異世界日帰り漫遊記!

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港地区ディナテイル、情けは人のためならず編

5.意外なイメージ、意外な人

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 ハーモニック連合国の首都・ラッタディアにある港湾地区の一つ【ディナテイル】は、一言で言えば綺麗な倉庫街だ。

 赤茶けたレンガで作られている倉庫が並び、そこかしこに荷物が積んである。
 この港は別の大陸や島国だけでなく、海路によって素早く物資を運ぶための重要な港でもあるらしい。昔から「急ぐなら船便だ」と言われ、そのおかげでラッタディアは栄えたという一面も有るらしい。

 ……というのも、この世界で馬車馬として使われている家畜化したモンスターは、中々にのんびり屋さんだからだ。

 その馬とは、カバと馬を合わせたような、でっかくて毛むくじゃらのモンスター。名前は【ヒポカム】と言い、このモンスターがこの世界では「馬」の代名詞になっている。
 だがヒポカム達の足は穏やかに走るロバほどの速度で、まったくもって早くない。故に乗合馬車も多大な日数を要し、早馬とは決して言えなかった。

 とはいえ、彼らは働いた後に人々を満たす食肉になったり、その体も衣服に用いる革や毛糸になったりと、本当にもったいない所が一つも無い。ブラックによると、特定の地域ではその万能性から神聖視されてたりもして、この世界の人々の生活に深く根付いていた。この世界の人達のヒポカムに対する感謝と愛は計り知れない。
 だから、いまでも馬と言えばヒポカムだったのだ。

 でも、最近は争馬種の【ディオメデ】というモンスターをやっと家畜化出来たおかげで、陸路も結構早くなったんだよな。とはいえ、まだ全然数が足りてないらしいから、普及するまでは行ってないみたいだけど……。
 ともかく、今は船が早いってことだ。

 話がヒポカムに逸れてしまった。
 ゴホン、港湾地区【ディナテイル】の事に話をもどそう。

 そんなこんなでかなりの需要があるので、ディナテイルの港は荷物や人が常に行き交っており、この人族中心の大陸ではあまり見かけない獣人の姿もチラホラ見えた。

 ハーモニック連合国は、一番獣人の人口が多いんだ。働いてる人たちの中にも、兎のような耳が生えたおじさんや、屈強そうなしっぽがフサフサのお兄さんがいる。
 みんな海の男なのか、ボーダー柄のシャツを着てバンダナをつけていた。

「なんか、海賊の子分みたいな格好……」
「アレが水夫だって示す服装なのさ。あんなめんどくさい染め抜き方なんて、普通の服じゃあやらないからね。一般人が紛れ込まないためにも必要なんだ」
「へー……紛れ込むって、やっぱ密航……?」

 ブラックを見上げると、相手は小難しげな顔をして口を尖らせる。

「まーそんな感じかなあ。後は……例えば商船だったら、船の操作や点検に関わっているヤツと、それ以外の従業員を見分けるためとかね」
「ふーん……?」

 ボーダー柄のシャツの水夫と言うと、帆を張ったり色んな仕事をしているイメージで確かに「船の操作」に関わってる感じもするけど……俺が想像する商船は鉄の塊の船なので、服装がなんだかラフ過ぎるような気もしてしまう。
 でも、この世界だと帆船が主力だしなぁ……港の先に見える船も、大きそうだけども帆船っぽいし……。

「とりあえず、商館がある大通りに行こうか。そこに船の受け付けも有るから」
「えっ娼館!?」
「ん?」
「あっ、しょ、しょーかんね、商館……い、行こ行こ!」

 お、同じ言い方だから一瞬勘違いしてしまった。自分が恥ずかしい……。
 ついつい顔が熱くなるのをなんとか直そうと思いながら、俺はブラック達の視線から逃げるように一歩先に進んだ。

「とにかく、レンガ倉庫の先に行けばいいんだよな! えーと……あそこかな?」
「キュキュー?」

 ロクと一緒に片手で視界の日差しを遮りながら遠くを見やると、レンガ倉庫とは違う普通の家々の屋根が並んでいる通りが見えた。どうやら、あの通りはラッタディアの中心街へと続く直線の大通りのようだ。遠くからでも視認性が高い。
 ……というか、他は赤茶けたレンガ造りの倉庫とか事務所みたいな建物ばかりなので、旅をする人々が集まると言ったらあそこらへんしかないだろう。

「ブラック、あそこが商館が並んでるところだよな?」
「うん、そうだね。宿も有るから、船の乗船手続を終えたら探してみよう」
「ム……あそこで船を頼むのか……」

 何故か、ブラックの説明にクロウがふむふむと頷いている。
 そういえばクロウは船でラッタディアに到着してるんだよな。なのに、なんか初めて来ますみたいな雰囲気なんだけど……どういうことなんだろうか。
 ちょっと気になって、俺はクロウの顔を見上げた。

「クロウ、普通に船に乗って来なかったのか?」

 問いかけると、相手は考えこむように空に視線を走らせて首を傾げる。

「…………あの時は……船底の汚水浚いだとか“ネズミ”の退治だとかの仕事で潜り込んで、真夜中に港に到着したからな……それ以降ここには来なかったから、どんな港なのかもよくわかっていなかったぞ」
「く……クロウ……お前大変だったんだな……」

 帆船に詳しくない俺でも、汚水浚いやネズミ退治という仕事を聞けば、ソレがどんなに大変な仕事だったかぐらいは分かる。船底って真っ暗だろうし、そのなかで汚水を汲んで出してっていう仕事をするんだから、そりゃ下水道清掃並みにキツかろう。

