異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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港地区ディナテイル、情けは人のためならず編

10.善意の金でも問題は起こる

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 品のいい調度品が並べられた、どこぞのホテルのような部屋。
 その部屋の中で、オッサンの盛大な溜息の音が響いた。

「はぁ~……。ツカサ君ってさあ、どうしてそう災難を呼びこんじゃうのかなあ~。何でおつかいに行っただけなのに、面倒事を連れ帰って来ちゃうのかなぁ~?」
「か、帰す言葉もゴザイマセン……」

 トルベールの【アスワド商会】にある客室にて、俺はさっきから隣に座るオッサンに密着されて頬を指でぐりぐりと押されまくっている。
 だが、今の俺にはソレを拒めるほどの権力は無い。というか、今のブラックの言葉通り「厄介を呼び込んだ」という負い目が有るので、ブラックに何をされても反省の態度で身を縮めているしかなかった。
 これにはテーブルの向こうに座っているクロウも呆れた雰囲気だ。

 ……まあでも、そりゃそうだよな。
 ブラックとクロウからしてみれば、俺の「お節介」は完全に「面倒事」だ。
 いくら同じ船に乗れるからとは言え、俺がしなくてもいい事をわざわざやりに行こうってんだから、そりゃあブラックとクロウも嫌そうな顔をするだろう。

 その顔が「大事な仲間なのに、なぜそんな面倒事を! 大変だったね……」という労いの表情ではなくて「はー? めんどくさ」だというのが、このオッサン達の薄情さをダイレクトに俺に見せつけて来るわけだが……気持ちは分かるので何も言えない。

 俺だって、さほど興味も無い事をわざわざやらなきゃ行けなくなれば、ブラック達のように「はーめんど」みたいな感じになっただろうしな……。
 自分から渦中に飛び込んだなら、こういう呆れた顔をされるのも仕方ない。

 まあしかし、薄っぺら同情よりも、今みたいに取り繕わずに嫌そうな顔をしてくれた方が気楽ではあるよな……そういう意味ではありがたいのかも。
 だって俺も、自分でも何でこんな事引き受けちゃたんだろうと思ってるんだもの。

 リーブ君が借金地獄に陥らないためとはいえ、他人のお金でゆっくり出来るはずの船の上でセコセコ働くなんてアホだよなほんと……。ふ、ふふ……笑えよ……。

 もう自分でも自分の流され具合に笑いが込み上げて来てしまうが、そんな状態で頬を太い指によりズムズムされている俺に、クロウは首を傾げた。

「しかし……なんとも都合が良い話だな。ちょうど今回の船に二人ほど従業員が不足しているというのは。どうも何かの企みのような気もする」

 意外な事を言うクロウに、ブラックは俺の頬を突きながら声を荒げる。

「そーだよ、今回は熊公の言う通りだっ! こんなのいかがわしい店が借金無理矢理背負わせて場末の娼館に売る手口とそっくりじゃないか! それなのにツカサ君たらお人好しで何にも考えずに馬鹿な行動しちゃっても~~~! まあそういうところがいつも助かってるんだけどね!」

 俺の「そういう所」のどこがブラックの何を助けてるんだ、と聞きたかったが、ヘタに質問したらヤブヘビになりそうなので黙る。
 その間にも、二人は俺に構わず話を続けた。

「あのいかにも金を持ってそうな小太りの男、様子を見ている限り嘘はついていないようだったが……それにしても解せんな」
「でも下っ端が何も聞かされてないって話は良くあるだろ。大方、見目の良いメスか何かを探してたんじゃ……いや、ツカサ君はどうなんだろうな」
「このやろバカにしてんのかテメー」

 お前、俺と恋人だってのに何だその「見目が良いかどうかは……」みたいな態度!
 反省してるけどいくらなんでもそう言うのは酷いと思います!
 モテない俺の心を抉りすぎだと思います!!

「魅力的なメスには違いあるまい。ただ、離れをしてなければツカサのことをメスだと認識できない者も多いだろう。見たところ、あの男達はメスに接する態度でツカサに接しては居なかった。だということは、オスメス関係ないのではないか」
「うーん……ツカサ君みたいな子を目の前にすれば、オスならちょっとぐらいそう言う態度が透けて見えるものなんだけどねえ……。じゃあ、本当に偶然なのか?」

 そこで、ブラック達は悩んでしまう。
 俺としては、まず「俺のどこをどう見てメスと判断してるんだ」と疑問なんだが、この世界のオスは経験豊富だと俺の事をすぐメスだと見破るんだよな……。そこんとこがいつも謎なのだ。考えてみれば、あの【絶望の水底】という強制労働施設でも、俺の事をメスだと思って無い人ばっかりだったしな。基準がまったく分からんのだ。

 以前聞いた話では、男の体のメスは珍しくてすぐに嫁に行くか箱入り息子で滅多に外に出なかったりするらしいので、俺みたいなメスは更にレアらしい。
 だから、俺が珍獣過ぎて判断が難しかったりしたのかな。

 それとも俺の気持ちの問題なのだろうか。
 俺が異世界から来たせいか、それとも俺が男としてのプライドを持ち続けてるせいなのか、一見すると「オスっぽい」らしくて判断が難しいと言われた事も有るもんな。
 …………でも、そうなると俺に言い寄って来た奇特な奴らはなんなのだろう。

 この世界で言う所のホモ……ではないみたいなんだけど、よくわからん。
 本当にこの世界の「メスに見える基準」は謎だ。
 人によっては、俺を「とってもメスらしいメス」と言うしなぁ……うーん……。
 っていやいや、俺は別にメスだと思われて女扱いされたくないから、別にこのままで良いんですけどね、オスに見えるままで! そのほうが面倒もないし!
 その代わり「オスなのにガタイ良くない……かっこわる……」ってなって女の子には更にモテなくなるけどな! 泣きたい!

