異世界日帰り漫遊記!

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慈雨泉山アーグネス、雨音に啼く石の唄編

10.夕食会議2

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 台所の窓の向こうから、静かな雨音がかすかに聞こえてくる。

 だけど、大地の気の光が微かにしか浮かび上がらないせいか、その音だけが延々と聞こえていてなんだか不思議な心地になって来る。
 窓の外が目を凝らしても周囲が良く見えないくらい真っ暗になっているから、どうかしたら「本当に雨が降っているのかな?」なんて思うレベルだ。こんなに暗い光景は久しぶりだから、そのせいで余計に変だなと思ってしまうのかもしおれない。

 俺の世界じゃ当たり前だけど、この世界では基本的にあの金色の光の粒子が周囲をほんのりと照らしてくれるのが普通だからなあ。こうした大地の気が少ない場所にいると少し不安になってしまうんだ。

 俺は無尽蔵のありとあらゆる気を生み出せるらしいから、いざって時は平気だけども……普通の曜術師だったら、確実に俺よりも不安に思うだろう。

 山では空気のみならず曜気も薄くなっちまうらしいし、自然の曜気を取り扱う曜術師としては術の威力が弱くなるような場所だからな。もしモンスターに襲われたり夜盗に襲撃されたらとか考えたら、いつもの安心感が減ったのも有って緊張で眠れないかも。……考えてみれば、この世界の山も結構難儀な所ではあるんだよな。

 そんな不安もあって、慈雨街道は新道の快適さに負けてしまったのかも。
 誰だって、いつも使っている「身を守る術」が弱体化したら危機感を覚えるし、もっと安全な道が有るとなれば、誰だってそっちを選ぶだろうからな。
 上り坂や下り坂が少なければ、荷物の安全も強化されて言う事が無い。
 いくら近くたって、商人からすればそら地道で危険のない道の方を選ぶだろう。この打ち捨てられた宿屋の人達も、その快適さには勝てなかったんだろうな。

 …………なんだかちょっと切ない。
 技術が進めばより良いものに巡り合えるけど、その代わりに必ず何かを失う。
 ブラックが「昔は賑やかだった」と言っていたけど、その頃の小屋町・アレトゥーサを俺が見る事は最早不可能だろう。

「なんか寂しいよな……どうしようもないってのはわかってるけど」

 清らかな雨水を使って、洗い場で皿やら調理器具やらをカチャカチャと洗っていた俺だったが、雨音のせいで色々と考えてしまって少々おセンチになってしまった。

 洗い場の目の前にある窓から見えるのは、暗いけどそれでも今日見た廃墟だらけの町の風景で、よく見えなくたってなんとなく形は思い出せる。
 綺麗に残った建物ばかりだったが、しかしやはり人がいないという事を考えると、妙に寂しい気持ちになってしまうのだ。

 だけど仕方ないよな。なんせ俺は今その切なくて綺麗な廃墟にお世話になってるんだし、ブラックにも賑わっていた時に話を聞かせて貰ってるんだ。

 みんながワイワイしていただろう頃の事を考えると、どうしたって今の切ない状況に胸がぎゅうっとなってしまうよ。
 俺の婆ちゃんの田舎でもそうだけど、人が住んでいた場所から人がいなくなると、家が残っていたって何だかガランとしていて、妙に悲しくなるんだ。そこに賑やかな人がいたと思えば、感情豊かな俺はつい切なくなってしまうのである。

 ……もしここに女の子が一緒に居たら、俺の横で「ツカサ君、ノスタルジーに浸っているのね……大人……」とか思っちゃってキュンしてくれただろうか。したな。これは俺に惚れてるな。ふふ。
 まあそうならないかも知れないが、妄想の中でぐらい夢を見させてくれ。

「まーでもこんな雰囲気じゃ鬱々しちゃうよなぁ……モンスターの気配が欠片もないとは言っても、そんなのアイツらぐらいの冒険者しかわかんないだろうし……」

 ブラックとクロウは、ハッキリ言えば超ハイクラスの冒険者だ。
 術を使わなくたって気配察知はお手の物だし、夜目も利くうえに身体能力も高い。俺みたいなペーペーの素人冒険者と比べると、非常に悔しいがアイツらがお月様でこっちがスッポン……いや丸石って感じだと認めざるを得ない……。

