異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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港地区ディナテイル、情けは人のためならず編

2.貴方を気にかけずにはいられない

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「それにしても……シベの家がまさかこんな感じだとはなぁ……」

 いかにも「イケメンが使いそう」とか言われそうな、シンプルなデザインの黒い丸型テーブルを囲みながら、俺はぽつりと零して天井を見やる。
 ああ、天井もシンプルで白くて綺麗だ。照明もシャンデリアとかじゃないのに、こんな部屋だと全部オシャレに見えてくる。今時の金持ちはシンプルでオシャレっていうのがトレンドなのだろうか。どうでもいい事だが、なんかムカついてくるな。

「おい潜祇、休憩はさっき取ったばかりだが?」

 現実逃避なら俺がもっとさせてやろうか、と怖い顔で言って来る真向いの金持ちに、俺は滅相も無いと慌てて首を振ってノートに目を落とした。

 …………シベの家を訪ねて、早二時間。俺は、クーちゃんとヒロと一緒に、みっちりシベに勉強を仕込まれていた。そりゃもう、休憩のとき以外は脇目もふらず。
 だからなのか、もう今の俺は頭がぼーっとして来ていて、ノートの上の数式が踊っているような幻覚が見えて来てしまっていた。

 だけどそれも仕方なかろう
 何故なら、シベの家に来てから俺はずっと驚きっぱなしで疲れてしまったからだ。

 ――――――シベのいつもの高級車に乗せられて俺達三人が向かった先は、庭が広々とした西洋風の大豪邸……ではなく、実際は俺の想像と全然違っていた。
 そこからもう、俺は驚きっぱなしの連続だったのだ。

 だって、シベの家って、この街の高層ビルが密集しているオフィス街の一角にある、とんでもなくデカいデザイナーズビルっぽいところだったんだぞ。

 それだけでも驚きなのに、家が有る階に行くのに車が入れる特殊なエレベーターを使ったり、そのエレベーターの終着点がシベの家族専用の駐車場だったり、そこには名も知らぬ高そうな高級車ばかりが並んでたりしたんだ。
 しかも、その駐車場から入った所は高級マンションの大理石の廊下みたいなトコで、本当の家に向かうまでが長かったし、その間に使用人みたいな人となんどもお辞儀をしまくったし、やっとシベの家に付いてもやっぱり広くて魂が抜けたし……。

 ともかく、驚きっぱなしで今日は本当に疲れたんだよ……。
 最近の金持ちは高層マンションとか言われてるし、俺だって母さんが見てるドラマとかでチラッと見て「そういうモンなんだ」とは思ってたけど、まさかシベの家がデカいビルの高層数階にあるなんて思わないじゃないか。しかも下の階は普通に会社で、社員さんが働いてるらしいしシベの家の会社らしいし。

 金持ちイコールバッキンガム宮殿、みたいな貧相なイメージしかない俺には、シベの家の予想外の豪華さは本当に想定外だった。
 そのせいで勉強にも身が入らなくて……いや、ちゃんとやってるけどさ……。

「シベのオタカラはどこに隠してあるのカナー。貧乳ロリの本は本棚にないネー」
「おいコラお前! 勉強から逃げるな……っていうか人の部屋を探るんじゃない!」

 ほら、クーちゃんも現実逃避してエロ本を探そうとしているじゃないか。
 でもシベの好みは「貧乳ロリキャラ」だから、なんか本人の真面目でイケメンな姿を見ながらだとちょっと興奮できそうにないかな……人のズリネタってことだし……。

「本人が目の前だとなんかお宝も探し辛いよな……」
「つっ、つーちゃんも、え、えっちな本さがっ、探したいの……?」
「あ、いや、シベのだと思うとなんだかなって」

 隣で俺の勉強をサポートしてくれていたヒロが、なんだか妙な顔をして震えているが、やっぱりスケベな事にはあんまり耐性が無いんだろうか。
 話は聞いてくれるけど、ヒロってオタクっぽい話とか全然しないんだもんな。
 付き合ってくれているんなら少々申し訳ないが、もしや今までえっちな物が苦手なのに我慢していたとかだとちょっと由々しき事態だ。

「ヒロは、人のそういう話とか聞くのヤだ?」

 今更ながらに訊くと、ヒロは何故か大仰にビクッとしたが……数秒思考停止をしているかのように動きを止めると、再びぎこちなく体を動かして俺を見た。

「つ……つ、つーちゃん、が……すっ、好きなら……っ。好きなら……ぼく……」

 顔を真っ赤にして、どこに視点を定めて良いのか分からないみたいに俺の頭から座った足まで何度も見まわしてくるヒロ。
 ……昔っからそうだったけど、ヒロってこういう話とか全然耐性ないよなぁ。
 やっぱもうちょっと配慮した方が良かっただろうかと、考えていると、ヒロが急に立ち上がった。今まで大人しく座っていたので、立つと大柄なのも相まって凄い威圧感だ。

