異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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港地区ディナテイル、情けは人のためならず編

3.異なる世界の異なる事情

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   ◆



 今日も今日とて、いつもの白い神様空間。

 前回来た時からあまり日が経ってないので、キュウマの寛ぎスペースは未だに壁が二面しかなく、半透明の空中ウインドウ達は中途半端にハイテクっぽい感じだ。
 ただ、前回よりも本の冊数が増えているような気がするが……そもそもキュウマの神様空間では、時間はどのように経過しているのだろうか。

 俺の世界からアッチの世界に行って一日過ごせば、俺の世界では一分くらい経過している。反対に、俺の世界での一日はアッチの世界では一時間ほどズレる。

 これはキュウマが調整してくれているからそうなってるんだが、そうなると……時間が経過しないキュウマの神様空間って、どうなってんだろ。
 なんかよく解んないけど、考えると妙に不安になって来るな……・。

「おいコラ、人に勉強を教わっといて上の空とは良い度胸だな」
「う、ご、ごめん……いやさ、この空間だけ時間が止まってるのが不思議だなぁって思ったら、ついつい思考が逸れて……」
「嘘付け、答えが思いつかなくて気が逸れただけだろ」

 ぐうの音も出ません。
 素直に頭を下げると、キュウマは息を吐いてスクエアフレームの黒縁眼鏡をクイッと上げてちゃぶ台の上に広がる俺のノートを指でトントンと叩いた。

「ま、友達とよく勉強してんのか、間違いは多いが復習はちゃんと出来ているし……これなら、及第点くらいはやってもいい」
「えっホント!?」

 キュウマに褒められたのが嬉しくて思わず身を乗り出すと、相手は白けたような顔で片眉を上げる。

「あくまでも、及第点、だ。あくまでも! 自分一人でやりやがった所は全部間違ってんだからなテメーは!」
「ぎゃーっ、ごめんなさいごめんなさいちゃぶ台返しは勘弁してえぇっ!」
「ったく……。まあ、物覚えが悪いだけで人並みに理解力はあるんだ。お前の場合、詰め込みすぎるせいで全部頭から抜けるのもバカの原因なのかもな」
「バカって言った。キュウマひどい」
「幼児退行すんなエロ猿。ともかく……集中力が切れて来たってことは、これ以上はやめて休めってことだ。数分程度時間が取れるんなら、ついでに降りてけよ」

 そう言いながら、キュウマがクイッと親指で異世界への穴を指す。
 いつのまに出現していたのかは分からないが、穴の向こう側にはレンガ敷きの道が見えている。あれから数日しか経ってないのに、ブラック達はもう街に到着していると言うのだろうか。そんなバカな。

 驚いてキュウマの顔を見やると、相手は呆れたように眉を上げて溜息を吐いた。

「いや、慈雨街道を抜けて数時間程度だ。あいつらは、目的地のラッタディアに到着してもいない。今頃やっとハーモニック連合国の国境に到着したぐらいかな」
「あ、よかったそんな感じなんだ……」

 そうだよな、さすがにそこまで素早かったらもう人間やめてるよな。
 思わずホッとしてしまった俺に、キュウマはびしりと指を突きつけて来る。

「本当は、あまり干渉はしたくないんだが……今回はエルフ神族達に神託を出して、【セレーネ大森林】のヴァリアンナ・ランパントにお前のロクショウを召喚させる許可を貰うように言ってある。今頃は、森の近くにあるトランクル村に神族から連絡が行っているはずだ。これで、お前がロクショウを召喚しても問題ないだろう」

 俺の相棒である漆黒の準飛竜ロクショウは、最弱のヘビ型モンスターである【ダハ】から急激に進化したため、色んな術の修行が必要になってしまっている。
 なので、ロクは【セレーネ大森林】に隠れ棲んでいる物凄く強い魔族のお姉さま……ヴァリアンナさん――――縮めてアンナさんに修行をさせて貰っているのだ。

 だから、今は基本的に週一回の召喚しかできない。
 それが俺はもどかしくてもどかしくてしょうがないワケで、呼べるものならすぐにでも喜んでロクショウに会いに行きたい……と言いたいところだったけど、難しい顔をするキュウマの表情を見ていると、そう喜んでも居られない事情があるようで……。

