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豪華商船サービニア、暁光を望んだ落魄者編
6.依怙贔屓はホドホドに
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俺は以前、ごく短い期間だけバイトをした事が有る。
といっても、たいしたものではない。確か、父さんの会社の同僚が、知人のコンビニで短期間だけ働けるバイトを探してたんだよな。だけど条件がかなり狭いせいで人が集まらず困っていたんだ。なので、お小遣い目当てで俺がその話に乗り、学校と両親の許可も得て、半月も無いくらいの短い間ちょこっとだけ社会勉強をしたのである。
しかし、そのごく短い期間で俺は社会の厳しさを味わわざるを得なかった。
いや、ただたんに接客業って大変だなあって思っただけなんだけどね。
だって、お客って言っても、毎回俺に「ありがとう」って言ってくれる綺麗なお姉さんや良いおじさんばっかりじゃないし、気難しい人だっているんだもんな。
こっちがマニュアル通りに誠心誠意接客したって、なにか変なことでカチンとさせてしまって、怒鳴られたりもするのだ。……まあ、俺の場合失敗とかミスのせいで相手を怒らせてしまってたような気もするのだが、それはともかく。
その中でかなりめんどうだったお客さんといえば、酒癖の悪い酔っ払いと、明らかに「怒りをぶつける対象」を探して店に入って来た人だ。
前者はまだ可愛げがあるけど、後者は本当にどうしようもない。
そもそもがいつ爆発するか分からない爆弾みたいなモンなので、ちょっとでもミスをすれば通常の五倍くらい怒るし、何もしてなくてもチクチク言葉で刺してくるのだ。
何もミスをしてなくても乱暴に対応されたりして、本当に取りつく島も無い。こういう時は、改善する余地も無くてただ困るだけなのだ。店長やいけ好かないチャラ男先輩などは「気にすることなんてない」と言っていたが、まだ高校一年生のガキである俺としては、そんな理不尽なお客さんもいるのが少しショックだったわけで。
ともかく、時には天災みたいなお客さんも来るもんなんだなと思った出来事だったのだが……まさか異世界に来てまでそんなお客に出会うとは思わなかったなあ。
久しく忘れていたが、これが社会の厳しさだったな……と改めて実感するが、俺も流石にお酒を頭からぶっかけられた事はなかったよ、トホホ……。
しかも、お酒まみれで厨房に戻ったら厨房支配人に「もったいない」と怒られるわ、そんな俺を見てナルラトさんが「その前に労わらんか」と怒って口論になるしで、もう何だか申し訳ないやら肩身が狭いやらになってしまった。
なんというか……俺の失敗一つで場が荒れるのが申し訳ない。
庇ってくれるナルラトさんまで巻きこんじゃってるわけだし。
でも、割って入っても俺のことなんて二人ともどこ吹く風でなあ、うう……。
ホントこういう時ってどうしたらよかったんだろう。
支配人は何故か俺にだけ常に風当たりが強いし、そんな支配人に正義感から抗議してくれるナルラトさんも結構口調が荒いしで、厨房の空気が悪くなってな……ああ、なんでこう上手く行かないんだ。
いやでもまあ、説明を聞いたって支配人からすれば俺が怒らせたように思えちゃうだろうし、ナルラトさんもその決めつけが許せないしってことで、話が平行線をたどるのは仕方ないかもしれないけど……しかし支配人があの態度じゃなあ。
なにせ、下っ端の俺が「そうじゃないんです」と説明しても、支配人は俺が悪い事をしたに違いないの一点張りだからな……。
酒の種類が気に入らなかったという説明をしても、全然聞いてくれないんだもん。
こういう時に上の人と折り合いが悪いと困ってしまう。
でも、幸いなことに、二度目の高そうな赤ワインにはあの金髪不機嫌なお客さんも納得してくれたし、これ以上は怒られる事も無いだろう。二度目に届けに行った時は俺に対しての声のとげとげしさはちょっと薄れてた気もするし。
なんだかんだ「うむ、ご苦労だった」とか偉そうだけど労わってもくれたし。
今後は、たぶん……酒塗れで帰って来る事も無い、はず。
「はぁ……。こんな調子でやってけるのかなぁ……」
厨房の奥の休憩室で、俺は溜息を吐いて机に突っ伏す。
揺れもしないため船の上だと言う事を忘れてしまいそうになるが、しかしここは船上で俺に逃げ場はない。客室係として呼ばれるまで、居心地が悪いにしても、こうして休憩室で待っているしかないのである。
一応メイド服は着替えたけど、次に呼ばれる時はちゃんと出来るのだろうか。
そう考えると、支配人の言葉の方が正しいような気がして来て悩んでしまう。自分に非が無い……なんてハッキリ言えたらいいんだけど、俺だって初日だしこんな服に慣れてなかったワケだし、態度が透けて見えていた可能性だってあるんだよな。
