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慈雨泉山アーグネス、雨音に啼く石の唄編
2.持つべきものは心の友
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「……で、お前はなんで学校帰りにこっちに来てんだ?」
どこまでも真っ白な空間に、ぽつんと二面だけ壁のある和室がある。
六畳ぐらいの畳の地面に卓袱台とざぶとんが二つ置かれていて、殺風景な空間に唯一日常っぽさが色を添えているが――頼りない壁の片方には半透明のウィンドウが幾つも浮かんでいて、その下には革張りの本が雑に積み上げられ何列かのタワーを作っている。
なんだかちぐはぐな感じだが、ここまで充実して来たのは、この白い空間の主……異世界を管理する【神】であるキュウマの力が、少しずつ戻って来ている事の証だ。
今は「分身体」を数分異世界に降ろすぐらいしか出来ないけど、これでもだいぶん回復したんだよな。前は畳も無かったので、結構なパワーアップだ。
俺もその恩恵にあずかって、イグサが香しい新品の畳を堪能していたのだが……やっぱりキュウマにはごまかしは利かず、確信を突かれてしまった。
……まあ、キュウマに隠してても仕方ないよな。
覚悟を決めるように息を吐いて、俺は今日学校であった事を説明した。
「――――それで……後から考えたんだけど、どうもあの先輩達シベに対して何か有るような気がしたんだ。……でもホラ、こんな事をダチに相談したら、シベだけじゃなく俺の心配までしちまうし、今の状態だとシベに迷惑が掛かりそうで……」
「だから、俺に相談しに来たってワケか」
「こんなことそっくり話せるのがキュウマしか居ないんだよ」
金持ちっぽいヤな感じの先輩達の話を尾井川に話せば、俺が追い詰められた事も話さなきゃいけなくなる。そうすると、結局クーちゃんにもヒロにも伝わっちゃうし……何より、責任感が強くて真面目なシベを追い詰めかねない。
あいつ頭が良いうえに、俺達と友達になるまでは品行方正で通ってたからなあ。
今でこそ俺らの中では「二次元の貧乳ロリキャラ好き」という立派な仲間だが、ソレを周囲に隠しているシベは、完全に完璧超人にしか見えないだろう。
なんか少女漫画に出てくるようなイケメン眼鏡だし、俺らとつるんでても何故か女子の人気も高いしな。まあそんだけ周囲に気を使っているのだ。
だからこそ、俺が絡まれたと知ったら……シベは多分、凄く怒るだろう。
あいつ友達思いだから、マジで何するかわかんねえんだ。
俺が異世界から初めて帰って来た時だって、自分の家が懇意にしてる病院に働きかけて、誰も入り込めない場所をすぐ用意してくれたし……本当にあの時は感謝と共に申し訳ない気持ちでいっぱいだったので、これ以上は困らせたくない。
別荘の話はともかく、本当に世話になってるからこれ以上迷惑かけたくないんだ。無論、俺に手に負えない事態になるのはもっと困らせる事になるから、そうなる前に覚悟して話すことも考えてるけど……今はただの小競り合い程度だもんな。
俺に何かできる可能性があるなら、迷惑を掛けずに何事も無く済ませたい。
……しかし今の俺には知恵が足りないので、キュウマしか頼る他なかった。
キュウマは俺より頭が良いし、なにより蓄えた知識はハンパない。それに、悔しいがコイツは何人も嫁さんがいた真正チート主人公サマだったのだ。
となれば、ピンチも何度だって乗り越えて来ただろう。
そんな凄いヤツに頼るなと言う方が難しい。絶対頼っちゃうって。
腰ぎんちゃくムーブと言われようが、頼れるヤツに思わず尻尾を振ってしまうのは仕方が無いのである。人は強いヤツに惹かれるのだ……と、懇願の目でキュウマを見やると。
「むっ……んん゛……。ま、まあその……なんだ。お前は顔がバカ正直だからな。まあ俺に頼るのは全面的に正解だろう」
「キュウマなんか顔が赤」
「咳き込んだからだバカモノ! ……とにかく……今の状況じゃあなんとも言えんな。相手はその“シベ”って奴に何か思う所が有りそうだが、それとお前に接近して来た事が繋がるかどうかは不明だ。別の目的が有るかも知れないし……」
「別の目的?」
「まあ、ただデバガメしたいだけだったのかもしれん」
「えぇ……」
そんな軽い理由で同性相手にあんなに距離を詰められるなんて、最近のチャラ男界隈はどうなってるんだ。それとも俺が平均身長だからって舐められてんのか。
