異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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慈雨泉山アーグネス、雨音に啼く石の唄編

11.過去との邂逅

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 美女で妖精という、スタンダードながら抗いがたい属性をお持ちのアグネスさんと二人っきりでお話しできるなんて、思いがけない幸運だ。

とはいえ――――こんな唐突な出会いなもんで、やっぱり俺としてはアグネスさんがどういう存在なのかは気になるところだ。
 なので、失礼かとは思ったけど最初に彼女の事を聞いてみる事にした。

 だってほら、万が一にでも彼女がヤバい存在だったら、ブラック達に迷惑を掛けたりする事になるかも知れないし、俺だってそんなことにはなりたくないじゃん。
 アグネスさんを疑っている訳ではないが、念には念を入れておかないとな。

 というわけで彼女に話を聞かせて貰ったのだが。

『私もあんまり色んな事は覚えてないんだけど……ほら、私って泉の妖精だからさ、本当はこうやって外に出る事が出来ないんだけど……それをこうやって自由に歩く事が出来るようにして貰えた所からはぽつぽつ覚えてるかなぁ』

 あ、そっか。自然から生まれる妖精って、俺達みたいな親とか子供とかって概念が薄いんだっけ。だから、生まれた時とかの記憶も曖昧になっちゃいのかも。

 妖精の国の王子様でもあるアドニスの話でも、人間体になるまでの育て役がいるってだけで、そこには絆とかそういうのもなくてただひたすら気ままなんだもんな。
 同じ妖精だけで集まる国でもそんなんだから、自然の中で暮らす妖精だったら興味の無いコトはほぼ忘れていても当然だ。……泉から動けない妖精なら、周囲の変化がなけりゃどうしても記憶が薄くなってしまうだろうし。

 だけど、そんな彼女が歩けるようになったのはどういうことだろう。
 興味が有って耳を傾けると、アグネスさんは嬉しそうにはにかみながら、これまでの事を話してくれた。

『私、ずーっとこの山の泉にいてね、なんにも分からないから長い間ずーっと泉の中に入ったり水面に出たりくらいしかしてなかったのよ。……まあ別に、つまらないとかでは無かったんだけど……今思うと、笑っちゃうくらいつまらないわよね』

 外に出て歩き回り色んな事を知って、アグネスさんに「退屈」という感情が芽生えたのだろう。だけど、彼女に過去の自分を憐れむような感じは無かった。
 妖精って子供っぽくて陽気だって言われてるけど、アグネスさんの話を聞いていると、彼女からは不思議と外見相応の大人っぽさが有るように見える。無邪気な顔で話して来るのに、なんとも不思議な感じdった。

「特に不満は無かったのに、外に出ようと思ったんですか」
『ええそうよ。でも、退屈に思うようになってしまったの。……貴方みたいな、人族の女の子と出会ってから……ね』
「人族のおんなのこ……?」

 おうむ返しをすると、アグネスさんは嬉しそうに目を細めて肩を竦めた。

『ええ! あなたに似てる感じの子よ。その子ね、ある日私の泉に来て、いーっぱい外の事を話してくれたの。でもほら、私は水の妖精だし……聞く所によると、どうも私は自由に何かを出来るほど力が有る妖精じゃないみたいで……だから、泉から動く事も出来なかったの。でもね、そうしたらその子が……この山の一部分だけだけど、雨を降らせて私が動けるようにしてくれたの!』
「雨って……もしかして、この慈雨街道の雨……?」

 問いかけると、アグネスさんは素直に頷いた。
 何の邪気も無く、ただ当然だとでも言うように。

『凄いでしょ、この雨。あの子が私のために、雨がずっと降り注ぐようにしてくれたの! 私が……アグネスが、少しでも生きている事を楽しめるようにって。そうして道を作って、たくさんの人族をここに連れて来てくれたの』
「じゃあ、アグネスさんは慈雨街道のことも知ってるんだ」
『もちろん! すごく楽しかったわ。人族って色んな人がいて……本当にいろんなことがいっぱいあるのね。……今はもう居ないけど、みんな良い人ばっかりだった』

 ああ、そうか……アグネスさんの姿が若い大人の女性だから、その姿にイメージが引き摺られていたけど……彼女も恐らく数百年以上軽く生き続けている妖精なんだよな。それに、慈雨街道はそもそも雨が降っている不思議な場所を通るように街道を敷いたんだ。そう考えると、彼女は街道の始まりから終わりまでを見ていた生き証人ということになる。

 彼女のために人族の女の子が永遠の雨の地を作り、彼女のために作られた場所に沢山の人達がやってきた。そして、彼らが居なくなるまでをアグネスさんはずっと見て来たんだろう。なんとも壮大な話だ。
 っていうか、ちょっと心配になっちゃう話でもあるな。

 人間側からすると、要するに俺達が他人の限られた“生きられる場所”を切り開いて通り道にしちゃったわけだし……これがもし荒々しい性格の神様とかだったら、マジで呪われても仕方ないような感じだぞ。
 アグネスさんは気にしていないみたいだけど、ホントによくこんな所に街道を作ったものだ。それに……彼女の居場所を借りて作った街道も、今はもう……みんないなくなっちゃったし……。

「寂しい……ですか?」

 当事者ではないけれど、同じ人族としては申し訳なくなる。
 窓の向こうの彼女に問いかけるが――――アグネスさんは、俺の考えとは裏腹に爽やかな笑顔で首を横に振った。

『ううん。私、いろんなことを教えて貰ったもの。……それに、時々君達みたいに旅の人達が登って来てくれるから。あの子を含めて、ありがとうって気持ちだけよ』
「アグネスさん……」

 暗い雨の中でほのかに光る、水の流れのような美しい長い髪と、白い肌。深い水底の色のような濃い青色の瞳は夜なのにキラキラと輝いている。
 その表情には、まったく憂いの色は無かった。

 …………アグネスさん、本当に優しい人なんだなぁ。

 思わず目から感動の汗が溢れてしまいそうになったが、綺麗な水に棲む妖精さんに暑苦しい汁をかけるわけにもいくまい。
 ぐっと堪えていると、彼女はクスクスと笑いながらこちらに手を伸ばしてきた。

『それにしても、あなた本当にあの子に似てるわ。黒髪で、子供みたいにキラキラで全然大人に見えない。同じ国の人だったのかしら? だったらこの綺麗な水の曜気も納得できるわね』
「き、綺麗……ですか?」
『ええ。誰の気にも染まってない、綺麗な水の曜気。私達妖精は自然の曜気をご飯にしてるから、こういう珍しい気の人の傍にいるのが好きなの。……ほとんどの人は、無意識に曜気を使ってるから人の色に染まっちゃって、近寄りがたいんだけどね』

 ああ、そういえば曜術師は自分の気を取り込んだ曜気に混ぜて術を使うとかいう話だったっけな。それを考えると、普通の人はそういう代謝が起こっているんだろう。
 でも俺は、チートな能力【黒曜の使者】を持っている異世界人だ。
 アグネスさんが近付いて来てくれたのも、この能力のおかげだったのかな。

 しかし、美女のスベスベの手に頬を撫でられてるのも気持ちいいな。
 え、えへへ、えへへへ……じゃなくて。

 そもそもの話、そんな水の妖精を自由にさせてあげられる長雨を出現させたって、よく考えたらその「女の子」って何者なんだろうか。
 俺と同じ感じがする黒髪の女の子って言ってたけど……もしかして、いつかの時代の【黒曜の使者】の一人だったんだろうか。

 そういや俺、他の【黒曜の使者】なんてキュウマとかラスターの御先祖様と一緒に居た女の子ぐらいしか知らないぞ。この世界の神様は元は俺と同じ存在だったが、神様になる前の姿なんて知ってるのはこの二人くらいだし……。
 【ゾリオンヘリア】のお城で聞いた話の【聖女】も、俺のお仲間だったのかは未だに判然としないからなぁ。そう考えると、アグネスさんは貴重な生き証人だし気になって来る。黒髪で俺みたいな女の子って、やっぱり日本人だったんだろうか。

 綺麗な曜気ってことは、俺みたいに無尽蔵に曜気を生み出す性質が有ったって事になるだろうしお、そうなると……こんな存在、他に考えられないよな。

「あの、アグネスさん」
『なあに?』
「そのー……雨を降らせてくれた女の子って、どういう人だったんですか?」

 問いかけると、彼女は何かを思い出そうとするように空に視線を走らせると、ややあって俺に視線を戻し、特に何かを隠す様子も無く答えてくれた。

『そうねぇ……。とっても綺麗な子だったわ。貴方のほうが年下かしら。ああ、でも、人を探してる途中だって言ってたわね。それで一人で旅をしてて、随分怖い思いもしたみたい。でも諦めなくて……すごいなって私思ったわ』
「女性の一人旅ですもんね……」
『オスだったらまだしも、貴方と同じメスだものね。大変だったと思う。でも、他の六人を絶対に探して故郷に帰るんだって言ってたの。あと、なんだか……なんとかって、本を探してたような……』
「本……?」

 本って……なんだか、嫌な予感がする。
 “どちらの本か”が判らなくたって、結局どちらも凶悪な書物だ。もし彼女が俺と同じ【黒曜の使者】だとするのなら……彼女が辿る運命も、また苦しい物だろう。
 俺の場合は、ブラックやシアンさん達という優しい人達のおかげでなんとかなっているが、いつの時代の【グリモア】も優しいというわけではないはずだ。

 仮にその「黒髪の女の子」が俺と同じ異世界人だったら……彼女は、俺以上に怖い思いをしていたのかも知れない。考えると、胸が締め付けられた。
 ……叶うことなら、その女の子がただ本を探しているだけの、この世界で生まれた迷子の女の子だったら良かったのにと思ったが……現実は非情だ。
 アグネスさんの次の言葉で、俺の甘っちょろい考えは打ち砕かれた。

『あんまりに昔のコトだから、うまく思い出せないんだけど……確かあの子、グリ……なんとかって本を、集めて燃やさなきゃって言ってたの。なんだか酷く怯えていたし、それを話してくれた時だけ凄く震えてて……今思うと、よっぽど怖い事が書かれた本だったのかなーって……』
「………………」

 ――――俺の時代の【グリモア】は、優しい人たちばかりだった。

 けれどもし、そうではなかったら。
 他の時代の【黒曜の使者】が出会った【グリモア】が、その歪んだ“使命”に抗う事もなく俺達を良いように使役する存在だったとしたら……どうなるのか。

 その答えを唐突に突きつけられたような気がして、背筋にぞくりと怖気が走る。

 だけど、その怖気をアグネスさんは理解出来ないだろう。思いがけない事実に、俺が驚いている事すら、彼女は気付かないに違いない。
 アグネスさんは、ただ嬉しそうに「黒髪の女の子」の事を語ってくれていた。











※眠気に負けて久しぶりに遅れてしまいました(;´Д`)モウシワケナイ…
 体調を考慮して無理せず更新しました!お許しを…!
 修正未だ全然終わってませんが、終わったらこの一文は消えます

 
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