400 / 952
港地区ディナテイル、情けは人のためならず編
5.意外なイメージ、意外な人
しおりを挟むハーモニック連合国の首都・ラッタディアにある港湾地区の一つ【ディナテイル】は、一言で言えば綺麗な倉庫街だ。
赤茶けたレンガで作られている倉庫が並び、そこかしこに荷物が積んである。
この港は別の大陸や島国だけでなく、海路によって素早く物資を運ぶための重要な港でもあるらしい。昔から「急ぐなら船便だ」と言われ、そのおかげでラッタディアは栄えたという一面も有るらしい。
……というのも、この世界で馬車馬として使われている家畜化したモンスターは、中々にのんびり屋さんだからだ。
その馬とは、カバと馬を合わせたような、でっかくて毛むくじゃらのモンスター。名前は【ヒポカム】と言い、このモンスターがこの世界では「馬」の代名詞になっている。
だがヒポカム達の足は穏やかに走るロバほどの速度で、まったくもって早くない。故に乗合馬車も多大な日数を要し、早馬とは決して言えなかった。
とはいえ、彼らは働いた後に人々を満たす食肉になったり、その体も衣服に用いる革や毛糸になったりと、本当にもったいない所が一つも無い。ブラックによると、特定の地域ではその万能性から神聖視されてたりもして、この世界の人々の生活に深く根付いていた。この世界の人達のヒポカムに対する感謝と愛は計り知れない。
だから、いまでも馬と言えばヒポカムだったのだ。
でも、最近は争馬種の【ディオメデ】というモンスターをやっと家畜化出来たおかげで、陸路も結構早くなったんだよな。とはいえ、まだ全然数が足りてないらしいから、普及するまでは行ってないみたいだけど……。
ともかく、今は船が早いってことだ。
話がヒポカムに逸れてしまった。
ゴホン、港湾地区【ディナテイル】の事に話をもどそう。
そんなこんなでかなりの需要があるので、ディナテイルの港は荷物や人が常に行き交っており、この人族中心の大陸ではあまり見かけない獣人の姿もチラホラ見えた。
ハーモニック連合国は、一番獣人の人口が多いんだ。働いてる人たちの中にも、兎のような耳が生えたおじさんや、屈強そうなしっぽがフサフサのお兄さんがいる。
みんな海の男なのか、ボーダー柄のシャツを着てバンダナをつけていた。
「なんか、海賊の子分みたいな格好……」
「アレが水夫だって示す服装なのさ。あんなめんどくさい染め抜き方なんて、普通の服じゃあやらないからね。一般人が紛れ込まないためにも必要なんだ」
「へー……紛れ込むって、やっぱ密航……?」
ブラックを見上げると、相手は小難しげな顔をして口を尖らせる。
「まーそんな感じかなあ。後は……例えば商船だったら、船の操作や点検に関わっているヤツと、それ以外の従業員を見分けるためとかね」
「ふーん……?」
ボーダー柄のシャツの水夫と言うと、帆を張ったり色んな仕事をしているイメージで確かに「船の操作」に関わってる感じもするけど……俺が想像する商船は鉄の塊の船なので、服装がなんだかラフ過ぎるような気もしてしまう。
でも、この世界だと帆船が主力だしなぁ……港の先に見える船も、大きそうだけども帆船っぽいし……。
「とりあえず、商館がある大通りに行こうか。そこに船の受け付けも有るから」
「えっ娼館!?」
「ん?」
「あっ、しょ、しょーかんね、商館……い、行こ行こ!」
お、同じ言い方だから一瞬勘違いしてしまった。自分が恥ずかしい……。
ついつい顔が熱くなるのをなんとか直そうと思いながら、俺はブラック達の視線から逃げるように一歩先に進んだ。
「とにかく、レンガ倉庫の先に行けばいいんだよな! えーと……あそこかな?」
「キュキュー?」
ロクと一緒に片手で視界の日差しを遮りながら遠くを見やると、レンガ倉庫とは違う普通の家々の屋根が並んでいる通りが見えた。どうやら、あの通りはラッタディアの中心街へと続く直線の大通りのようだ。遠くからでも視認性が高い。
……というか、他は赤茶けたレンガ造りの倉庫とか事務所みたいな建物ばかりなので、旅をする人々が集まると言ったらあそこらへんしかないだろう。
「ブラック、あそこが商館が並んでるところだよな?」
「うん、そうだね。宿も有るから、船の乗船手続を終えたら探してみよう」
「ム……あそこで船を頼むのか……」
何故か、ブラックの説明にクロウがふむふむと頷いている。