チクショウ、どいつもこいつも成長し過ぎなんだよ。俺がチビみたいに見られるじゃねーかこのーっ! ……じゃなくて……まあデバガメなら別にそれでいいんだけど、そう納得していいもんかなあ。
思わず不安になってしまう俺に、さもありなんとキュウマはスクエアフレームの黒縁眼鏡を指で直しつつ頷いた。
「ともかく……お前らにとっては、一歳年上でも交流が無きゃ完全にヨソの人間と同じだろう。まず、一人で行動しないか三年の居る場所に軽率に行かないようにして……そうだな、お前部活とかやってるか?」
「え? いや俺は帰宅部だけど」
「はー? なんかやっとけよお前よ……」
「だって運動苦手だし、文系の部活とかも興味なかったし……。あ、でも、尾井川とかクーちゃんの部活には連れてって貰ってるぞ」
尾井川は柔道部、クーちゃんは美術部なんだよな。
ヒロとシベと俺は帰宅部なんだけど、シベは時たま色んな部活の助っ人に呼ばれたりしているので「ラノベ主人公かよ」と少々モヤッとするがまあともかく。
柔道部も美術部も先輩方が優しくて、見学に来ただけの俺達も部室に置いてくれるのだ。あと美術部は漫画を持って来てる先輩がいて、色々見せてくれるので好き。
……いや、たぶんそういう話じゃないよな。
「じゃあ、一応お前も三年とは接点があるんだな」
「うーん……知り合い程度だけど、二人の部活の先輩達は優しいよ」
「だったら好都合だ。それとなく先輩方から件の奴らの話を聞くと良い。別のクラスの人間だったとしても、よっぽどな行為をやってるなら“同学年の悪い噂”ってのは耳に届くもんだ。数人に訊いてみて、特に知られていないようなら放っておくといい」
キュウマの言う事によれば、見るからに金持ちそうで騒ぎ放題っぽいヤカラならば、どうしたって多少の「知名度」ってのは高まるのだそうな。
確かに、派手な動きをしている奴ってのは、名前は知らないけど「なんか見覚えがあるな」と無意識に覚えてしまってる事もあるし……先輩達にそれとなく四人の事を教えて貰うのも良いかも知れない。
これで何も噂が無いようだったら、ホントにただ距離が近い変な先輩で済むし……シベに迷惑をかける恐れも無いだろうしな。
うーむ、先輩に訊いてみるだなんて俺一人だと思いもよらなかったよ。
大体俺マジで他の学年と交流ないからな。ヘタしたら別クラスの奴も知らないし。
…………やっぱ、帰宅部じゃなくて何か部活に入っとけばよかったかな。
ま、今更言っても遅いんだけどね。
「ありがとなキュウマ、明日それとなく探ってみるよ」
「お、おう……まあ……その程度誰でも思い付くがな……」
「また顔赤い! ははーん、さては照れてるな?」
「うっ、うっせえな、こちとら数千年ぼっちだったんだよ! なるだろこんなん!」
そうだ、キュウマは長い間一人ぼっちだったんだっけ。それで、偶然にも俺と意識が繋がって、最終的に人の形を取り戻す事が出来たんだ。
人との交流なんて、ここ数年で再開したようなもんだしそらそうなるか。
でも、照れるキュウマは何か面白いな。思わずニヤニヤしちゃうぞ。
「おいこらクソガキ、人に相談しておいておちょくるとは言い度胸じゃねえか。あ゛?」
「あ゛ーっ、ごめんなさい頭を鷲掴むのやめてくださいイデデデ」
「ったくテメェ、面白くもねえオッサンどもの動向チェックしてるこっちの身にもなれってんだよ……アイツら本当に二人だとつまんねえ番組レベルなんだからな」
「ゴメンナサイゴメンナサイ……って、そういやブラック達は? いまどこ?」
つまんねえ番組って、どういう番組だろうか……と少し考えてしまったが、それよりもブラック達の動向と言われた方が気になってキュウマを見上げると、相手は不機嫌そうな顔を隠さずに眉根を寄せると、指を鳴らして空中にガラス球を出現させた。
おお、相変わらず神パワーすごい。
これはもしかして、物語でよくある監視モニターの代わりのヤツかな?
そう思って覗き込むと、ガラス球の中に映像が浮かびあがった。
「おおっ、やっぱり映像が映る! これでブラック達の居場所が見れるのか?」
「普段は意識を分けて並列処理で対応してるから、このタマはお前が解かり易いように今作ったんだよ。……とは言え、俺も普段はそんなに注視してねえけどな」
あ、良かった。色々とじっくり見られてるのでは……と少し恥ずかしかったのだが、キュウマの言い方からすると、それほど熱心に見ている訳でもないらしい。
ちょっとホッとしたぞ。いや、ずっと見てるんだったらその……ヤバいトコとか、全部見られてたりしてるかもしれなかったし……。
……と、ともかく!