だとすれば、相手がイライラしてたのも俺のせいになるわけで。
…………そんな調子で、客室を回れるのだろうか。
「うーん……もういっそブラックだけが呼んでくれるなら気楽なんだけどなあ」
しかし、それもそれで何かヤバい気がする。
っつーか俺だって客室係としてちゃんとやろうと思ってるんだから、そういう逃げは良くないよな。ああでも憂鬱だ。怒られるのはもう勘弁。
机に懐きながら呼ばれるのをぐだぐだ待っていると、なにやら明るい声が厨房の方から聞こえてきた。この声はリーブ君だろうか。
考えていると、ややあって休憩室に当の本人が入って来た。
「あっ、お兄さ……ツカサさんお疲れさまでーす」
「お疲れ様。リーブ君元気だねえ……」
オスで少年だと言うのにメイド服が似合いすぎる彼は、妙にハイテンションな感じで近付いて来る。何か良い事があったんだろうかと目を瞬かせていると、彼はスカートのポケットからお菓子のような物を取り出してサクサク食べつつ隣に座って来る。
「いやー、今日初めて配膳係やったんですけど、貴族って良い人が多いんですねぇ! オスなのに可愛いねって言ってくれておこづかいくれるし、めいっぱい褒めてくれるし……! 僕、船乗りに憧れてたんですけど意外とこっちのが転職かも~」
「まあリーブ君可愛いもんなあ」
そりゃ、この天真爛漫な笑顔でご飯を運んで来てくれたら、誰だって自然と笑顔になるだろう。美少女や美少年というのは、そういうパワーがあるのだ。
俺だって美少女メイドさんに「美味しく食べてね!」と料理を盛って来られたら、一日元気でいられる自信がある。貴族の人達もきっとそういう感じになったんだろう。
それにしても、おこづかいも貰えるとは……。
リーブ君は、案外給仕のお仕事だけでかなり借金を返済できるのでは?
自分達二人で大丈夫かと不安ではあったが、これならなんとかなるかもしれない。少し明るい展望が見えてきたなと思っていると、リーブ君は上機嫌で俺の事を下から覗きこむようにして上目づかいで見て来た。
「えへへ……ツカサさんもそう思います? 僕ってやっぱ可愛いですよね」
「うーん、否定は出来ない……」
「支配人にも凄く褒められるんですよ~! 僕が可愛いから、食堂がさらに華やかになってるって! それでご褒美としてお菓子貰っちゃったんです」
美味しいですよ~なんて言いながら食べるリーブ君。
なんとも露骨な贔屓だが、まあ俺はメイド服も似合ってない普通の男子高校生だし今日は初日からお酒を被るような感じになっちゃったからなあ。
リーブ君という優秀なメイドさんを見ていれば、イラッとくるのかもしれない。
とはいえ、俺の言う事を信じてくれないのは上司としてどうかと思うけど!
「でも……ちゃんと休憩とってるか? 必要以上に働かされてない?」
「大丈夫大丈夫、だって僕さっきも休んでましたし! 支配人って優しい人ですねー。僕がちょっと女物の靴に疲れただけで、休んで良いって言ってくれましたし」
「それはリーブ気運が一生懸命働いてたからだろうさ。それに初日だしねえ」
食堂で大人気だったと言うのなら、恐らく貴族達に呼ばれて方々を歩き回っていただろう。そんな姿を見ていれば、無茶をしてないか気になるもんだ。
そういうところはあの厨房支配人もキッチリしてるんだなあ。
ぼんやりそんな事を思っていると、何故か厨房の方から「ナルラトさんっ! ナルラトさん抑えてください!」とか焦る声が聞こえてきた。また何か有ったんだろうか。
俺が中腰になった所で――――休憩室に、件の支配人が入って来た。
「おおリーブ君、いやー今日は疲れただろう? 休みたくなったら、いつでも休憩室に入って大丈夫だからね~」
「はーい、ありがとうございますぅ」
「おいクグルギ、お前はさっさと準備しろ。またあのフロアから注文が入ったぞ。……だが、今度失敗したら給料から天引きだからな!」
……な、なんか……態度が露骨に違いませんか。
いやまあ仕方ないのかも知れないけども。
「返事は!」
「は、はいぃっ!!」
「ったく……リーブ君と比べてお前はほんっと使えねえな……さっさと準備しろ!」
ケツを蹴り上げられるような怒鳴り声を出されて、思わず跳んで立ち上がる。
こんなに怒鳴られる事なんて久しぶりなので、やっぱりちょっとビビってしまうのだ。ううう、しかしこうも露骨に態度が変わるなんて支配人も人が悪すぎる。
そりゃまあ好みの子とその他じゃ誰だって態度が違うもんだけどさ、仕事なんだし少しぐらい優しくしてくれたって……いや、こんなこと言ってても仕方ないな。
俺はそそくさと厨房に入ると、注文メモを受け取って注文された物をでっかいカートに詰み込む。幸い、厨房の人達は俺に対して怒りの感情は無いようで、注文通りの物を手渡してくれた。……にしても、酒と肉料理が多いな。
どこの部屋だろう。
そう思ってメモに書かれている部屋番号を見て、俺はギョッとしてしまった。
「ゲッ……こ、この部屋番号って……」
