異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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慈雨泉山アーグネス、雨音に啼く石の唄編

16.冷たくて美味しいものは限られる

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   ◆



 アグネスさんが教えてくれた「食べられる野草やキノコ」の中に、お菓子として使えそうな物が有ったので、早速俺は調理してみることにした。

 その「使えそう」な食材とは……ズバリ、このぷるぷるした半透明キノコだ。

 アグネスさんは正式名称を知らないので「ぷるぷる水キノコ」とかいう可愛らしい名で呼んでいたのだが、俺の手持ちの資料……もとい、旅で毎度お世話になっている【携帯百科事典】でブラックの言う通りに名称を引いてみると、これは【ミズモリダケ】というらしく、食べられるがあまり人気のないキノコらしかった。

 生食が可能ってことで、念入りに水で洗ってちょっと食べてみたが……これは確かに、水分補給以外の目的で食べようとは思わなさそうだ。
 だって、味が無いし食感もモロッとしてる感じで、噛みごたえが無いんだもんな。

 空腹を紛らわせるにしても要素がほぼ水ってんだから、そりゃ旅人に人気が無いのも分かる。しかもこの【ミズモリダケ】は、大陸でもごくわずかな地域……慈雨街道のように常に湿潤で水が豊富な場所にしか生えないとのことで……まあそら、採取しに行くのもメンドイし食べ甲斐も無いなら食べないよね……。

 とはいえ、アグネスさんのような水の妖精には適度な間食みたいで、いっぱい生えてて嬉しいわ~と言っていたが、やっぱり妖精と人間では好みも違うもんなんだな。
 まあそれは置いとくにしても、あまり日持ちもしないらしいこのキノコ、それを何故俺がチョイスしたかというと……それはもちろん、使い道が見つかったからだ。

「用意するのは、ミズモリダケとお城で貰った各種の果物……そしてこのヒエッヒエの【リオート・リング】だ!」
「果物は分かるとしても、なんで氷室が必要なの?」

 さっきから俺の横にひっついているブラックが問いかけて来る。
 今日はもう散々色々やったろうに、それでも構って欲しい問い負わんばかりに俺の横にひっついてくるのは、大人げないと言うかなんというか……ま、まあ、いい。

 別にブラックが横に居ても気にしないし。

「ツカサ君、半袖を腕まくりしてどうしたの。あついの?」

 べ、別に体温あがってないし、ブラックが横に居ても何とも思わないけど!?

 上がってないから気にするんじゃない。気にするなったら。
 ええいブラックが余計なことを言うから余計に熱くなったじゃないか。こうなったら、意地でもこのぷるぷるキノコを料理してやる。

 …………とは言っても、別段難しい事はしないのだが。

「んん? キノコをすり潰すの?」

 すり鉢……は流石に無かったので、手を洗って清潔な布で拳を包み、ボウルの中で持って来た【ミズモリダケ】を根気よく潰す。
 そんな雑な潰し方だと本来なら微妙な結果になるのだが、このキノコは少しでも力を入れるとモロッと崩れるので、俺の拳でも簡単に形を失っていく。

 カサのところもなにも関係なく崩れて行くので、ちょっと楽しい。
 が、これは遊んでいるワケではないのだ。
 逐一手を水で冷やしつつ、俺は【ミズモリダケ】がペースト状になるまで丁寧に拳を使って潰した。こうなると不思議なもんで、形が有ったはずのキノコは一見すると水のようになってしまった。だが、これは固形物だ。まだ固まっているのだ。

 水のように見えるのは、恐らく俺の手の熱が伝わってしまったからだろう。

「……これ美味しいの……?」

 さすがにこの状態ではブラックも心配そうだが、そこは任せて欲しい。
 アグネスさんの説明と、百科事典のいうことには、このキノコは熱を加えると溶けて水になってしまうらしい。……のだが、アグネスさんの話によると「寒い時だと、いつもより硬くて食べにくい」らしく、どうやら冷えると逆に固まる性質が有るらしい。

 熱で溶けて、冷えると固まるぷるぷる。
 ……と聞くと、もうこれはアレを作るしかないでしょう!

「コレは一旦リングの中で冷やして、その間に砂糖と果汁を混ぜた物を作るぞ。んで、これを少し硬さが戻ってきたペーストにいれる」
「ふーん? 味付けはわかるけど……でもあんまり魅力的じゃないなぁ」
「まあ待て。なんで俺が冷えた果物を出したと思っている」

 ただ果汁を絞るためだけじゃないぞ、と前置きして、俺は食べごろのモモ(リンゴと同じで、何故か俺の世界と同じ名称だった)と、名も知らぬ謎のフルーツを食べやすい大きさに切り、底が浅くて広いカップにそれぞれ入れる。
 そうして、後は甘い液体とキノコペーストを混ぜて入れて冷やすだけだ。

 もうここまで来たら、隠す事も無いだろう。
 そう。俺は、こんなじめじめした季節を冷たく爽やかに乗り切るためのすーいつ……つまり、ゼリーを作っていたのである!

