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港地区ディナテイル、情けは人のためならず編
11.悲報、吉報、朗報…?
しおりを挟むオッサン二人に挟まれて色々寝苦しい夜を体験した翌日。
朝からトルベールに起こされて、俺達は寝ぼけ眼をこすりながら、応接室へと案内されていた。朝の支度の途中でブラックもクロウも髪を下ろしたままだったので、俺はあくびをしながらも応接室で髪を整えてやる。
その光景を見て何故かトルベールが微妙な顔をしていたが、今はそれどころではないと思ったのか、俺達の様子を余所に話を始めた。
「えーと……まあ、そのままでいいです。そのままで良いので聞いて欲しいんですがね、旦那方。船の事で、ちょーっと困った事になりまして……」
「なに? 欠航するとか?」
俺に髪を梳かれて上機嫌のブラックは、最悪な事態を直球で問う。
しかし幸いそうではなかったようで、すぐに否定が帰って来た。
「いえ、そうじゃないんですが……その……実はですね、クソ貴……あっ、いやいや。さるやんごとなき方々が、一緒に乗って来る事になりまして……」
「本音が漏れてるぞ軟派男」
「はっはー。いやぁ俺、貴族嫌いなんすよねぇ個人的に」
乾いた笑いが怖いぞトルベール。
裏の仕事とかで何か有ったんだろうか。まあでも地位の高い人が利用しがちだもんなあ、暗殺者とかなんとか……。
「で、それが何だって? 貴族が船に乗って来たからって何が困るんだ」
話を続けるブラックに対し、トルベールは困ったように眉を寄せる。
「そりゃ困りますよ! こっちはやっとこさ旦那方を冒険者だって隠して船に乗せようとしてんのに、貴族が乗って来て万が一こっちが冒険者だって分かったら、船の中で最悪争いごとになっちまう!」
「えっ……ど、どういうこと? 貴族ってそんなに冒険者嫌いだっけ……?」
俺だって、旅をしてて貴族の人と仲良くなった事が何度かあるけど、そこでイヤな事をされた記憶なんてほとんどなかったんだけどなぁ……。
本当にそんな貴族がいるんだろうか?
見て来た限りで言えば、この世界の貴族は温厚で、思想はともかく貴族として凄く立派な人達だった。ラスターだって、ちょっとナルシストで自意識過剰だけど、騎士団の団長だからかそれとも「国と民を守る」という騎士団の理念を尊重しているからか、当然のように称賛を受け取る事は有っても無碍に扱う事は無かったもんな。
俺達が冒険者だと知っても、彼らは疎むどころか頼りにしてくれたんだ。
ライクネス王国の貴族は、基本的に良い人ばっかりだったように思う。
オーデル皇国でも、位の高い人達はみんな皇帝のことを尊敬してて、その皇帝がどんなに心を病んでも諦めずに元の彼に戻そうと頑張るほどに、人情に篤かった。俺達の事も、冒険者だって解っても丁寧に接してくれてたもんな。
あと、人族を見下す事が基本の神族も、王宮勤めの人は理知的だった。
そんな人達しか深く知らなかったので、貴族が冒険者を嫌うってのは驚きだ。
つい目を丸くしてしまうと、トルベールは俺の表情に顔を険しくして、小さい子に言い聞かせるように人差し指を立てた。
「あのなー鉄仮面君、お前達がどんなに良い貴族と知り合ってるのかは知らんが、国には必ず悪いヤツってのが数人いるモンだし、そもそも国によって思想も違ってくるんだからな? そうやって何でもかんでも信用しちまうのは悪いクセだぞ」
「う……い、言われてみると確かに……」
「それで昨日もホイホイ揉め事に首を突っ込んじまったんだろーが。ホントにもう、俺も鉄仮面君が心配で仕方ねーわ……。いつか奴隷商に捕まって売り飛ばされるぞ」
もう売り飛ばされた事が有ります、とか言ったらトルベールは呆れるかな。
いや、あれは不可抗力だったので言わないでおこう。
ともかく……まあ……昨日の事は俺のお節介が原因なので何も言えない。
粛々と反省するべきだろうと思いつつ甘んじてトルベールの言葉を受け入れていると、意外にもブラックがヘラヘラしながら俺を擁護してきた。
「まあまあ、いつまでもそういう事を言っても仕方ないだろ。ツカサ君だって大人なんだし、自分の事は自分でケリをつけるだろうさ。ねっ、ツカサ君」
「お、おう……ありがと、ブラック……」
納得して貰えたのは素直に嬉しかったのでお礼を言ったのだが、なんか妙な違和感がモヤモヤと湧き上がってくるな……ブラック、何か企んでないよな……?
