複数出てきているし、気にする事じゃないな。
というか何故俺がカップルどもの動向に耳をそばだてなきゃならんのだ。
関係ないんだから無視だ無視。
「いやだなァ、知らないふりをして……。それとも忘れてしまったのかな?」
さっきよりも声が近い。なんだこのイケメンボイス。女を口説いてるのか。
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さっきからカップル達のいちゃつくはしゃぎ声も入ってくるしな。……別に泣いてなどいないぞ。羨ましくない。羨ましくなんかないんだからな!
ともかく人のいない場所で心を癒そう。そう思いながら、歩き出そうとして――
誰かに、腕を取られた。
「えっ!?」
「んもう、無視しないでくれよ。それとも忘れてしまったのかい?
「え、えぇ……?」
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「とりあえず……ここは肌寒いから、お茶でも飲まないかい?」
…………どうせ、拒否権は無いのだろうな。
しっかりと腕を掴まれていては、どのみち逃げられなかっただろうが。
→
※初登場は第二部『デリシア街道 24.自分で思っていたよりも』です。
今回も遅れました…すみませぬ……(;´Д`)センキョデツカレタネ…
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