 ちょっと簡単すぎるような気もするが、たまにはこんなデザートも良かろう。
 なんだかんだでフルーツゼリーってまだ作った事なかったしなぁ。

「よーし、小一時間冷やしてから食べるぞー」

 その頃にはクロウも帰って来るだろうし、丁度良いだろう。
 なんてことを言いつつ後片付けをしている俺の横で、ずっと見続けていたブラックがイマイチ納得いかなそうに首を傾げる。

「うーん? 要するに果物が入った甘い【ミズモリダケ】ってコトだよねえ……そりゃ、まあ、美味しくは有るだろうけど……」
「疑り深いなぁ……こういうのって、案外味を一つ二つ加えるだけで、結構食べられる物になったりするんだぞ?」

 どうやらブラックはあまり件のキノコが好きではないみたいだが、果汁と甘味ってのは案外バカに出来ないんだぞ。味や香りが入るとなんだって違って来るのだ。

 それに、好きな果物を入れてゼリーにするってのは単純に楽しい。
 ガキの頃に婆ちゃんの家で一緒に色んなおやつを作ったが、分量や出来はともかく自分の好きな物を好きなだけ作れるってのは、最高だった。

 今日も調子に乗って果物いっぱいいれちゃったしな……ま、まあいいさ。
 でもブラックはイマイチな反応なので、なんか悔しい。オッサンになるとこういう風に枯れちゃうんだろうか。いや、元からコイツはこういう事に興味が無いだけか。

 …………そうなると、ゼリーの反応もイマイチだろうか。
 なんか心配になって来たぞ。ブラックとクロウ、うまいって言ってくれるかな。

 多分大丈夫だとは思うが……。

「…………もういいかな」

 しとしとと微かな音を立てる雨音を聞きながら、俺は【リオート・リング】を振って、器に入れて固めた【ミズモリダケの果実ゼリー】を一つ取り出してみる。
 ブラックがそれを訝しげに見ていたが、とりあえずコレは味見のぶんなので、先に食べることについては許して欲しい。……というワケで、俺は木製の小さなスプーンで軽く表面を揺らしてみた。あれっ、なんか案外しっかりしてるな?

 というか、硬いような気がする。
 軽く力を籠めると、サクッという軽い音がしてスプーンが表面を削った。
 俺はゼリーを作ったつもりだったのだが、なんかおかしいぞ。サクシャリと軽快な音を立てるソレを掬い口に運んでみる。と……。

「あれっ、シャーベットになってるじゃん!」
「しゃ、しゃーべっと?」

 思わず驚いてしまったが、無理も無い。
 だって俺はゼリーを作ったつもりだったのに、シャーベットになってたんだぞ。存外に美味しくて嬉しくはあるが、なんでこうなったのか分からない。

 いや、待てよ。俺の世界でも、こういう常温で保存できるゼリーみたいなのがあった気がするぞ。それを冷凍庫で冷やすと、こんな風にちょっとゼリーっぽい食感が残るシャリシャリなシャーベットになるんだ。
 確か、寒天を使ったゼリーだからだったような気がする。

 ……ということは、もしや【ミズモリダケ】って寒天みたいなモンなのかな?
 つい驚いてしまったが、これはこれで美味いな。冷えてるしシャリシャリだし!
 アイスというと俺はついバニラアイス的な濃厚なものを創造してしまうんだが、こういう果汁たっぷりのシャーベットってのもたまにはいいかも知れない。
 うーんうまい。

「つ、ツカサ君なにそれ……なんでシャリシャリ言うの…!?」

 あまりの小気味よい音に、流石のブラックも興味を引かれているようだ。
 さっきの興味なさげな態度の手前、ちょうだいちょうだいと騒ぎ立てるのは恥だと思っているみたいで、珍しく目を輝かせながらも見るだけに留まっているが、そんな風に大人しくされると逆にこっちが変な感じになるので、欲しいなら素直にそう言って欲しい。大人しいブラックとか違和感アリアリだ。

 もう一個リングから取り出して渡すと、ブラックは器の冷たさに「ほう」と好ましげな顔をして、シャーベット状の薄く色付いた部分を口に含んだ。

「……! なっ…………これ、冷たくて甘くてしゃりしゃり……!」
「美味いか?」

 聞くと、ブラックは目を丸くしながら一生懸命に頷く。
 どうやら寒天シャーベット (のようなもの)がいたくお気に召したらしい。この世界のお菓子って、基本は焼き菓子や果物みたいな水菓子だから、アイスとかそういうのは無いんだもんな……そりゃ新鮮で美味しいと思いもしよう。