「どげ……どうしたツカサ。またさっきの高慢ちきヤローの部屋か?」
横からナルラトさんがメモを覗き込んで来るのに、俺はぎこちない笑いで答える。
「い、いやー……そうじゃないんだけど、その……身内の部屋といいますか……」
「ア? 身内って事は、あの赤モサのオッサンと……まあ、あの二人か? しっかし、お前が働いてるってのに気楽なモンだなあ……」
不機嫌そうにそう言うナルラトさん。彼にだけは、俺達が何故別行動をしているかの理由をコッソリ教えたんだけど、それでも納得がいかないらしい。
こういう所が兄のラトテップさんと同じで実直なんだなあと思うが、ナルラトさんは兄よりもべらんめえな性格なので、ついムカムカしてしまうらしい。正義感が強いと言うのも感情が休まらないもんなんだよなあ。
でも、これは俺のポカから始まった事だし、今回ばかりはブラック達に非は無い。
「まあ俺が好きでやってる事だから……でもありがと、ナルラトさん」
「んむ……ま、まあ良いけどよ……。ついでだから、ちょっくら休ませて貰って来いよ。あのクソ支配人が居たんじゃ休まる暇がねえだろ」
「それはどうかな……俺的には嫌な予感がするから長居したくないんだが……」
「え?」
「ああいやこっちの話! じゃ、じゃあ行って来るな!」
料理とお酒を乗せたカートに覆いをかぶせて、俺は転ばないように慎重に調理室から歩き出した。……途中、支配人とリーブ君が和やかに談話していたが、なるべく見ないようにして通路に向かう。
依怙贔屓というのもはたから見るとつらいものがあるな……。
「あんなことして、リーブ君に変な噂が立たないといいんだけど……」
従業員用の通路を通って昇降機に乗りつつ、呟く。
リーブ君は俺と同じ体型だけど、まだあの子は十歳くらいなんだ。当然無邪気だし悪意にだって耐性が無いだろう。まあ港で働いていたんだから、強い子ではあるんだとは思うが、それでも……大人の甘やかしには弱いはずだ。
「まあでも、俺だけ怒られまくってる可能性もあるしな……」
俺はあの支配人に初対面の頃から何故か嫌われているが、案外他の従業員達には優しいのかも知れない。それならそれでいいんだが、俺の胃が持たなさそうだ。
なんだかんだ、やっぱり一人だけハブってのは辛いもんだしなあ……はぁ。
だけど、こんな顔をブラックとクロウには見せられない。
ロクショウだってこっそり船に乗ってついて来ているのだ。心配させないためにも、バリバリ仕事してるぞってところを見せないとな!
顔をパンパンと叩いて気合を入れると、俺は再び貴族様専用のフロアに出て、誰かと鉢合わせしないように素早く目的の部屋の前に立った。
ノックをして、中から返答があるのを待つ。
――――と、いきなり勢いよく扉が開いた。
「わはーい! ツカサ君やっときた~!!」
「うわぁっ!?」
バンッと音がしたと思ったら、カートごと思いっきり引き摺られて部屋の中へ強引に連れ込まれてしまう。何が起こっているのか解らず目を白黒させていると、カートごと引きこんだ相手――ブラックは、ニコニコと笑いながら俺を見やった。
「えへへ。メイドさん、ご苦労様」
上機嫌な顔でそんなことを言いながら、ブラックはソファに座る。
あの金髪不機嫌お兄さんの部屋よりは小さいが、しかしそれでもかなり広い部屋。ドアがあって、他にも部屋がある事が分かるが、今はブラック以外誰も居ない。
ロクショウとクロウはどこだろうかと首を動かす俺に、ソファに座ったブラックはこれみよがしに長い足を組んで見せた。
「この部屋には僕らだけだよ。……じゃあ、まずは……こっちに来てもらおうかな」
「え、で、でも……料理……」
「料理はいいから、先にこっちに来て。メイドさんは客の言う事を聞く役目でしょ?」
……どう考えてもヤバい気がする。
こういうふうに目を弧に歪めてニヤニヤ笑っている時のブラックは、大概スケベな事を考えているのだ。もう何回もそういうコトをされたんだから、さすがの俺もそれくらいは理解出来ている。だからこそ、足が進まないのだ。
だが、ブラックは肘置きに肘をついて、偉そうにそこに頭を置く。
まるで暴君のような態度だ。
そのくせやっぱりその格好はサマになっているような気持ちもして、俺は怒りたいんだかドキドキしたいんだか訳が分からず、拳を握ってしまった。
そんな俺に、ブラックが低く響くような声でもう一度言う。
「おいで」
「…………」
足が、動く。
何をされるのかと想像してしまう自分が恥ずかしくて、いつの間にか顔は手で扇ぎたくなるほどに熱が溜まってしまっていた。
→
※久しぶりにだいぶ遅れてしまいました(;´Д`)すみませぬ…
ツイッターで言っていたように疲れて寝落ちしてました…
次はハリキリがんばります!!\\└('ω')┘//
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