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豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編
36.振り返るのは過去のことだけ
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「えーっと……マリオ・ロッシことデジレ・モルドール一味は、バラまかせていた商人達にバレたので、もう贋金を流通させる事は出来ない。調査官の人達が調べてくれたから、騎士団が俺達の情報を元に二人を探している」
「ツカサ君」
そんで……そんで何だったっけ。
もう昨日色々話したりして疲れちゃったから、ほぼ覚えてないよ。やべえ。
【アルスノートリア】の事も含めて、ブラック達がやっとこさ俺に分かりやすいように噛み砕いて話をしてくれたんだから、忘れないように何度も復唱しとかないと。
んで…………どうだったかな。
俺達は特に何かするってのもないんだっけ。むしろお互い顔を知ってしまったから、狙われる可能性もあるってんで早急に国を離れた方が良いと言われたんだっけ。
ブラックとクロウは「返り討ちにしてやる」とか言ってたけど、そもそも俺達は本来の目的ってヤツがあるので、相手が何かする前にさっさと出立した方が良い。なにせ、あいつらは一筋縄じゃ行かない相手だからな……。
俺達が出会ったのは月の曜術師【菫望】と、デジレ・モルドールこと金の曜術師の【琥旭】だけだが……二人とも、好き勝手やって簡単に消え失せたんだ。それに……ブラックの曜術とも渡り合っていたのを見ると、どうにも油断が出来ない。
あいつらの名前や「出来ること」を大まかに知って入るけど、考えたらあの【菫望】が『死者の想いを操る』という能力以外は、俺達もあいつらのことを良く知らない。
もしかすると、アルスノートリアを安置していた神殿が教えてくれた能力と、あいつらの能力は少し違っている可能性も有る。あの霧のように消え失せたのだって、俺達には予測も出来ない行動だったのだ。用心するに越したことはない。
ラスターの【黄陽の書】だって、自分を継ぐ勇者に与える力はそれぞれ違うらしいし、あっち側だって能力が変質する事もあるはずだ。
そもそも、条件は不明だけど曜術を極めた者に突然与えられると言う、属性無視の謎の力【法術】なんてモノもあるんだし……考えてみれば、一般的な曜術ではない個々人が編み出した術である【口伝曜術】というものもあるからなぁ。
人が操るものなんだから、教科書通りに行くとは限らないんだ。
そう考えると、相手の力がハッキリ分かるまで、俺達も無理に立ち向かおうとせず、残りの【グリモア】を揃えて備えをしておいた方が良い。
先に残りの本を奪われて燃やされたりなんかしたら、こっちが不利なんだし……。
…………でも、あいつらが残りの【グリモア】について何も言って来ないってことは、まだ何も知らないって事なんだろうか。
それとも、隠し場所までは分からないから探している最中……とか?
瞬間移動みたいな事が出来るのに、なんかそこもちぐはぐで妙な感じだ。
まあ色々考える事はあるけど、今はとにかく出発の準備だ。
これもちゃんと確認しておかないとな。俺達は、シアンさん……というか、キュウマに頼まれた通りに獣人の国・ベーマスに行く。
そんで、玉座の下に封じられていると言う【銹地の書】を貰いに行くんだ。
「……そういや、ベーマスの王様って誰なんだろ?」
「ツカサ君、耳が聞こえにくくなったなら良い薬がありますよ」
「えっ、うわっ! わーごめんなさい変な薬は勘弁してぇ!」
横から口を挟まれて思わず変な事を口走ってしまうが、しかしさっきの脅し主――アドニスは冷静な顔をして呆れたようにハァと溜息を吐いた。
こ、こんちくしょう、あからさまに人を小馬鹿にしやがって……。
「まったく……君は一々口に出さないと説明した事も理解出来ないんですか?」
「う……だ、だって、何かもう色々あってチンプンカンプンで……」
こうでもしなきゃすぐ忘れちゃいそうなんだもん、と頭を掻くと、アドニスは二度目の溜息を吐いて、手持ちの瓶に何やら色とりどりの透明な何かをざらりと入れる。
俺達は今、アドニスの部屋の狭い調合室にいるのだが、こんな近い場所でイヤミを言われると流石にへこんでしまう。閉塞感のある空間では、いつものイヤミも倍くらい跳ね返ってくるのだ。うう。
でも、今は出立前に薬を調合して貰う約束なので帰れない。
ブラック達に荷造りを頼んでいるし、アドニスには「最終的な調整があるので、君は必ず取りに来て下さいね」と言われているので、逃げる訳にはいかないのだ。
しかし……ペットボトル一本分の隙間しかない距離でイヤミはいやだ。
何故勤勉な俺がこんな風にチクチク言われにゃいかんのか。
「君の場合は勤勉じゃなくて頭が足りてないから復習してるのでは」
「人の心の声を読むなーっ!」
「はいはい、ともかく……試作品ではありますが、君にはこれを渡しておきますね」
「ん?」
アドニスのいつもの小馬鹿にしたような冷静声に憤っている俺の前に、少し大きいサイズの小瓶が差し出される。これは……さっきアドニスが綺麗なビー玉のような物を入れていたヤツだ。瓶の大きさは、だいたい店で売ってる使い捨て綿棒の箱くらいで、瓶にはしっかりと栓がされている。
見ていると七色で綺麗なので、インテリア用品のようだが……もしやこれが薬?
