異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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慈雨泉山アーグネス、雨音に啼く石の唄編

  あなたを心配しているの2

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 ――――――二時間くらい、経っただろうか?

 アグネスさんとお茶を飲んだり、さっき作ったフルーツゼリーもどきの余分を一緒に食べたりして話を続けているのだが、一向にブラック達は帰って来ない。

 綺麗なお姉さんとのお話は物凄く楽しいし、もうアグネスさんが退屈しないのならば何時間でも向かい合って話せるのだが……やっぱり心配している事があると、どうも会話に身が入らない。せっかくの夢のような時間なのに、やっぱりブラックとクロウの事が心配でしょうがなかった。

 ……でも、こんなことアグネスさんに話すのもなぁ。
 彼女まで心配させちゃうかも知れないし、困らせるのも忍びない。
 だけど、俺が探しに行けない以上、こうやって俺だけ楽しくしているのもな……。

 ブラックに言われた通りに留守番しておかないと、もし入れ違いになったら今度は俺が迷惑を掛けてしまう。それに、一人で森に入って万が一モンスターと遭遇したら最悪の場合死ぬかもしれない。
 いや、俺の場合時間が掛かっても【黒曜の使者】の能力で復活するんだろうけど、でも痛いのは痛いし、服や所持品は全部なくなってしまうのだ。それに、いくら自分の命が無事だからって、ブラック達を心配させるのには変わりないワケだし……。

 だから、それを考えると俺が探しにいくってのもな。
 うーむ……やっぱりここはアグネスさんに話した方が良いんだろうか。

 彼女は長い間この慈雨街道で暮らしているワケだし、ブラックやクロウが迷いそうな所が有ったら気が付いてくれるかもしれない。
 それに、彼女はとても良い人だし……頼みごとをするのは気が引けるけど、ブラック達の安全には変えられない。申し訳ないが、ちょっと話をさせて貰おう。

 そう思い、窓枠に置いたティーカップを楽しそうに指で突いているアグネスさんに、俺は恐る恐るお伺いを立ててみた。

「あのー、アグネスさん」
『ん? なあに?』

 フレンドリーな口調で答えてくれる相手に、俺は話を切り出す。

「実は、その……ツレの二人が森で行方不明になってまして……そんで、頼みごとをするのは申し訳ないんですが、どうにか二人を探し出す方法とか、二人の居場所が分かるとか、何でも構いませんので教えて貰えないですかね……」

 俺頼み方ヘタクソだな。
 いやでも女の人に改まって頼みごとをするなんて滅多にないから仕方ない。
 気安い娼婦のお姉さま方とかシアンさんになら、緊張せずに仲よしこよしな感じで頼みごととか出来るんだけどな……どうしてこうなっちゃうのか。

 うーんやっぱり出会って数回の美女には俺も緊張して……――――

『え……どうして探すの? せっかくツカサくんから切り離してあげたのに』

 ………………え?
 どういうこと?

 一瞬アグネスさんの言葉が飲み込めなくて相手を凝視する。だが、彼女はケロッとした顔をして、俺の様子に無邪気に小首を傾げている。
 とっても綺麗で、本当に半透明で梳けるような肌をしている綺麗な人だ。
 だけど、それ以上の情報が俺の頭の中に入って来ない。

 どういうことなんだ、と、大きく見開いた両目を瞬かせる俺に、アグネスさんは「どうしてそんな顔をするの」と言わんばかりに不思議そうな顔をした。

『だって、ツカサくんの体、限界でしょう? それなのに、あの二人ってばツカサくんの事なんてお構いなしに触れてたじゃない。そう言うのって、メスの子の間じゃ【とっても腹立たしい事】なんでしょ? うふふ、私しってるのよ! だから、ツカサくんの体が耐えられなくなる前に切り離してあげたの!』

 そう言って、アグネスさんは無邪気に笑う。

 ……たぶん、昔、人が沢山いた頃の慈雨街道で、どこかの恋人達の話を聞いたんだろう。もしくは、娼姫達の世間話を覚えていたのかも知れない。体に負担を掛ける相手はいけ好かないという話は、少なからずあることだろうから。
 だから、アグネスさんはブラック達を俺から離したんだ。

 ――――――でも、意味が解らない。理解が追いつかない。

 そもそも………そう、そうだ。
 俺の体が限界って、どういうこと。アグネスさんが俺を心配して、ブラックとクロウを何らかの方法で森に留まらせているのか。だとしたら、俺が原因なのか。