「まあ、何にせよ……旅券に関してはトルベールと話し合うそうだし、身元がハッキリしていない人物ではないだろう。……オレとしては、リーブとかいう子供の方が何か気になるが……」
「え、リーブ君?」

 あの水兵さん式セーラー服が似合っている美少年の何が気になるのだろう。
 クロウの橙色をした綺麗な瞳を見やると、相手は口をヘの字にして首を傾げた。

「ムゥ……よくわからんが、あまり仲良くしない方が良いと思うぞ」
「うーん……まあ、船で仕事する以外のことは、手助けはしないつもりだけど……」
「当たり前だよっ。まったくツカサ君たらせっかく貰った金貨も使っちゃって……路銀、またカツカツになるんじゃない?」

 痛い所を突かれると同時に、頬をズンズンつついている大人の指が綺麗にクリーンヒットして、俺は机に突っ伏し悶絶する。
 だがもう決まってしまった事をグダグダ言っても仕方ないと思い、俺は頬を抑えつつブラックに向きなおった。

「そこは……その……こ、今後、薬とかいっぱい作って何とかする……」

 そう言うと、ブラックはニタッと顔を歪めて、至近距離まで近付いて来た……って、ちょっ……ち、近い近いっ! 顔が近すぎる!
 頼むからそんな顔近付けないで……っ。

「んもぉー……ツカサ君てば、いつも言ってるでしょ? 困るくらいなら、僕におねだりすればいいのにって。僕これでも貯めこんでるから、白金貨の十枚二十枚なんてすぐ出せるんだよ? 今回の事だって、僕に言ってくれれば良かったのに……」

 そんな事を嘯きながら、ブラックは俺の顔から逸れて肩口の所に顔を埋めて来ようとする。まだ日も高いしクロウもいるしロクもテーブルの上の籠で寝てるのに何すんだと必死に押し返そうとするが、ブラックはびくともしない。

 なんだかヤバい予感がしながらも、俺は何度も言っている事を改めて返した。

「い、いや、そういうのは健全じゃないっていうか…その……あ、アンタが昔冒険者の仕事して貯めたお金なんだし、俺が使うのは気が引けるっていうか……」
「別に、勝手に貯まっただけだし構わないんだけどなぁ~。ほらほら、意地張ってないで、僕におねだりしなよツカサ君。お金ちょうだいって可愛く……ね? そしたら、僕も大好きな恋人……いや婚約者の為にどーんと出してあげちゃうよ。そうすれば、乳香だか何だか知らないけど弁償できて楽しい船旅が出来るじゃない」
「っ、ぁ……!」

 言いながら、ブラックは俺の首に軽くキスを落として吸い付いて来る。
 クロウがじっとこちらを見ている前でそんなことをされたら、恥ずかしくて仕方ない。なにより、普通の軽いキスなんかじゃなく、その……え、えっちなことをする時みたいな感じで首にキスをされるのが凄く恥ずかしくて、俺は顔の熱が一気に上がるのを感じながら唇を噛んだ。けれど、ブラックは何度も首に吸い付いて来て。

「ねぇ、ツカサくぅん……おねだりして? ツカサ君が良い子だっていうのは、充分に知ってるからさあ……こういう時くらいは、僕に頼ってよ。……ね?」
「ん、んん……っ、だ、だめ……そういう、の……俺、ヤなんだって……っ」
「僕に助けて貰いたくないってこと?」

 肩口から聞こえるブラックの言葉に、俺は慌てて否定した。

「ちっ、違うけど! でも、その……っあ! ぅ……うぅ……だって……い、いつも二人には助けて貰ってるし……俺、ドジ踏んで、ばっかりなのに……。自分がやらかした事で、迷惑かけてそのうえお金まで払って貰うなんて……そんなの……」

 それに、ブラックが体を張って貯めたお金を、俺のドジの補填にして欲しくない。
 ブラックがどう思っていようとも、莫大なその財産はブラックがこれまで冒険者として目覚ましい活躍を続けてきたと言う証なのだ。

 そんな大事なものを、人を救うためならまだしも……俺なんかのドジのために、軽く使って欲しくない……。それに、俺はブラックに助けて貰ってばっかりで、今日だって呆れさせちゃって…………こういうのって、対等な関係じゃないだろうし……。
 だから、自分のケツは自分で拭くぐらいじゃないといけないと思うんだ。

