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港地区ディナテイル、情けは人のためならず編
13.せっかく港に来たもんだから1
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「で、ツカサ君、研修の方はどう? なんとか出来そう?」
二日目の研修が終わり、どっと疲れてお店を出ると、昨日と同じように外で待っていたブラックがすぐさま問いかけて来た。
なんだかよく解らないけど、ブラックも用事が有るみたいで昨日も今日も一緒に外に出て、それから俺が終わるのを待っててくれてるみたいなんだよな。
何の用事なのかと聞いても「えへへ~、内緒」と語尾にいらんハートマークを付けた声で返されるので深く聞いていないが、変な事をしているわけではないようなので、今は置いておこう。ともかく、歩きながら俺は今日の出来事を話して聞かせた。
「それがさ……食事を運ぶだけって楽なのかなって思ってたんだけど、よく考えたら料理の名前とか材料とか覚えないといけないし、貴族のお客さんに対するお辞儀や礼儀ってのも最低限やらなきゃいけないしで大変なんだよ」
「あ~、まあ確かにねえ」
歩きながら見上げるブラックは、そう言えばそうだなという感じで空を見る。
ブラックが否定しないと言うことは、やっぱりある程度の「しっかりした振る舞い」は必要なのだろう。……まあ、相手は貴族だしな……やっぱマナーは気にするよな。
考えてみれば、以前ちょこっとやっただけのコンビニのバイトでだって、挨拶とか客への態度は「こうしてね」って言われたし接客ってそんなモンなのかも。
でもコンビニと豪華客船じゃレベルが違うよなぁ……はぁ、俺に出来るんだろうか。
まあ、リーブ君と出会わずに純粋にお客として乗ったとしても、食事のマナーとかを覚えなきゃいけなかったんだし……それを考えると、従業員として乗った方が遥かに楽なんじゃなかろうか。俺からしてみれば、位の高い人に値踏みされる「お客」よりも最初から「そういうモン」として見られる従業員のが良さそうだしな。
アランベールの貴族にチクチク視線で刺されるよりかは、一生懸命仕事をしている姿を見せた方が心証も少しは良くなるかもしれない。それに、働く側だったら、万が一貴族に何か難癖を付けられても逃げる口実がたくさんあるわけだし。
今回ばかりはは怪我の功名と言うものなのかもしれない。
ブラック達と一緒に行動していても、相手が好戦的なら絶対つかかってくるし……何より、どこにも逃げ場がないもんな。
その点バックヤードが有る従業員は有利だ。いつもなら「こっちに来ても働くのか」とガッカリする所だったが、部屋に籠ってるワケにもいかなそうだしこれでいいのだ。
「ツカサ君たら、また考え事してー。転んじゃうよ?」
「えっ、ああごめんごめん……えーと……あの、アレ。ってことで、研修も難しくてさ、もーお辞儀だわ料理の名前や材料を覚えるわで大変だったんだよ……。はあ、早く帰ってロクに癒されたい……」
溜息を吐く俺に、ブラックは苦笑して肩を揺らした。
「まあ、初めてのことは覚えにくいよねえ。でもまあ、失敗しても後に引きずる訳じゃないし、気楽にやればいいんじゃないかな」
「そうは言うけどさあ……制服が……」
「ん? 制服?」
無邪気に訊き返してくる相手に、俺はしまったと青ざめる。
……じ、実は、まだブラックとクロウにメイド服を着るって言ってないんだ。出来れば二人に見られないまま過ごしたいと思っているので、今回はどんな制服を着るのか知られないようにしたい。つーか教えたくない。
もし二人にメイド服を着るのだと知られてしまったら、絶対にからかわれるかスケベな事をされるに決まっている。自意識過剰と言われるかもしれないが、ブラックには数々のセクハラヒストリーがあるのだ。あれだけやられりゃ俺だって知恵もつく。
例え俺の空回りだろうと、今回ばかりは絶対に知られたくなかったのだ。
…………だって、今回のメイド服は……膝上ひらひらのメイド喫茶で見かけるような露出度の高いタイプで、しかも白いニーソックスとカボチャパンツだし!!
もう絶望的過ぎる、膝上スカートとカボチャパンツ!!
いや、パンツのおかげで股間は絶対的に守られているのはありがたいんだが、でもアレって漫画でも女の子とか子供が穿くヤツだし……なによりスカートが短いメイド服という組み合わせがイヤだ。なんか変なフェチ心を感じる。俺はくわしいんだ。
とにかくそんな服装をしているのを見られたら、ブラックに絶対笑われる。
鏡を見てもやっぱり「似合わねぇ……」としか思えなかったのに、これ以上プライドにひびが入ってたまるか。絶対に隠し通すんだからな!!
