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港地区ディナテイル、情けは人のためならず編
17.穏やかな言葉を盾にして
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「おい、ツカサ。おいって」
「ンゴ……ふごご……」
なんか体が揺れている気がする。でも眠くて頭が働かない。
ブラックかクロウがベッドに入って来たのかな……もーやめてくれよ、昨日だって散々構ったのに。寝る時ぐらいはせめて起こさないようにしてくれ。
そんな事を思いつつ寝返りを打とうとするが、肩を何かに掴まれたような感じがして元の位置に引き戻される。
「ツカサ、帰る時間になってんぞ!」
「ふごっ……? んぉ……おお……きゅーま……」
「おおキュウマじゃねえよボケナス、もうアッチに帰らないとそろそろ怪しまれるぞ」
キュウマがいる。ええと、夢じゃないよな。
ってことは……あっ、そうか。もうアッチの世界に帰る時間になったから、分身体を使って呼びに来てくれたんだな。そうだそうだ、忘れていた。
俺はシベの家の車に乗せて貰って帰る途中で神社に寄ったんだよな。だから、今こっちの世界に居られる時間は長くても二週間かそこら……アッチの世界の時間で言うと、二十分ぐらいしかない。長いようで短い時間だ。
だが、さすがにボロボロの神社に二十分も居たら怪しまれるだろう。
こちらの世界で一日経過する時、あっちでは一分ほど経過するようになってるとは言え、俺の世界じゃその「一分」って結構バカにならないしなあ。
車で待ってくれている運転手さんにも申し訳ないし、いったん帰らないとな。
そう思い、気怠い体をなんとか起こそうとする、が、なんか腰のあたりが重たい。
何が乗っかっているんだと鷲掴むと……がっしりとした硬い筋肉の丸太……もといオッサンの腕が釣れた。おかしいな、昨日は別々のベッドに寝たはずなんだが。
「お前らホント気持ち悪いほど仲良いよな……」
「ち、ちがっ、これはブラックが勝手に入って来て……」
これは何かの間違いだ。というか、い、いつも二人で寝てる訳じゃないってば。
そりゃ、まあ、いっ、一緒に寝たりする時も有るけど……でも、いつもはちゃんと一人で寝てるし、これはいつもみたいにブラックが勝手に入って来ただけで……っ。
「うにゃ~……つかしゃくぅ~……」
「ってわーっ、抱き着くなあっ!!」
「マジで鬱陶しいな……殴ってもいいんじゃないかそのオッサン」
「人の仲間だと思って簡単に殴るとかいわんといて!」
まあ俺が殴ったってブラックはダメージゼロなんだろうけどさ、でも殴った後のことが怖すぎて殴りたくない。お前は俺と言う弱者を更に追い詰めようと言うのかコラ。
勘弁してくれと必死にブラックの腕から逃れる俺に、キュウマはハァと溜息を吐いてこれみよがしに眼鏡をクイッと指で押し上げた。
「まあそれはともかく……」
「言いだしっぺが話題変え始めた」
「うるさい赤点常習犯。……ともかく、帰るから早く支度しろ。どうせすぐ戻って来るんだから別れの挨拶なんていらねーだろ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。黙って帰れるわけないだろ……支度するから……」
なんとかブラックを引き剥がしてベッドから降りると、俺はみんなを起こさないようにいつもの服を着る。が、やっぱりなんかドタバタしてたみたいでブラック達のみならずロクまで起きてしまった。ああ、健やかな眠りを邪魔してしまってごめん……。
「うぅー……ツカサくんどしたのぉ……」
「ぐぅ……」
俺が寝ていたベッドが軋み、でっかい図体が起き上がる。何故か床に転がっていたらしいクロウも、唸るような声を上げてのったりと体を起こしてしまった。
その動きに遅れて、綺麗に編まれた籐の籠の中で寝ていたロクまで起きてしまう。
可愛いクッションの上でとぐろを巻……こうとして巻けてないヘビトカゲちゃんの体をゆったりと起こしてふらふらと頭を揺らしている。
「ロク起こしちゃったか……ごめんなあ……」
「ンキュ……キュゥウ……?」
「ちょっと出かけて来るから、ロクはブラック達と一緒に待っててくれるかな? すぐに戻って来るから」
ロクは頭を小さくて短い手の所までおろして、寝ぼけまなこをくしくしと擦ると、まだ眠たそうな顔ながらも俺の近くにぱたぱたと飛んでくる。
ちょっと軌道がおぼつかないのが可愛らしい……と和んだ俺の手の上に降り、それから「いってらっしゃい」と言うように俺の頬に頭をすりすりとこすりつけてくれた。
「う、うぅっ、なんて可愛いご挨拶……ッ!! 今この瞬間間違いなく俺が一番幸せに違いない……っ」
ロクが聞き分けの良い子でとても助かるが、しかし相棒心としては少し寂しい。
というか間違いなくロクに寂しい思いをさせると言うのが申し訳ない。ああっ、今がテスト期間や研修中じゃなかったらロクと一日中イチャイチャしたいのにいっ。
――という切なる思いを俺がロクと噛み締め合っていると言うのに、背後のうるさいオッサンと眼鏡はというと。
「ヘビ相手になに言ってんだアイツ」
「いつものことだから、いつもの。……つーか何でお前がここに居るんだクソ眼鏡神」
「うるさい変質者。時間だからツカサを迎えに来たんだよ死ね」