 だけどまあ、そんな子供みたいに喜ばなくたっていいのに。

「あ、あの使い道のないキノコがこんな美味しいお菓子にバケるなんて……ホントにツカサ君は凄いよ……!」

 よく言うよ、とは思ったが……それほど喜ばれると、やっぱり俺も照れてしまう。
 ふ、ふふふ。そんなに褒めるなって、調子に乗っちまうじゃないか。
 まあ俺も初めてにしてはよく出来たと思ったけどね!

 ……っと、自画自賛はこのくらいにしといて……残りはクロウが帰って来てからだ。
 ブラックが喜んでくれたんだから、クロウもきっと嬉しがって熊耳をぴこぴこ動かしてくれるはず……今からキュンとしてしまうが、ケモミミ好きな心を抑えて、俺は台所の窓の向こうを見やる。

 相変わらず外は小雨が降り続いていて、そろそろ日が暮れようとしてうっすらと曇り空の色が橙色に染まり始めている。
 ちょうど夕飯時なんだけど……クロウ、まだ帰って来ないんだろうか。

「…………」

 ……一段落して冷静になると、妙にクロウが心配になって来たぞ。

 こんな風に長い間一人で探索する事なんてあったっけ。今までは、獣人ならではの五感のおかげか、俺達が探索をやめた頃に合わせてタイミングよく合流してくれてたよな。でも、今回は何故かそうじゃなくて俺達が待ちぼうけだ。

 何か特別な事が起こった時以外は、あまり時間を置かずに帰って来てくれたのに。どうして今日は、こんなに時間が経っているんだろう。
 まさかクロウが不測の事態に陥るワケもないけど……一体どうしたんだろう。

 俺は森の奥にクロウの姿が無いか目を凝らしたが、それでも人の姿は見えない。
 近場に居ないとなると、どこまで行ってしまったんだろうか。
 探索にしては遅すぎる。やっぱ何かあったのかな。

「なあブラック、クロウの気配感じる?」

 問いかけると、ブラックはシャーベットもどきをシャリシャリと食べながら、空に視線を走らせて――――頭を横に振る。やはり、近くにクロウはいないのだ。

「んもー、ツカサ君たら心配性だなあ。アイツも子供じゃないんだから、どんなに時間が掛かろうが必ず帰って来るって。これしきの雨で獣人の鼻や耳が塞がれるなんて普通はありえないだろうし」
「そ、そうかな……」
「そうそう。だから夕食でも食べながら待っていればいいさ」

 うーん……確かに、クロウは大人だし危機察知能力も高い。それに、獣人の特性の一つとも言える、嗅覚と聴覚の鋭さは折り紙つきだ。
 時々その鋭さがアダになる事も有るけど、それでも強力な武器だった。

 小雨程度なら平気だとブラックが言うんだから、帰り道は分かるのだろうが……でも雨でニオイが消えちゃうなんて事はあるだろうしな……。
 ホントに迷ってないのかな。大丈夫なのかな。

「ほらほらツカサ君また心配してる。そんな顔してたら、熊公が帰って来た時に『オレはそんなに弱く見えるのか……』とか言ってスネちゃうよ? それに、もう日が暮れるから森の中に探しに行くことも出来ないし……心配したって仕方ないんだから、熊公が帰ってくるまで宿に滞在してようよ。ねっ」
「うん……」

 ブラックの言う通り、心配ばかりしていても仕方ない。
 クロウのことは気になるけど……それでご飯も食べずにオロオロして待ってるだけなら、しっかり飯を食っていつでも動けるように待機しておく方が良いだろう。

 相手の力を信じるなら、今日のところはどっしり構えて待つべきなんだ。
 でも……。

「……クロウ、ずぶ濡れになってなければいいんだけど……」

 雨の日の迷子は、いつも以上に寂しくてつらいような気がする。
 …………クロウは置いて行かれるのがイヤだと言っていたけど、こういう時に一人になるのも辛いんじゃないだろうか。

 信じて待つ。とは言うけど――――
 相手の弱い部分を知っているからこそ、心配せずにはいられなかった。











※ツカサの【携帯百科事典】は久しぶりですが、逆引きとか出来ないので
 名称が分からない限りはあんまり使い道が無いんですよねそういや
 この世界の【鑑定】は名称などが知れるような便利な物ではないので
 結局知識人の手助けが必要なのでした……

 
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