 いや、そんな事を考えている暇はない。
 二人が帰って来られない原因がアグネスさんなら、なんとか説得しなくては。
 俺にとっては腹立たしい事じゃないって、説明しなくては。

「あ……あの、ち、違います。俺は別に、二人の事を嫌がってなんていません」
『それは見てて分かるけどね? でもツカサくん、毎日ああやってまぐわってたら……自分の体を相手の力に乗っ取られちゃうよ?』
「え……」

 乗っ取られる、とは、どういうことだ。
 また硬直してしまった俺に、アグネスさんは困ったように眉根を寄せた。

『あら……自覚がなかったの? 水の曜術が使えるみたいだから、てっきり自分の体の事は分かってるとばっかり思ってたんだけど……。あのね、私も一応は水の妖精だから人の持ってる曜気なんかも分かるんだけど……キミの場合、その“自分の気”より他人の気の方が体の中に多くなってたの。そういうのって、大抵が他人の意思が籠ってるものだと、詰め込まれた人が壊れちゃうって言うか支配されちゃうって言うか……とにかく、危険な状態ってことなのよ』

 だから、そんな事をするあの二人は悪い奴っぽそうだったので、あの二人の気が体から抜けるまで切り離すことにした。

 アグネスさんは頬に手を当てつつ困ったようにそう言って、俺の顔色を窺う。
 怒っているのではないかと心配そうにしていたけど、俺は今説明されたことを頭の中で必死に噛み砕いて理解しようとするので精一杯で、気の利いた言葉なんて何も返せない。ただただ、驚いているしかなかった。

 ……だって、アグネスさんの言葉に、嫌な事実を思い出してしまったんだ。


 不死である【黒曜の使者】は、七人の【グリモア】のみが殺す事が出来る。
 そしてグリモアはその無尽蔵の曜気を自在に引き出し喰らうことも可能で、各々の【真名】を告げ命令すれば“支配”し操り人形にすることもできるのだ。

 【黒曜の使者】がどれほど拒み逃げようとしても、真名で支配されてしまうと、己の意思は消えて言われるがままに動くようになってしまう。
 そういう風に、改変されてしまった。
 だから本来の黒曜の使者は、グリモアに会ってはいけなかったのだ。

 支配され、道具にされてしまうから。

 ――――――そう、支配。
 アグネスさんの言ったことは、何故かその真名の支配と同じものを感じる。
 もしその「体内が他人の曜気ばかりになってしまった状態」が、俺の知る【支配】と同じ効果になるのであれば、由々しき問題だ。
 でも……本当にそうなってるんだろうか。俺に自覚症状は無い。これは、アグネスさんが主張しているだけのことなのだ

 彼女を疑いたくはないけど……妖精と人間のものさしは違うからな……。
 ここは慎重にならなければ。そうだ、落ち着け俺。
 落ち着いて話を聞くんだ。

「あ……あの……どうやって俺が危険な状態なのがわかったんですか?」
『慈雨街道に降る雨のおかげよ。私は水の妖精だから、雨をある程度支配できるの。それで、雨を使ってツカサくんの気を探してどこにいるのか知ろうとしていたら、キミの体がそういう状態だって解っちゃって』

 雨で気配を探る、なるほど雨を支配していれば可能な事かも知れない。
 おそらく、小説でよくある【サーチ】的な術のように、雨に触れる「動くもの」を感じる事が出来るんだろう。だけど、人の体内の気までわかるなんて驚きだ。

 しかしそうなると、アグネスさんの言う事に信憑性が出てくる。
 ……危険なのが本当だとしたら、それの対策は後でブラック達と相談したり、薬を飲んで経過を観察したりも出来るけど……でも、だからってブラック達を引き離すのは、いくらなんでもエキセントリックすぎる発想だ。

 妖精だから、人間の思考とは違うんだろうか。
 そういえば妖精の王子様であるアドニスが、以前自分の中まで有る【元素妖精】達の事を「みな子供のような性格なのだ」と言っていたが、もしかするとアグネスさんも例に漏れず純粋過ぎる性格なのかも知れない。