そう思ってアドニスを見上げると、相手は俺の言いたい事が解ったのか頷いた。
「君の場合、普通の曜術師とは違う部分も多々あるので“絶対に効果があるぞ”とは言えませんが……とりあえずはコレということで。定期的に報告をお願いしますね」
「え……試作品ってこと?」
「まあ、平たく言えば。曜気を増進させる薬なら民間療法でもよくありますが、曜気を減退もしくは発散させるというのは初めてのことなので……」
「そっか……。本当にありがとうな、アドニス」
前例がない事なら、手探りで作って「試作品です」となるのも仕方ない。
そもそも、アドニスは劇の練習などもあったのにその間を縫って俺の体のための薬を調合してくれたのだ。本人は「簡単ですから」とか軽口を叩いていたが、しかし大変だったのは間違いないだろう。それを思うと、なんか申し訳なくなってきたな。
普段から自信たっぷりだし、実際何でも出来ちゃうような相手だから、俺もついつい甘えちゃってたけど……アドニスだって用事が有るんだから、困ったことが有ったからとすぐに頼るのもいけないかもしれない。親しき仲にも礼儀ありって言うし。
……まあ、某未来の猫型ロボット並に頼りになると思って、すぐ泣き付く俺も俺なんだが……実際頼もしいのでつい甘えてしまうんだよな。
ご、ゴホン。
ともかく、薬は「試作品」なので、飲むような事態になったら俺も自分の体調に逐一気を付けて記録を取っておこう。アドニスはこういう事に対して凄く真摯なので、薬で万が一変な兆候が出たらって心配してるんだろうし。
……普段はイヤミなのに、実際優しいし真面目だからまいっちゃうんだよなぁ。
俺が師匠と仰ぐカーデ師匠もそうだったけど、木属性の曜術師って大体そんな感じなんだろうか。凄いのになかなか損な性分だよな。
まあそれはブラック達にも言えるんだけども。
「なんですか、急に礼を言ってニヤニヤしたりして。気持ち悪いですね」
「れ、礼を言ったのに物凄い侮辱されてる……」
「妙な態度を取るからですよ。……ともかく、その薬は完成品ではないので、くれぐれも瓶の中に入れた説明書をよく読むように。薬には黒籠石も使っているので、本当に取り扱いには気を付けてください」
「エッ黒籠石……わ、わかった。ちゃんと説明書を見るよ。……にしても、忙しい時に変なこと頼んでごめんな。助かったよ」
改めて礼を言うと、アドニスは眼鏡を直しつつ軽めに肩を竦めた。
「君が頼むのは大体が“変なこと”でしょうに。まあ、前例がないとはいえ調合ならば私には容易い事ですからね。それに、私は君の体を調べる研究者であり、主治医のようなものでもあります。体調に何か変化があれば遠慮なく言ってください」
「アドニス……」
色々迷惑を掛けていると言うのに、それでもこんな風に言ってくれる。
アドニスは表面だけ見ればイヤなヤツだけど、心の中は間違いなく優しい。他の人みたいに「心配している」なんて言ってはくれないけど、でも俺はオーデル皇国の人達のために国土に緑を生もうと一生懸命になってるアドニスを知ってるんだ。
だから、彼の優しさをすんなり信じてしまう。
どれだけチクチクとイヤミを言われても、他のイケメンのように憎めないのは、そのアドニスの努力と真面目さを知っているからなのかもな。
……そう思うのは、何故かちょっと気恥ずかしいんだけどな。
俺も迷惑のかけっぱなしで、少々素直に相手を評価しすぎているのかも知れない。だから恥ずかしいのかも……まあでも、事実は事実だからな。
そう思ってアドニスの顔を見上げると、相手は目を細めて笑みを見せる。
「私が主治医で嬉しいですか? でも、嬉しそうな顔をされても、お礼にはなりませんねぇ。……ああそうだ。お礼と言うのなら、今度は私の研究の方をいくつか手伝って下さい。今回も曜気を貰うくらいしか協力して貰えませんでしたしねえ。なので、その方が私にとってはありがたいお礼になりますよ」
研究の手伝いだと。
そう言われると、仲良くなる以前のイヤな実験の記憶が蘇ってくるのだが、まさかソッチ系の手伝いじゃないよな。いくら信頼している仲間とは言え、あ、あんな変なえっちくさい実験なんてごめんこうむるぞ。
いや、でも……アドニスには世話になってるしな……いやでもううん……。
「……それは、まあ……協力はしたいけど……アンタの研究って普通のヤツだけじゃなくて、え……その……え……」
「え?」
ええいこれみよがしに聞き返すな。
でもハッキリ言わないと、その……ご、ごかいされそうだし……。
うううでも恥ずかしい、ああ、顔が思わず俯いてしまう。でも言うんだ俺。アドニスはハッキリ言えば理解してくれるんだから、今言っておかないとソンだぞ!