 思わず顎を引くと、先程までギャーギャーと騒いでいたシベやクーちゃんもパチクリと目を瞬かせてヒロを見つめていた。

「あ、あの……と、トイレ……」
「トイレ? ああ、なんだ……それなら部屋を出て……」
「いやシベ、その説明だとさっき迷ったぞ俺。しょんべん漏らしかけたんだからな」

 俺の家の二倍も三倍も広いシベの家は、当然部屋も廊下も段違いだ。それゆえに、シベの簡単な説明だけでは全然トイレの場所が分からなかった。
 まあ、人の家の間取りなんて初めて来たやつにはわかんねーしな……。

 だがそのせいで、俺は先程おしっこ我慢レースをする事になって大変だったのだ。その苦労をヒロに味わわせるわけにもいかない。

「じゃ、じゃあ……つーちゃん……つ、ついて来てくれる……?」
「おう。……これは休憩でセーフだよな?」

 ヒロ可愛さについ頷いてしまったが、これは決してサボりじゃないぞ。
 判定員のシベにセーフかどうか恐る恐る伺うと、相手は「仕方ないな」と言うようにハァと大きな溜息を吐いて肩を竦めた。

「なんでこの程度の規模で迷うんだか……まあいい。すぐ戻ってこい。人の家で粗相されるなんてたまったもんじゃない」
「ワーッ、金持ちのイヤミな発言クーちゃん初めて聞いたヨ! スネオだスネオ!」
「ほーうお前も潜祇と同じように脳みそを勉強漬けにしたいようだな?」

 ヒエッ、し、シベの周りに物凄く怖いオーラが……っ。
 このまま部屋にいると、クーちゃんのとばっちりを喰らってしまう。さっさと退出して、ほとぼりが冷めるまで待っていよう。そう思い、俺は急いでヒロの背中を押し、シベの部屋を出た。

「つーちゃん、あ、あのっ」
「いやー急がせてごめんな。あ、トイレこっちだぞ」

 トイレまでの道筋は俺に任せろ、と、シンプルで落ち着いた廊下を案内する。人の家だから最初は遠いように思えたけど、道を覚えるとそこまで遠くは無いな。
 そんなことを思いつつ、廊下を進み角を曲がって突き当たりの扉を確認すると、俺は後ろからついて来ていたヒロに振り返ろうとした。

「あそこがトイレ……」

 だぞ、と、続けるつもりで踵を返す――――よりも先に、背後から何かがぶつかって来て、俺はそのまま動けなくなってしまった。いや、これはアレだ。ヒロにぎゅっと抱き着かれてるんだ。おいおいおい、人がいない所ならまだしも、ここはシベの家だぞ。
 いくらヒロには「昔みたいに甘えて良い」とは言っても、ここではちょっとまずかろう。

 ヒロはいいけど、俺は本来男に抱きつかれるのなんてゴメンなのだ。
 ブラックとクロウは、その……まあ、色々有ってあんな感じだけど、それ以外なら俺は普通に女性が好きだし童貞だって貰ってくれるものなら貰って欲しい。
 根本的に、男とどうにかなるとか考えもしていないのだ。

 なので、ぶっちゃけシベやクーちゃんに誤解されるのは嫌だし、他人の家でこうして抱き着かれるのは困るというか……。
 でも、さっきから何か様子がおかしかったしなあ、ヒロ。

「……どうかしたのか?」

 まず頭ごなしに拒否をせず問いかけると、ヒロは俺に覆い被さるようにしながら、頭に顔を埋めて来た。ふうふうと呼吸しているのが解って、ちょっとくすぐったい。
 ぎゅうっと俺を抱き締めて来る腕をあやすように軽く叩くと、ヒロはくぐもった声を、頭に吹きかけるように零した。

「つ……つーちゃん……つーちゃ、ぼ……ぼく……ぼくっ、ぁ……」

 吃音癖のせいでうまく言葉が出て来ず、ヒロの呼吸がいつものようにはぁはぁと浅くなっていく。焦れば焦るほどそうなる事はもう知っていたので、俺はヒロの腕の中で体を動かして向かい合うと、落ち着かせようと背中を撫でてやった。
 この状況でこんな体勢になるのはヤバいけど、ヒロの体調の方が大事だし……。