そういえばクロウは船でラッタディアに到着してるんだよな。なのに、なんか初めて来ますみたいな雰囲気なんだけど……どういうことなんだろうか。
ちょっと気になって、俺はクロウの顔を見上げた。
「クロウ、普通に船に乗って来なかったのか?」
問いかけると、相手は考えこむように空に視線を走らせて首を傾げる。
「…………あの時は……船底の汚水浚いだとか“ネズミ”の退治だとかの仕事で潜り込んで、真夜中に港に到着したからな……それ以降ここには来なかったから、どんな港なのかもよくわかっていなかったぞ」
「く……クロウ……お前大変だったんだな……」
帆船に詳しくない俺でも、汚水浚いやネズミ退治という仕事を聞けば、ソレがどんなに大変な仕事だったかぐらいは分かる。船底って真っ暗だろうし、そのなかで汚水を汲んで出してっていう仕事をするんだから、そりゃ下水道清掃並みにキツかろう。
しかもそのうえネズミ退治だなんて……俊敏な獣人だろうと、ニオイのキツい汚水を浚っていたら五感も弱るだろうし、船の上ではその過敏さから船酔いにも苛まれたかもしれないそんな状態で動き回る仕事をするなんて、過酷過ぎる。
うう……クロウは本当に大変な船旅をして人族の大陸にやって来たんだなぁ。
きっと、クロウを慕っていた部下っぽい人達も同じ感じだったんだろう。
そんな彼らが鉱山奴隷として酷い暮らしをさせられていたのを思い出すと、何だかもう堪らなくなってしまって、俺はついクロウの褐色の腕を優しく撫でていた。
「むぅう……ツカサ、どうせなら頭を……」
「ううう……よしよし、クロウは本当に頑張って暮らしてたんだなぁ……」
俺の手で良ければ頭でもなんでも撫でてやるよ、と、デカいオッサンのボサボサ頭を目一杯撫でていると、横からブラックが割り込んできた。
「だーもーツカサ君ってばどーしてそう簡単に絆されちゃうのっ! コイツはデタラメなバカぢからのクソ獣人なんだよ!? っていうかネズミとか普通のネズミじゃないからねっ、この場合は密航者とか盗人のことだからね?!」
「えっ!? そ、そうなんだ……」
ネズミって、俺の世界みたいに普通にあのネズミの事だと思ってたんだけど、どうもそうでは無かったようだ。……あれ、この世界ってネズミいないのかな。
いやでも鼠人族は存在するんだから、ネズミはいるはず……。
「な、なあブラック……密航者とかじゃない普通のネズミも、モンスターなの? 俺の手くらいのネズミとかっていないワケ?」
恐る恐る訊くと、ブラックはムウッと頬を膨らませながら当然のように答えた。
「ツカサ君みたことあるでしょ、鎧ネズミ……ミーレスラットみたいなモンが一般的なネズミだよ。小さくても僕の手より一回り大きいくらいだし、言っておくけど船が出る港にはそういうモンスターは出てこないからね」
「……そ、そう言えばそんなモンスターも居た気がする……」
確か、ラッタディアの地下水道遺跡で初めて見たんだっけな、ミーレスラット。あの時は凄くビックリしたもんだが、そうか、この世界はネズミもデカいのか……。
ミツバチも大きいし、この世界は小さい虫とか害虫がいないのかね。まあ、ノミやらシラミやらに悩まなくて良いのはありがたいんだけどさ。
帆船の船旅っていったら、結構そういう不衛生で陰鬱な話もきくし……。
「なんだ、ツカサ君そんなこと心配してたの? んもー大丈夫だよ。商船ってのはね、船と言っても海賊船とか普通の帆船とはちょっと違って……」
物知りなブラックが、俺の無知を察したのか何かを詳しく教えてくれようとした……のだが、その解説は途中で遮られた。
「あっ、いたいたー! おーい鉄仮面くーん!」
「んん?!」
「キュゥ?」
妙な呼び名に、俺達三人と一匹は思わず声がした方を向く。
すると、商館が並ぶ大通りの方から手を振って走って来る、スーツ姿なのに何だか若くてチャラついた感じの男。一瞬誰かと思ったが、こちらを呼ばわった言葉で俺達はハッとして、相手を見やった。
「その呼び方、トルベール!?」
そうだ。そんな風に俺を呼ぶのは、ラッタディアの裏世界・ジャハナムの一員である有能チャラ男のトルベールしかいない。
おーいと俺が手を振ると、相手も振りかえしてくれた。オッサン達は手を振ってないが、まあいつものことなので相手も笑って許してくれるだろう。
「いやあ、商館通りに行く前に会えてよかった! 元気にしてたか鉄仮面君」
その変なあだ名で俺を呼ばわるのは、トルベールぐらいだ。
懐かしい呼び方に笑うと、俺は元気よく頷いた。