 良い悪いの判断も、子供のように無邪気だから度を越してしまうのだ。
 今回のも親切をしたとしか思っていないんだから、多分そういうことなんだよな。

 でも、せめて俺の意思くらいは確認して欲しかったな……トホホ……。
 まあともかく、あいつらだって言えば相談するぐらいはしてくれるんだから、なんとかアグネスさんに二人を返して貰わないと。

「あの、アグネスさん……俺を庇ってくれるのは嬉しいんですが……俺は二人と一緒に旅をしているので……やっぱり、ブラック達を返してくれませんか。今後のことは、三人で話し合いますから……」
『話し合い、出来るの? あの二人ってばこの街道に来てから、ずーっとツカサくんの事を貪ってたじゃない。まともに話し合いできると思えないなあ』

 …………まあ、その、仰る通りです。
 でもやっぱり二人から離れるなんて俺には考えられない。

 なんとか……なんとか、解って貰わないと。
 ……恥ずかしいけど……ちゃんと、アグネスさんに俺の気持ちを伝えて。

 そう思い、俺はゴクリと唾を飲み込むと、覚悟を決めてアグネスさんに向き直った。

「確かに、ブラックとクロウは人の話を聞かないところはあるけど……でも、真剣に話そうと思ったら、ちゃんと聞老いてくれるんです。それに俺……二人のこと、大事……なので……離れるのは……」
『あんな人たちでも、ツカサくんは好きだって言うの?』

 驚いたように言われて顔が一気に赤くなったが、俺はぎこちなく頷く。

 ……好きって気持ちは、今更隠しようも無い。
 好きだから、一緒に居る。好き男だからこの指輪だって受け取ったんだ。
 それに、体を触れ合わせるのだって、好きな奴じゃ無きゃ絶対にやらない。

 ブラックとクロウだから、二人のことが好きだから……俺は、一緒に旅をしていて、凄く楽しいと思えるんだ。その気持ちは嘘なんて無い。
 だから、返して貰わないと困る。

 俺が、二人と離れたくないんだよ。

 そんな思いを吐露すると――――アグネスさんは、困ったように笑った。

『ほんとに……ツカサくんたらあの子に似てるわね。どうしようもないヤツを、そんなに大事に思って……そうやって悩んでる所も、そっくり』
「この雨を降らせてくれた人に、ですか……?」
『ええ。……なんだか、キミがいてくれると……忘れかけていたあの子のことを、凄くハッキリと思い出せるの。……やっぱり、キミみたいなこと言うのよね、あの子も』

 そう言って、懐かしそうな顔をしてアグネスさんは溜息を吐くと、暗くなって雨音しか聞こえない暗闇の方を眺めて……光る髪を揺らめかせた。

『分かったわ。あの二人を覆っていた【隠しの雨】を解く。……だけど私、貴方がオスに支配されてしまうのはイヤよ。ちゃんと節操を持つように話し合いしてよね?』
「は、はい……肝に銘じておきます……」

 ……なんか、考えてみると恥ずかしいな。
 やり方が過激だったとはいえ、結局アグネスさんは俺の体の事を心配して、こんな事をやってしまったワケだし……考えてみると俺達に節操がないのが悪いのだ。
 そう思ったら、なんというか。何か、俺って……俺って……っ。

『うふふ、照れてるところ悪いけど……あの二人が帰ってくる間に、話をしない?』
「えっ、は、話ですか」

 照れていると言うか恥じ入っていたんですが、アグネスさんはピュアなので俺の心を優しく解釈してくれたらしい。ああもう本当に妖精美女ってたまりませんなあ!
 しかし話ってなんだろう。

 相手の綺麗な顔を見やると、アグネスさんは微笑んだ。

『あの子のこと……忘れない内に、誰かに喋っておきたいの。…………この街道に来てくれるような人族は、もう滅多に現れないだろうし……忘れる前に……』

 小さく繰り返すアグネスさんの微笑みは、少し寂しそうに見える。
 その表情が何に対しての表情なのか測りかねたが……俺は何故だかその昔話を訊いておかねばならないと強く思い、彼女の想いに応えるように頷いた。

 俺に似ているという、永遠の雨を降らせた「あの子」は、どんな人だったんだろう。
 もしかしたら……俺と同じ転移者だったのだろうか。

 そんな事を、頭の中で考えながら。











※ツイッターで言っておりましたように遅れました…(;´Д`)スンマセン…
 ちょっと文章がおかしい所が有るかも知れないのですが
 修正までお待ちいただければと思います…!

 
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