「よしよし……大丈夫、ゆっくりで大丈夫だから……」

 でも、あんまりゆっくりさせてもしょんべん漏らすよな……どうすべきか。
 さすがに友人の大暴発は見たくないなと思っていると、ヒロは俺の頭からようやく顔を離して、太く男らしい眉をいつものごとく困り眉にしながら俺の顔を見つめて来た。

「つーちゃん……」
「ヒロ、どうしたんだ? なんかつらい事でもあった?」

 さっきの会話がよほどヒロにはキツかったのだろうかと心配になったが、相手は頭をフルフルと振って、弱々しく口を歪める。

「ぼ、ぼく……つ……つーちゃんと、ず、ずっと……離れ離れ、だったから……」
「うん」
「だ、だから……こ、高校で……つーちゃ……の、友達、と……ぼく、な、馴染め、なくて……全然、話してるの……わかんなくて……っ」

 ぐすぐすと、泣き声が混じり始める。
 ずっと気にしていた悩み事だったのか、俺が問いかけた事で我慢が出来なくなってしまったようで、遂には鼻水を垂らさんばかりの勢いで涙を零し始めてしまった。

「ヒロ……」
「づ……づぅぢゃんしか、と、ともだぢ、い゛ながっだがら……っ、ひぐっ……なん゛にも知らなくなってて、つ、つーちゃんがっ、遠くにいっちゃった、みたいで……っ」
「そっか……そうだな、そうだよな。ヒロはそういうの知らなかったから、置いてかれたみたいに思っちゃったんだよな……」

 何故急に抱き着いて来たのかが分かって、俺は申し訳なくなった。

 要するに、ヒロは自分の分からない話題で俺がはしゃいでいる事に、不安と恐れを感じていたのだ。俺と友達でいられなくなるんじゃないかって思って。

 考えてみれば、ヒロは一年の冬にこの町に引っ越してきて、尾井川やクーちゃんやシベとは数か月程度の付き合いしかない。しかもこの通りヒロは奥手だから、オタクの会話もよくわからないし、エロい話題もついて行けていないのだ。
 オタクじゃない奴には、やっぱオタク同士の会話ってのは入りにくいモンな。

 だから、今までずっと不安で仕方が無かったんだろう。
 疎外感ってのは、厄介な感情だからな……。

 しかし、俺はてっきり、ヒロは一歩退いたところから大人しく見ているとばかり思っていたんだが……どうやら、コイツは昔とまったく変わりがない、純粋なまんまで生きて来てしまったらしい。エロ画像もお色気漫画もまったく見ない人生だったようだ。

 ……どうすりゃ世俗に汚れず昔のピュアなまんまで生きられるんだと思ったが、ヒロは昔珍しい病気にかかってたし……過保護な親の教育方針とか、そういう事も色々有るのかも知れない。友達が居なかったっていうのも、そのせいなのかも。
 だって、そうじゃなきゃヒロがこんなに引っ込み思案になるはずないよな。普通は、他の学校でも友達がいて……ヒロだって、昔のまんまじゃなかったはずだし。

 でも、ヒロはそうじゃなかった。そうできない何かがあったんだろう。
 ……だったら、友達として放っておけないよな。

「つーちゃん……こ、こんなこと、いって……ぼくのこと……幻滅、したよね……」

 考え込んでいた俺が黙っているように見えたのか、ヒロは段々と落ち着いてきた事で自分が恥ずかしくなって来たらしく、顔を赤くしながらまた涙目になっていた。
 まったく……図体はデカくなったのに、ホントに昔と変わんないなあヒロは。

 その姿があんまりにも放っておけなかったので、俺は頭を撫でてやると、落ち着けと言うように抱き締めて広い背中をポンポンと叩いてやった。

「ホントお前、昔っから気にしいだよなぁ。俺がヒロに幻滅するなんて、あるわけないだろ。田舎の時からお前のこと守ってんだから、今更こんなことでどうこうなるかよ」
「つーちゃん……」

 体を少し離して、涙で潤むヒロの顔を見る。
 高校生にもなって鼻水を垂らして涙を堪えている様は、本当にちっちゃい頃のヒロと変わらなくて、俺は思わず笑みがこぼれてしまった。

「ヒロが引っ込み思案なのも、みんなよりゆっくり考える方が好きなのも、知ってるよ。人一倍繊細なのだって、バッチリ履修済みだっての。……まあ、ヒロがそういう話題に付いて行けてないって気付けなかったのは俺のミスだけど……ごめんな、ヒロ」
「う、ううんっ、つ、つーちゃんに、すぐ言えば、よかったのに……ぼく……」
「数年ぶりくらいの再会だもん、言えないコトもあるさ。……でも、これからは遠慮なく何でも言っていいからな。……ホントに遠慮すんなよ?」