「いやー、トルベールも元気そうで何よりだよ……! なあ、赤の【大元】のお姉さまと、青の【大元】は元気なのか? 藍鉄も元気にしてる?」
「ははは、そう矢継ぎ早に問いかけるなって。まずは挨拶させてくれよ。……って事で、旦那方お久しぶりです。三人水入らずのとこ悪いんですけど、もし良かったら……俺達に船の手配を手伝わせちゃあくれませんかね」
そう言いながら、チャラついた長めの髪型を揺らしてトルベールはブラックを見る。
彼の含みのある言い方に何か読み取ったのか、ブラックはハァと息を吐いた。
「どうせ【世界協定】からのご案内なんだろ? ならどうこう言うこともないさ」
「ムゥ……」
ブラックのその言葉に、トルベールは分かりやすくホッとして揉み手をした。
「いやあ、ホントスグ察して貰えて助かりますわ……詳しい話はとりあえず……俺の商会でやりましょう。ここではナンなんで。さ、鉄仮面君もおいで」
そう言いながら、トルベールは踵を返して歩き出す。
立ち話じゃナニってことは……どう考えても、なんか込み入った話だよな。
それを察して二人の顔を見やると、ブラックとクロウも俺の顔を見て肩を竦めた。
→
※第一部【首都ラッタディア・変人達のから騒ぎ編】などで【ミーレスラット】というデカいネズミが登場しています。
この世界のネズミは図体がデカく素早い上に天井に這う事も出来るので、捕えやすくはあるが厄介なもの、もしくは盗人や意地汚い者の代名詞として使われます。
トルベールの話は次回に。
10
お気に入りに追加
1,010
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

その男、有能につき……
大和撫子
BL
俺はその日最高に落ち込んでいた。このまま死んで異世界に転生。チート能力を手に入れて最高にリア充な人生を……なんてことが現実に起こる筈もなく。奇しくもその日は俺の二十歳の誕生日だった。初めて飲む酒はヤケ酒で。簡単に酒に呑まれちまった俺はフラフラと渋谷の繁華街を彷徨い歩いた。ふと気づいたら、全く知らない路地(?)に立っていたんだ。そうだな、辺りの建物や雰囲気でいったら……ビクトリア調時代風? て、まさかなぁ。俺、さっきいつもの道を歩いていた筈だよな? どこだよ、ここ。酔いつぶれて寝ちまったのか?
「君、どうかしたのかい?」
その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。
黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。
彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。
だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。
大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?
更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」
そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた
きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました!
「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」
魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。
魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。
信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。
悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。
かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。
※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる