異世界日帰り漫遊記!

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慈雨泉山アーグネス、雨音に啼く石の唄編

14.元気が有ってもなんでも出来ない

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   ◆



 正直言うと、今日はアグネスさんが住む泉を確認だけして戻ってくるつもりだったのだが……結局、色々教えて貰ううちにすっかり話しこんでしまった。

 でも、その原因は俺だけじゃないぞ。ブラックにもあるんだからな。
 だってこのオッサン、事も有ろうかこの場でアグネスさんをやんわりと尋問し始めたんだ。今日の夜、穏便に会話しようと思っていた事を前倒しで。

 無論、俺は止めようとしたんだけど、彼女も人が良いもんだから鋭い視線にも気が付かずにホイホイ答えちゃって、結局今日の夜に三人で話そうとしていたことも全部話し終えてしまったのである。

 ……まあ、ブラックはアグネスさんを凄く疑っていたし、気持ちは分かるんだが……それにしたって強引と言うかなんというか。最初は俺が採取した野草について教えて貰っていたんだけどな。どうしてこうなった……。

 しかし、結果的にブラックは「一応、敵ではないようだし、戦っても勝てそうだ」というギリギリなラインの納得をしてくれたので、怪我の功名と言うべきだろうか。
 何が功名なんだと自分でも思うが、とにかくアグネスさんへのあらぬ疑いが晴れたという事なので良かったのだ。

 だが、速攻で納得して貰う代わりに、クロウを仲間外れにしてしまったので、アイツには申し訳ないことになってしまったな。
 まあ、俺と似ているらしい“黒髪の女の子”の話とか、詳しい事は夜にまた話そうと言う事でブラックを押しとどめたので、それで許して欲しいが……万が一、クロウが拗ねたらどうしよう。なんかおやつでも作ってお詫びした方が良いだろうか。

 丁度この、半透明のゼリーみたいなキノコ……アグネスさんが言うには【人族でも食べられるプルプルきのこ】というキノコや、旅人が採取して食べていたのを見た事があるというものを選んで貰っているので、これで新しいおやつを出せば機嫌が治るかも知れない。いや、クロウの事だからそんな小さなことで起こったりしないかも知れないけども……でもブラックが抜け駆けすると、クロウも大人げなく張り合っちゃうからなぁ……いやなんで年下の俺より大人げないんだよ二人とも。

 毎度のことながら理不尽だなと思いつつも、とりあえず収穫を持って宿に帰るべく、現在の俺達は小雨が降る雨の森をガサガサと歩いていた。
 …………の、だが。

「……ブラック、この方向で合ってる?」

 かれこれ二十分ほど歩いているのだが、少しも進んでいる気がしない。
 初めて来た場所なので時間感覚が狂っているのかも知れないが、それにしたってもうそろそろ廃墟の街が見えて来ても良いはずだ。

 でも、ブラックが一緒にいて「迷った」なんて事も無いだろうし……と言う事は、俺達二人は宿からだいぶん離れた場所に来てしまったらしい。

 往路の時は不思議で見た事のない植物に興味津々だったから、距離なんて頭の中からすっぽ抜けてたんだろうなあ、俺……。ああああ……返す返すも子供みたいで恥ずかしい……なにをはしゃいでたんだ俺は。

 いやファンタジーな初物に関しては、誰だってはしゃいでしかるべきだと俺も思うんだけど、でも帰る時の距離を実感すると「この距離を俺はハッスルしながら進んでたのか」と嫌な事実を突きつけられてしまい、何だか恥ずかしくなってしまうのだ。

 前にもやらかした事だろうに、なんで今日に限ってこんな風になるんだろうか。
 ずっと雨が降っててどんよりしてるから、余計な事を考えてしまうのかな。やっぱ体も冷えて来るし、いつもより疲れやすくなっちゃうもんな……雨だと。

 そのせいで、俺はいつもより自分の愚行を後悔しているのかも知れない。
 だって、採取に行こうと自分で言った癖に、俺もうさっさと宿に帰りたくなってるんだもの。足が冷たい感じがして、歩くのがだるくなってるんだもの。

 いくら雨など寄せ付けない異世界の靴とはいえ、冷気まで完全に遮断できるかって言うと、それは別の話なのだ。やっぱ通気性はあるのか、しっかり足が冷える。
 そうなると体も冷えて来るので、それでどんどんネガティブになってるのかも……。

 ううう、採取も出来たしブラックが一応アグネスさんを信用してくれたし、別に鬱々とするような案件なんて何も無いのになあ。
 こんな事で萎えちゃうなんて、俺ってば本当に軟弱と言うかなんというか。

 こういう時、チートな主人公だったら冷気耐性とかで平気な顔をしてるんだろうけどなあ……。はぁ。この世界にも、異世界チート小説のように「行動しただけでスキルが手に入る制度」が有ればいいのに。
 いやでも俺じゃ習得できるかどうか不安だな。アレって主人公の特典なような気もするしな。俺は一般人なのでチートを持っていてもどうなんだろう……。

「ツカサ君、ツカサ君ってば。んもー、なに変な顔して考え事してるの」
「え゛っ? あっ、い、いやいや何でもない。なんでもないぞ」

 いかんいかん、妄想ですらネガティブな領域に入っていて、負の集中をしてしまっていたな。慌てつつブラックの声に応えて横を見上げると、相手はむうっとむくれたように頬を膨らませながら俺の事を見下ろしていた。

「さっきから話しかけてるのに空返事ばっかで、何でもないは無いでしょ」
「あれっ、そ、そうだった? ごめん」

 っていうか俺ちゃんと返事はしてたのか。余計にタチ悪いな。
 素直にごめんと謝ると、ブラックは頬から息を抜いて立ち止まる。俺も相手に倣って足を止めると、目の前のデカい体が何故か近付いてきた。
 外套と雨合羽でひっついても何の感触も無いと思うのだが、どうしたのか。

「まあ怒ることでもないし良いケド……。それよりさ、ツカサ君足大丈夫? さっきから重そうになってるよ」
「え……マジ?」

 ヤバいな。人に判別されるくらい疲れが出てたのか。
 思わず顔を歪めた俺に、ブラックはウンウンと大きく頷いて見せた。

「さっきからずーっと、考えながら歩いてる間も全然進んでなかったからねえ。歩幅を合わせてあげても、いつもより遅かったし」
「ぐ、ぐぬぬ……そんなに足が重くなってたのか……」

 ちと悔しかったが、しかし見破られたら見栄のやせ我慢も出来ない。

 からかうでもなく普通に指摘して来る時のブラックは、大体の場合、俺以上に俺の事を考えて言ってくれてるからな。そんな相手の言葉につまらない意地を張っても、自分がちっぽけに思えるだけだ。恥ずかしいが、正直に言うに限る。
 ま、まあ……ブラックなら、弱音を吐いても呆れたりはしないって解ってるし……。

 なんか別の意味で恥ずかしくなって顔がじんわり熱くなってしまったが、そんな熱は辛うじて気付かれていなかったのか、ブラックはアハハと苦笑した。

「無理ないよ。ツカサ君は、昨日も今日も山道の歩き通しだったし……それに、体が元気な状態っていっても、疲れないワケじゃないからね」
「確かに……言われてみるとそうだな……」

 ブラック達から気を送られるせいで、今の俺は過剰な元気状態で気絶も出来ない状態になってしまっているが、それでも通常時は疲れないワケではない。
 常時色々されて休む暇も無いえっちの時と違って、今は減る一方なのだ。それに、精神も疲れているので、ひっぱられて体力も余計に消耗したのかも知れない。

 元気状態っていうから、普段もそうだと思ってたけど……考えてみれば、えっちな事してないんだからそりゃ減っていくよな。

 山道踏破のために、慈雨街道に居る時は薬を飲まずにいようと思ってたけど、急に疲れて迷惑をかける可能性も有るなら、やっぱり体調を整えた方が良いのかも。

 そんな事を真剣に考えていると、ひっついてきたブラックが今度はグイグイとデカい体を押し付けて来た。ちょっ、お、おい、やめろ。ヘタすると倒れるぞコラッ。

「んもー、ツカサ君また僕を置いて考え込んじゃって! また疲れちゃうよ!?」
「ごめんごめんって! 頼むから押すな、倒れたらどーすんだ!」
「この程度で倒れてたらモンスターにペロッと食べられちゃうよ? 貧弱なツカサ君は無茶しちゃだめだよ。だからさ……ちょっと休憩しよ?」
「……そりゃまあ、体力回復したいし出来るもんならしたいけど……でも、この雨の中で休んでも体が冷えて休みにならないんじゃ?」

 ざっと周囲を見回しても、雨を避けて休めそうな場所なんてないし。
 そう言うと、ブラックはニンマリと笑って俺の肩を抱いた。

「へへ……実はこの少し先に、休めそうな場所を見つけたんだ。ツカサ君が好きそうな場所だよ! そうと決まったら早く行こ行こ!」
「俺が好きそうな場所? わっ、ちょっ分かったから強引に誘導するな!」

 自分で歩けるから、と文句を言いつつも、ブラックに支えられつつ進行方向から少し外れた方向へ歩いて行くと――――なにやら大きな気が見えてきた。

 森の中にところどころ生えている、樹齢がかなりありそうな大樹だ。直径は大体の目測で二メートルくらいかな。大樹というには若いかもしれないけど、でも俺の世界じゃ結構な古株だよな。異世界の木がデカすぎるんだ。

 ……どうやらブラックはその大樹に近付いているようだが、俺が好きそうな場所ってもしかして大樹のことか。そりゃまあ大樹の下で雨宿りなんてのもオツだとは思うが、喜ぶほど好きかと言われると疑問だぞ。
 ブラックには俺がそんなにピュアに見えてるんだろうか、と真剣に心配になって来た所で、大樹に辿り着いた。しかし、ブラックは足を止めずにぐるりと周囲を回る。

 すると、今まで見ていた大樹の裏側が見えて来て。そこには――――

「うわっ! 木の洞窟がある!!」

 そう。俺達が見ていた大樹の反対側には、なんと人が楽々入れそうな木のウロが出来上がっていたのである。うわーこりゃ確かにテンションあがるわ!
 これアレじゃん、ファンタジーとかでよくあるヤツじゃん。主人公とヒロインちゃんが雨宿りで入ってるやつじゃんかー!

「あは、やっぱりツカサ君こういうの好きなんだ」
「そらそうよ男のロマン! わーっ、なあなあ早く入ってみようぜ!」
「ふふ……そうだね」

 足が重くなっている事も忘れて木の洞穴に潜り込むと、ブラックも俺の隣に体を押し込んで座る。随分大きなウロだと思っていたが、デカい体格のブラックと一緒に入ると肩がぎゅっと触れ合って狭く感じるな。でもまあ男二人が入れるんだから広いか。
 しかし、雨風が防げる深さなのは良い。すごくいいぞ。

 中で座って外の雨を見上げる様は、まさに冒険の途中の俺ってカンジだ。
 うおお……い、良いよなこう言うシチュエーション……っ。
 木のウロで雨宿りなんて、地味にやりたい旅の途中シチュの上位に食い込むヤツじゃないか。それを体験できるなんて、異世界サマサマだなぁあ。

「いつの間にこんな素敵なものを見つけて……! 凄いなお前!」
「喜んでくれると思った。えへへ……」
「そりゃ当然……っ」

 と、すぐ横を向いて礼を言おうとすると――――

「っ……」

 いつの間にかあまりに顔が近くなっているのに気付いて、思わず息が止まる。
 ……肩が引っ付いてるんだから、当然といえば当然なんだけど。
 でも、その。あんまりに近くて。少し湿気で濡れて、赤くてきらきらした髪の細い一束が、頬に張り付いたのを見ていると……何故か、急にドキドキしてきて。

「ツカサ君」
「ぅ……」

 相手の息が掛かるような距離なんだと知ると、また息が詰まる。
 低くて渋い大人の声まで急に直接耳に入ってくるような感じになって、俺は何故か体を緊張させてしまった。い、いや、こんなんいつものことじゃん。普通じゃんか。

 体をひっつけるなんて当たり前になっちゃってるワケだし、こ、恋人同士なんだし、今更こんな状況でドキドキするとかありえない……。

「ね、ツカサ君……こっちむいて……」
「ぁ……う……」

 いつの間にか背けていた顔を手で戻され、菫色の綺麗な目が笑っているのを見せつけられる。そんな事されたら、俺はもう息を呑むしか無くて。
 自分でも心臓がドッドッと脈打っているのが解る。耳の奥でうるさくて、視線が逃げ道を探そうと彷徨ってしまう。そんな自分を相手に見られているんだと思うと、恥ずかしさがもっと湧き出て来て、俺はどうしようもなくて唇を強く結んでしまった。

 けれど、そんな様子すら、ブラックには楽しい物みたいで。

「ツカサ君……」

 さっきから、名前しか呼ばれてない。
 なのにどうして自分の心臓は悶えるように強く脈打つんだろうか。

 こんな状況なんて何度もあったのに、それでも急にブラックと二人っきりになって顔を見合わせると……その……そ、そういう雰囲気だって、無意識に感じ取ってしまうと、どうしても顔が熱くなってしまう。

 自分でも、なんでか判らない。
 だけど、ブラックにはコレも分かってしまうんだろうか。さっきだって、俺自身疲れているなんて分からなかったのに言い当てちゃったし……。

 …………だったら、ちょっとずるいなって思う。
 だって、こんな所で急にキスされたって、俺には予測も出来ない。
 なすすべもなく、ドキドキしたまま受け入れざるを得なくなってしまう。

 それがブラックとの経験の差みたいな感じがして、悔しい。
 でも、悔しいけど……二人きりになると、拒めない。

 いつの間にか、俺は知った感触に目を閉じてしまっていた。










※ちょと遅れてしまいました(;´Д`)
 修正相変わらず遅くて申し訳ない…!

 
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