 しかし、だからと言って旅人全てがハイスペな憎たらしいオッサンではなかろう。
 そもそも夜の雨というのは、侵入者にとって絶好のチャンスだ。雨で足音を消せるのに加えて屋内での足音も普段よりは気付かれにくい。
 濡れた事で不測の事態に陥りかねないと言うデメリットを除けば、なりふり構わずの奇襲にはうってつけだった。モンスターならデメリットもあまり感じないだろう。

 となると、やっぱり人としては夜が怖いしモンスターも怖い。
 そう考えると俺も段々外の暗い風景が怖……い、いや怖くないぞ。ただ、その……ちょっと、ほんのちょっと肌寒くなってきたので、窓を閉めよう。

 湿気が入って来るのも考え物だしな。うむ。そういうことなのだ。
 というわけで、暗い風景は早めに忘れてしまおうと思い、俺は開いた鎧戸の取っ手に引っ掛け棒をかけて締めようと動かした――――と。

「…………ん?」

 ――――……暗く周囲が確認できない風景の向こう側。

 ポツンと、なにか光ったように見えて俺は手を止めた。

「……?」

 どうも、大地の気ではないようだ。
 なんていうか……青い。一つだけ青い色の光が小さく見える。

 これは……近い場所にある光なんだろうか。それとも、遠くの光なのか?
 青色の光といえば水の曜気の光だけども……この水でヒタヒタな場所じゃあ水の曜気なんて有り余るほどにあるだろうに、今更光るものだろうか。

 そもそも、俺は意識しないと普通の曜気の光が見えないようにしているが、それで見えるレベルってなると……凝縮されてんのかってレベルの曜気ぐらいなんだが。
 しかし、そう考えると何かこわいな……ち、近付かない方が良さそう。
 的確にそう判断して、ゆっくりと音を立てないように窓を締めようとしたのだが――青い光が少し大きくなったような気がして、俺は思わず硬直した。

「っ……!」

 お、大きくなった……いや、まさかそんな。
 何かまた大きくなった気がするけど絶対に気のせいだよな。
 うん、そうだ。さっさと締めよう。締めて洗い物を済ませて寝よう。明日も早いし。

 出来るだけ無関心を装いながら、俺は再度窓を閉めようと棒を動かした。のだが。

「ッ!!」

 ふと見た青い光が、さっきより確実に大きくなってきている。
 どう見ても大きい。ヤバい。どう考えてもあの光は近付いて来てるじゃないか。
 何か分からないモノが近付いて来るとかどう考えてもヤバい。

 早く窓を閉じてブラック達のところに行こう。
 そう思い、再度動こうとした。のだが。

「………………え?」

 青い光が更に大きくなって、その輪郭がようやく分かった刹那。
 「なに」がそこに居たのかを理解して、俺は息を呑んだ。

「女の、ひと……?」

 綺麗な青い光を身に纏い、妖精の鱗粉のように青い粒子をきらきらと周囲に散らすその姿は、紛れもなく女性の体だ。
 透き通るような空みたいに明るい色の青い髪を長く伸ばし、白い肌をわずかに発光させている。服も、まるで古代の女性のように白い一枚の薄絹を服のように仕立てていて、その姿は神話の女神さまのように美しかった。

 だけど……光ってる女性って、どう考えてもおかしいよな。
 お、おば……いや違うオバケなものか。とっても綺麗だし何かしゃなりしゃなりって感じの凄く上品な感じの人だし、オバケではないハズだ。
 オバケ……いやでもここには人がいないんなら、どう考えても……。

「………………」

 どうしたらいいんだろうかと思い、硬直していると――――この調理場の明かりに気付いたのか、相手はゆっくりと視線をこちらに寄越してきた。
 遠目からでも分かる、伏し目がちの睫毛が長い綺麗な目。あんだけ光っているせいなのか、雨がその美しい輪郭を遮るような感じも無い。ただひたすら美女だ。