「ツカサ君制服ってなーに?」
「あっ、わっ、あの、あれアレだよ、制服の支配人が厳しくてって話! えーと、昨日、クレス様が紹介してくれた【厨房支配人】っていう人が今日来たんだけど、俺もリーブ君もビシバシ鍛えられてもう疲れちゃってさ……」
「ふーん……? 厨房って事は、船の料理や食堂に関しての責任者かぁ」
良かった、ブラックの興味が制服と言う単語から外れたぞ。
しめしめと思いつつ、俺は話を続けた。
「そうそう。クレス様と同じ“共同支配人”の一人らしいんだけど、すっごい細身で、顎も鼻も尖ってて目も三白眼で何か厳しいって感じの人で……」
「カマキリか何かかな?」
「ちょっと似てるとは思っ……じゃなくて、中身も外見に負けず厳しくてさ! なんか、こう……ちょっとでも失敗するとギローッて冷たい視線が来るんだよっ。だから、もう失敗出来ないと思ってリーブ君とヒヤヒヤしちゃってさあ……」
と、そこまで力説して――――ブラックが、俺を変な目で見ているのに気付いた。
歩きながら夢中で話していたので気が付かなかったが、なんというか…生暖かい目というか、見られてるこっちが居た堪れなくなるような微笑みと言うか……。
「な、なに……」
緩んだ表情と菫色の瞳が急に見られなくなって、俺は目を逸らす。
そんな俺に、ブラックは「ふふっ」と息を吐くように笑った。
「いや……なんかさ、ツカサ君が僕に“今日あったこと”を一生懸命話してくれるのが……なんか、愛を感じて嬉しいなぁ~って」
「…………っ! っえ……ぅえ……!?」
な、何を言ってるんだお前は。
つーかあ、あ、あいって、アイってなに。
俺は別にそんなつもりないし、ぶ、ブラックに聞かれたから話してただけでっ。
それに何が有ったか俺も話したかっただけだし、あい、とか……そんな……。
「んふふ……ツカサ君、可愛いなぁ……」
思わず固まってしまった俺の手に、ブラックの手が触れて来る。
軽く縮まった手をゆっくり開いて……きゅっと、握られた。
「っあ、ぶ、ブラックここ大通り……っ」
「んもー、ツカサ君たら恥ずかしがり屋さんだなぁ。前にデートした時にもこうやって手を繋いだじゃないのさ。……でも、何度も照れてくれるのも嬉しいよ」
いつものおどけた調子じゃない、低くて落ち着いた渋い大人の声。
別に耳元で囁かれたわけじゃないのに、優しくそう言われただけで顔がカッと熱くなってしまって、俺は声が出なくなってしまった。
だ、だって、ブラックにジッと見つめられて、手を握られてるわけで、それで、こんな人通りの多いところでそんな、その……。
「ぅ…………」
「ずっと一緒にいるのも良いけど……ずっと一緒の世界で、こうしてツカサ君とデートするみたいに帰るのもいいね」
ブラックの大きな手は、俺の手を簡単に包んでしまっている。
なんでこんなに指の大きさまで違うんだろうと思うくらい、指の間に入り込んできたブラックの指はでかい。今更だけど……改めて思うと、やっぱり相手は俺よりもずっと年上の大人なんだなと感じて妙に気恥ずかしくなってくる。
なにより…………ずっと、一緒とか、言われると……。
「…………」
「ふふ……ツカサ君かわいい……。そんな顔されたら興奮しちゃうなぁ……」
「ばっ、お……お前っ、そんな事言うと離すぞ……!!」
「えへへ、ごめんごめん。……ね、ツカサ君……どうせだからちょっと散歩しない?」
「…………散歩?」
見上げるブラックの顔は、ニコニコと上機嫌だ。
何か変なことを考えてるんじゃないかと少し疑ってしまったが……ブラックの掌は、温かいだけで変な汗もかいていない。ただ、普通に俺と手を繋いでいるだけだ。
「せっかくモンスターが出る危険も無い場所なんだし……ちょっとくらい、二人っきりの恋人デートしてもいいでしょ? ……ねっ、ツカサ君」
恋人でーと。
う……お、おさまれ、おさまれ俺の心臓。なんでドキドキして来てんだっ。
こんなの、こっ、恋人なら普通なんだし、それに……その……ブラックと、俺は……恋人っていうか……指輪、もらってる、し……。
だったら、で、デートくらい……ちょっとした、散歩くらい、普通っていうか……。
「ね、ツカサ君……デート、しよ?」
優しく言われて、ブラックの顔を見上げる。
そして見やった顔は、とても嬉しそうな満面の笑みで。
「ちょっと……だけ、だぞ……」
遅くなったら、ロクとクロウだけじゃなく、トルベールだって心配するんだからな。
何だか声がうまく出なくなってしまった口で必死にそう言うと、ブラックは子供みたいに素直にはしゃいで頷いてみせた。
「やったぁ! じゃあ行こうよっ、港でデートだよツカサ君っ」
「わっわぁっ引っ張るなって!」
思わずつんのめりそうになるが、ブラックはお構いなしに俺をどこかへ連れて行く。
しっかりと繋がれた手は振りほどこうにも全然離れなくて、俺は何故か余計に顔が熱くなるのを感じた。
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