 そう言うと……ヒロはぐずぐずになった顔を手の甲で拭って、こっくりと頷いた。
 良かった、ひとまず落ち着いてくれたみたいだな。
 ……にしても……ダチが悩んでたのに何も気付けなかったなんて、俺は友人失格の烙印を押されても仕方ないのでは……。

「つーちゃん……?」
「あ、いやいや何でもない。そういやお前トイレいくんだろ? さ、行けよ。帰りは一人でも大丈夫だよな?」

 そういうと、ヒロは一瞬戸惑ったようだったがコックリと頷いた。
 昔は「やだやだ、つーちゃん一緒に来てえ」って泣いたもんだったけど……やっぱり成長してるんだなぁ、ヒロ……なんかじーんときて俺が泣いちゃいそう。
 ……っていやいや、同い年の人間になにを思ってんだか。

 ヒロが風邪でダウンした時から、どうもヒロに対しては変になっちゃうな。
 でも、実際昔と変わってないところもあるんだし、つい昔の記憶がぶり返して、必要以上に構ってしまうのも仕方が無いと言うか……いやでもさすがに、人の家でギュッは無いよなぁ……ギュッは。ヒロになら抱き着かれてもいいけど、他人から薔薇薔薇しい間柄だと思われるのはちょっと。ヒロだってそういうのはイヤだろうし。

「うーん……これから尾井川達と仲良くなれば俺離れしてくれるのかなぁ」

 考えて、俺は腕を組む。
 もしシベの別荘に行けるのなら、俺はその時にヒロを尾井川達とも仲良くなれるようにしてやりたい。いくら人見知りだって、数日ずっと一緒に居れば相手の事も分かってくるだろうし……何より尾井川もクーちゃんもシベも、優しくて頼れるヤツらだ。ヒロの事情をちゃんと話せば、きっと今以上に仲良くなってくれるはず。

 ヒロだって、高校を卒業しても俺にべったりって訳にもいかんだろうし……なんとか人見知りを治せるきっかけを作ってやらねば。

 ヒロは人見知りによる過度の緊張から吃音癖が出てしまうっぽいのだが、それさえ無ければ他の人も近寄り易くなるはず。実際、顔は整っててそこそこ女にもモテそうだし、なにより優しいから俺達以外の友達だって出来るはずだ。

 ……よし、そうと決まればこれからはヒロの事もちゃんと気に掛けてやらねば。
 決意を新たに廊下を曲がり、シベの部屋に戻ろうとすると――――ドアの横の壁に凭れかかってこちらを見ている部屋の主が見えた。
 あれっ、自分の部屋なのに何でアイツ入ってないんだ。

 不思議に思い近付くと、シベは俺を見下ろして難しげな顔で目を細めた。
 なに、なんで腕組んでるの。その小難しげな顔とセットだと怒られる直前みたいな感じがするのでやめてください。

「…………お前……わかってるのか?」
「え? なにが?」

 何を言っているのか分らなくて眉間に皺を寄せると、シベは俺以上に悩ましげにぎゅうっと山脈のような皺を作り、ハァと溜息を吐いた。
 なんすかー、やめてくださいよ人の顔見てそういうことするのー。

「なんで尾井川が気を付けてやれと言うのか分かった……」
「尾井川が何か言ってたのか?」
「……なんでもない。とにかく……お前、帰る時はウチの車を使え。セミナーティーと野蕗には言うなよ。あいつらは別々に帰すから」
「う、うん……? わかった……」

 俺はてっきりみんな一緒に帰る物だと思っていたのだが、そうではないらしい。
 何だかよく解らないが、でも尾井川が言うように「あっち」に行けたら勉強をキュウマに教えて貰えるし……ヒロ達に悪い気もするけど、ここは素直に頷いておこう。
 気にかけるとは言っても、さすがに帰り道まで一緒ってのは過保護だしな。

「はぁ……」

 思いがけないチャンスに気合を入れ直していたのに、何故かシベが深々と溜息を吐いて来る。何やらドロドロとした雰囲気で手を額に当てているが、気分が悪くなってしまったのだろうか。まあ多人数で部屋に籠ってると空気が悪くなるしな。

「気分悪いのか、シベ。換気でもするか?」

 心配になってそう言うと、何故かシベにゲンコツされてしまった。
 痛いーっ、なんで殴るんだよシベのばかーっ!












※今回は二話連続更新。
 
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