 正に何もかもが透き通るような美女ってヤツだな……ここまで綺麗だと、怖いだとか逃げなきゃとかいう気持ちが消え失せてしまう。
 むしろ、あの憂いのある大人しくも凛々しい表情は、何かを恨めしく思う幽霊というよりも、湖から出て来た妖精さんみたいな感じだ。全く怖さが無かった。

 思わずぽーっと見惚れてしまうと、彼女は少し困ったようにクスリと笑った。
 あ、さっきより近付いて来たから表情もわかるぞ。
 やっぱり綺麗なお姉さんだ。肌が白くてうっすら発光してるから遠くからでは分かりにくいけど、白いと言っても彼女の様子には充分生気が有る。やっぱり幽霊とかでは無いよな。だとすると……モンスターか妖精だけど。

『ふふ、久しぶりのお客さんね』

 そう言って笑いながら近付いて来る彼女の喋り方は、普通の人のようだった。
 ……ちょっと耳の上のほうが尖ってるから、人族ではないっぽいけど……そうするとやっぱし妖精さんとかなんだろうか。前に“月夜のルサールカ”という水の妖精の話をシアンさんから聞いた事が有ったけど、彼女もそういう人なのかな?

「あの……あなたは……?」

 その笑みに思わず毒気を抜かれてしまって問いかけると、彼女は俺の質問に何故だか嬉しそうに笑って答えてくれた。

『私? うふふ……私は【アグネス】というの』
「アグネス……さんは、もしかして水の妖精なんですか?」

 質問続きで失礼かとは思ったが、アグネスと名乗った彼女は「まあ」と驚いたように睫毛の長い目を少し見開くと、再び嬉しそうに頷く。
 人並み外れた美女だと思っていたけど、案外明るいお姉さんだ……イイ……。

『貴方には、やっぱり解っちゃうのね。ああ、久しぶりに泉から出て来てよかった。人の気配なんて思い違いじゃないかしらと思わなくて良かったわ』
「え……俺にはやっぱりわかるって……」

 どういうことだろう。
 首を傾げると、アグネスさんは満足げに目を細めた。

『うふふ、私すぐに分かったわ。だって貴方、あの子と同じ気配だったもの。優しくて、すごく惹きつけられる気配。私、とっても嬉しいわ』
「あの子……?」

 俺と同じ気配の人が……って、いやいや、何が何だかわからんぞ。
 アグネスさんから悪意のような物は全く感じないけど、何が何だかチンプンカンプンだよ。まあ、彼女も水の妖精と言っているからそこは確かだろうけど……。

『ねえねえ、オナハシしましょう? ここに人が来るなんて本当に久しぶりなのよ! だから私、凄く色々おはなししたくって……』
「あっ、えっ、あ、はいっ」

 ああ、美女におねだりされてついつい頷いてしまった。
 だけどアグネスさんは寂しそうだし、ちょっとぐらいならば俺がお相手つかまつってもよろしいのではないだろうか。女性には優しくが俺のモットーだしな。久しぶりだとアグネスさんも言ってたしな!

『どうしたの?』

 とても綺麗なお姉さんなのに、ほんわかした様子で子供のように素直に首を傾げるアグネスさん。ウッ……お、俺の心臓が……っ。
 美女と至近距離でじっくり話すのなんて、シアンさんやエネさんでしか経験した事が無い俺にはちょっと刺激が強すぎるっ。気心が知れたシアンさん達でも、迫られたらヤバい感じになっちゃうのにこんなの頭がフットーしちゃうよお。

 でも、こ、こんなチャンスなんて滅多にないし……それに、俺に似た子ってのも少し気になる。アグネスさんの名前についても思うトコロが有るので、話すぐらいならいいよな。世間話はセーフなはず。それに……ヤバい存在だとしたら、ブラックとクロウが察知できないはずも無いし。だったら、心配無用だろう。

「いえいえなんでもないですよ!」

 とりあえず、スケベな気持ちは置いといて話をしてみよう。
 俺はニッコリとアグネスさんに笑い返すと、彼女と話を始めた。











 
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