ちょっと不安になってしまったが、トルベールは気付かずにハァと溜息を吐く。
「ほんと旦那は鉄仮面君に甘いっすねえ……。まあ婚約してるんじゃ甘々なのも仕方ないでしょうけども」
「ふふ……この指輪に気が付くとはさすがだな。褒めてやろう」
「まぁー、滅多に指輪にしないその地味な色の琥珀は、鉄仮面君の瞳と同じ色ですからねえ。鉄仮面君は指輪をハメてないけど、シャツの襟からチラチラと高そうな金のチェーンが見えますし……ンなもん鉄仮面君に当然のように付けさせられんのは旦那だけでしょ」
さすがトルベール、観察眼がハンパじゃない。
今まで指輪の事に関しては俺の方にまで話題が行かなかったから、ちょっとドキッとしてしまった。……そ、そうなんだよな……。俺も、ブラックの眼の色と同じ菫色の綺麗な宝石が嵌め込まれている指輪を、首からかけてるわけで……。
「あーあーごっそさんです! 露骨に赤面すんのやめてくれねーかな鉄仮面君!」
「わーっ、赤くなってない赤くなってない!!」
「嘘をつくなツカサ、真っ赤っかで美味そうだぞ」
「キュ~」
ああっ、ロクにまで呆れられてしまった。
でもしょーがないじゃん久しぶりに言われたんだから! 自分から思い返すのと、人から指摘されるのとじゃだいぶ違うんだよ!
「ったく……だいぶ話がそれちまったい。……えーと、なんの話でしたっけ」
「貴族が乗って来るって話だろ?」
「あ、そうでしたそうでした。……で、その乗って来る貴族ってのが問題なんですよ。乗船名簿を見ると、どうも……アランベール帝国の貴族らしくてね」
そうトルベールが言った瞬間、ブラックの顔から笑みが消えた。
……アランベール帝国って……確か【導きの鍵の一族】っていう、この世界の書物を保存して守っているとても古い一族が居る国だよな。
そして、その一族は…………かつて、ブラックに酷い仕打ちをして、十八年間ずっと館に閉じ込めてたり良いように使った、俺にとっては嫌な人達だ。
今は和解したレッドという青年も、この一族でブラックを憎んでいたんだっけ。
だから……俺としては、アランベール帝国にあまり良い思い出は無い。ガストンさんと言う良い人には出会えたけど、貴族と聞くと嫌な感じしかしなかった。
そう言えば……ガストンさんが言ってたけど、アランベール帝国は貴族連中が嫌なヤツばっかりなんだっけ。鵜呑みにするのはマズいかも知れないけど、あんな優しい人を犯罪都市に押し込めて奴隷商にしちゃったんだから、相当アレなヤツが居るのは確かだよな。そうか、アランベールの貴族か……そりゃあ、ヤバそうだ……。
「アランベール帝国と言うと、この大陸の南東端にある国か。学術院とか言う曜術師を育てる学び舎が有ると言っていたな」
クロウの言葉に、トルベールは「ご名答」と言わんばかりにビシッと指を指す。
「クマの兄さん、仰る通りです。……んでこのアランベールなんですけどね、この大陸の東端の奴らはどーも特権階級なクズ貴族が多いんですが、この端っこ帝国ってのは、帝王様の性格はイイのに貴族は特に腐ってるんですわ。なので、自国の冒険者に対して凄く高圧的な態度を取る。外の冒険者なら、もっと酷い。汚らしい遺跡盗人だとか言って、強制的に施設から追い出したりしてね」
「えぇ……」
思わずドンビキな声を漏らしてしまうが、説明しているトルベールも俺と同じ感じでドンビキしているのか、さもありなんとばかりに肩を軽く竦めた。
「ま、冒険者は基本的に【空白の国】である遺跡を調査し、オタカラを持って帰る仕事を生業としてるからな。個人が依頼を受けるのは、いわば『公共奉仕』みたいなモンだから……貴族にとっちゃあ盗人同然なんだろう。自分達もその遺跡からの恩恵を受けてるってのにな」
「…………あいつらは、そういう奴らだよ」
低い声で、ブラックが呟く。
俺と一緒にいる時には滅多に出さない、冷たくて怖い声だ。
思わず心配になってブラックの顔を見たが、相手は俺の視線に気付くとすぐに俺の手を取って、その掌にチクチクした無精髭の頬を摺り寄せる。