 なんだか嫌な予感がしたが、俺は恐る恐るキュウマに問いかけた。

「何かヤバい事態にでもなってるのか……?」

 叶う事なら「そうじゃない」と言って欲しかったが、そうならない事は分かっている。
 キュウマはこめかみを指で押さえながら、悩ましげな顔で頷いた。

「この世界には、神の慣習なのか設定不足なのかはわからないが、俺の力があまり及ばない地域や島国が有る。……その一つが、独自の進化を遂げている【聖獣王国ベーマス】だ。どうも……そこで、また争いが起こってるらしくてな……」
「せ、せいじゅ……いや、ベーマスって……つい最近まで内乱があってたんだよな? それがやっと収まってたってのに、また何かヤバいのか」

 獣人族は血気盛んであるってのはクロウを見て充分理解しているが、それにしても内乱が収まってすぐにまた争いだなんて、お盛ん過ぎて血管切れるだろそれ。
 どうしてそんな事になってるんだとキュウマを見ると、相手は頷いた。

「まあ、元々ベーマスは人族が定義する国とは少し違う形態の大陸だ。便宜上、国として人族が交流をしているだけで、王都と言ってもそれは数多くの民族を従える者が作り上げた一つの自治領みたいなものに過ぎない。あの国は、ずっと各種族が戦い喰らい獣の本能を消さずに勝ち負けで暮らしている魔境なんだ。……だから、内乱が再び勃発したって、正直おかしいとは思えん」
「お、オウ……なんてクレイジーアイランド……」

 いや、戦いこそが我らの民族の礼儀……とかいう人達も居るだろうし、そこは否定しないけども、戦いに明け暮れる世界ってのは……平和な世界に生きて来た俺には凄く大変そうな印象しか受けない。

 獣人族は人族と同等の知性を持っているのに、どうしてそんな事になるんだろう。モンスターと近しい血があるから、闘争本能を抑えきれないとかなのかな。
 いや、そもそも彼らにとって俺達みたいな生活は惰弱な物に見えるのかも。
 なんにせよ……内乱は珍しいことじゃないんだな。

「だが人族と国交を持っているのは、その王都として認識されている都を収める獣王しかいない。国としての知性を持ち、人族と対等にやりあえるまで栄えている土地は、その獣王が収める領地しかないんだ。そのせいで、他種族が乗りこんで来て争う事があっても内乱にカウントされちまう」
「え……じゃあ、今回は内乱って言っても、侵略されてるとかそういうこと?」

 俺の回答はキュウマにとって満点だったらしく、相手は深く頷いて続けた。

「神の目があまり届かんせいで、詳しい事は分からん。今は小競り合い程度で済んでいるみたいだが……いつ王都が襲撃されるか解らん。そうなって万が一王座を略奪されたなら、お前達が【銹地の書】を受け取れなくなっちまう」
「あ……だから、今回はロクショウに一気に跳んで貰って、港まで行けと」
「そういうこと。正直、丁度良いタイミングでお前が来てくれたから助かったよ。ええとあの……尾井川とかいうお前のダチには感謝しないとな」

 へへ、そうだろう。
 尾井川はいつも俺を的確に助けてくれるんだぜ。とは言え、今回のコトは尾井川も予想外だっただろうけど。帰って報告したら驚くかもな。

 いや、そんなお気楽な事を考えてる場合じゃないか。
 そういう理由があるなら、しっかりロクショウをサポートして飛んで貰わないと。

「よし、事情はわかった。すぐに降りるから、俺の服よろしく!」
「お前のそういう物分かりの良さは凄く助かるわ」

 言うや否やすぐに俺の「お着替えセット」を出してくれるキュウマに礼を言いつつ、俺は簡易の着替え室でいつもの冒険者ルックに着替えると、バッグの中に大事に保管しているロクショウを呼ぶための笛を取り出した。
 銀色に輝く、ちょっと短めのリコーダーみたいな笛。見た目はこんなんだが、この笛で難しい曲を吹けばロクショウを召喚する事が出来る。