今はどこにいるんだろう、と二人で覗きこむと――――ブラック達は、俺と旅をしている時とは打って変わって、忍者のように足を動かして素早く動きながら、どこかの草花が豊かな坂道を登っているようだった。
おお……俺が一緒に居る時とえらい違うスピード……。
やっぱしいつもは俺に合わせて歩いてくれてたんだなぁと申し訳なくなってしまったが、舗装もされず小石や草がまばらに散らばる道を軽快に駆ける二人は、なんだかちょっと格好いい気もし……いや何考えてんだ俺は。違う違う。
「ええと……アイツらは今、アーグネスという山を通る道を進んでいるようだな」
「アーグネス? それどこらへん?」
「アコール卿国の西南部近くにある、独立した山脈だな。ここは【慈雨泉山脈】と言われていて、西南部の水源になっているようだ。……だが、古い街道だな。恐らく、敵の追手が来ないような旧街道を選んで進んでいるんだろう」
敵って……どう考えても【アルスノートリア】だよな。
連中がどういう動きをしているのかはよく解らないけど、ブラックとクロウは万が一のことを考えて、人が寄りつかないルートを選んだんだろうか。
「旧街道だと、何か俺達が有利になるのか?」
「うーむ……日数が掛かる昔の道だから、今の人族だとまず使わないだろうし、追手が気付きにくいと思ったんじゃねえかな。急ぐ旅なら、こんな道使う理由もないし」
「でも、ブラック達なら日数とか関係無さそう……」
「まあそりゃ、獣人族と【限定解除級】のS級曜術師だからな。普通の人族なら余程の理由がなきゃ使わない長旅の道も、こいつらの力なら対して変わらんだろう。もう既に、アーグネス山の八合目くらいにいるわけだし」
「はあー……」
この“アーグネス山”という山がどれだけ高いのかは分からないが、あんな速度で走り続けているならそりゃあすぐに八合目にも辿り着くよな。
俺が脚力強化の術である【ラピッド】を使っても、二人に追いつける気がしない。
そんだけ凄い二人なんだなぁ改めてと思うと、何だか胸の奥がむず痒い気持ちになってしまったが、頭を振って俺はキュウマに問いかけた。
「なあ、俺が合流するのあんまり良くないかな……。時間ならまだあるし、数日くらいだったら一緒に行きたいんだけど、あの山って険しい?」
二人ともずっと無言だし、実は無理をして歩きすぎて疲れているのかもしれない。そう思うと心配になって来て、様子を見るだけでもと思ったのだが……敵方の動きを考えて急いでいる二人の心境を考えると、俺が出て行ってペースが落ちるのは申し訳ない。労いたい気持ちはあるが、それが結果的に二人の邪魔になるのはなあ。
そう思ってつい問いかけてしまうが、キュウマは呆れたように目を細める。
「お前なあ、そんくらい好きにしろよ……。険しかろうがなだらかだろうが、あの中年二人はどうでも良いだろ。気を使うのは悪いことじゃないが、行きたいかどうかくらい自分で決めろっての。……数日程度なら、問題ないと自分で思ってんだろ?」
言われて、俺は自分が相手に判断を求めていたことに気が付き恥ずかしくなる。
そ、そうだよな。こういう風にウジウジした考えも男らしくないよな。
……なんか、今日は変に絡まれて弱気になっちまってたわ。
…………うん。そうだよな。
仮に、俺が足手まといになったとしても、それでブラックやクロウが俺の事を簡単に見放したりするわけないし、二人とも結局は大人なんだと俺は痛いほどよく理解している。だから甘えたくないと思ってしまうけど……そんなんでウジウジしてるのも、俺のワガママなんだよな。その気持ちを人に委ねるなんて情けない。
行きたいなら、それで良いんだよな。
俺は、そうしたいと思ったから、キュウマを強引にこの場所に連れて来たんだ。
ブラックともクロウとも離れたくないと思ったから、今ここに居る。
だったらもう、変に遠慮するなんて逆に失礼なことだ。
「……じゃあ、着替え室をお願いできますかキュウマさま!」
「へいへい。さっさと着替えて合流してやれよ」
わざとらしくへりくだってお願いする俺に、呆れ顔ながらもキュウマは笑う。
パチンと指を鳴らすと、すぐに「異世界での俺」の服と道具が表れて、洋服屋さんに在るようなカーテンで囲まれた着替え室が出現した。
こういう風に用意してくれるキュウマには、ホント頭が上がらないよ。
ありがとう、と頭を下げると、キュウマは「よせやい気持ち悪い」と言わんばかりに顔を歪めて嫌そうに首を振って見せる。
だけど、それが照れているだけなのは顔を見ればすぐに解かるのだ。
……本当に俺は、友達に恵まれている。
そのことに深く感謝しながら、俺は駆け足で試着室に入った。
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