「ブラック……」
「んふふ。ツカサ君のお手手、気持ちいいなぁ……。ま、とにかく……厄介な相手って事は確かだね。そりゃ焦りもする。……だけど、別に僕達には関係ないはずだろ?」
俺の手に懐きながら言うブラックに、トルベールは複雑な表情をして口を曲げる。
「それが、そうもいかないんすよ……。旦那達の旅券は、こっち持ちではありますが、都合により最高級の旅券になっちまったんです。そうなると、夜宴には必ず出なきゃなりませんし……食事だって特別区域の貴族だらけな食事になるんですよ? そうなったら、バレかねないじゃありませんか」
た、確かにそうだ。
そこまで徹底して貴族オンリーな催しがあるんなら、どこでボロが出て冒険者だと嗅ぎつけられるか分からない。相手は冒険者嫌いだから、そうなったら絶対に二人に対してギャンギャン言って来るだろう。
最悪の場合「海に放り出せ」とでも言うかもしれない。
なら、トルベールが焦るのも分かるけど……どうしたらいいんだろう。
ブラックの顔を再び見やると、相手はいつもの余裕をもった表情に戻っていた。
「大丈夫だよ。貴族に対しての接し方は心得てるつもりだ。……こっちの駄熊が心配だって言うのなら、コイツには使用人の格好をさせればいい。異国の部族を使用人にしてる変わり者だって思わせれば、多少のポカだって誤魔化せるだろう」
その提案に、俺は「大胆だな」と思うと同時に「ブラックならうまく切り抜けられそう」だと根拠のない納得感に見舞われる。
普通なら無茶だと思う軽口だけど、ブラックの場合食事のマナーもキチンとしてるし、祝宴などで貴族に対するエレガントな振る舞いを求められた時も、他の奴らに見劣りしなかった。むしろ、他の奴らより格好良くて圧倒して居たくらいだ。
……俺の贔屓目も入ってるかもしれんが、ともかく全然おかしくなかった。はず。
だから、ブラックの大胆な言葉に「出来るかも」と思ってしまったのだ。
それにクロウだってマナーに関しては問題ないし、獣人と言うと粗野なイメージが強いのにシアンさんや目上の人にお大しては凄く丁寧な対応をするもんな。
二人がマナーの点で難癖を付けられるなんてとても思えなかった。
考えてみれば、ブラックの提案は色々勘繰られなさそうで逆に安全なのかも。
それはクロウも分かっているのか、納得いかないながらも頷いている。
「ムゥ……使用人というのは気に入らんが、穏便に過ごすと言うなら仕方ない」
「あー……うーん……イケますかねえ、それで……」
トルベールだけは悩むように首を傾げていたが、まあそう思うのは仕方ない。
実際に見て見ないと、こういうのってわかんないわけだし……。
「じゃあさ、トルベールも実際に見てみたらどうかな? ブラックもクロウも、マジもんの貴族だって言われても納得するぐらい堂々としてるぞ」
「えー? 鉄仮面君が言うと身内びいきにしか聞こえないんだけどなー」
「ホントだってば! その、俺……今日はリーブ君と仕事の内容を教えて貰いに行く事になってるし、その間にでも……」
自分の失態になると声が小さくなってしまうが、トルベールは俺の提案に少し悩む仕草をして――――大きな溜息を吐きガクリと俯いた。
「ま、それしかないかぁ……。もう乗船まで日数もないし……」
凄く不満そうだったが、渋々受け入れてくれたようだ。
これで、トルベールの不安が解消してくれればいいんだが……と、思っていると。
「ツカサ君、もう行くんなら送って行ってあげるよ」
「え?」
「……僕も、ちょっと行く所があるから」
そう言いながら、ブラックは憂いがなくなったように俺の手に一層懐いて来る。
どこに行くのかは気になったけど……なんだか聞いちゃいけないような気がして、俺は黙ってブラックのじょりじょりした頬を掌に感じていた。
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