 しかもそのうえネズミ退治だなんて……俊敏な獣人だろうと、ニオイのキツい汚水を浚っていたら五感も弱るだろうし、船の上ではその過敏さから船酔いにも苛まれたかもしれないそんな状態で動き回る仕事をするなんて、過酷過ぎる。
 うう……クロウは本当に大変な船旅をして人族の大陸にやって来たんだなぁ。

 きっと、クロウを慕っていた部下っぽい人達も同じ感じだったんだろう。
 そんな彼らが鉱山奴隷として酷い暮らしをさせられていたのを思い出すと、何だかもう堪らなくなってしまって、俺はついクロウの褐色の腕を優しく撫でていた。

「むぅう……ツカサ、どうせなら頭を……」
「ううう……よしよし、クロウは本当に頑張って暮らしてたんだなぁ……」

 俺の手で良ければ頭でもなんでも撫でてやるよ、と、デカいオッサンのボサボサ頭を目一杯撫でていると、横からブラックが割り込んできた。

「だーもーツカサ君ってばどーしてそう簡単に絆されちゃうのっ! コイツはデタラメなバカぢからのクソ獣人なんだよ!? っていうかネズミとか普通のネズミじゃないからねっ、この場合は密航者とか盗人のことだからね?!」
「えっ!? そ、そうなんだ……」

 ネズミって、俺の世界みたいに普通にあのネズミの事だと思ってたんだけど、どうもそうでは無かったようだ。……あれ、この世界ってネズミいないのかな。
 いやでも鼠人族は存在するんだから、ネズミはいるはず……。

「な、なあブラック……密航者とかじゃない普通のネズミも、モンスターなの? 俺の手くらいのネズミとかっていないワケ?」

 恐る恐る訊くと、ブラックはムウッと頬を膨らませながら当然のように答えた。

「ツカサ君みたことあるでしょ、鎧ネズミ……ミーレスラットみたいなモンが一般的なネズミだよ。小さくても僕の手より一回り大きいくらいだし、言っておくけど船が出る港にはそういうモンスターは出てこないからね」
「……そ、そう言えばそんなモンスターも居た気がする……」

 確か、ラッタディアの地下水道遺跡で初めて見たんだっけな、ミーレスラット。あの時は凄くビックリしたもんだが、そうか、この世界はネズミもデカいのか……。
 ミツバチも大きいし、この世界は小さい虫とか害虫がいないのかね。まあ、ノミやらシラミやらに悩まなくて良いのはありがたいんだけどさ。
 帆船の船旅っていったら、結構そういう不衛生で陰鬱な話もきくし……。

「なんだ、ツカサ君そんなこと心配してたの? んもー大丈夫だよ。商船ってのはね、船と言っても海賊船とか普通の帆船とはちょっと違って……」

 物知りなブラックが、俺の無知を察したのか何かを詳しく教えてくれようとした……のだが、その解説は途中で遮られた。

「あっ、いたいたー! おーい鉄仮面くーん!」
「んん?!」
「キュゥ?」

 妙な呼び名に、俺達三人と一匹は思わず声がした方を向く。
 すると、商館が並ぶ大通りの方から手を振って走って来る、スーツ姿なのに何だか若くてチャラついた感じの男。一瞬誰かと思ったが、こちらを呼ばわった言葉で俺達はハッとして、相手を見やった。

「その呼び方、トルベール!?」

 そうだ。そんな風に俺を呼ぶのは、ラッタディアの裏世界・ジャハナムの一員である有能チャラ男のトルベールしかいない。
 おーいと俺が手を振ると、相手も振りかえしてくれた。オッサン達は手を振ってないが、まあいつものことなので相手も笑って許してくれるだろう。

「いやあ、商館通りに行く前に会えてよかった! 元気にしてたか鉄仮面君」

 その変なあだ名で俺を呼ばわるのは、トルベールぐらいだ。
 懐かしい呼び方に笑うと、俺は元気よく頷いた。

「いやー、トルベールも元気そうで何よりだよ……! なあ、赤の【大元】のお姉さまと、青の【大元】は元気なのか? 藍鉄も元気にしてる?」
「ははは、そう矢継ぎ早に問いかけるなって。まずは挨拶させてくれよ。……って事で、旦那方お久しぶりです。三人水入らずのとこ悪いんですけど、もし良かったら……俺達に船の手配を手伝わせちゃあくれませんかね」

 そう言いながら、チャラついた長めの髪型を揺らしてトルベールはブラックを見る。
 彼の含みのある言い方に何か読み取ったのか、ブラックはハァと息を吐いた。

「どうせ【世界協定】からのご案内なんだろ? ならどうこう言うこともないさ」
「ムゥ……」

 ブラックのその言葉に、トルベールは分かりやすくホッとして揉み手をした。

「いやあ、ホントスグ察して貰えて助かりますわ……詳しい話はとりあえず……俺の商会でやりましょう。ここではナンなんで。さ、鉄仮面君もおいで」

 そう言いながら、トルベールは踵を返して歩き出す。
 立ち話じゃナニってことは……どう考えても、なんか込み入った話だよな。
 それを察して二人の顔を見やると、ブラックとクロウも俺の顔を見て肩を竦めた。












※第一部【首都ラッタディア・変人達のから騒ぎ編】などで【ミーレスラット】というデカいネズミが登場しています。
 この世界のネズミは図体がデカく素早い上に天井に這う事も出来るので、捕えやすくはあるが厄介なもの、もしくは盗人や意地汚い者の代名詞として使われます。
 トルベールの話は次回に。
 
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