「お前が死ね」
「頼むからロクの前で物騒なこと言わないでくれってば!」
「ウキュー……」
ほらロクも呆れちゃってるじゃないか。クロウまでワンちゃんが嫌いな食べ物見た時みたいな嫌そうな顔してるし……いや珍しいなクロウのそんな顔。
と、ともかく、こんな夜中に言い合いなんて不毛だ。
俺はロクの頭を撫でて優しく籠の中に戻すと、キュウマの所へ戻った。
「と、とにかく、すぐ戻ってくるんだから落ち着いてくれよ。……な?」
あちらで一日を過ごすと、こちらでは一時間が経過する。
だから三日程度ならブラック達も寝ている間に戻って来られるはず。そうは言うが、ブラックは俺が向こうの世界に戻るのが不満なようで、ぶすっと顔を歪める。
毎回、あっちに帰る時はこんな感じだけど、時間が真夜中と言う事も有ってか、今は特に不機嫌なようだった。
「ムゥ……ツカサはすぐに戻ってくると言っているのに、毎回ブラックは不機嫌になるな。もうすこし長の余裕を持って欲しいぞ」
「うるさい駄熊っ! ねえ、ツカサ君ほんとに行くのぉ……?」
縋りついて来るブラックは、寝起きも相まってボサボサの髪をしている。そんな状態で情けない顔をするもんだから、少し良心が疼いてしまう。でも帰らないとアッチでも大騒ぎになっちゃうしな……ここは心を鬼にしないと。
毎度毎度ブラックの「ツカサくぅん」にはつい負けてしまうが、俺は恋人として、毅然とした態度でブラックにノーを言える対等な存在になってやるのだ。こういう時にも、ブラックを納得させられるのがオトナってもんだよな。
だから、叱られたわんこみたいなブラックにも、優しく……。
「ツカサくぅん……僕ツカサ君と一緒に寝たいよぉ……」
「…………す、すぐ帰って来るから……」
そう言って、気が付いたら俺はブラックの頭を慰めるように撫でてしまっていた。
……ってバカーッ! なんで俺はそうやってブラックを甘やかすんだよっ。
ブラックだってこんな事をしても引き下がらいだろうに……
「ほんとだよ? 朝になったら戻って来てね?」
「お、おう……」
以外にも引き下がってくれた。でも、その……こうやって菫色の瞳で見つめられると妙に引き締めた心が緩んじまって、なんというか……。
「ツカサ君、顔が真っ赤……か、可愛いっ! ちゅーしてちゅー! また戻ってくるよのキスしてくれたら大人しく待ってるからっ!」
「ちょ、調子に乗りすぎだってば!!」
「だーもーうるせえなこの変態オヤジ! おいさっさと帰るぞツカサ!」
俺に追い縋って来るブラックをキュウマは簡単に引き剥がして、有無を言わさず俺を空中に空いた穴に放り込む。同じ世界の同年代なのに、なんで俺とお前で腕力がこうも違うのか。これが数千年の差ってことなのか恐ろしい。
「てめこのクソ眼鏡!! ツカサ君を返せっ!」
「るっせクズ一人でマス掻いてろ!」
なんか背後で凄い罵倒が聞こえたが、俺が振り返る前に穴が閉じてしまった。
後には白い空間が広がるばかりだ。慌てて前方を向くと、本体のキュウマがいつもの和室スペースでウンザリした顔をして横臥していた。
「あ゛~……ほんっとに面倒くせえわあのオヤジ……。お前がなんでアイツを選んだのか意味がわからん……殺してえ……」
「神様なんだから簡単に殺すとか言わんといてください! ……ってか、本当にお前とブラックって仲悪いよな……なんでそうなるの?」
仲良くしてくれればいいのに……っていうか、出来ればブラックに対しての容赦ない暴言も少し抑えてくれたら嬉しいんだけども……。
そう思って相手をの顔色を窺うと、キュウマはブスッとした顔で眉を顰める。
「何でも何も、客観的に見てクズだろアイツ。お前がザコだからってヤりたい放題して大人の責任ゼロで甘えまくってんだぞ。アレのどこを好けっつーんだ。チート小説なら二分で蒸発してるレベルの当て馬悪党だろアレ」
「そ、さ、さすがにブラックならラスボスくらいだと思うけど!?」
「誰が強さの話をした色ボケザル! ……ったく……一々見せつけられる俺の身にもなってみろってんだ。つーか、何でよりにもよってあんな納得いかんオッサンとあんな関係になるかなお前は……」
「い、いやその……すんません……」
見せつけるって、あれだよな。どう考えてもイチャイチャしてるヤツだよな。
……まあ、そりゃ、考えてみれば俺と同じで女の子が好きなキュウマじゃあ、普通に耐えがたい光景にしか見えないよな……コイツが【黒曜の使者】だった時は、女子ばっかりだったらしいしハーレムだったらしいし。
あれ、良く考えたら俺の方がキュウマに怒る権利ない?
「真のチーレム主人公のお前なら俺が一発殴っても許されますよね……?」
「なにラノベのタイトルみたいなこと言ってんだよ。……ともかく、あっちの世界に返す前に、テスト予習と復習するぞ。お前、一日目のテストはちゃんとやれたよな?」
「えっ。………………あ……あ~……はい」
「よし、とりあえずゲンコツ一回な」
……正直なところ、キュウマもブラックの事を悪く言えないぐらい傍若無人だと思うのだが、そんな事を言ったら絶対にロクな事にならないと俺は理解していたので、口をギュッと引き締めて俺はキュウマのありがたい教えをご教授頂いたのだった。
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