「僕は良いって言ってるのに、ツカサ君はダメだと思ってるなんて変じゃない? 恋人なら……っていうか婚約者なら、財産も共有したっておかしくないんだよ?」
「そ、それだと金欠な俺がブラックの寄生虫みたいになっちゃうじゃん! ブラックが働いて貯めたお金なのに……」
「んん~っ、もおっツカサ君のそう言うトコ好きだけどー! でも今回は面倒だよぉ!」

 ブラックの言わんとする所も分かるので、本当に難しい問題だ。
 でも、今回ばかりは頷けない。だってブラックは何も悪くないんだし、俺が余計な事に手を出した結果巻き込まれちゃたんだし。ああもう、自分でも自分が面倒臭い。
 気軽に「おかね貸して!」て言える性分だったら、ブラックも楽だったろうにな。でもその場合、俺はお金を返せそうにないので別の意味で面倒なんだが……。

 思わず暗澹としてしまう俺だったが、そんな俺達にクロウが冷静に口を挟んだ。

「どっちにしろ、金を返しても働かねばならないのは同じではないか? 船の従業員が足りずに困っていたというのは事実らしいし、求める人間はちょうどツカサぐらいの少年だったらしいし。こうなるともう、金銭の問題ではなくなっている気がするぞ」

 そう言うと、ブラックはムスッとした顔をして俺を抱き締める。

「確かに、あの小太りの男は、ツカサ君が片道分船で働くことでもうチャラにするって言ってたしな……。それくらい重要な案件なら、金じゃ解決出来ないだろうけど」

 そう言ってはくれるが、やっぱり心の中では納得していないようだ。
 だが、こうなってしまったらもう俺もやるしかない。リーブ君のために働くと言うのは自分で決めた事なのだ。その決め事をすぐ破ってしまうのは、男として頂けない。

 なにより、ブラック達に迷惑を掛けてまで決めたことを軽く考えてしまってるようで、そちらの方が二人を裏切っているような気がして我慢がならなかったのだ。
 だから、ここは……納得してもらうしかない。そう思い、俺はブラックに向き直って、精一杯の笑顔を見せながら力強くガッツポーズをしてみせた。

「…………ぶ、ブラック、クロウ、俺ちゃんと自分で頑張るから。二人にも、これ以上の迷惑を掛けないように気を付けるからさ! だから、二人は船の旅を楽しんでてよ。二人とも、歩き通しで疲れただろうし……な?」

 途中でロクに短縮して貰ったとはいえ、アコール卿国からハーモニック連合国へと抜ける旧道を二人は徒歩で踏破しようとしていたのだ。
 俺が自分の世界へ帰って勉強している間も、二人はずっと道を歩き続けていたんだから、船旅では何の心配も無く休んでいてほしい。

 そんな気持ちで二人を見たのだが。

「……そういえばの話だけどさ、ツカサ君」
「ん?」
「ツカサ君が船で働くとなると……僕らはお客様になって、ツカサ君は従業員……という事になるわけだよね?」
「え? う、うん……まあ、そうなるかな……」

 変な事を言われて、俺は一瞬戸惑ったがなんとか頷く。
 確かに、ブラック達は船旅のお客様だよな。本来は俺もそうだったんだが、今後の身分はそうではなく「船の従業員」だ。
 まだどういう仕事をするのか聞かされていないが、どの道ブラック達に頭を下げる側になるだろう。そう考えると、ちょっと変な感じだ。

 首を傾げていると、ブラックは何故か明るい声を出した。

「そっかそっか! じゃあ、ツカサ君のぶんも船旅をたくさん楽しまないとね!」
「え!?」

 驚いて相手の顔を見やるが、もうブラックの顔には不機嫌さなど欠片も無い。
 それどころか急に上機嫌になって、俺を抱き締めると懐いて来た。

「ふふっ、うふふふぅ……そっかそっか……そうだよねえ、そうなるよねえ! お金が必要なんだから、働かないとねっ」
「ん? んんん……?」
「突然笑い出して気持ちが悪いぞブラック。頭がおかしくなったのか?」
「うるさい駄熊、百分割して海のモンスターに食わすぞクソが」

 あ、いつものブラックだ……。
 でも妙に機嫌が億鳴ったのがなんだか解せない。というか……なんかヤな予感がするな……ブラックが俺の話を聞いて急に機嫌がよくなる時は、大概なんかアレな事を考えてたりするんだよな。

 それが何なのか気にはなったけど……とりあえず、お金を払う払わないの問答から抜け出せてよかった。あのままだと、俺はブラックと喧嘩になってたかもしれない。

 まあ、元はと言えば俺が悪いんだから、さっきのは俺のわがままでしかない話なんだけどな……でも、解っていても男には曲げられない信念があるのだ。
 ブラックが今まで頑張って来た証をこんなしょーもない事で使うなんて、俺が絶対にイヤだったからな……だって、ブラックのお金は……俺の知らない仲間達と一生懸命冒険者をやって来た記憶でもあるんだから。
 ……ともかく、ベーマスに着くまでは、船の上で休んでほしい。

 そんなことを思いながら、俺は懐いて来るブラックに「撫でて」と言われて言われるがままに撫でたのだった。














 
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