ぐっと堪えて喉を引き締めると、俺は……しどろもどろで、アドニスに答えた。
「あの……えっちな、実験……あ、いや、あの……つ、つまり、やらしい実験、とかは……勘弁して欲しいっていうか……その……っ!」
「ああ、性具の。うーん、それは困りましたねえ。そろそろ新作をと頼まれていましたし、そっちの実験も手伝って欲しかったんですが」
「ああああ絶対ダメ勘弁して下さい俺がブラックに怒られるうううう」
頼むからやめてくれと両手を合わせてペコペコと頭を下げると、アドニスはクスクスと上機嫌そうに笑いながら、一歩距離を詰めて来た。
それに気付いて見上げると、相手は微笑みながら俺の頬に手を添えて、しっかりと自分の方を向くように強引に上を向かせて来る。
どうしたんだろうとも思えずにただ成すがままになっていた俺に、相手は愉悦の弧に曲がる口を更に深めると、殊更に優しい声で俺に囁いた。
「まあ、今のは冗談……ですよ。君には新薬の調合を手伝って貰いたいので、役目が達成した時はお願いしますね。薬師としても、君の腕は買っていますから」
「アドニス……。それ、ホント?」
「こんな時に嘘を言ってどうするんです。少なくとも、私の手伝いをさせたいと思うのは――――君くらいですよ」
そう言ってほほ笑む金の瞳は、イヤミな思いも何も無い。
ただ嬉しそうな、くすぐったそうな明るさを灯していて、見つめられていると俺まで心が温かくなるような気がした。……アドニスは、本当に俺を信頼してくれてるんだ。
俺がアドニスを信頼しているように、相手もそう思ってくれている。
それが何だか嬉しくて、気が付けば俺は笑顔で何度も頷いていた。
仲間に信頼して貰えるのは、君でなければと思われているのは、凄く嬉しい。
自分も相手の力に慣れているのだと思うと、なんだか心が高揚した。
それもアドニスなりの優しさなのかも知れないけど、でも今は素直にこの嬉しさに浸っていたい。結局劇でも戦いでも何も出来なかったから、尚更そう思った。
よし……俺で力になれることなら、何でも手伝うよ。
……あっ、そうだ。俺ってば今カーデ師匠の指南書を片手に薬師の修行をしてるんだから、今度アドニスに会った時は凄い薬師になってるかもしれないぞ。
そうしたら、アドニスもきっと今以上に喜んでくれるに違いない。
元々は背中からでもブラックを守りたいからって始めた修行だったけど、こうやってアドニスに恩を返せるんなら更にやる気が出ちゃうな。
一人前の薬師になれたら、カーデ師匠もきっと喜んでくれるだろうし……今度こそ、ブラックとクロウの事を助けられる立派な大人って奴になれるかもしれない。
そうしたら、アドニスもきっと。
「……君からの手紙、待ってますよツカサ君」
「手紙って……報告のことだろ!? 任せとけって、俺結構筆まめなんだぜ」
なんたって俺は、旅の途中で折を見て色んな人に手紙を送ってるんだ。
アドニスへの報告だってキチンとやってみせるからな。
そう思ってニカッと笑うと、アドニスも嬉しそうに笑って俺の頬を指で撫でた。
→
※遅れてしまいました(;`ω´)スミマセン…
次回は二本立てなのでよろしくお願いします!
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