 俺はキュウマに頷いて準備万端だと示すと、地面を映している穴の前に立った。

「ツカサ、今回は数日で迎えに来る。神社の下で待ってるヤツがいるんなら、そう長く滞在すると怪しまれるからな」
「ありがとキュウマ、じゃあ言って来る!」
「おう、行って来い」

 キュウマに言われて、俺は手を振るとそのまま穴の中に飛び込んだ。
 と、風が下から吹き上げるように俺の髪を揺らし、一気に地面が迫ってくる。俺は、いつものように地面に着地――――することができず、転がりながら異世界へと降り立ったのだった。いや、立ってないけどね。うん……。

 …………俺、いつになったら格好良く降りられるんでしょうね。

「いたたたた……えっと、ブラックとクロウは……」

 レンガの地面からなんとか立ち上がり、周囲を見回す。
 どうやらここは高い壁……おそらく街を囲う城壁のような壁に面した場所のようだ。こういう所は日陰になる事が多いから、こういう路地に降りれば安全なんだよな。
 城壁の近くなら、壁の上を歩いている兵士に助けを求められるし、昼間であれば逆に安全だったりする。まあ、兵士がサボッてたら危ないけど。

 にしても……ここって初めて見たけど、どこの街なんだろう?
 不思議に思って路地から出ると……遠くから俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「ツカサ君っ、ツカサくーん!」

 どたばたと走って来るのは、見慣れたはずなのについドキッとしてしまう鮮やかな赤い色のうねうね髪をした菫色の眼のオッサン。そして、その背後からやってくるのも、熊耳をぴこぴこと嬉しそうに動かしている……褐色肌でボサボサな髪をした橙色の眼が眩しい熊獣人のオッサンだ。

 二人とも相変わらず大柄で、大人の癖に人懐っこい笑顔で近寄ってくる。
 普段は無表情のクロウも、嬉しそうに薄らと口を緩めてホワホワした「喜んでます」みたいな雰囲気を醸し出しながらこちらに走って来ていた。

 な、なんか……数日離れていただけなのに、こうやって近付いて来られると、ヘンにドキドキしてしまうというか、な、なんか……逃げたくなっちゃうと、いうか……。

「ツカサくぅううん! 僕を受け止めてぇ~っ!」
「わーっ、わっわぁああバカッ飛び込んでく……ぐぇえっ」

 デッカイおっさんが弾丸のように俺に飛びついてくる衝撃に耐え切れず、俺は背中から地面に思いっきり倒れ込む。ボキッとか言ったような気がするが、それは流石に気のせいだと思いたい。思わせて。
 っていうか重たいしオッサンくさいし無精髭が痛いのでどいてください!

「はぁああんツカサ君ツカサ君ツカサ君っ! こんなに早く帰って来てくれるなんて、僕嬉しいよぉおおっ! やっぱりツカサ君も寂しかったの? 僕と早くイチャイチャしたくて帰って来てくれたのぉ?」
「ばっ、ばか、んなワケないだろ……! ううっ、スリスリすんな無精髭が痛いっ」

 いつもの事ながら、ブラックの無精髭はチクチクして痛痒い。
 これでお構いなしに頬擦りしてくんだから、本当に勘弁して欲しいよ……まあ、このだらしないヒゲがなかったら、ちょっと違和感があるなとも思っちゃうんだけど。
 ……そ、それは見慣れてるだけだからな。寂しいとか気に入ってるとかじゃないんだからな。断固として違うぞ。

「へへ……ツカサ君も満更じゃないくせに~。ああでも、こんなに早くツカサ君の事をぎゅうって出来るなんて……僕、嬉しい……」
「う……」
「ね、ツカサ君……こっちみて」

 名前を呼ばれて、おずおずと相手の顔を見やる。
 すると、ブラックは嬉しさに蕩けそうな顔で笑ってみせた。

「おかえり、ツカサ君」

 ブラックがそう言うと、脇からクロウも俺を覗き込んで来て、薄く笑った。
 その二人の微笑みを見ていると……なんだか、心があったかくなって。

「…………ただいま。ブラック、クロウ」

 気が付けば、俺も「嬉しい」という気持ちで胸いっぱいになってしまっていた。











 
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